遠坂は、用事があると言って何処かに行ってしまった。
仕方が無いので家に帰る。
俺はこのとき、背後に迫っていた襲撃者に気が付いていなかった。
◇
――運命の輪―― 7話 ”A Shadow.”
◇
中華飯店を出た時、時計は午後四時になろうとしていた。
買い物をしに来たのではないので、商店街にもう用は無い。
後は家に帰るのみだった。
◇
色々と考え込んでいたせいで、いつの間にか交差点の前に立っていた。
イリヤが隣で騒いでいる。商店街からずっといたらしい。
公園での約束も忘れていたので、ご立腹のようだ。
精一杯の誠意でお客様として家に招き、手厚い待遇を約束する。
しかし、イリヤは俺と切嗣を殺しに来たのに、そんなヤツが家にあがっていいのか?と聞いてきた。
俺は切嗣の行った事、アインツベルンへの裏切り、非道な方法によるマスターの殺害。
それらのことを、この運命の輪の中で知った。
イリヤは切嗣を許さないだろうし、俺を殺すという言葉も本当だろう。
しかし、俺はその理由があるからこそ、イリヤを衛宮の家に招くべきだと思った。
セイバーはイリヤの訪問に全否定をする。
そんなセイバーを丸め込み、客間で待機してもらうことにした。
幾らか小言を言われ、機嫌を元に戻すのが困難な状態になってしまったが夕食を盾にすれば安心だろう。
イリヤは、家に入ると和風の建築に興味をもったようだった。
居間で茶菓子と緑茶を出す。
緑茶の反応は些か不評だったが、和菓子は好評のようだった。
家の中を見て回る最中に、イリヤがお嬢様ということを実感したとですよ。(何弁だ?)
家の造りとか、大きさとかボロクソ言われると、流石に落ち込むと思うよ?うん。
…ブルジョワジーって何か嫌だ。
◇
イリヤと公園で別れて家に着く。
玄関に桜の靴があって、もう帰って来ていたのかと居間に向かう。
桜は居間で、畳に仰向けになって眠っていた。
部屋から毛布を持って来て被せようとすると、寝惚けた桜に抱きつかれてしまった。
微妙にヤバイ事になり、体が硬直してしまって動けない。
理性まで停止寸前になったところで、我等が救世主セイバーさんが来てくれました。
慌てて桜を引き剥がし、遁走する。
後に残ったのは、居眠りを続行する桜と、俺の奇怪な行動に呆けているセイバーだけだった。
◇
深夜、桜に気付かれないように外に出る。
月は見えない、分厚い雲が覆い隠しているからだ。
交差点に着く頃、セイバーがサーヴァントの気配を察知した。
方角は東――深山町と新都を繋ぐ大橋に向かう。
大橋の傍にある公園に着く。
一歩足を踏み入れると、異様な空気が満ちているのが解った。不快な空気、何かが腐り落ちるときの腐臭がする。
思わず顔を顰めた。ナニカの気配がする。魔術回路は既に開かれ、いつでも投影できる状態。
「シロウ、アレを――!」
セイバーの見据える先に、俺達に背を向けている遠坂たちと、
「ぬ?どうやら新手がきたようじゃな」
間桐臓硯の姿があった。
状況は把握できた、遠坂と臓硯は戦闘をしているらしい。
――武器を投影する。今回は弓。遠距離からの援護を目的としたもの。
強化された視力で遠坂たちを見る。周りには数十いや、数百匹の、蟲、蟲、蟲。
アーチャーの夫婦剣に切り裂かれたのだろう。蟲は全てが両断され、息絶えていた。
遠坂と臓硯が何かを話している。口論だろうが、そんなものを聞こうとは思わない。
――投影した剣を弓に番え、『矢』にする。
遠坂との話が一段落つき、臓硯が奇怪な杖をレンガ作りの地面を打ちつけた瞬間、老人の前に、倒した筈の魔術師が現れた。
キャスターが生きていたのは知っている。驚きなどはない。ただ違和感から、疑問を口にする。
「…キャスター、か?」
