なんでもないこと  (M:セイバー 傾:ほのぼの)


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1: vtoty (2004/03/07 01:07:38)


新学期が始まって最初の土曜日の午後。
俺はバイトの為にバスで新都に向かっていた。
新都に渡る橋に差し掛かったとき、河川敷にセイバーの姿を見つけた。
何かをじっと見つめている真剣な眼差しが気になって、橋を渡る前のバス停で慌てて降りた。
通り過ぎた分を駆け戻ると、セイバーはまだそこにじっと立っていた。
声をかけようとして彼女が何を見ていたのか気になり、その視線の先を眺めやった。

河川敷には大小のグラウンドがあり、その一つでは地元の少年野球チームが練習試合をしていた。
セイバーはその野球の試合をじっと見つめていた。

ふと遠坂とセイバーとで行ったバッティングセンターを思い出した。
セイバーはバットを握るのは初めてのようだったが、バッティング自体は上手かったし、楽しそうだった。
あの時は勝負に熱中してしまい聞きそびれたがセイバーは野球が好きなんじゃないだろうか?
無論見る方ではなく、やる方。

少し考えた後、声をかけた。

「あ、シロウ。
 今日はバイトではなかったのですか?」

少しびっくりした様子で振り向いたセイバーは、俺の今日のスケジュールを思い出したのかそう聞いてきた。

「ん、バイトは休みになった。セイバーは何してたんだ?」

心配かけちゃいけないと、嘘をつく。
コペンハーゲンの親父さん得意の「これたら来てねん」だったのでセイバーを優先させて貰う。

どこか納得行かないと言った表情ながらも
セイバーは視線をグラウンドに戻す。

「野球、と言うのですよね。
 シロウと凛と3人で出かけた時に行ったバッティングセンターも楽しかったですが、ああやって大勢でするのも楽しそうだ。
 昔、似たような遊びをしていた覚えがある」

昔を懐かしんでいるのか、やさしい笑みを浮かべるセイバー。
それを見て先ほど立てた計画を実行に移すことにした。

「んじゃ、混ぜてもらおう」

「え?」

何を言われたのか理解できないらしいセイバーの手を取り、俺は子供達に声をかけた。

「おーい」

子供達が俺達に気づいて試合が中断される。

「あ、士郎!」
「今日はタイガー来てないよ〜」

わらわらと集まった子供達にあっという間に囲まれる。
あっちこっちに顔を出す性分から街の子供達とは顔なじみである。
藤ねぇと言う祭り好きのトラブルメーカーの活躍もあって、こういった連中とは昔から付き合いが深い。

「士郎、その外人さん誰?」
「士郎の恋人?」
「うぉ!すげー」

どさくさに紛れて無遠慮に囃し立てる奴等を睨み付ける。
セイバーを見ると、何やら顔を赤くしている。
多分自分もそうなのだろう。
こんな事でくじけてはいられない。
冷やかしを無視してセイバーを紹介する。
何度かいっしょに買い物に行った事もあるせいか、既にセイバーを知っている商店街の子達もいた。

「でな、良かったらセイバーといっしょに試合に混ぜてくれ」

と子供達に頼むとセイバーは慌てだした。

「シ、シロウ!い、いきなり何を言い出すのですか?
 彼らは試合をしてるのでしょう?
 それを邪魔するのは良くないし、部外者が入っては迷惑をかける」

セイバーの言葉を聞いて子供達に確認をする。

「別に構わないよな?練習試合だし」

藤ねぇの乱入に慣れている連中はそんなのを気にするはずも無い。
案の定

「士郎、今日の練習は終わり」
「お姉ちゃん、今は遊んでるだけだよ、気にしない気にしない」
「人数足りなかったし」
「途中からだけどいいよね?」

「しかし、私はルールも良くわかっていないし」

と何やら煮え切らないセイバーを他所に
既に、俺とセイバーをどちらに入れるかのジャンケンが始まっていた。
否、ジャンケンはどちらがセイバーを取るか、だった。
ジャンケンに負けた方は

「ちっ!士郎兄ぃか」

等と抜かしている。
かわいくない。



まぁそんなこんなでセイバーへのルール説明を簡単に済ませたあと試合は再開された。

セイバーは8番でファースト。
打順は特に意味はない。チームが8人だから8番目。
守備位置は、ルールを全て把握しきれていないセイバーを気遣ってか

「ベースを踏んで球を取るだけでいい」

と言うことで決定。
本人は別段気にする風もなく楽しそうにミットに拳を打ち付けてその感触を確かめていた。

俺は同じく8番でセンター。
この面子だと守備範囲の広さからここを受け持つ事にしている。


攻撃はセイバーが入ったチームから。
打順は7番。

7番がうまく塁に出て、さっそくセイバーの打順。

初球を見逃したセイバーは「ふむふむ」と頷くと続く2球目を躊躇なくフルスイングした。
見事真芯を捕らえたのだろう、金属バットの快音と共に打球は高く、遠くに飛んでいく。
それを満足そうに眺めていたセイバーはチームの子達の叱咤に押されて慌てて駆け出した。

