坂の上のお屋敷の使用人(になるまで)


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1: lock (2004/03/07 22:52:44)


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夕食後のお茶会にて。
「困ったわね・・・」
屋敷の主人が溜息交じりに呟いた言葉に、客人が反応した。
志貴はレンの肉球をぷにぷにしている。
「どうかしたのですか、秋葉?」
少しだけ逡巡して主人――秋葉は答える。
「・・・人手が足りないのよ、シオン」
「ひとで・・・ですか」
客人――シオンはとりあえず相槌を打って紅茶をひと口。まだ話が見えない。
志貴はレンの肉球をぷにぷにしている。
「久しぶりに来てくれた貴女に話す事じゃないけれど・・・まあ、今更かしこまって話題を選ぶ関係でもないわね」
シオンはあの夏から、また世界中を研究のために飛び回り、数ヶ月に一度遠野家に滞在するという生活を送っている。今回もそう長くは居られないが。
「相談事なら私の知識が少しは役立つかもしれません。」
色事にはからきしですが、と最後に付け加えてシオンは小さく微笑んだ。こういう台詞は彼女にしては珍しい。どうやら今は上機嫌のようだ。
志貴はレンの肉球をぷにぷにしている。
「この屋敷なんだけど・・・やっぱり琥珀と翡翠だけじゃ細部までの管理が難しいのよ」
遠野の屋敷は広いから。『兄のために』使用人姉妹以外のすべての住人を追い出した恐るべき女主人はそう言う。・・・追い出した本人が言って良い台詞だろうか?
志貴はレンの肉球をぷにぷにしている。
「あはー、さすがの私と翡翠ちゃんも、いつも使ってる部分だけで精一杯なんですよー」
そう言う姉の後ろで翡翠も無言でコクリと頷いた。
「また雇えば良いのでは?」
しごくまともで現実的な意見をシオンは挙げる。
志貴はレンの肉球をぷにぷにしている。
「雇ったわよ。だけど三日で軒並み辞表を出されたわ」
「ああ・・・成る程。これは迂闊でした」
普通の人間がこの屋敷で仕事など出来るはずもない。三日でも持った方だろう。
真祖が襲来し。代行者が襲い来る。それを撃退せんとする遠野家当主。にこやかにそれを掻き回すメイド(姉)。メイド(姉)を止めようと結局さらにさらにそれを掻き回すメイド(妹)。志貴はシカバネ拾うものナシ。
あっ、肉球ぷにぷにが速まった!
「口止め料も結構かかるし」
いっそ口封じに殺っちゃえば良いんですけどねー、と人として真っ黒な台詞を吐く琥珀。
『洗えば』良いことです、とこれまた真っ黒な台詞を口にする翡翠。
それはそうと。
「女性だと兄さんが何するか解らないし」
ねぇ、にいさん?と秋葉は志貴を見る。
志貴は人類の限界に近いスピードで肉球をぷにぷに。
レンも嬉しそうだが迷惑そうだ。
「い、いや重そうな荷物とかなら手伝うだろ。腕力無さそうな女の人なら特に」
指に伝わる感触を支えに反論。
「何か言いましたか、兄さん?」
「俺が悪かったです。秋葉さん」
ひと睨みで撃沈。妹に敬語。
「つまり秋葉」
シオンの声で秋葉は視線を戻す。『これからが良いところなのに』とでも言いたげだ。
「こういった非常識な日常にある程度以上の耐性をもち、口も堅く、男性で、家事能力に優れ、戦闘に巻き込まれても自衛手段ももつ人物がベスト、ということですね」
「まあ、理想、としては」
頷いたものの『そんな人が居るわけないじゃない』と秋葉は首を振った。
「いえ」
「え?」
シオンはゆっくりと笑った。
「私の全ての思考回線がただひとりを挙げています」

