夢を継ぐ一人の男 第10話 裏切られた魔術師] M:遠坂凛,バゼット 傾:バトル


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1: Hyperion (2004/03/07 19:39:40)

10、裏切られた魔術師


司会者に合わせてリングへ上がる。
交代は認めるって私が言ったんだから、別にいいだろう。
目の前には聖杯戦争の元マスター。
私には関係のないことだけれど興味はあった。
目の前にいる黒いスーツを着こなす女性は、感情なんて余分なものは持ち合わせてないのではないか。
……そう思った。
なら、綺礼の奴はどうやってランサーのマスターになったのだろうか。

「トオサカリンといいましたか、これも仕事ですが、
私は手加減ということを知りませんので、覚悟して下さい」

競技場の中心にある石造りの墓標に上がった麗人が、覚悟をしろ、と忠告をする。

「たいした自信ね、途中退場して、今は片腕になってしまった人がよく言うわ」

「余分ですね、私の自信が真実か否か、それは手合わせしてみれば解る事です」

本当は言峰の事を聞き出したかったのだけれど、男装の女性はそれを知るかのように斬って捨てた。
一瞬で放たれる風の魔術。私の溜め込んでいた宝石には劣るものの、それは一介の魔術師では
決して放つことの出来ない一撃。

それは怒号を含む風、『私の自信が真実かわかったでしょう』
女は語らずして名門の魔術師である少女にそれを理解させた。
そうして、少女は対抗して同じ風の魔術を放つ。
拮抗する風壁、その中心では竜巻のような風が、歓声と共に踊り狂っていた。
そうして消えた。それが合図、消え去った風壁に身を隠していた男装の女は、少女へと距離を詰める。
少女は自らの脚を強化して、空に飛ぶ。
少女がいた筈であろう場所に容赦なく打ち込まれるのは、かかと落とし。
それは一瞬で石造りのリングに大きなクレーターを作り上げた。
『これが、貴女の墓標です』
女はそんな顔をしていた。否、顔見てそう思ったのではない。
戦いの中でそう勝手に感じ取った。
少女も本気にならなければならないと自覚した。
「このぉぉぉっ!!」
墓標の前に立つ女に数百のガンドが撃ち込まれた。
少女はひたすら空中で女に目掛けて病を連射する。
撃ち終えて着地する。
巻き上がる煙の中には無傷の女。
先程と同じような風の風壁を防御に用いたのだろうか。
少女は絶句した。これほどまでの魔術師はそうそういるわけではない。

「なんで……貴女みたいなのが綺礼に破れるのよ!騙まし討ちにでもあったのかしら。
それもおかしいはね、貴女は騙まし討ちなんてさせないだろうし」

そうして煙が消え去っていき、露になった手には幾つかの穴が開いた長剣が握られていた。
少女はそれが何であるか知っている。
離れた場所で放たれる剣戟。それは空を斬る。
だが、あれはあれでいいのだ、あれは斬りあうためのものではない。
そうして会場に響く風の共鳴。
それはさながら、死者を墓標に導く挽歌。
排除対象たる少女に放たれるのは、不可視の衝撃。
解っていたから考えずに左に跳ぶ。
少女がいた後ろにある観客席の前の壁には巨大な穴が開いた。

「これが、なんであるか知っているとは……やはり名門と言うものは侮れませんね。
やはり人の物を真似して用いるのは今回限りにしましょうか。
これはこれで、便利だったのですが」

そんなことをいいながら、女からはまた剣戟が繰り出される。
今度は三回。縦、横、円状。逃れる術がないかのような三連戟。
剣のみでも達人の域に達しているであろう女の一撃が連続で繰り出されたのだ。
これは受けるしかない。

「Defensive Wand eines Winds gebe ich ihn frei!!」
 (解放,風の防壁)
そう判断した少女はトパーズに溜め込んでいた風呪を開放してそれを防御に用いた。
紛れもなく女は戦闘のプロだった、協会の封印指定捕獲のための実践向きの魔術師。
防壁に用いた宝石はその一度で崩れ落ちた。
目の前には爆風。視界は全く無いといってもいいだろう。
それでも少女は次の手を考える。
視界が戻った瞬間に、男装の女の一撃が来ると解っていたからだ。
風の一撃だろうか。それとも物理攻撃だろうか。
どちらにせよこっちだって何時までも防御に回っていられない。

「こうなればダメもとよ!ルビーに込められた炎呪を解放して黒焦げにしてやるんだから!」

遠坂の血は肝心なときに大ポカをやらかす、これは本当に遺伝的な呪いだろう。
彼女は先程見せられたのが風にも関わらず、炎を繰り出そうというのだ。
それは一種の賭け、彼女もその身を危険に晒すと言うことだ。
炎が風よりも増すならばさらに勢いをまして男装の女に襲い掛かるだろう。
だが、風が炎を凌げば、風と共に自らの獄炎に焼かれることになる。

女が繰り出すのは風か、己の拳か。

少女はそんなことは考えずにルビーに込められた炎呪を解放する。
「Flamme der Hölle, die ich es freilasse.」
(解放、地獄の炎)

少女は女の攻撃を待たずしてルビーからその一撃を解放しようとする。
爆風によって起された、視界をさえぎっていた風が止む。
その先には男装の女が放った一撃。
それは風でも物理攻撃でさえない。
男装の女が放った一撃。