「フッ。そんな余裕はホームランでも打った時だけにして貰いたいな」

いや、小学生のみであれば余裕でホームラン性の当たりだが、そこはそれ。
スタンドもフェンスも無い、河川敷グラウンド。
追いつけさえすればそこは全て外野なのだ。


ジャンプし思い切り手を伸ばす。

フライングキャッチ。

着地後、素早くファーストに送球する。

ホームランだと思っていた1塁ランナーは既に3塁まで達しており、戻るのが間に合わなかった。

見事にダブルプレー。

いきなりホームラン性の当たりに大興奮していたセイバーのチームの子供達は、落胆の後、先に倍する勢いでブーイング。
俺が所属するチームからはヤンヤと喝采が上がった。

あ、セイバーがこっちを睨んでる。
まずい。
セイバーに野球を楽しんで貰おうと思ったのに、つい調子に乗ってしまった。
しかし遊びとは言えセイバーの性格上、手を抜く訳には行かないし。

悩んでるうちにセイバーは自チームを集めると何やら話を始めた。
どうやら激を飛ばしているらしい。
さすが元一国の王である。

激が終わると一致団結した掛け声があがり、相手チームは何やら雰囲気が変わっていた。

3人目が三遊間を抜いて出塁したが、4人目がサードフライで倒れてチェンジ。
最後の打者が項垂れてセイバーに報告しに行き、しきりに謝っている。
土下座しかねない勢いだ。
セイバーがそれを止め、慰める。
一瞬にして主従関係が出来上がっている。
恐るべし、カリスマB。



攻守交替。

セイバーの守備はそこそこで、ボールを落とすことも反らすこともなく無難にこなしていた。
ボールが適度に回ってくる為、本人は大満足のようであった。


その後、点を取ったり取られたりの一進一退の状態が続いた。

俺は回ってきた打順で、何とかホームランを打つことができた。
一塁を回る時に会ったセイバーの顔が非常に怖かった。
バッティングセンターの悪夢が過ぎったのは言うまでも無い。

セイバーの2打席目は力んだ為か、凡フライに終わった。

そして迎える最終回、セイバーの3打席目。
点差は1点、ランナー1人置いて2アウト。
セイバーが打って、1人帰れば同点。ホームランなら逆転サヨナラ。
お約束である。

グラウンドの雰囲気が変わる。

死地に赴くときのような、悲壮の決意を秘めた顔で打席に立つセイバー。

おかしい。
楽しんで貰うはずだったのに。
何故こんなことに。

バッターボックスとセンター。
最遠の距離で目が合う。
セイバー、バットを正眼に構え叫ぶ。

「勝負です、シロウ!」

いやセイバーこういう時の勝負はピッチャーとするものなのだが。
それと金属バットで正眼は怖い。

そんな事を気にしているのは俺だけなのか
自陣敵陣から声援が飛ぶ。
何時の間にやらギャラリーが増えている。
迎えに来た親御さんや、河川敷で散歩する人等。

何故か、声援はセイバーへのものばかりなのが気になる。
が、セイバーが自然に受け入れられている気がして嬉しくなる。


外野の騒ぎはどこ吹く風で、グラウンド上で高まる緊張の中。
ピッチャーが第一球を投げた。

打席に立つセイバーは体を捻りバットを大きく引いて初球から打ちに行く。

「約束された(エクス)」

何やら物騒な言葉と共に
さらに体を捻って完全に背中を見せるセイバー。

「勝利の剣!(カリバー!)」

自らの宝具の真名を叫びながら雷の如き速さで振りぬく。
痛快な一打は再びホームラン性の当たりとなって高くさらに高く飛んでいく。

敵味方総立ちで白球を目で追う。
歓声が沸き起こる。

俺は白球を追って駆けた。
確かに1打席目よりも凄い当たりだが追いつけない訳じゃない。
スタンドもフェンスも無い、河川敷グラウンド。
追いつけさえすればそこは全て外野なのだ。

ジャンプし思い切り手を伸ばす。

フライングキャッチ!

グラブに収まった白球と共に勝利を確信した俺は



そこで着地すべき地面が無い事に気が付いた。



「あっ!?」

そのまま川面へダイブ。
それ程深くは無いが浅くも無い。
横っ腹を思い切り打ちつつ派手な水柱を上げて俺は水中に没したのだった。



そしてボールは俺の手からこぼれ川下へと流れていった。



水から顔を上げると子供達の歓声がここまで聞こきた。

川から上がると子供達に囲まれて、満面に笑顔を浮かべるセイバーが見えた。


それは聖杯戦争が終わってから、少しずつ感情を素直に表現するようになってきた彼女の笑顔の中でも未だ見たことの無い飛び切りの笑顔だった。



「しかし、川まで飛ばすとはなぁ」

商店街草野球チームへの勧誘を振り切り(無論セイバーへのだ)帰路につく。
夕暮れで赤く染まった帰り道。
二人で夕飯の食材が詰まった袋を一つずつ提げて並んで歩く。
セイバーは終始嬉しそうだった。

