普段どおり行動すると決めた俺は今、学校に向かっている。
「それにしても、アルトリアはおいしそうにご飯食べてたな〜」
うん、ホントにおいしそうだった。
それに……こくこく食べる様子なんてすごく可愛かったし。
そうこう、いろいろと考えていると学校に着く。
いつもどおり余裕を持って正門をくぐると、
「や、おはよう衛宮」
見知った女生徒にバッタリ会った。
「なんだ、まだ着替えてないのか美綴。もうすぐホームルームだぞ。俺に挨拶なんかしてる場合じゃないだろ」
「あははははは! いや、ごもっとも。相変わらずつれない野郎だねぇ、衛宮は!」
何が楽しいのか、人目も気にせず豪快に笑う。
「衛宮も慎二ほどとは言わないけど、もう少し……ね」
「慎二? なんでそこに慎二が出てくるんだ?」
「なんでもなにも、アンタと慎二って友人じゃない。
慎二の男友達ってアンタだけでしょ? それにお忘れでしょうが、あたしこれでも弓道部の主将なの。うちの問題児と、辞めちまった問題児をくっつけるのは自然な流れだと思わない?」
「ああ、たしかに自然だ。弓道ぶってのは関係ないけど、俺とアイツは腐れ縁だからな」
「あ、カチンと来た。アンタね、弓道部の話になると急に冷たくなるでしょ。
いいご身分よね、慎二をほっぽっといて自分はさっさと退場しちゃうんだから。後に残されたあたしとか桜の気持ちとか。少しは考えてくれてもいいじゃない?」
「む。慎二のヤツ。またなんかやったのか」
「アイツが何もやらない日なんてないけど。
……ま、それにしても昨日のはちょっとやりすぎか。
一年の男子が一人辞めたぐらいだから」
はぁ、と深刻そうにため息をつく美綴。
こいつがそんな顔をするのも珍しいけど、それ以上に今の話は聞き捨てならない。
「なんだよそれ。部員が辞めたって、なんで」
「慎二のヤツ八つ当たりしたのよ。わざわざ女子を集めてね、弓を持ったばかりの子に射をさせて、的中するまで笑いものにしたとか」
「はあ!? おまえ、そんなバカげた事を見過ごしたってのか!?」
「見過ごすかっ! けどさ、主将ってのは色々と忙しいんだ。いつも道場にいる訳じゃないって、衛宮だって知ってるでしょ」
「……それは、そうだが。にしても、なに考えてるんだ慎二のヤツ。必要以上に厳しく教えることはあっても、素人を見世物にするようなヤツじゃないだろ」
「んー、聞いた話じゃ遠坂にこっぴどくふられたとかなんとか」
「え……遠坂って、あの遠坂か?」
「うちの学校にアレ以外の遠坂なんていないでしょ。
2年A組の優等生、ミスパーフェクトこと遠坂凛よ」
「……いや、そんなあだ名は初めて聞いたけど」
聞いたけど、それなら、と納得できてしまった。
相手が遠坂なら、慎二が振られることもあるだろうし、なにとり―――
あの遠坂なら、交際を断る時も容赦ない台詞を口にしそうだし
「ともかく、慎二のヤツは昨日からずっとその調子よ。
おかげであたしもこんな時間まで道場で目を光らせてたって訳」
「……慎二のヤツは癇癪持ちだからな。美綴、たいへんだろうけど頑張ってくれ」
「はいはい。けどねー、慎二って懲りないでしょ? また遠坂に声をかけて振られた日には、今度こそ遠坂本人に何かしそうでさー」
「いや、いくら慎二でも振られた相手には近寄らないだろ。アイツ、そのあたりはちゃんとしてるぞ」
「けど相手が近寄ってくるんだからしょうがないじゃない。遠坂さ、なんか知らないけどうちの道場をよく見学に来るのよ。衛宮は辞めちゃったから知らないだろうけどね」
桜を見に行ってるのかな。アイツ素直じゃないし。
「ま、たまにはそれもいいか。アイツお高くとまってるし、一度くらい痛い目にあうのもいいかもねー。お気の毒さまっていうか、ご愁傷さまっていうか」
なにやら物騒なことを口にする美綴。
ま、それはありえないことだけど。
とりあえず、
「おい、美綴、いくらなんでもそれは」
「あ、そろそろ時間だ、じゃあね衛宮、今度あたしの弓の調子見に来てよ」
慌ただしく走っていく美綴。
「―――相変わらずだな、あいつ」
けど、アイツのああいうスッパリしたところは昔から気に入ってる。
なんとなく穏やかな気持ちになって、教室へ足を向けた。
朝の話が気になったのか、気が付けば弓道場に来てしまった。
「……慎二のヤツ、カッとなると止まらないからな……」
襲わないと分かっているが、慎二だから分からない。
「って―――なんだ、遠坂、いないじゃんか。」
流れてきた情報もここにはいないことを示している。
「へえ、誰がいないって?」
「っ!」
咄嗟に振り向く。
「だーかーらー、誰がいないって?」
と。ついさっき別れたばかりの一成がいた。
「お、おまえか一成。あんまり驚かすなよ」
「いや、衛宮が挙動不審げに道場を眺めていたからつい。―――で、誰がいないって?」
「誰って、遠坂だよ。なんでも昨日、慎二と一悶着あったらしいんだ。それで一応、様子を見に来ただけだ」
「ほうほう。挙動不審だな、訊かれてもいないのに理由まで話すなど。俺は誰がいないかと訊いただけなのだが?」
「――――! な、なんだよ。別にいいだろ、俺が何をしようが俺の勝手だっ!」
