Stay Knight assasin,ver 6 M:遠野志貴・蒼崎青子 傾:シリアス


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1: こきひ (2004/03/06 07:21:38)




 その夜、遠野志貴は初めて死徒という存在に出会った。



 きっかけはたしか―――犬の遠吠え。
 あまりに五月蠅い愚犬の鳴き声に、屋敷の外へ様子を見に行った。
 そしてそこに、あの、一であり666という存在と出会った。

 ―――それはまさに混沌。

 ヤツという存在を知ったのはその次の日の事ではあったが、遠野志貴はその時すでにココロのドコカで感じていた。

 ―――コレに関わってはいけない、と。

 しかし、と思う。
 あの時、あの異音に意を介さずに、そのまま休んでいれば、と。
 次の日に貧血で倒れたのは、ひとえにアレのせいでもある。
 そしてその貧血がなければ、早退する事もない。
 結果―――



 ―――遠野志貴は、まったく別の人生を歩んでいたのではないだろうか―――










 Stay Knight Assasin,ver








sixth



 弓塚は残光を纏うアスファルトを、ゆっくりと歩いていく。
 魔眼殺しを外し―――と言っても霊体なので目を開ける感覚だが―――彼女の姿を見る。
 危険ではあったが、そうしておきたかった。
 思い切り緩めた視線は、そのラクガキを薄くしてくれていた。
 屋根からの尾行に気づくはずもない彼女は、先ほどから表情をまるで山の天気のように変えていた。
 まず、口の端から笑みがこぼれる。
 次いで、何か思い出したかのように真っ赤になった顔を手で覆う。
 それから、その視線が不安げに曇り、眼光に力がなくなる。
 そして、何やら自嘲めいた表情になり、手を下ろす。
 しばらくすると、また笑みがこぼれる。
 その繰り返しを帰宅するまでの十分間、幾度となく続けていた。
 これだけ色々な表情を見ていれば分かる事だが、弓塚はなかなかに可愛い。
 思えば、この時のクラスの女子人気ナンバーワンは彼女だったような気がする。
 そんな女の子が、何故、自分なんかに。

 『でしょ? だからまたわたしがピンチになっちゃったら、その時だって助けてくれるよね?』

 何故、自分なんか―――を、

 『だめだよ。遠野くんには乾くんがいるから。それに、わたしは遠野くんみたいになれないもの』

 鈍く残響する彼女の言葉。
 その、深みを抉るような言葉を、当時の俺はどう受け止めていたのだろう。
 (……いや、違うな。あれは『抉られた』んじゃない。あれは―――)



 ―――もとから、フカミを見ていた。



 きっと、かつての自分は気づいていない。
 今ここに居る『自分』が、第三者だからこそ気づく、彼女の言葉の持つ魔力。
 何もかも見透かされたような錯覚。
 もしも、トオノシキという世の異常の集大成とでも言うべき存在を、理解しているのだとしたら―――



 弓塚は結局、鞄を家に置いただけで、すぐに外へ出てきた。
 制服姿のまま、まっすぐに街路へと出て行く。

 ―――ソレハマズイ

 後を尾行る。
 弓塚はまっすぐに街へと進んでいく。
 すでに太陽は沈みきり、街灯の光に追われた影が伸びていく。

 ―――ソレイジョウハダメダ

 弓塚は止まらない。
 人並み薄れた街角を歩いて、路地裏ごとにキョロキョロと挙動不審気味に周囲を見回している。

 ―――ソレイジョウハイクナ

 いったいどれだけの時間そうしていたのか。
 気がつけば、夜はすっかりと更け、彼女は、アノ路地裏へと入っていた。



 少し不安げな足取りで、路地裏を進んでいく弓塚。
 俺はその姿を物陰から覗きながら、ある存在に気づいた。
 (……シキ……)
 包帯を体中に巻いた男。
 その目は赤く染まり、暗闇の中ニブイ眼光を放っている。
 ヤツが、誰を見ているかなんて、一目瞭然だ。
 (……………………)
 気配遮断はしたまま、実体に戻る。
 ポケットからナイフを取―――ろうとした瞬間、視界がぶれた。



 「え――――」



 ぐらつく平衡感覚。
 刹那の意識の遮断の後、次に目に入ったのは、一面の闇空。
 空を飛んだのかと錯覚する頭を落ち着かせ、周囲を見回せば、それはどことも知れない建物の屋上だった。
 そしてそのすぐ右隣に、人の姿を確認する。
 「なっ――――先生!?」
 「…………」
 すぐ傍に立っていた彼女は、冷たい、魔術師の目をしていた。
 「……志貴。君、ここに何しに来たの?」
 胸に刺さる一言。
 「それは―――」
 「真祖の姫を、救うんじゃなかったの?」
 「――――――」
 「わかっているとは思うけど、すでにここは君の知っている現代とは、少し違う。『未来』は、確実に変わりつつあるわ。
  でもね、君が手を出さずにここにいるだけでこれだけの変化がある。
  その君が現代の事に手を出して、何事もないと思う?」
 「………………」
 先生の言葉は正しい。
 正しいが、しかし、
 「……目の前で襲われようとしている人を、助けるのは―――」
 「―――悪いとは言わないわ」
 その言葉すら、彼女はあっさりと切って捨てた。
 「でもそれは今の君には許されない権利よ。
  君は、こうなると薄々わかっていた。彼女が襲われるのをわかっていた。
  そして、それを『止める』ために、彼女を『止めなかった』。
  その時点で、君の中にロアに対する遺恨の念が無かったとは言えない。
  それに、過去に対する改竄の欲望が無かったともね」
 「………………」
 「そんな事でこの八年間を無駄には出来ない。
  それは君も同じ。君の場合はそれ以上の年月をかけて目指したものがある。
  だから、私は令呪を使って強制的にここに連れ戻した。
  ……今頃、終わっているでしょうね」
 「―――っ!」
 屋上から見渡す街の灯りは、想像していたそれよりも暗い。
 ここからではどこがあの路地裏なのかすらわからない。
 だが、彼女の言った言葉は、真実なのだと、悟ってしまった。
 「………………」
 言葉もない。
 俺は、何も否定できない。
 「いい? これは命令よ―――志貴。
  決して自分の事に手を出さないコト。そうしないと、一番救われないのは、君自身なんだから。
  でも、決して目を逸らさないコト。
  そうしないと、君の一生は意味を持たない」
 そう言って、彼女はその場所を後にした。
 残ったのは、闇吹く風と、亡霊となってまでアイツを求めた自身の躯。
 見上げる空には、一つの月。
 彼方から薫る血のニオイ。
 薫らせないように、できたはずのニオイ。
 「……むずかしい、な」
 咽あがるように喉を通った言葉は、ただの泣き言。
 そんな事、わかっていた。
 わかっていたのに―――



 血潮に蔭る月夜。
 ただ一人月を見上げて、その愚かさを呪った。






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 注意7。

 本当は弓塚さつき救済イベントがあったのですが……ごめんよさっちん。
 さて、次回はいよいよ『彼女』との出会いなのですが……一言も台詞がありません。
 ヒロインの扱いじゃないので、欄には書きません。


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