もう一度、君に


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1: lac (2004/03/05 08:09:53)


「シロウ————あなたを、愛している」

絞首台への階段を上りながら、そういって朝日の中消えていった、彼女のことが脳裏をよぎり、彼女と別れた後の自分の過去が走馬灯のように思い出された。



「————ああ。未練なんて、きっと無い」
聖杯戦争後のある朝、学校への登校中に遠坂の呟いた未練は無いのか、という呟きに対し、俺はそう答えた。
そのときの言葉は、確かに俺の本心から出た言葉だった。でも、それでも、

———彼女に、もう一度会いたい———

その思いを、完全に捨て去ることはできなかった。
我ながら未練がましいな、と少し苦笑する。


高校を卒業後、旅に出ることにした。彼女は望みをかなえ、誓いを果した。ならば俺も自分の望み――正義の味方になること――をかなえなければいけない。そんな義務感に囚われたからだ。
なぜ、そんなことを思ったのか、こうなってしまった今でもよくわからない。——いや、きっと俺は彼女とのつながりが薄れていくのが怖かったのだろう。
つながりが薄れ、日々の平穏な暮らしの中、彼女の声、彼女の顔、彼女とともにあった短かったけれど、かけがえの無いあの日々———それらすべてが薄れ、記憶の奥底へと消えていくのがなによりも怖かったのだ。


旅立ちの日。みんなと顔をあわせると決心が鈍りそうなので、朝、誰かが来る前に家を出た。一応、居間に書置きだけ残しておいた。家を出るとき、みんなのことを考えた。
「みんな、どう思うかな・・・」
心配させるかもしれない、怒らせるかもしれない、愛想つかされるかもしれない——
でも、どんな風に思われようとも仕方ない。俺はそれだけ身勝手なことをしようとしているのだから。「ごめん・・・・」心の中でみんなに謝る。


家を出て、歩き出す。少し歩いたところで振り返り、一言

「いってきます」

俺はその言葉とともに、今まで手に入れてきたモノすべてに別れを告げ、旅に出た。
自分の望みをかなえるために、彼女とのつながりを断ち切らぬために———




――――――ザシュ!
・・・また一人、殺した。人ひとりの命を奪ったというのに、俺はもうほとんど何も感じない。周りには俺が殺してきた何人、何十人という人間の死体が転がっている。

——今まで、何人の人間を殺してきただろう——

俺のほうに向かってくる新たな敵の姿を見ながら、そんなことを考えた。


旅に出ると決心し、家を出たあと俺は、世界の紛争地帯へと行くことにした。
戦うことは得意なわけでは無いし好きなわけでもなかったが、自分の持つ能力や今までの経験を生かすためにはやはり、戦うことぐらいしかなかった。

そうして紛争地帯へと渡った俺は、必死になって戦った。
誰かが助けを求めていたらそこへ行き助け、また別の場所で助けを求められたらそこへ行き、助ける。そんなことを何度も繰り返した。何度も何度も何度も———
そして、その度に裏切られた。救った相手に欺かれ死にかけることはいつものことだった。救っては裏切られ、また救っては裏切られ———そんな不毛なことを幾度と無く繰り返した。
裏切られるのは辛かった。けど、それでもその人たちを恨むようなことは無かった。ただ俺は、自分の目が届く世界の中で泣いている人間を見過ごすことができなかっただけなのだから———


ある町に滞在していた時、その町を大きな地震が襲った。大規模な都市ではなかったが、それでも、数十人の人間が死傷しているのは間違いなかった。
――これは、俺にはどうすることもできない――
そんなことはすぐに悟った。それでも・・・・今にも死にそうな人々、大切な人を失い、嘆き悲しむ人々の姿を見ていると、どうしても放っておくことができなかった。
そして、俺は———

「契約しよう。我が死後を預ける。その報酬を、ここに貰い受けたい」

————世界と契約し、英雄となった。



英雄、かつて自分があこがれていたもの。俺はそれになることができたが、別段何も感じることは無かった。その力が必要になったからそうしただけ。ただそれだけのことだった。
英雄になった後も俺のすることは変わらない。助けを必要としているところへ行き、助ける。ただそれだけだった。


そうして戦い続けて、何年になっただろう———彼女と出会ったあの頃の自分と比べると、かなり背が伸びた。投影魔術の使いすぎのせいで全身の皮膚は浅黒くなり、常に戦場にいたせいか、髪からは色素が抜け落ちていた。
もはや、かつての自分を知るもの———彼女が、今の俺を見ても、気づかないんじゃ・・・・そう思うと、少しだけ悲しかった。
外見だけでなく、中身も変わった。あの頃は半端な魔術師に過ぎなかった俺が、今では魔術師の一つの到達点、固有結界「Unlimited Blade Works」を生み出せるようになっていた。
また、それによって生み出した剣を使いこなすための剣術もかなり上達した。もっとも、彼女にはかなわないだろうが———



そして、今。こうして絞首台に吊るされようとしている自分がいる。
こうなってしまった理由はいつもと同じ。裏切りによるもの。
助けたはずの人々に、戦争の起きた責任のすべてを押し付けられたのだ。
ここまできてもなお、俺の心に恨みの気持ちや、後悔の念は浮かんでこなかった。
自分のやっていることが傍から見れば馬鹿なことだということはとっくにわかっていた。
10の人間を救うために1人を殺す。100の人間を救うために10を殺す———救うために必要だった、誰かがやらなければいけないことだったとはいえ、そんなことを続ければ多くの人間の恨みを買う。それも、わかっていた。
それでも———悔いは無い。心からそう思った。
俺は数えきれないほど人を殺してきた。でも、それと同じだけ、大勢の人を救うことができた———それだけは、確かなことだったから。


そうした思いを胸に、俺は絞首台に立つ。
死後は契約どおり守護者となるだろう。もはや俺は、生まれ変わることすらできなくなる。時間の概念からすらはずされ、無と同位になる———
それが恐ろしくない、不安じゃないといえば嘘になる。けれど——

———守護者となり、英霊として存在していれば、あの頃の聖杯戦争に呼び出されることもあるかもしれない。そうすれば、そうすればもう一度彼女と———

それが、万が一、いや億が一にもありえない可能性だと知りつつも、彼——士郎はそんな希望を抱きつつ、最後に呟いた。

「アルトリア———もう一度、君に会いたい」



あとがき
初投稿です。自分では、半端な文になってしまったと思うのですが、いかがでしょうか。
ちなみにワタシ、セイバーさんが大好きです!
なので、その影響で、この話の士郎さんは思いっきり未練たらたらです。
その点で、不快な思いをしたお方がおられましたら、この場でお詫びさせてもらいます。
その他、文章の構成等で突っ込みどころは多々あるとは思いますが、そういう場合はぜひ、メールなどくださるとありがたいです。


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