「うむ、それはしかり、だが無駄だぞ。遠坂はここにはいない、何故なら、あいつは今日ズル休みだ」
「なに?」
まあ、さっきの情報で分かってはいたが。
「まあ、そういうことだ。それではな。俺は、生徒会室に戻るが、衛宮はバイトだろう? こんなところで道草を食っている暇はなかろう」
「ああ、そうだった。じゃあな。」
そう言い一成と別れる。
学校からバスに乗ること20分。
橋を渡って隣町である新都に到着した。
「さて、働きますか」
………
……
…
バイトが終わったのは陽も沈みきった八時前。
予定より10分ほど早く終わったのは、単に頑張り過ぎたせいだ。
「藤ねえにおみやげ買わなきゃな、朝のこともあるし」
明かりのついたビルを見上げながら歩く。
新都で一番大きいビルなので、さすがに上の方はよく見えない。
ただ夜景を楽しむためにビルを見上げていると、
「―――――?」
なにか、不釣合いなモノが見えた。
「なんだ、今の」
立ち止まって最上階を見上げる。
量目に意識を魔術で集中させて、米粒程度にしか見えないソレを、ぼんやりと視界に捉える。
「――――な」
見た瞬間、情報が流れてきた。
遠坂……あいつもマスターなのか。
でも、アイツは遠坂の人間だ。参加してても不思議じゃないか。
協力するよう誘いたいが……今は夜だから戦うことになってしまう。
「明日。学校で話そう。」
そして、また歩き始める。
坂を上りきって衛宮の家に着く。
「ただいま、藤ねえおみやげ―――って桜は? 晩飯の支度だけはしてあるみたいだけど」
「おかえりなさい、シロウ」
「おかえり、士朗。
おみやげ、ありがとね。それと、桜ちゃんなら早めに帰ったわよ? 今日は用事があるからって、晩ごはんだけは作ってくれたの」
うれしそうに語る藤ねえ。
「そっか。確かにしばらくその方がいいかもしれないな。最近は物騒だし、いっそ新学期まで晩飯は俺が作ろうか」
それに、聖杯戦争の関係で出来る限り別行動を取りたい。
「えー、はんたーい! 士朗、帰ってくるの遅いじゃない。それからごはん作ってたら、食べるの10時過ぎになっちゃうよぅ」
「……あのね。そこに自分ん家で食べる、という選択肢はないのかアンタは。藤ねえも一応は女なんだから気をつけた方がいいぞ」
ここで藤ねえも家に来ないようにしたい、藤ねえの安全のためにも。
「士朗がそういうならそうしようかな〜。士朗のごはんは惜しいけど」
「ああ、そうしろ。
……で。足下のソレ、なんだよ。また余計なモノ持ってきたんじゃないだろうな。
ちょっと見せてみろ。ゴミだったら捨てるから」
「これ? えーと、うちで余ったポスターだけど」
はい、とポスターを手渡してくる藤ねえ。
おおかた売れない演歌歌手のポスターか何かだろう
「どれどれ」
ほら見ろ、ハリボテっぽい青空をバックに、笑顔で親指を出している軍服姿の青年。
血文字っぽい見出しはズバリ
『恋のラブリーレンジャーランド
いいから来てくれ自衛隊』
―――って、これ自衛隊の隊員募集じゃねえかっ……!
「それ、いらないからあげるね」
「うわあ、俺だって―――」
「シロウごはんの準備はいいのでしょうか?」
「―――ああ、そうだな。藤ねえがガラクタを持ってくるなんて珍しいことじゃないし」
「ええ、そうしていただくと助かる。正直に言いますと結構お腹が空いています」
「んじゃセイバーは皿と茶碗な。ごはんぐらつげるよな」
「はい、では急ぎましょう」
「士朗。私のこと無視しなかった?」
「してない。藤ねえもセイバーの手伝い頼めるか?」
「む〜〜。誤魔化されてるきがするけどわたしもお腹空いたし、手伝う」
うんうん、物分りがいいお姉さんで助かるぞ。藤ねえ。
食事が終わり藤ねえが帰っ後、
「で。今日のことについて説明していただけるのでしょうか?」
と。真剣な顔のアルトリア。
「今日のことは今日のことです。なぜ帰りがこうも遅いのですか?」
う、凄い剣幕。
「バ、バイトだよ。」
「バイトですか…私は学校に行くことしか容認した覚えはありませんが。シロウは マスターとしての自覚があるのでしょうあ?」
次は一転して冷ややかな視線を向けてくる。
美人にあの顔で見られるのはつらい。
「シロウ聞いているのですか?」
と、また思考の渦に落ちていたようだ。
「ああ、聞いてる。ごめんな、セイバー、心配かけて。明日から聖杯戦争が終わるまでバイトは行かないことにする」
「ええ、そうして下さい」
「で。セイバー提案なんだが、バイトに行かない分、早く帰るんだからさあ、剣の手ほどきをお願いできないか?」
「シロウ、それは貴方が戦うということでしょうか」
「ん、そうだけど? なにか問題あるかな?」
「おおありです。貴方はサーヴァントを侮っている。人の身で英霊を打倒しようなどと、なにを思い上がっているのですか」
「別に侮ってなんかいないぞ。アルトリアクラスには勝てないかもしれないけど、ミドルクラスならうまくやればいけるぞ」
「そうですか、判りました。それでは明日、覚悟しておいてくださいね」
にっこり、なんていう擬音がぴったりな笑顔で言ってきた。