「先輩、私は今日はもう帰りますね。」
「士郎、私桜ちゃん送っていくから。じゃーね葉崎君。」
「藤村、桜を食うなよ。ムシャムシャと。」
「そんなことしないもん。」
と手足をばたつかせているが、確かに藤ねえだったら腹が減ったら何をするかわからない。
「じゃあな桜、また明日。」
「士郎、どういうつもりか聞かせてもらえる?」
ああ、遠坂が士郎と俺をものすごくにらんでる。こっちとしては腹を抱えて爆笑したいくらいだ。
「どういうつもり、ってどういうことだよ。」
「リン、それでは言いたいことが伝わらない。」
「ああ、いい加減に正体をさらしてやろう。」
実は遠坂って藤村と同じ位からかい甲斐がありそうだな。
「へっ、じゃ先輩って、やっぱり、」
「お前と同じように俺も協会に属さない魔術師だってことだ。」
「そ、そうだったんですか?」
「おう、俺はお前の射を見て魔術師だって気付いてたけどな。」
「ちゃんと話しなさい。封印協会会長、葉崎凌斗。」
「封印、協会?」
「正式名称は封印指定魔術師協会、略して封印協会よ。まあ、士郎が知らないのも無理ないわね。協会の中でも管理者クラス以上しか知らないし。」
じゃあ、何でさっき士郎を怒ったんだ?
「読んで字のごとく封印指定を受けた魔術師のための協会だ。会員同士協力の要請には出来る限り応えること、以外に縛りはない。無論、魔術師としての前提として目立たないこと、と言うのがあるが。士郎、お前も固有結界が元で封印指定を受けたら入れてやるぞ?確か無限の剣製だったか?」
「先、輩。どうして、それを、」
「どうして?おかしなことを聞くんだな、士郎。魔術師が自分の町の状態について気がつかないと思うか?ましてや一応会長なんだ。協会の管理者とその周りには注意を配る。まあ、お前があんなものを持ってるとは流石に思いもよらなかったがな。」
「2つ聞かせてもらうけどいい?」
「どうぞ。」
聞きたいことなんておおよそ見当がつく。
「どうして聖杯戦争に参加しなかったの?」
多分俺の答え聞いたら青筋立てるだろうな。
「店が忙しいから。それに、あんな汚染されたものに興味はない」
あ、こめかみが動いた。ヒクヒクいってる。
「そう、じゃあもう一つ、封印協会にはどれくらいの魔術師が、」
「その質問に答える気は無い。第一、協会とは不可侵条約が結ばれているはずだ。」
「ええ、うちの魔道元帥とそっちの会長でね。って、あなた大師父に会ったことあるの?」
「不可侵条約を結んだのは俺じゃないが会ったことはある。」
「何時?何処で?」
「魔術師にとって手の内を明かすのはよほど信頼したときだけだ。」
つまり、言外に答える気はない。と言ってる訳だ。
「あなた、ケンカ売ってるの私に。」
「リン、彼の実力からすれば、私やシロウが彼を倒す前にあなたを倒せる可能性は高い。」
そう易々とはさせませんが。と続ける。
「さすがセイバー、冷静な分析だ。ああ、遠坂。こっちも一つ質問だ。」
「何よ。」
「おまえ、本当に俺や士郎の事に気がついてなかったのか?」
つまり、馬鹿にしてるわけだ。
「しょ、しょうがないじゃない。どう見ても普通の人間しか見えなかったんだから。」
「リン、私は対峙した時に魔術師だと気付きましたが?リョウトはあの時全身の細部にいたるまで魔力を駆け巡らせていました。」
リンはすでに気付いているものと思って言いませんでしたが、なんて続けてるけどもうこいつには聞こえてないだろう。
「うん、俺もなんとなく気付いてた。先輩は必要だと思わない限りそういうこと話さないから聞かなかったけど。」
士郎、ナイスな油の注ぎ方だ。おー、怒り心頭、怒髪天を衝くって感じになってるな。
「う、私そのとき見てなかったのよ。」
魔術師なら見てなくとも気付け、って言ったら藤村ばりに暴れるだろうな。
「先輩、俺も一つ聞いていい?」
「どした?」
「なんで会長なんてやってるの?部長やる時だってあれほど嫌がってたのに。」
「一番性格がまともだからと言う点と多数決だ。拒否したら全員から禁呪クラスを食らうんだ断れるわけがない。」
「はあ、会長って何やってるんですか?」
「うちの場合会長といっても求められるの事務的な仕事だけだ。どこぞの様に縛ったりしないから評議会なんてのも必要ない。必要なのは対外的な処理能力と情報収集能力だけだ。モットーが自分のけつは自分で持て、だからな。」
「つまり会長とは名ばかりで実際は事務処理だけだ、と。」
「まあ、そうだな。さらに言えばここ最近特に何もしてないし。」
関ったのが運の尽き、と言うやつだ。
「で、セイバーはうちの店に来るのか?来るんだったら戸籍とかいろいろと用意するから早く言って欲しいんだが。」
あ、そういえばなんだかんだで忘れてたけどセイバーがバイトしたいって言い出したんだっけ。うん、先輩がいるんなら安心できる。
「ちょっと、それどういうことよ。」
「リン、食事の前に話をしたはずです。私はあるばいとをする、と。そしてリンはそれを承諾したはずですが。」
ああ、確かにしていた。どこでするのかはまだ聞いていなかったが。
「アーネンエルベで、セイバーを雇う。何か問題があるか?」
