それからの日々は、まさに拷問のような日々だった。
あいつがいるというだけでただでさえコワレそうな頭が、トオノシキの一挙一動でさらにカキマワサれる。
グルグルと殺意と嘔吐感が駆け巡って、衝動に輪をかける。
遠野志貴に救えなかったモノは多い。
次々と行方不明になっていく町の住人。
『俺』の物語には直接関わりがなかった、クラスメイト。
ネロ・カオスによって「食事」と化したホテルの人々。
そいつとの戦いに巻き込まれた、名も知らぬ少女。
俺が出て行った事によって再び独りになった秋葉と、深く理解する事のできなかった双子の姉妹。
その、絆。
そして、誰よりも、何よりも―――
―――たった今、ロアの手にかかったあいつを、俺は救うことができなかった―――
Stay Knight Assasin,ver
eighth
校舎に轟音が鳴り響き、次いで少年が廊下を降りていく音が残響する。
そのすべてが沈黙へ還るのを待って、俺は彼女の亡骸へと歩み寄った。
魔眼殺しを、拭い取る。
「――――――」
刹那。
躯の一切の機能が停止するほどの衝撃が奔った。
眼下にあるのは、自分が追い求めて、終に探しえなかった白い彼女。
夢にまで見た、彼女との再会。
(……二人とも死んだ後での再会なんて、な……)
なんて皮肉めいたことを考えられるほどの意識の回復を待って、彼女の傍に屈み込み、先ほどまでかつての俺がそうしていたように、
その体を抱き起こす。
腕の中にすっぽりと包み込まれたその体は、まったく同じであるはずなのに、記憶のそれよりもやけに軽かった。
やがて、その死に顔が寝顔へと変わる。
外では遠野志貴と先輩が決着をつけたのだろう。
あれほど死の模様で埋まっていた体に、少しずつ正常なトコロが戻っていく。
これで、彼女は生きる。
あとは―――
「……アルクェイド」
あの燃えるような教室の再会の中、彼女は言った。
『……わたしがこうしていられるのはね、志貴がロアを完全に『殺』してくれたから。
今までわたしが何度もあいつを消滅させても、消えるのは肉体だけで魂までは殺せなかった。
けど、志貴はあいつの存在そのものを殺してくれた。
だから―――あいつに奪われていた力が戻ってきて、なんとか蘇生することができたんだ』
『でも、それが精一杯。わたしの中の吸血衝動は、もう抑えきれないところまでやってきちゃった―――』
だったら、自分に出来る事、こいつのためにやってやれる事は一つ。
「……アルクェイド」
再度の呼びかけに、答える声はない。
しかし、
「……俺、おまえを追いかけてこんなトコまで来ちまった」
それでも、
「さっき、おまえ俺の部屋で、俺と先輩が話してたの盗み聞きしてただろ」
言えなかった言葉が、
「あれな、全部本当だから」
伝えたかった言葉が、
「俺―――遠野志貴は、アルクェイド・ブリュンスタッドを愛してる」
伝えられなかった想いがある。
「おまえがいないと、俺は狂っちまう。
それこそ、こんなカタチになっちまうくらいに―――おまえに、イカレてる」
返事はない。
吐き出す息が千々に切れていくのと、彼女の頬を伝う一筋の線を見て、今自分は涙しているのだと気づいた。
「―――は、はは。ほら、こんなにも」
―――おまえが必要だ―――
四度目となる口づけは、その記憶にあるどれよりも優しく、そして刹那かった。
ズキン―――と、久しぶりに胸のキズが痛む。
それも当然か、と一人ごちる。
今自身を現生たらしめている魔力の、ほぼ九割がたを今アルクェイドへ渡したのだ。
実際は十割を渡すつもりだったのだが、予想以上に先生の魔力提供は強かったらしく、九をつぎ込むとすぐに十、十一、十二が来て、
調子に乗って二十近くも彼女に注いでしまった。
きっと今頃、使いすぎだ、と腹を立てているであろう彼女の姿が目に浮かぶ。
「……って、それを考えるとこれ、キスって言うよりマウストゥマウスだよな」
苦笑しながら、物言わぬ彼女の体を横たえ、頬に辿った涙線を指でぬぐう。
アルクェイドの寝顔は、とても安らかだ。
それを確認して、己がこいつに直接遺す最後のものとなるであろう言葉を紡ぐ。
「……負けるなよ。アルクェイド。
ちょっとでも俺と一緒にいたいって思ってくれてるんだったら―――」
いつまでも見つめていたい衝動を黙殺し、魔眼殺しを巻く。
暗闇に閉ざされた世界が、彼女との決定的な決別を暗示していた。
振り返り、沈黙する廊下を歩く。
長い廊下を歩ききり、階段に差し掛かったところで、後ろを顧みて告げる。
「―――ムリヤリにでも、“俺”の傍にいてやってくれ。そのほうが俺は嬉しいし、きっと―――楽しいぞ」
そうして、殺人貴が目的としていた夜は、終わりを告げた。
◆◆◆◆◆
眼帯の青年が立ち去ってから数分後、白い吸血姫以外存在していなかった大口を開けた廊下に、赤髪の影が映った。
「初めまして、真祖の姫。私は蒼崎青子。
……ブルーといえば判るかしら?」
返事はない。
彼女も、そんなものは期待していなかったのだろう。
沈黙を歯牙にもかけぬ様子で横たわる女との距離を詰めていく。
「私の生徒が世話になったようね。
―――もっとも、あなたの方が世話になったのかもしれないけど」
腰に手を当てたまま不機嫌丸出しで歩く彼女は、金髪の女の傍らにしゃがみこむと、不意にその胸倉を掴み上げた。
「そればかりかあの子をこんなトコまで引きずり込んで。アンタ何様のつもり?
だいたい、アンタいくら不死身だからって、吸血鬼なんだから真昼間から外で歩いてんじゃないわよ。
アンタがあそこ歩いてなかったら志貴とも出会うことはなかったんだから」
その表情には彼女が常に纏う余裕の類は無く、それはむしろ鬼顔や般若のそれに近い。
「そしてなに? 志貴の気持ちを知っていながらこんなトコにやられにきて。
無駄なことせずに代行者でもなんでも利用すりゃいいじゃない」
―――不意に、瞳に映っていた怒りの色が薄れていく。
魔術師である彼女は一つ深い溜息を吐き出して、その手をゆっくりと離した。
ごつん、と小さな音をたてて落ちる金髪。それでも女は起きない。
「だから、少しでも志貴に悪いと思ってるんだったら、絶対魔王なんかに堕ちないコト。
っていうかあれだけ私の魔力使っといて堕ちたりなんかしたら、
アンタの千年城むりやりぶっ壊して志貴に土下座させるからね」
覚えておきなさい、と聞こえているはずもない女にちっとも魔術師らしくない一言を言い放って青子は立ち上がった。
その表情は不快や嫉妬のそれに似ていたかもしれない。
はあ、と吐息もどこか鬱。
魔術師は、両手を横たわる白い女の体の上にかかげると、呟いた。
「……これは、志貴のためにするんだから。
恩を返すなら―――っていうか絶対に志貴に、それ相応のことで返しなさい。
……一週間後を、楽しみにしてるわ。真祖の姫君」
そうして、蒼い魔法使いは―――やや無理矢理気味に―――二千の魔力を真祖の姫へとぶち込んだ。
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注意9。
この話は陰の主人公・蒼崎青子さんがほぼメインと思ってください。
さて、次回でこの物語も終曲です。
次回は今までの中で一番抜粋が多いです。その分、少し長いです。ご了承を。