『遠野志貴』の物語では、それは描かれていなかった場面だった。
赤い夕暮れ。
記憶にあるのは、これからの生活への不安を募らせた帰宅の場面のみ。
―――ならば何故。
『ね。中学二年生の冬休みのこと、覚えてる?』
このような記憶にない女性と、トオノシキは歩いているのだろうか―――
「ほら、わたしたちの中学校って体育倉庫が二つあったでしょ―――」
話す少女は、澄んだ声色。
この時間帯に帰宅する事から、どう学校の生徒であると窺える。
話の内容から推測するに、どうやら遠野志貴と同級生で、中学からの付き合いらしいが―――
(……あんな娘いたっけ……?)
中学時代からの友人(?)といえばあの悪友の顔しか思い浮かばない。
(……もしかして……)
最悪の考えが脳裏をよぎる。
(もしも―――)
―――俺がここに来た時点で未来が変わっていたとしたら―――
Stay Knight Assasin,ver
fifth
二人はなにやら話しながら夕暮れの道を歩いていく。
会話の端々に覗く、少女の懐旧の念。
当のかつての自分は、おそらく首をかしげながらそれに相槌をうっているのだろう。あまり声が聞こえない。
どうやらそこまで交友関係が深いわけではないようだが……当時の事を考えるとそれもよくわからない。
それに、彼女については何かこう―――引っかかるのだ。
『一つはおっきな運動部が使う新しい倉庫、もう一つはバドミントン部とか小さな運動部が使っていた古い倉庫。
で、このふるい倉庫っていうのが問題でね、いつも扉の建て付けが悪くて、開かなくなる事が何回もあったの』
少女の話した事は、記憶の片隅に埋もれていた中学二年生の寒い日の出来事。
たしか―――当時は妙に有間の家に居づらく、色々理由をつけて帰りを遅くしていた時だったと思う。
少女の言う日も、そうした理由だったように記憶している。
小さな旧倉庫の中から聞こえる、何かを叩く音。
くわしくは思い出せないが、たしか声をかけ、怒られながら―――
(……そっか。鍵の“線”を切ったんだったっけ……)
『わたしね、あの時に思ったんだ。
学校には頼れる人はいっぱいいるけど、いざという時に助けてくれる人っていうのは遠野くんみたいな人なんだって』
そう言う彼女の言葉を、トオノシキは即座に否定した。
『まさか、それは買い被りすぎだよ。ほら、ひよこが初めて見た人間を親と思うのと一緒。
たまたま俺が助けられただけっていう話じゃないか』
『そんな事ない……!
わたし、あの時から遠野くんならどんな事だって当たり前みたいに助けてくれるって信じてるんだから』
『弓塚さん、それ過大評価だよ。俺はそんなに頼れるヤツじゃないんだけど』
……彼女はユミヅカさんというらしい。
ユミヅカさんは、そう、もっともな事を言った『俺』をまっすぐに見つめて、
『いいの。わたしがそう信じてるんだから、そう信じさせて』
そう、笑った。
決して見えはしない。
しかし、何故か視えた。
(……思い出した)
彼女の名前は弓塚さつき。
遠野志貴の―――クラスメイトで、たしか……この日の朝、なぜか話しかけてきた女の子だ。
たしかクラスで高い人気を得ていたような気がする。
しかし、遠野志貴にとっては朝の出来事がなければ、今こうして思い出す事もなかったような娘だ。
(それがどうして……)
こうして、かつての自分と道を共にしているのか。
黙考の最中に、またジブンが何か言ったのか、彼女は笑ったように思えた。
『でしょ? だからまたわたしがピンチになっちゃったら、その時だって助けてくれるよね?』
それを、トオノシキはどう思ったのだろう。
自分はそう大層な存在ではない。
守りたかったヤツ一人も守れない、見つけられなかったような存在だ。
しかし、こう言われて、その笑顔を無碍にするほど馬鹿でもない……ハズだ。
『そうだね。俺に出来る範囲なら、手を貸すよ』
『うん。ありがとう、遠野くん。随分と遅れちゃったけど、あの時の遠野くんの言葉、嬉しかった』
ジブンの答えに安堵していると、彼女の気配が急に止まった。
その空気が何か、侘しいものへと移ろいでゆく。
それだけで、彼女が何か大切なコトを言おうとしているという事だけは理解できた。
『わたし、遠野くんとこうして話せたらいいなって、ずっと思ってた』
脳裏に浮かぶのは、夕焼けの赤がまわりに映った映画のワンシーンのような情景。
きっと、そこには、それと大差ない世界が広がっているはず。
『……なにいってるんだ。話なんていつでもできるよ』
そう否定するジブンに、彼女は自嘲気味に告げた。
『だめだよ。遠野くんには乾くんがいるから。それに、わたしは遠野くんみたいになれないもの』
―――ドクンッ
心臓が、爆ぜた。
俺の中身を、視られている。
そう、錯覚した。
『それじゃあ、わたしの家はこっちだから。また明日、学校で会おうね』
ばいばい、という声。
そして弓塚は、別の道へ歩いていった。
トオノシキはその場にしばし立ち尽くしている。
そして俺は―――
「…………」
ゆっくりと、彼女の歩いていった道を、気配を頼りに歩き出した。
それが、何か知ってはいけない事であると、確信しながら―――
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注意6。
今回はちょっと短めです。
また、話も停滞気味です。
すみませんです。できればものめっさ永い目で見逃してやってください(内容共々)。
あと、殺人貴の視点で見ていただけるとありがたいと思います。(視覚はありませんが)