Stay Knight Assasin,ver
third
「―――ということは、今の貴方は“遠野志貴”っていうより“殺人貴”という英霊、ということになるのね?」
昔の俺が立ち去った後の草むらへ移動してからすでに一刻。
風吹く草むらの中、最後の締めとばかりに、先生はそう呟いた。
「はい。……でも先生、よく信じてくれましたね。俺もまだあんまり実感がないのに」
俺がここにいる理由やその原理についての説明は、順調になんの滞りもなく済んだ。
本当に、なんお滞りもなく、質問だって今のを含めてたったの三回しかされなかった。
だというのに先生は大まかを理解したらしく、まあね、とどうでも良さげに息を吐いた。
「遠坂がアインツベルンと組んでそういうことやってる、っていうのは聞いてたし。
私も一応この辺管轄してたしね」
それでもこんなに大掛かりなモノとは思わなかったけど、と付け加えて、先生は立ち上がった。
―――と言ってもその気配があっただけだ。
先生の要求で、最初の時と同じように魔眼殺しはしっかりと頭部に巻かれていて、外界の様子は、視覚には頼れない。
「それで先生。お願いなんですけど――――」
立ち上がろうとする俺を、彼女は言葉の針で射止めた。
「真祖の姫に逢うのを手伝えっていうんでしょ。だったら、答えはノーよ」
「な――――」
「真祖の姫なんて物騒なヤツと関わりたくないし。
それにね、志貴。君がしようとしていることは過去の改竄に他ならないわ」
「それは……」
「そんなことのために私の魔力はあげられない。
憶えているでしょう志貴。今日、私が言ったコトは」
冷たく、突き刺さるような言葉。
その一つ一つが躯中を巡って、その芯へ刻み込まれていく。
たしかに、先生の言う通りこれは反則に近い行為だ。
でも、たった一つでもあいつが救われる運命があれば、それだけで――――
「それにね、志貴。だいたい、今の真祖の姫と会ってどうするのよ。
むこうと君が逢うのは八年後なわけでしょ?」
「――――え?」
「それとも今から八年経つのを待って彼女を再び探す?
それこそ意味がないし、見つけられるとも限らないじゃない」
……待ってくれ。先生は、何か勘違いをしている。
「先生」
「君が彼女と別れてから残りの時間全てをかけても見つからなかったんだから―――って、なに?」
「先生、勘違いしてる。俺が望んでいるのは、そんなことじゃない」
そう。少なくとも、“今の俺”がどうこう言う問題じゃない。
「俺はただ、あいつにも幸せな未来が欲しいだけなんだ」
そう、その願いの先には“俺”の姿はなくてもいい。
先生は一瞬言葉につまった後、信じられない、といった風に尋ねてきた。
「……それじゃあ、君は―――」
「うん。俺がしたいことをした後、大人しく消える」
もともとそのための契約だ。
それさえ済んでしまえば、もう俺がこの世に残る意味はない。
その言葉は彼女にはどう響いたのか、次に聞こえてきた声は、どこか呆然―――というより呆れ声だった。
「―――はあ。だから私のところなんかに来たのね。どうりで聖杯に頼らないわけだ。
……うん、そうよね。あなたはそういう子だった」
「あの、先生。一人で納得されても……」
「いいのよ。君はこんなこと、気づくべきじゃない」
はあ、と溜息を吐く音が聞こえる。
……俺、何か変な事言ったかな。
……わからない、な。
そんな胸中の思いを置き去りにするように、次の言葉が風に乗って届いた。
「―――わかったわ。志貴、君の一時のマスター役、引き受けましょう」
「え―――本当ですか!?」
「ええ。もちろん」
「やっ――――た」
実際もう駄目かと思っていただけに、これは嬉しい。
そんな喜びさえも吹き飛ばすように、彼女はぐいとこっちの左腕を掴むと思い切り引っ張った。
「……先生、何してるんですか?」
……というか。
「……痛いんですけど」
先生の手は今俺の左手首を握っているのだが、それがかなり痛い。
完全に失念していた―――というかさっき攻撃されて初めて気づいたが、先生はけっこう力が強い。
あのでかいトランクを我がモノ顔で振り回すんだから、それもかなりのレベルだ。
それにしても、ただでさえ存在が希薄になっていっているのだから、痛み類のものは勘弁して欲しいのだが。
しかし、そんなものは知った事かと、先生は続けた。
「これくらい我慢しなさい。今から私とあなたにラインを繋げるんだから」
そして彼女が何事か呟いたかと思うと、急に―――本当にホラー映画に出てくる怪人並みの唐突さで、体に大量の魔力が注ぎ込まれた。
「うわっ――――って、先生ストップストップ! そんなに入れたら俺パンクする!」
「え―――あ、ごめん」
離される腕。
……ああ、しかしびっくりした。
今のパンクと言ったのは、つまり殺人貴が必要としているエネルギー量が十だとしたら、先生は最初から容赦なく二十をつぎ込もうとした結界に出た言葉だ。
しかも当の彼女はこっちの情報を無理矢理押し潰すほどの力を流しておきながら、まったく変化がない。
しかも、
「―――なんだ。志貴ってけっこう容量少ないのね。
……うん、これぐらいならどうって事ない。全然問題ないわ」
なんて言ってくれる始末。
魔法使いで、デタラメなんだとは色々な人の噂で聞いていたけれど、まさかここまでだったとは。
