夢見る彼の人へ 前編(傾:ほのぼの)


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1: takya (2004/03/07 07:50:47)


 夢の中で、夢を見る。
 それが夢と知りながら。
 これは夢と言いながら。
 流れるように、たゆたうように。
 誤魔化すように、嘘を浮かべて。
  
 いつかの、日々の、夢をみる



      夢見る彼の人へ



 衛宮士郎の朝は早い。
 一人暮らしで毎日の朝食を用意せねばならない以上それは当然の事であり、ついでにほぼ毎日自分の家に通ってくれる人や居候が増えた現在においては最早必然の義務になっている。
 だがしかし自分とて限界の存在する人間であり、夜更かしなどを繰り返すことがあれば当然例外は生まれるわけで。
 つまり、まあ。
「……寝坊した」
 ぼんやりと呟く。
 やっと回転を始めた頭をはっきりさせるように軽く振りつつ周囲を見ると、見慣れた土蔵だった。
 どうやら日課の鍛錬の途中で寝てしまったらしい。 
 最近は体の調子も悪くないし鍛錬後にそのまま寝入るような事態もなかったんだが。
 昨日ロンドンより久しぶりに帰ってきた遠坂と、皆で遅くまで騒いでいたのが悪かったかもしれない。というかそれが原因だな、絶対。
 うむ、と頷き、身を起こそうとした所で、
 
「おきろー!」

「うわっと、なんだなんだ」
 どばーん、と土蔵の扉を思い切り開けて飛び込んできたのは、イリヤだった。
 朝っぱらから元気だなあ、と思う間もなく抱きつかれる。
「シロウおはよー」
「っとと。おはようイリヤ。悪いな、寝坊した」
「それは別にいいけどさ。あ、朝ごはんはね、リンとサクラが作ってるよ。だから早くいこ?」
「何?」
 桜はともかく、遠坂だって?
 アイツ、朝は弱かった筈だが。外国生活で早起きのスキルでも身につけたのだろうか。
 まあいい。イリヤが来たって事は朝食の仕度は既に済んでるかもしれないが、手伝えることもあるかもしれない。
 家主なのに任せっぱなしというのも心苦しいしな。
 抱きついたままのイリヤを軽く離して起き上がり、笑顔で差し出してくる手を掴む。

「さ、行こっ!」

 土蔵を後にした。


 
 居間を後にしたくなった。
 おはよう、と言いつつ室内に入った瞬間、感じたのは視線だった。何故か恨めしそうに無言で俺を見るセイバー。や、今日の朝食は俺じゃないからそんな物欲しそうな目で見ないで欲しい。
 視線を逸らす様に台所に向けて、また後悔。

「流石ですね、姉さん。やっぱり一人暮らしが長いとお料理の上達も早いんですね。一人だし」
「あら。私は昔から一人暮らししてたわよ? 桜こそ、そんなにはりきって作らなくていいんじゃない?」
「いえいえ。食べてもらえる人がいるというのは幸せですから。無理してるわけじゃないですし」
「それもそうね。あはは」
「ええそうです。うふふ」
 
 何やら和みつつ殺伐としてらっしゃる。
 前方に姉妹、脇に空腹セイバー、背後というか背中にさりげなくイリヤ。
 かなりまずい布陣だった。ていうか、
「イリヤ」
「なによー。シロウの背中おっきくて好きなんだもん。いいでしょ? それとも私、重いの?」
「そんなことはない」
 へへー、と一層しがみついてくるイリヤ。
 セイバーの視線が更に鋭くなったりするが、イリヤに関しては既に諦め半分なので殺気はない。
 まあ、まだ来てないらしい藤ねぇに見つかったりすると、また教育的指導! とかってサンドバックにされそうなんだが。
 だったら止めさせればいい、と皆は言うのだが、イリヤの懇願にはどうにも弱い俺だった。

「と、ところでなあ、ライダー」
「はい?」
 我関せず、といった様子でテレビに視線を向けていたライダーに尋ねる。
「どうしたんだ、台所のあれ」
「サクラですか? どうやら昨日のリンの夕飯でサクラも色々と刺激されたようで、朝食は一緒に作ると」
 確かに遠坂が腕によりをかけた夕食は絶品だったが、刺激って。
「あと今朝リンが幸せ太りがどうこう言ってから雰囲気がおかしく」
 納得。したくないけど、追求もしたくなかった。