「ルールでは川へ落ちた打球は本塁打になると教えて貰いました。
 シロウに取られないようにするにはあれしか方法が無かった」

川まで飛んだらホームラン。
あのグラウンドでのローカルルール。
滅多に飛ばないし、普通捕りに行かない。
子供には危ないから。
むきになっていたのは俺の方だったか。

「だからってあそこまで飛ばせるとは思わなかった。
 まさに大地割り、天を引き裂く勢いだったな」

エクス・カリバー!と口真似してスイングしてみせる、と

「あ、あ、真名を口にしましたが決して魔術は使っていません。
 それはルール違反ですから・・・」

顔を真っ赤にして照れるセイバー。
ルールとはバッティングセンターの時の事を言っているのだろう。

「わかってるって。
 それより、聞くだけ野暮だと思うけど楽しかったか?セイバー」

軽く聞いたつもりだったのだが彼女は真剣な顔で

「はい。
 感謝しますシロウ。
 今日の事は忘れられない素晴らしい思い出になった」

なんて言うのだ、だから

「なんかこれが最後、みたいな言い方だな。
 こんなのはなんでもない思い出の一つに過ぎないよ。
 これから、もっともっと楽しんで貰うつもりなんだ、セイバーには」

覚悟しとけよ、と驚いた表情のセイバーに言ってやった。
それを聞いてセイバーは、目を細めてまぶしそうな顔で言う。

「シロウ、私も」

「そこに私は入ってないのかしら?」

セイバーの台詞は、頬を引きつらせながらにっこりと笑う遠坂の乱入によって遮られた。

「衛宮くん、確か今日の午後のレクチャーはバイトの為に中止にしたはずなんだけど?」

なんて、腕を組んでにっこりと笑いながら言ってくる。

「シロウ、今日のバイトは休みになったのでは?」

セイバーが不安そうに聞いてくるのを横目で見ながら回れ右をする。

「あ〜、今からバイトに行って来る。
 遅くなるから夕飯は先に食べててくれ」

「シロウ、一旦着替えて行って下さい、そのままでは風邪を引きます」

セイバーの心配は嬉しいが、遠坂の左腕がやばい感じに光ってる。
あれガンド撃つ気じゃないだろうな?今あんなの食らったら風邪じゃすまないぞ!

「衛宮くんにはちょっとお仕置きが必要だと思うんだけど?」

と言う怖い問いかけに意を決して返答する。

「もちろん遠坂ともだ」

「へ?」

振り向いて驚いた顔の遠坂と向かい合う。

「セイバーのマスターは遠坂だし、いやそんなことは関係なくて、俺は遠坂とセイバーとで楽しい思い出を作っていきたい」

それを聞いて真っ赤になりながらそっぽを向く遠坂。

「あんたね、いつも言ってるけどストレート過ぎよ、まったく」

当たり前だ。
婉曲な表現が俺に出来る訳無い。
だが、おかげで上手いこと一本取れたらしい。
と、喜んでいたら

「ふーん。じゃあさっそく明日って事で。男に二言は無いでしょうね?」

遠坂は素早い、しかも厳しい一手を指し返してきた。

「いっ?
 明日?!」

何故明日なんだ?といったこちらの動揺など無視して

「ところで今日は何してたの?
 二人きりでデートしてた割りには士郎ずぶ濡れ見たいだし。
 士郎に押し倒されそうになったんで川に投げ込んじゃったとか?」

等と抜かしている。

「デ、デートではありません。
 シロウといっしょに街の子供達と野球をしていました。
 シロウは私の打球を追い、川に飛び込む結果となりました」

セイバーの報告を聞いた遠坂は一頻り笑った後

「あはははは。
 それ見たかったなぁ。
 今度は私も誘ってよね?」

「ええ、是非」

セイバーはにっこり微笑む。

明日の事で頭を悩ませていたがその笑顔を見てふと思った。
楽しい思い出なんて、この2人とであれば意識せずとも出来上がっていくのだろう、と。
一つ一つの何でもないことを積み重ねていくだけなのだから。

END



あとがき

読んで下さった方にはまず謝辞を。

ありがとうございました。

そして謝罪を。

初のSSですので至らぬ点ばかりだと思います。

何が伝えたいのか良くわからない内容になってしまいました。
ラストをどう締めるか1週間も悩んで見ましたがうまく締められませんでした。

ただこんな情景が浮かんできて、
今まで創作らしい創作もしたこと無い私でも
何かで表現せずにいられませんでした。
Fateには素人にこんなことをさせてしまうような
そんなパワーがあると思います。

FateフルコンプしてやっとSSが読めるとチェックし始めたら
膨大な量のSSに圧倒されました。
正直全てをチェックできておりません。
ネタ的にはありがちだと思うので被っていたりしたら
ご指摘いただけるとありがたいです。

では


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