死線の一 第五話


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1: ちぇるの (2004/03/05 02:19:25)


『死線の一 第五話』

 戦いの術を教えられた。
 戦いの為に鍛えられた。
 戦いの度に血反吐を吐いた。
 戦いの為の鍛錬を重ねた。
 戦いの為の修練を積んだ。
 戦いの為に走り続けた。
 ただ、戦って、戦って、戦って。
 戦って、戦って、戦って。
 最後に器になるために育てられた。

 戦いに負けて帰ると透明な視線が待っている。
「さあ、もう一度挑みなさい、        」
「今度は成功させるんだ、        」
 長い長い年月で感情が磨耗してしまったのか、それともこの寒い寒い冬の大地に心まで凍ったのか。
 ある意味とても純粋な視線が私に次の指示を与える。
「さあ、もう一度」
「今度こそ」
 それは彼らが抱いてきた願いだ。

 戦うことは好き?
           ダイスキと答えなければならない。
 戦うことは好き?
           キライと言ってはならない。
 戦うことは好き?
           ダイスキであるのならどんなに楽なんだろう。
 戦うことは好き?
           キライだと思わないほうがいいのだろう。
 戦うことは好き?
           ダイスキだ。・・・きっと。
 戦うことは好き?
           キライなわけがない。・・・多分。
 戦うことは好き?
           戦うことはダイスキ。

“戦わないで済めばいいのにな、   "

 その言葉は。

 ああ、その言葉は。

 私ですら覚えていない言葉だ。
 
 戦うために磨耗させられた記憶の一番初めにはそれがあった。
 あの笑顔と一緒にそれがあった。
 だから。
 だから、もう一度、その笑顔で否定してほしかったのかもしれない。

 そして、否定されてしまえば、もう、私の願いは全て叶ってしまう。

 だから、私、        ・   ・       の生涯において。思い残すことなんて。



interlude


 同時刻。
 アルクェイドは黙っていても消すことの出来ない間違いようもない死徒の気配をたどって新都の公園へと来ていた。
 見上げれば月光。
 その月をバックに鼻歌を歌う影が少し高いところの手すりに座っている。
 その黒いドレスの少女は軽くこちらに微笑みかけてきた。
 アルクェイドはその愛らしい少女の笑みを、凄惨な微笑で返す。
「・・・へぇ、私の意識から取り込むんだ」
 くすくす、と少女は笑うと、手すりからとん、と地面に立ちスカートの両裾をもちあげてぺこり、とお辞儀をした。
「お久しぶりです、アルクェイド姉さま・・・なんてね」
 少しおどけた表情でアルクェイドに視線を向ける少女。
 それが悪魔そのものだと言う事に疑念を抱く必要はない。
「ええ、久しぶりアルトルージュ。出来ればあまり会いたくなかったんだけど」
「そう? 私は結構楽しみだったかも」
 と言った後、少女は殺気を出し続けるアルクェイドを尻目に鼻歌を再開した。
「で、どういうつもり?」
「どういうつもりって?」
「言葉の通りよ。流石に血を吸って回るって言うなら戦わなくちゃいけないし。それってお互いにあまり面白いことじゃないでしょ?」
「え? もしかして私が血を吸うかって心配してるの?」
 本気で驚いた顔をする少女の顔は見る人が見れば、確かにアルクェイドの姉妹というだけのことはあると思ったはずだ。
「今この街で虐殺を続けているのが貴方じゃなければ何?」
 ああ、と合点が言った様に黒い少女は手を腰に当てた。
「それは、あくまでも別件。私がここにいる現象とはまた別ね」
「・・・どういうこと?」
「どうもこうも無いわ。今この街には二つのプログラムが混ざり合いながら同時進行しているの。一つは私、もう一つはアイツ」
 にやにや、と笑うその姿に違和感を感じる。
 アルクェイドが殺気よりも強く疑念を感じ始めた頃。
「ふぅ、ぴりぴりされると月を愛でることもできないじゃない。優雅じゃないわね」
 なんとなく、本当になんとなくなのだ。
 アルクェイドは少々磨耗しかけた記憶から取り出したアルトルージュの姿を思い出す。
「・・・あなた、誰?」
 と、黒の少女はくすくすと笑い始め、最後におなかを抱えて笑い出した。
「うん、そう。私は貴方のしるアルトルージュに似たモノ」
「あっそう。で、その偽者はどうしたいの?」
「うん、どうもしないわ。この体じゃ変質できないから」
 少女は指を一本立ててくるくると回し始める。
「この体は強すぎる。変質するにはこの体がこの体であることに対してのエネルギーが大きいっていうのかな? 分かるかしら?」
 そういいながらも分からせるつもりはあまり無いらしい。
「だから私は今夜は月を愛でるだけ。だって、どうせたった一夜しか在れないのなら、優雅に生きることが貴族の嗜みではなくて?」
 ふふふ、と本当に優雅に笑いながら黒い少女は真上を見つめ続ける。
「信じたくないけど、信じるわ。どうせ、今の私じゃ戦いにもならないだろうし」
「賢明ね。そしてありがとう。ゆっくり月を眺めるのを邪魔されるのは好きじゃないから」
 白の姫と黒の姫の久方ぶりの邂逅はそれで終わり。
 そして思い出したように白は後ろを振り返る。
「ああ、アルトルージュ」
「何かしら?」
「私はどう見える?」
 黒は眼を細めて悪魔のような微笑みを浮かべる。
「ええ、とても最悪」
 白はそれを聞いてにっこりと笑う。
「ありがとう」

 その晩から、月を眺める少女の噂が冬木市に広がっていった。


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