「シロウ。あれはキャスターであって、キャスターではありません。…外装、能力はそのままですが、意思である魂を感じない。
アレは――キャスターの死骸を別のもので補っただけの模造品です」
臓硯はカラクリを見破ったセイバーに賞賛の声を上げる。
それを、怒りの混じった声で老人に問うセイバー。
その返答は、アーチャーとセイバーの怒りの琴線に触れたらしい。
「貴様」
「カカカ、何を憤る!所詮サーヴァントなど主の道具、どのように使役するかなど問題ではあるまい!令呪で縛られるも死骸となって使われるも同じ、ならば心ない人形と化すがうぬらの為…」
「――”壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”」
狂った口上を止めたのは、俺の放った『矢』によってだった。
真っ直ぐ進むソレは操り人形と化したキャスターの魔術防壁に阻まれる。
しかし、それを易々と突き破って、キャスターは放たれた宝具と共に爆散した。
「……たわごとは、それだけか?」
今にも飛び出そうと身構えていた二人のサーヴァントよりも、俺の怒りが限界に達するのが早かったようだ。
幾度もの聖杯戦争で、俺はセイバーと戦いを共にした。だからこそ臓硯の発言は許せない。
「ふむ。宝具並みの武器を破壊して相手を倒すか。小僧かと思いきや、爪を隠した鷹であったようじゃな」
臓硯には傷一つ無い。
――二人のサーヴァントが地を蹴る。
セイバーとアーチャーは申し合わせたように、哂う妖怪へ突進した。
既に老人は逃走を始めている。
しかし、妖怪と呼ばれようが所詮はヒト。英霊たるサーヴァントに勝てる筈は無い。
二つの剣風が老人を切り裂いた。
セイバーに足を斬られ動きが止まり、アーチャーに横一文字に両断される。
「ぬ、う、なん、と――!」
上半身のみとなった老人は、ずるずると手を使って這って行く。
内臓と血液、それ以外の何か異質なモノを零しながら、それでもまだ生きていた。
なんという生への執念か、余りにも見苦しい光景である。
「終わりだ魔術師。過去からの経験でな、おまえのような妖物は早めに処理する事にしている」
臓硯に短剣を振り上げるアーチャー。
それで終わる。
五百年を生きた老人はこれで生涯を終える。
アーチャーの短剣は確実に魔術師の命運を断つ。
「――え――?」
否、断とうとして、その動きを停止した。
この空間がまるで他のモノに変わった感覚。
それは、ここに居る全員、死にゆく老人も感じ取り愕然と体を震わせた。
ソレの登場と共に公園が闇に染まる。空気が凍りつく。何かよくないものがいる。
――ニゲロ
何だろうか、本能がアレに敵対するなと喚いている。
――アレ二、カカワレバ、「 」ゾ
嫌な予感がする。逃げようとしているのに逃げられない。本能は逃げろと言うのに、体が命令を拒否する。
――アレハ、ヨクナイモノダ、ニゲロ、カカワレバ、「シヌ」ゾ
しかし、逃げても無駄だ。出会ってしまったからには決して逃れられない。アレはそういうものだ。
唐突に理解する。アレからは逃げられない、ならば徹底的に抗おう。
公園の入り口に顔を向ける。
――それは、黒い”影”だった
空間が歪んでいる。 それが錯覚だと信じたい。
立体感が無い立ち姿。 影が、宙に浮かんでいるようにも見える。
吹けば飛びそうな程軽い存在。 喩えれば、風船のよう。
知性も理性も無い、生物でさえないモノ。 この影は今、この空間の王であった。
”黒い影”はその場に留まり、蜃気楼のように立ち続ける。
その光景を、何故か懐かしいと感じた。
to be Continued
あとがき
影が来たですよー、どうも鴉です。
特筆すべきことはありません。
あえて言うなら、このSS面白いですか?、ってだけですね。
副題の意味は『影』です。(たぶん)
次回予告はありません。