「――それはいいのですが」

 と、ずっと俺のほうを睨んでいたセイバーが痺れを切らして話しかけてきた。
「あのようにお互い牽制し合っていて朝食の準備が遅れているのはどうかと思うのですが」
 思うのですが、と発言しつつもその目は『空腹ですこれ以上は待てませんよ』と言わんばかりの輝き。
 俺はその静かな迫力に押されるように一歩下がる。イリヤはいつの間にか自分の席についていた。素早い。
 そのとき視界の隅で、テレビに釘付けだったライダーがこちらを向く。あ、やばい。
 ふ、と唇を吊り上げるライダーの気配に気付いたのか、セイバーが振り向いた。
「はしたないですねセイバー。仮にも騎士王と呼ばれた人が」
「何か――」
 ちゃき、といつの間にかフルアーマーですよセイバーさん?
「言いましたか? ライダー」
「いえ別に」
 そう反応しつつライダーは立ち上がる。
 セイバーも立ち、お互いじりじりと距離を取りつつ向かい合う。
 イリヤは、また始まったと言いたげに二人を眺めている。
 台所は奮闘中。俺は硬化中。

 口火を切ったのは、ライダーだった。

「だいたい貴女は燃費が悪いのを自覚した方がいい。――ああ、だからいつも寝ているのですね。確かにそれは正しい」
「貴女のように夜な夜な補給に出掛ける趣味持ちに言われたくはありません。まあ今は皆に諌められて止めたようですがね。だいたい私はこの家の守護も勤めているのです。軽々と外出するわけにはいきませんし、休息は取れるときに取るものです」
「外出、ですか? もとより貴女の出掛ける場所などせいぜい商店街の飲食店くらいでしょうに。自転車にも乗れぬくせに。それで騎乗のスキル持ちとは聞いて呆れますね」
 それは、つい先日に判明した事だ。というか、彼女の時代の乗り物といえば馬が基本だったのだから、自転車については素人で当然だと思うのだが。思うのだがライダーは乗れるんだよな。何故だろう。
「ふん。そんなものに乗るより、駆けたほうが早いのですから必要ありません。それより貴女こそ、サイズを合わせるのが大変なのではないですか、ライダー? それこそ騎兵の名が泣きますね」

 ばちばちばちばち。

「まてまてまて落ち着け二人とも」
 最早発生原因とは関係ない因縁に発展しそうな言い争いを止めに入る。
 セイバーとライダーは仲が悪い。否、相性が悪い。
 お互いに嫌悪しあってるわけじゃないし、好戦的なわけでもないんだが。
 負けず嫌いというか、なんというか、サーヴァントとしての誇りとか云々で、一度出した手は引っ込みがつかない二人。そして割と根に持つタチの二人。
 セイバーがライダーの手足のリーチの長さについて色々と触れたり(本人は誉めてたつもりらしい)
 ライダーが買っておいたタイヤキをセイバーの分まで食べてしまったり(いらないと言う本人に進めたのは俺でついでに余分に食べたのは桜だった筈なのだが)しているうちに意地の張り合いが加速してしまい、最近はずっとこのような関係が続いていたりする。ああ胃が痛い。
 ま、戦闘開始されるよりはマシ、なのかなあ?
「挑発は止めろってライダー。セイバーも、もうすぐご飯出来るからおとなしくしてろ」
「む」
 ライダーはすぐに争いを止め、再び席に戻る。対するセイバーは不満顔。いや、あれは喧嘩の事ではなく『私は空腹で騒いでる訳ではありません』と言いたいに違いない。
 鋭い視線にたじろぐ俺。
「はは、よし、俺も朝食の準備手伝うか。もう少しかかりそうだし、何なら俺も一つ二つ手を加えて――」
「シロウ」
 生真面目な顔で遮るセイバー。うう。やはりセイバーに食いしん坊発言するのは禁句なのか。

 ――と、そこでセイバーはふわりと極上の笑みを浮かべた。

「シロウの料理は、私にとって大変好ましい。その、リンやサクラの料理も美味しいのですが、シロウの料理もあればとても嬉しいのですが」
 なんて、少し気恥ずかしげに言ってきたり。
 いきなりご機嫌になってちょっと戸惑う。なんだかんだ言ってセイバーは綺麗だし、笑うと破壊力が。
「う、あはは、そうか」
 照れる。がすぐに硬直。
 刺すような視線。辿ってみると、台所で奮闘中だった姉妹がじっとこちらを見つめていた。

 じっと。
 じーっと。

「あ、はは、はははは」
 何故か乾いた笑いを浮かべつつ後退。
 だが、逃げてもどうしょうもない。
 仕方ない、と覚悟を決めて歩き出す。
 途中でライダーが、なんでもないことのようにテレビの方を向きつつ声をかけてきた。 
「――士郎。無理は、しないほうがいいと思います」
「ん? ああ、大丈夫。桜も遠坂もいるし、手を抜くつもりは無いけど作り過ぎたりはしないよ」
 手を振って、台所へ。

 ――なんですかライダーいえ別にもー二人ともごはんくらい静かに待てないのそれでもレディのつもりなのえーレディでもゴーでもいいから早くご飯食べたいようってうわタイガいつ来たのよ!?