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「は、俺?」
「はい、貴方しか居ません。衛宮士郎」
たぶん、今の俺は相当間抜けな顔をしているのだろう。
「ええと、つまり――」
「仕事の依頼、ということになりますね。ハウスキーパーの」
俺の目の前に座っている女性はシオン・エルトナム・アトラシアという長い名前の持ち主。今は何かの研究で世界中を飛び回っているが、時計塔に戻ってくれば、遠坂とルヴィアゼリッタの『双璧』が『三竦み』になるであろうと言われている逸材である。
そんな大物となぜ俺が知り合いなのかというと、――拾ったのだ。
行き倒れていたところを。
廊下で。
何でも研究に没頭するあまり三日間何も食べていなかったらしい。これはいかんと外に出たところでばたんキュー。つくづくここは変人の集う場所だと思った。
それ以来ちょくちょく話相手になっている。遠坂やセイバーとの仲も悪くない。
今も日本から帰ってきた彼女の誘いを受けて四人で夕食を食べている。もちろん作ったのは俺。
・・・ふつう誘った方が作らねぇか?
「どういうことです、シオン?」
「そうよ、どういうことなの!?」
固まった俺の代わりに二人が質問してくれた。
「先ほどお話した通りですが?私の日本で世話になっている屋敷の使用人の数が、足りなくて困っているらしくて、士郎は希代のハウスキーパーの才能の持ち主です。これは丁度いい、と思いまして。」
俺はハウスキーパーとしてここに居るわけじゃないぞシオン。
「うーん、でも今はルヴィアの屋敷でバイトしてるしなあ。そこ日本だろ?」
「ええ」
「駄目よ!」「駄目です!」
綺麗なユニゾンでセイバーと遠坂が切り捨てた。
「なぜですか?士郎が貴女方の意見を参考にするにしても、決めるのは士郎本人でしょう?」
首を傾げて冷静に対処するシオン。一度でいいから慌てる姿を見てみたいものだ。
「だ、だって、今だってあの女狐の所から帰って来るの遅くなりがちなのに、日本だなんて絶対、ぜったいダメ!士郎はここに居なきゃダメ!!」
「そうですッ!士郎のご飯が食べられなくなってしまうではありませんか!!」
真っ赤になって喚く遠坂。・・・・・とセイバー。
えーと、つまり、遠坂は、俺が日本に行くと、その、会えなくなるから、嫌、だと(この際セイバーは無視だ)。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
俺も真っ赤になって黙り込む。倫敦で数年前から一緒に過ごすようになっても、こういうのは二人ともちっとも慣れない。
「――残念ですがどうやら答えはNo、のようですね」
「シオン・・・」
小さく嘆息するとシオンは暖かく微笑んだ。セイバーも「当たり前です」とぱくぱくと食事を再開しながら微笑む。
・・・いいシーンだからもうちょっと我慢してほしかったなあ、セイバー。
「給金も破格だったのですが、ね」
「ははは、ごめん」
今俺が勤めているルヴィアゼリッタの家でも、いち使用人としては結構な額をもらっている。彼女曰く『魔術師だということを隠さずに接せる、その、《友人》は貴方だけですから』と何やら赤い顔をして言ってもらった。
そのあと使用人から友人にレベルアップした、と遠坂に自慢したらとんでもなく真剣な表情で、俺をこのままあそこに通わせても良いのかどうかを考え込んでいた。
・・・あれは何だったのだろうか。
「ねえ。破格って、どれくらいだったの?」
遠坂がさっきの恥ずかしい台詞から気を取り直すかのように質問する。まだ顔が赤いぞ。
「一ヶ月で三〇万」
・・・・・・・・・・・・・・・・。
「住み込みですが家賃は取らないそうです」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
「ああ、ちなみに円ではなくてドルだそうです。外国に在住してる人には」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?
固まる俺たち。セイバーのもぐもぐ咀嚼音だけが響く。
「どうしたのですか二人とも?」
不自然な俺たちを見てセイバーが訊ねてきた。が、答えはない。訝しげに眉を顰めたがすぐにおかわりをよそいはじめた(今日は和食)。・・・・最初は『セイバーとシオンってキャラ被ってるかも?』とか思っていたが杞憂だった。全然違う。
「え、えーっと・・・」
現実逃避と食いしん坊は置いといて、シオンにあたっく。
「その屋敷って、どんな人が住んでるんだ?」