こっちだって一応は「使い魔」の最高峰、「サーヴァント」だっていうのに、これほどまでに簡単に使役されると、それはもう頼もしいを通り越してなんだか切ない。
そんな密かなショックに彼女が気づくはずもなく。
「ほら志貴、立って。移動するわよ。君、霊体にはなれるんでしょ?」
突然な彼女の要求に従いながら、その理由を尋ねると、彼女はさも当然のようにはねのけた。
「目隠しした男を連れて歩くなんて、普通じゃないでしょ。ウチに帰るまではそのままでいてね」
……まあ、たしかにそうなんだが。これは先生が付けろって―――
「ん? なに、どうかした?」
「……いや、なんでもないです」
「? じゃあ、行きましょうか」
そうして俺たちは、再会の―――彼女にとっては出会いの―――地を後にした。
一陣、鮮やかに吹く夏風が、懐かしい匂いを運んでいた。
彼女に案内されたのは、古ぼけた倉庫のような場所だった。
ここが工房だとわかったのは、単に、その内包する禍々しいまでの魔力のおかげだった。
先生の家―――というか工房へ着いた後に告げられた言葉は一つ。
「志貴。あなた、今から八年後のその日まで眠りなさい。
八年経ったらちゃんと期日に間に合うように起こしてあげるから」
正直、助かったと思った。
今から八年後まで特にすることもないし、ヘタに干渉すると歴史が大きく変わりかねない。
そうすれば、本当にヘタをすると、俺とあいつが出会わない未来になることだって在りえる。
それでは、意味がない。
だから、そんな普通とは思えない要求も、二つ返事で了承してしまった。
了承した上で尋ねた。
「それはいいんですけど、どうやって八年間も眠るんですか?」
と。
いくら俺の眠りが深いほうだからって、さすがに八年間も眠り続ける事はできないだろう。
その問いに対して彼女が出した答えが、今目の前にあるコレだった。
「……棺桶?」
彼女がその上に積み上げられていた(おそらくは高価な物も含んでいたであろう)魔術品をどかして取り出したのがコレ。
触れずともそれが魔術的な物であることはわかる。
おそらくは使用者の望む一定期間、睡眠を約束するようなものなのであろう。
これならばたしかに本人の願った睡眠期間が摂れそうではある。
しかし。
「……これで寝るんですか?」
棺桶に入って寝るのはどうしたものか。
「うんそうよ。志貴は棺桶見るのは、初めて?」
「いや、それはないけど……」
死徒退治で城に乗り込む時とかにはよく見かけたが―――
「……入ったことはありません」
「でしょうね。私もないわ」
それだけを素っ気なく言うと、先生はギイと軋む棺桶の蓋を開けた。
そして、
「――――――」
見えなくてもわかる。
今彼女は、はいどうぞ、という顔で俺を見つめているに違いない。
しかも促すようにエレベーターガールよろしくの手をソレの中へと向けているに違いない。
「…………」
遠野志貴はどうしてこう、寝床に恵まれているようで恵まれていないんだろう。
……脳裏になにか、薄紅い髪と黒長い髪が浮かんだような気がするが、それはとりあえず思い出せないコトにしておく。
しぶしぶと、促されるままに棺桶の中へ入る。
―――案外、深い。
とりあえず体を横たえてみたが、なんというか―――妙に寝心地が良くて不気味だ。
「よし。それじゃあ、志貴。わかってるわね?」
上空から聞こえる声に、応で答える。
「はい。俺が手を出せるのは最後だけ。少し、あいつの手伝いをするだけ、ですね」
「うん。未来を大きく変えるわけにはいかないからね。
―――じゃあ、志貴。八年後まで……おやすみ」
「はい。おやすみなさい……先生」
ドシン、という篭った音をたてて、桶の蓋は閉ざされた。
こうなればもはや外界の音も聞こえない。
―――さて、それでは永い夢の旅へと出かけるとしようか―――
◆◆◆◆◆
生徒を眠りにつかせた彼女は、静かに呟く。
「……聖杯を使えば“君自身”がやり直せるのに。
―――いや、それだけじゃないわ。
やりようによっては、“君”をもっと幸せな、普通の人生に連れ戻す事だってできるのに―――」
そう言いかけて、青子は口を閉ざした。
それ以上は口に出してはいけないことだ。
ポン、と棺桶を叩いて出口へと歩く。
「八年後……か。忘れてはいないだろうけど、起こしにこれるかしら」
これからも協会関係の用事はある。
それに今から一ヶ月―――いや、一週間の内に確実に姉が報復にやってくるだろう。
「ここを壊されるワケにはいかなくなったし、場所を代えるか。
―――とは言っても、姉貴なんかに壊させないけど」
毒々しく吐き棄てて、扉の取っ手を握り―――再度工房の中央に安置してある棺桶を見据える。
胸中に浮かぶのは、つい数時間前に別れたばかりの少年と、予想以上に素敵な男の子になっていたその未来。
その、英霊となってなお変わることのなかった彼を思って、呟いた。
「……目隠しした男を飼ってみるのも、いいかもね」
ただなんとなく呟いた言葉は、閉ざされる扉の音に掻き消されていった。
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注意4。
これを機に、青子は男に首輪をつけて飼うことになったのでした(お
まぁ、それはどうでもいいとして。
三回目にして話がちょっと停滞気味な上に、よくわからないとこが多いとは思うのですが、勘弁してください。
また、次回から抜粋が出てきます。ご了承を。