 とたんに騒がしくなる背後に苦笑いしつつ、俺はよし、と気合を入れた。
 まあなんだかんだ言ってみんなに美味しいと言ってもらえるのは嬉しい。二人の腕に勝つのは難しいが、それでも喜んでもらえる料理を作るとしようか――




 ――そして、慌しい朝が過ぎ、昼になる。
 暖かな風に、花が揺れる。
 空を覆うかのような満開の桜。
 立ち並ぶ桃色の木々。

 俺たちは、花見に来ていた。

 なんて、別に大仰に言う事でもないのだが。

「ふふーん。やっぱり花見っていいわよねー」
「タイガはお花の中でお酒とご飯食べてるだけじゃない。花を見て風情をたのしむのが花見だって思うけど?」

 外国人に花見について諭される生粋の日本人。だが藤ねぇは喜悦の表情で食べ続ける。ていうかイリヤ、食べ物を前にした藤ねぇに情緒とかを求めるのは無理があると思うぞ。
 隣でこくこく頷いてるセイバーも似たようなものだが。 
 もう一方の日本人代表である桜は、酔ったあかいあくまを相手に苦戦中。さっきまでヤツは俺に絡んでいたのだが、いきなり抱きついてきた所を慌てた桜に引き剥がされターゲット変更。仲睦まじく見えなくも無いジャレ合いを続行中だった。

「や、だめ! やめてください、姉さん」
「ふふーん。まあったく桜ったら。一体ドコをどーしたらこおんな柔らかい体になるのかなあまったく」
「ちょ、そんなとこ、ダメです! やめ――」

 ……まあ、もっと妹とスキンシップが取りたいという願望が酔いによって引き出されているのだろう、と微笑ましい方向に考えておこう。
 あ、遠坂が桜の胸を掴んだ。ぐよん、というよくわからない脳内効果音と共に大きな胸が形を変えるのが視認できる。ていうかするな俺。
 真っ赤で半泣きの桜と視線が合いそうになって全速回避。微笑ましく眺めたりなんかしたら絶対後で桜に怒られる。 
 逸らした先にはライダー。杯を片手に花を眺めている。雅だ。
「? どうしました、士郎」
「いや、ライダーが一番花見っぽいなあってさ」
 ふむ、と頷き他の面々を見回すライダー。
 実の姉に服を剥がされそうになって助けを求めている己が主を優雅に無視して微笑む。

「――この国には、花より団子、という言葉があるそうですね」
「何故私のほうを見て言うのですかライダー?」
「いえ別に」

 悲劇は繰り返すっぽい。
 人目があるんだから変身とか戦闘はやめろよー、と声をかけつつ。

 俺は空を仰ぐ。
 桜色に舞う欠片の間を埋めるように青が広がる。そんな幻想の空。
 あまりにも穏やかで、あまりにも平和で、だからこんなのは、
 
 ――――じゃ、ないか、なんて

 ふいに瞼が重くなる。
 あ、マズイ、と思うのと同時に。
 意識は穏やかに沈んでいった。




 瞼を上げれば、目に映るのは静かな空。
 穏やかな春のような綺麗な世界。
 眠りかけのような呆とした風景の中で、桜の花が、舞う。
 そうして俺はようやく、動かない体を自覚した。

「――あれ」

 呟きに力はなく。声は微か。視界は霧か幻のよう。
 けれど、何故かとても安心している。なんだろう、これは。

「士郎」

 声が。聞こえる。

「ライダー?」

 薄い視界に映るのは、さらさらと流れてゆく髪。宝石のような瞳。

「なんだろ、これ」

 呟く。
 呟きが届いているのか、そもそも声になっているのかあやふやだったが、彼女はこくん、と頷いてみせた。

「疲れているのでしょう。ゆるりとお休みください」
「みんなは? 折角の花見なのに、こんな寝ちゃって……あれぇ?」

 そう言いつつ、体は動かない。鉛のように重いとか、そういうワケでなく、ただ起き上がれない。

「気にしないでください、士郎。今は、ただ、ゆっくりと休んで」

 声が近い。のに、どこか遠い。
 他に喧騒は聞こえない。先ほどまであんなに騒がしかったのに。
 彼女たちは何所だろう。
 ……彼女たち、って誰だったっけ?
 思考ができない。
 だから、俺は。

「……おや、すみ、――――」

 思い出せない彼女の名を囁いて、仕方なく体の力を抜いた。
 なんだろう。頬が、熱い。何故か指先にも、似たような熱を感じる。
 泣いているのは誰だろう。自分の目から零れて消える雫の名はなんだったっけ。
 世界が曖昧になる。
 ゆらゆらとゆれて、ながれて、視界は再び安息へ。
 そうして落ちた意識の向こうで、微かに優しい声がした。

「おやすみなさい、士郎。どうか――どうか、良い夢を」




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