「遠野グループの当主とその、まあ、世間的には兄です。貴方がたも遠野の名前くらいは聞いた事があると思いますが」
もちろん聞いた事がある。日本・・・いや世界でも有数の巨大財閥だ。
「・・・はぁ、なんか、訳ありっぽいな、そこ」
遠野グループの当主の屋敷が人手不足だなんて、いったいその屋敷で何が起こっているのだろう。確かに給料は魅力的だったがこりゃ断っといて正解だった。遠坂に感謝だな。
・・・遠坂?
「・・・一ヶ月三〇万、三ヶ月できゅうじゅうまん・・・ドルで・・・遠野家、取り入って、パトロンに・・・。」
――うつむいてぶつぶつと呟いている。何か凄く不穏当な言葉の断片が、俺の、耳に、入ってきた。
『ニゲロニゲロドアヲアケロー』
・・・・・・・・・・!?なんだ!?今親父の声が!!
「――士郎ぉッ!!」
「はいぃぃぃ!!」
物凄い勢いで顔を上げる遠坂!目が、目が『$』マークにッ!
「逝ってきなさい!」
「字が違う!じゃなくて、なんでだッ!そこ、絶対やばいって!」
ああ、『士郎はここに居なきゃダメ!!』って叫んでくれた女の子は何処へ行ってしまったんだろう。セイバー、知らないか?
「何を言ってるんですかリン!シロウがご飯作ってくれなくても良いとでも言うのですか!!」
動機は俺の望むものとかけ離れてはいたが、結論は俺の望むところだ。がんばれセイバー。
「何言ってんのよセイバー。士郎がお金稼いできたら今までなんかとは比べ物にならないくらいくらいの豪華なご飯が食べられるわよ」
「なっ、そ、それは本当ですかリン」
・・・あれ?
「思えばセイバーには苦労をかけてきたわね。私たちが貧乏だったばっかりに・・・。士郎が帰ってきたらおなかいっぱい美味しいもの食べさせてあげるから、ね?」
「い、いえ、良いのですリン。私は貴女の使い魔。そんなに気を使ってもらわなくても・・・」
よだれ拭け、セイバー。
「ううん、あなたは私たちの家族じゃないの・・・こんなの当然よ」
「リン・・・」
美しい主従愛だ。素晴らしい主従愛だ。涙で前が見えねえぜ畜生ぉぉぉぉ!
「・・・士郎」「シロウ・・・」
くっ、頼みのセイバーもあっさり懐柔されたか。
おそるべしあかいあくま。いや、かねのもーじゃ。
「ねえ士郎・・・。どうしても、嫌なの?」
「え?」
テーブル越しにそっと遠坂の白い手が俺の手をにぎった。
「こんなにお願いしても、ダメなの?」
「シロウ、私からも、お願いします」
空いた片方の手をセイバーが両手で包む。
気持ち良い・・・じゃない、だまされるなダマサレルナ騙されるな俺ぇぇ!
「ふふ、じゃあ今夜はセイバーも一緒に『お願い』しようか?」
「え、いいのですか、リン?」
「うん、セイバーとならはんぶんこにしてあげる」
「ちょ、ちょっと待てお前ら!」
ここで黙って成り行きを見ていたシオンが「さて」と、立ち上がって帽子をかぶった。
「――喜ばしいことにどうやら答えはYes、のようですね。それに、そろそろ席を外したほうが良いようです」
「ええ、ありがとうシオン。士郎は私たちで『説得』しておくわ」
「シオン、任せておいてください。シロウにもきっと納得させておきます」
「それは重畳。それでは・・・」
軽く礼をしてシオンは退出した。俺としては追いかけたいところなのだが、赤い悪魔と青い修羅に両腕をロックされそれもままならない。(ちなみに藤ねえは『虎縞の猛獣』だ)
「シオン!ま、待ってくれよ!おい、なあ!」
無常にも閉まるドア。
その向こうから小さく「予測通りです」と聞こえた気が、した。
「お前もあくまかシオンーーーーッ!!」
「ふふふ、士郎、覚悟してね・・・」「シロウ・・・その、宜しくお願いします・・・」

あーれー(暗転)


《もしかしたらつづくかもしれない》
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『うん、セイバーとならはんぶんこにしてあげる』
この台詞を凛に言わせただけでもう俺は大満足です。はじめまして。
シオン好きの人ごめんなさい。
セイバー好きの人ごめんなさい。
凛好きの人ごめんなさい。
生まれてきてごめんなさい。
マジで初めてのssなのでつたない部分は多々ございますが、ちょっとでも暇つぶしの手段にでもなれば幸いです。(ここを『辛い』に置き換えても意味は通るかも・笑)
新人くんなので批評はお手柔らかに。いや、厳しいほうが成長するんだけどね(笑)。
それでは。」











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