―――それは、夢と言うよりは走馬灯のようだった。
初めに瞳に映ったものは、いつの日か見上げたコワイほどキレイな月だった。
次に、遠野の家での時間。
セミが鳴き、アキハが泣いて、シキが笑っていた。
あの、俺が■■■シキから、遠野志貴へとなった夏の日。
初めて見えた線。
コワレテいた俺を救ってくれた女性との出会い。そしてその別れ。
やさしく、家族同然に接してくれた有間家での八年間。
約十年間の思い出はすぐさま過ぎ去り、一番大切なところを飛ばし、最後に、あの―――
―――燃えるような教室の中の、最後の放課後を映し出した―――
『全部終わったあと―――吸血鬼を倒し終わったらさ。別れる前に、もう一回だけこうして遊ばないか?』
『うん―――! ぜんぶ終わったら、またここに来ようね志貴!
なんの意味もないけど、それはきっと、きっとすごく楽しいよ―――』
ただ、その約束だけを信じて待った俺に、彼女は言った。
『でも、ごめんね。今度はわたしのほうが約束を守れない』
なぜ、とでも訊いたのか、彼女は別段どうでもいい理由をのたまった後、夕焼けを背負ってお別れと告げた。
『でも、それが精一杯。わたしの中の吸血衝動は、もう抑えきれないところまでやってきちゃった。
だから―――
……志貴とは、もう会えない。約束、破っちゃって、ごめん』
それを止めるために、俺はなんて言ったのか。
―――そんなコトは思い出せないけど、それに対して彼女が言った言葉と、あの笑顔だけは覚えている。
『好きだから、吸わない』
そう、咲き誇る花のような笑顔で―――
『わたし、志貴のこと愛してる。正直で、ぼんやりしてて、わたしにだけうるさくて、前向きだった貴方を愛してる。
だから、お願い。これからもずっと、そのままで生きていってね』
―――哀しそうに、笑って―――
Stay Knight Assasin,ver
fourth
「――――ん」
目覚めは重い。
魔眼殺しを手探りで探す。
「あ―――れ?」
しかし、目的の物は見つからない。
そうやってしばらく手を枕元に這わせていると、不意に冷たいナニカに手を掴まれた。
「ん―――?」
つめたく、小さなそれは、どうやら人間の手のようだった。
一人だけ、それに思い当たる人物の名を呼ぶ。
「……アルトルージュ?」
「違うわよ」
「っ!?」
跳ね起きて枕元を見やる。……あれ、なんでこんなに暗いんだろ。
「……朝くらい外してもいいわよ、それ」
「え―――あ」
それで気づいた。
魔眼殺しと包帯は頭に巻かれたままだったということに。
そしてここは―――ああ、棺桶だ。
「……おはようございます、先生」
魔眼殺しを外して見た彼女の笑顔は、どこかツメタイ。
「おはよう志貴。八年ぶりね」
「……はい。先生もお変わりなく」
というか俺はこの人が年相応に変化したところを見た事がないような気がする。
「……でも、いいんですか? 俺に見られると、結構キツイんじゃ―――」
「ああ、そんなこと。
大丈夫よ。力の入ってない志貴の魔眼なんて、姉貴に比べりゃかわいいものよ」
そんな事は大したことではないのか、先生は、それより、と視線を細めた。
「アルトルージュ……って言ったわね。なんでここで彼女の名前が出てくるの?」
「あ、いや。俺とアルトルージュは協力関係にあったって―――」
「―――ええ。聞いたわ。でもね、志貴。
私が訊いてるのはそんなことじゃなくって、どうして朝一番に彼女の名前が出てくるのかってコト。
しかも手を握られた瞬間に」
「あ―――それは、えっと……」
先生は口どもる俺の額へ、それこそ穴を開けるかのように指を(突き)刺し、
「その辺のコトも、ちゃんと説明しなさい。いい、これは命令よ―――アサシン」
マスターとして、トンデモナイ命令を下した。
◆◆◆◆◆
精神的ダメージ大を伴った一時間におよぶ言及に耐える事一時間。
『ああ。そういえば、明日が期日よ』
そう、わざわざ最後に告げた先生のあくまの笑みに急かされてから三時間。
俺は今、遠野の屋敷の前へとやってきていた。
「…………」
前と言っても壁の上である。
無論、霊体に重ねて気配遮断もしているので、見つかるはずは―――ない。
しかし、
「…………」
「…………」
さっきから、見えているはずのない彼女たちがこっちを見ている。
「……本当に何かいるの、翡翠ちゃん?」
「……見えるわけではないのですが、そんな気が……」
懐かしい、双子の姉妹。
俺の事を考えいつも笑顔で励ましてくれた、姉の琥珀さん。
俺の屋敷での生活を支えてくれた、妹の翡翠。
懐かしい。本当に、久しぶりだ。
できればきちんと会いたい気持ちもあるが、それは抑えねばならない事。
そう、思っていたのだが―――
「困ったね〜。