――――――それもまた炎。

男装の女が放った一撃、それが揺らぐことのない忠誠を女に誓った、
炎の化身だったならば。
少女が放ったものは、地獄の業火を纏った古代の怪物か。

これなら、少女が勝つだろう。
観客の誰もが、それを見守る衛宮士郎でさえそう思ったであろう。





…………だがそれは間違いだった。

男装の女は戦闘中に一度も緩ませなかった口を僅かに歪める。
瞬間、炎の化身の背後には巨大な風が衝突した。
女が手に握るものは先程の長剣。
それによる、女の達人染みた剣戟を自らの、炎の化身にぶつけた。

風は炎の化身を覆う。

そして、それが再び姿を見せたとき、


――――――それは神々しく怒り喚く不死鳥。

少女の古代の怪物と女の不死鳥。
その二つが、


――――――今、衝突した。


熱という熱。競技場の温度は瞬く間に上昇していく。



25、30、40、50.



無論、そんなに半端なものではない。
予想以上の技の報酬に唖然としていた協会のお偉い方がついに、あたふたと重い腰を上げる。

競技場の石造りの墓標は、一時的に彼らの手によって、別空間へと固定された。
そうして、競技場にいた観衆毎、爆発に巻き込まれることはなくなった。

観衆は息を呑む。
今この中でいったい、どんな地獄が蠢いているのか。

静けさ、静けさ。
蟲一匹の吐息さえ聞こえることがない。
皆が息を呑んで静まり返る。

「遠坂っ―――――――――!!」

少年は叫ぶ。だが助けられるはずもない。
あの場所は今別の空間にある。
外にいる少年に出来ることは何一つない。
それでも少年はリングへ上がろうと走り出す。

それを必死に使い魔が抑える。

「――――――士郎、リンを信じなさい!
彼女がこんなことでいなくなるわけがない。
私達の知っている、トオサカリンはこんなことでは決して死なない。
信じなさい、士郎。信じるしかないんです!
今、あなたがあそこに上がっても出来ることは何もない。
例え彼女が敗れていようと、死ぬことはない……
それが――――――トオサカリンという女性でしょう……!?」


使い魔は必死になって少年を止める。
隣の、妹である少女は固く、固くリングを見つめる。
『きっと、姉さんは帰ってくる。きっと……!!』

いつもは、そんなではない少女の妹を目にして、少年も心を決める。

「遠坂――――――遠坂、……遠坂ぁー!戻ってこいよーーー!!」

少年は一言、静寂の狂気の中、ただそう叫んだ。
自らの心が燃え尽きてでも少女に帰ってきて欲しい。
その願いを込めて。






少年の叫び声が木魂する静寂に包まれた競技場。
ただ、黙り込む観衆。
第二回戦にしてこれ程までの死合をだれが予想しただろうか。

いや、だれもが予想などしていなかった。

観衆は自らの欲望を満たすためだけに、愉しむ気持ちを満たすためだけにここに訪れていた。
だが、見せ付けられたのは本当の殺し合い。

天使のような少年や、黒衣の女とは違う。
あの二人は決して、本気ではなかった。
だが、あの男装の女は違った。基より、手加減を知らぬ性格。
彼らには殺すなと言われていたけれど、女には加減をする気など、
全くなかった。
そもそも加減をしたらこちらが致命傷を負う。
女は判っていた。そして、あの少女が自分の腕をもぎ取った男の、
兄妹弟子だということも知っていた。

男が夢見た幻想。それを打ち破ったという少女達。

女には男の考えなんて解らなかった。
だから、あの時に頼りにされたのが嬉しかった。

でも結果は片腕を失っただけ。
最後まで男の考えは判らなかったし、最後まで男が女に素顔を見せることもなかった。


――――――だから、それを打ち破ったと言う少女と本気で向き合うことで、
何かが掴めるのではないかと思っていた。





別空間へと隔離していた魔術が解ける。

今だ靄に包まれたリング。

少年も、少女の妹も、そして使い魔も。
欲望を満たすために訪れたいた筈の観客でさえ静寂の中、ただリングを見つめる。

石造りのリングの靄がだんだんと薄れていく、それはどちらの墓標になったのか。

そこに立つ者は古代の怪物を放った少女か、それとも不死鳥を放った男装の女か。





そうして、靄が晴れて、明らかになった石造りのリングがあった場所には








――――――男装の女を担いだ、一人の少女が立っていた。




湧き上がる歓声。

あの少女は、絶対に不利だった。
勝てるはずがない。誰もがそう思っていたのにまさかの大逆転。
さらに少女は敗者となったらしい、男装の女の命すら守りきってあの地獄から帰ってきたのだ。


少年は少女の元へと誰よりも早く駆け寄る。

「――――――おかえり、遠坂」

「ただいま――――――士郎。余裕とまでにいかなかったわ。
私だけ生き残って、この人が死ぬなんてのも気分悪いし。
両方助けることにしたから……もう、……空っ…………ぽ……」


少女はそう無邪気な笑顔で少年に言って倒れる。
少女の妹は涙を流していた。
姉さん、良かった……。等と口々に言っては泣いている。


そして少年は、地獄から生還した二人の女性を抱えて、リングから降りていった。


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