「あるわよ。どこの世界に使い魔をよその魔術師のところにやる魔術師がいるって言うのよ!」
遠坂。はっきり言おう、先手で負けてる以上お前が先輩に勝てる可能性は低いぞ。
「普通の使い魔だってお使いぐらいする。ましてやセイバーは自分の意思でバイトをするって言ってるんだ。それに俺は魔術師としてセイバーを雇うんじゃない。普通のパティスリーの普通のパティシエがウェイトレスとして雇うんだ。」
「う、でも。何でセイバーなのよ。」
あ、遠坂劣勢。でも助け舟は出さないぞ。うちのエンゲル係数のためにも。
「その答えは簡単だ。セイバーは俺が作ったケーキを真剣に食べてくれた、それだけで充分だ。」
ああ、セイバーはうれしそうに食べるからなあ。
「士郎、何ニヤけてるのよ。」
まずい、ニヤけてた!?うわー、遠坂がすげえ邪悪なオーラに身を包んでるよ。先輩が帰ったら俺どうなるんだろう。ガタガタブルブル
「い、いや、なんでもない。いいじゃないか遠坂。先輩が信頼に値する人だってことは俺が保証するぞ。」
「はあ、もういいわ。セイバー、好きにしなさい。」
「ええ、ではリョウト、これからよろしくお願いいたします。」
「ん、じゃあ士郎、遠坂。戸籍謄本に書く内容を適当にでっち上げてくれ。」
「え、バイトだったらそんなものいらないでしょう。」
「まあそうなんだが、外国人を雇うとなると入国管理局につっこまれたらうるさいからな。日本国籍にする。後適当でいいぞ。」
先輩だったらそんなのあっさりと黙らせそうだけど。会長として事務処理してるから、面倒ごとになりそうなことは先に片付ける習性が身についたなんだろうな。きっと。
「ええ、ではこれでお願いします。」
遠坂いつのまに書いたんだ?
「アルトリア・ペンドラゴン、本名そのまんまか。あとは、特におかしなこともないか。」
やっぱり先輩もセイバーの名前は知ってたか。先輩は携帯電話を取り出して誰かに電話をかける。
「ああ、もしもし、レッドか。黒桐はいるか?」
「なによ、会長殿。うちのになんか用?」
レッド、蒼崎燈子に最期に会ったのは俺が会長にされた時だろう。それ以来ほとんど会わない。助手の黒桐をからかうことを生きがいにしているからだろう。
少なくとも俺と黒桐はそういう認識をしている。
「ずいぶん不機嫌だね、寝てないのか?」
む、そうか、男日照りか。
「お前今ものすごく失礼なこと考えてないか?じゃあ黒桐にかわるぞ。」
何故電話の向こうの人間の考えがわかる。
「葉崎さん、今日は何ですか?」
「ああ、別にたいしたことじゃない、明日中に一人分戸籍を偽造してもらいたいだけだ。」
「明日中って、無茶言わないでください。」
「明日中なら明日払うが?どうせレッドはまだ給料払ってないんだろう。」
しばしの沈黙、その後。
「わかりました。遅くとも明後日中には。社会保険その他も一緒に。」
「サービスがいいのはいいことだ。50人位出してやる。たまには式をどっかに連れて行ってやるんだな。」
50人というのは要するに福沢諭吉50枚ということだ。
「ありがとうございます。あ、燈子さんが何か用事があるみたいです。」
「もし。君の住む…、冬木だったな。冬木市に遠からず代行者が行くことになっているらしい。」
「何しに?まさか観光ってこともあるまい。」
「ふむ、まあ聖杯戦争のことだろうね。」
「うちの人間はかかわってないだろう。まあ、代行者に気をつけろと連絡をまわすくらいでいいんじゃないか?」
「君は特に気をつけろよ。固有結界は空想具現化よりも存在としての力が強いから教会は真祖対策の一つとして考えてる。」
封印教会の資料ではこの街で固有結界を持ってるのは俺しかいない。士郎みたいなのがいないとも限らんが。
「なんだ、あなたもあの論文を信じてるのか?」
「まあ説得力は皆無じゃないからね。説得力さえあればいいって連中はどこにでもいるからね。」
要するに、少なくとも教会の人間は信じてる、と言いたいんだろう。
「まあ、とりあえず気をつけるよ。教会がうちに手を出したらただじゃ済まさんがな。」
「君のそういうところが会長として向いていると思うよ。」
む、要するに仲間意識が強い、と思われているのだろうか。神なんぞ拝んで、神の真理の体現者だ、等と浮かれてる馬鹿共に舐められたくないだけだ。
「はいよ。じゃあな。何かあったら連絡する。」
「何もないことを期待する。」
何もないことを祈る、と言わないのがレッドのいいところだ。少なくとも俺にとっては。祈ったぐらいで何か変われば苦労はない。
後書き?
こいつで一番性格がまともって、明らかにやばいな。
封印協会はオリジナルです。基本的にロンドンだろうがアトラスだろうが構わず受け入れてます。
ちなみに魔術協会の人間にとって封印協会は目の上のたんこぶですが、封印協会に入ることを通過点として目標にする魔術師は少なくないです。教会とは特に関わり合いを持ってません。
固有結界が空想具現化よりも強い、いうのは考えたもの(空想具現化)よりも心象風景(固有結界)のほうがイメージとして強いから固有結界を展開すれば空想具現化を上書きできるだろう。という考えからです。ただし論文の域を出ず、実際に試した人はいません。と言うか試せる状況自体ない。