今日はせっかく志貴さまが帰ってこられる日だというのに。
ヘンな悪霊さんが屋敷にいると知れたら、とても失礼になっちゃう」
「いえ、姉さん。
別に悪霊というわけではないのです。ただ……少し、気になって」
―――抑えるどころか、むしろむこうから挨拶でもしてきそうな二人の勢いに圧されている悪霊こと俺、殺人貴。
というかそろそろ二人とも屋敷の中入ってくれないかなあ。
最初に翡翠に見られ始めてからすでに一時間半ぐらい経ってるんだけど……。
―――他の魔眼はどうなのだか知らないが、俺の魔眼は特殊らしく、霊体になってもその効力はあまり薄れないらしい。
最初はそんな事は知らず、ただ懐かしさから屋敷の扉に立ち尽くしていた翡翠を見ていた。
それが始まり。
こちらにツカツカと歩いてくる彼女に驚いて目を閉じた時には解き既に遅し、彼女はすぐ下まで来ていた。
それから一人で、じー……っと俺(の座っているトコロ)を見つめること一時間。
琥珀さんが来てから三十分。彼女はここから中々立ち去ってくれない。
そこへ、
「ねえ翡翠ちゃん。
もう悪霊さんも困ってるみたいだし、志貴さまも帰ってきてしまうから、屋敷に戻らない?」
なんてまるでこっちの心を見透かすような一言を放つ琥珀さん。
「……そうですね。
どうやら悪霊ではないようですし。この程度でしたら志貴さまがお帰りになられても問題ありません」
そして遠まわしに眼中に無しといったような事を言ってくる翡翠。
……色々気になるところはあるが、屋敷に帰ってくれるのならそれでいい。
二人の足音が聞こえ、それが遠ざかっていく。
やっとの事で解放されたような気分になって、思わず溜息を吐き出した―――その瞬間。
ガバッ!
超高速だるまさんが転んだのように振り返る二人。
(っ!)
見ていないからわからないが、きっと今二人ともすごい顔でこっちを見ているに違いない。
(……無心無心、俺はアサシン。気配遮断で誰も気づかない……)
呪詛にも似た精神統一で気配遮断の性能を上げようと試みる。無論、そんなものは意味が無い事だが。
「…………」
「…………」
(…………)
しばしの硬直状態の後、今度の溜息はむこうから聞こえてきた。
「……はあ。
どうやら秋葉さまにご報告した方がよさそうですね〜」
な、なんて事を言うんだあの割烹着の悪魔は!
「姉さん、秋葉さまにはご報告しない方がいいと思います。
ただでさえ最近はご多忙のご様子ですし」
うん。そうだ翡翠の言う通り。
だから琥珀さん、そんな事はやめなさい。っていうかやめて下さい。
「……そうだね、やめとこうか。
でもああいうタイプの悪霊さんは秋葉さまのような方が苦手だと思ったんだけどな〜」
妙に的を射ている琥珀さんと、
「姉さん、そういう表現は秋葉お嬢さまに失礼です。
それと、あの方は悪霊ではありません」
さりげに俺をフォローしてくれている翡翠。
そんな二人の会話が遠ざかり、屋敷の扉が閉まる音がかすかに耳に響く。
「…………」
再び出そうになった溜息を飲み込んで、屋敷の壁を降りる。
無論、道路側へだ。
(……監視は、向かいの屋根からしよう)
そう、心に固く誓い、俺は遠野の屋敷を後にした。
見上げる空は赤く染まり、その輝きをより一層に増しながら世界を暗く包むという矛盾したセカイを体現している。
この時間ならば、トオノシキはもうそろそろ帰宅してくるはずだ。
「……最初から学校に行けばよかったかな……?」
そうボヤきながら、一人坂を歩く。
八年ぶりの帰宅。
当時の遠野志貴にとってはたしか、色々と複雑な思いがあったような気がする。
親父―――と言っても実父ではない事が後々判明したが―――が死んで急遽呼び戻された家。
あの時は、ただ秋葉に負い目を感じての帰宅だった。
仕方なく、という面もあったかもしれない。
それが気づけば、俺の中に最も遺っている記憶はあそこの―――屋敷で過ごした記憶ばかりだ。
(……本当に、色々な事があったな……)
懐旧の念に囚われながら、坂を下りきる。
そして、その道が他の道と合流したところまで来て、俺はその足を止めざるをえなかった。
なぜならそこには―――
『ね。中学二年生の冬休みのこと、覚えてる?』
―――俺の知らない“俺”の過去が広がっていたのだから。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
注意5。
アルトルージュに関してはノーコメントです。ご想像におまかせいたします(お
『何故か』琥珀さんと翡翠の登場です。
この二人はいきなり生まれたので特には何も言えません。
そして『何故か』例の少女登場。
でもやっぱりあつかいが酷いので、あまりこの娘に期待しないで下さい。
……なんか語る事があまりないっていうか、口下手なのも考えものです。