たった一度の出会い (M:シオン 傾:シリアス)


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1: アラヤ式 (2004/03/04 19:52:03)

脱走は慣れている。

アトラス、教会との追っ手を相手に転戦し、もう一ヵ月が経とうとしていた。

北欧ドイツ。

冷涼な気候と質実剛健な気質の国民がひしめきあう土地、私はそのとある田舎町にいた。

たったひとつのつたない手がかりを便りにここまできたが、いまだに何も掴めてはいない。

筋肉にたまる乳酸が濃くなってきたので、公園のベンチに腰を下ろす。

通り過ぎる人影をながめる。

親子連れ、老人、少女、黒い少女。……黒い!?

まさかとはおもうが、いや、間違いない。この目ではっきりみた。





「随分と探しましたよ、アルトルージュ・ブリュンスタッド」

艶やかな黒髪、漆黒のドレスに身を包む少女は、頭の後ろに銃口を突きつけられていた。

「アトラスの秘蔵っ子さん、用件は手短にお願いするわ。 いまホテルに戻るところなのよ」

「一ヶ月前、貴方がこの町に潜伏しているという情報がありました。
 正直なところ半信半疑でしたが、まだこんなところで油を売っていたのですね」

凶器の持ち主。紫の制服に身を包む少女は、自分よりも一回り小さい黒髪の少女に冷然と言い放つ。

真昼の陽気とは裏腹に、冷たい緊張が走った

「はは」

「何がおかしいのですか」

少女は突然笑い出した。

殺される一歩手前極限の状況、気が触れたとしか思えない振る舞いは錬金術師を混乱させる。

「私、食べ物も水も美味しいこの町が好きなの。 血で汚すには忍びないわ。 
なにやら私怨のようだけど、お互いに話をしてからでも遅くはないでしょう?」

「……たしかに、この住宅街の真中で戦闘行為をすれば被害は甚大でしょう。
甚だ不本意ですが、いまはあなたに従います」

「そんな言い方しないでよ。 強制しているようで気がひけるわね」

憮然とした表情でシオンは銃口を下ろす。





鉄の仮面の奥にたしかな憤怒を宿し、シオンは少女と向かい合う。

古びたゴシック様式の部屋、シオンはそこで音に聞こえた死徒の姫君と対峙する。

とはいっても、向いのソファーに座るアルトルージュは、しきりに自分の黒髪を気だるそうになでてくつろいでいる。

その我関せずな態度に、シオンの苛立ちは募る。

「余裕ですねアルトルージュ・ブリュンスタッド。 私はいま、私怨で貴方と向かい合っているのですが」

「そう。 ではバレルレプリカの安全装置は外しておきなさい。 肝心なときに使えなくては意味がなくてよ」

「……!」

歯軋り。

飄々と敵に塩を送るアルトルージュに、シオンは自分でも抑えきれない怒りに身を焼かれそうになる。

アルトルージュが鍵爪をたて襲ってくるならば、戦えばいい。

砂粒ほどの良心を守るために言い訳するのならば、論破で事は足りる。

だが、アルトルージュは超然としている。自分を敵とすら認識していない。

自分に確実な害意がある者と相対しておきながら、彼女は話の片手間に紅茶まですすっている始末。

まったく覇気がない。

威圧もしない、警戒など露すらない、シオンは混乱する。

「……なにを、考えているのですか」

「あ!」

いぶかしむシオンを他所に、アルトルージュは目を見開いて立ち上がった。

「お帰りなさい。 随分と長かったわね」

「たく、あの店の行列は異常だ異常! 一時間フルで待たされたぞ」

部屋に男が入ってきた。

銀のアッシュブロンドにやさぐれた無精ひげ、全体的にラフな服装は男の内面をあらわしている。

アルトルージュは陽気にみちた足取りでエンハウンスに駆け寄った。

「……これだけなの?」

「しょうがねえだろ。 なみいる主婦かきわけてケーキ頼めるほど俺は図太くないんだよ」

箱の中身を見た途端、アルトルージュは口を尖らせた。

彼女が予想していたケーキの数よりも少ないらしく不満のようだ。

「この甲斐性なし」

「ありがとうの一言もいえねえのか、バカ女」

エンハウンスはこの冬の寒空のなか、超人気店のケーキを買いにでかけていたらしい。

かじかんだ手を備え付けの暖房で温める様が、それを物語っている。

「まあいいわ。 とりあえずいただきましょう」

「あつい紅茶入れてくれよ。 角砂糖三つは必須な」

「また血糖値をあげたいの? 少しは自愛したらいかが?」

「甘味は人生の至福だぜ」

おいていけぼりのシオンをスルーして、アルトルージュはティーポッドから琥珀色の液体をそそいだ。

ダージリンティーの芳醇な香りと色鮮やかなケーキがテーブルに花を添える。

手を温めたエンハウンスはシオンの隣に憮然と座り、我慢できるかとばかりに手づかみでケーキをもしゃもしゃ喰い始めた。

「なんなのですか。 この死徒にあるまじき、まったりこってり癒し系ムードは……」

額に青筋をうかべ、ぶつぶつ独り言をいいはじめるシオン、あまりの寸劇ぶりにそろそろリミットが近い。

「アルト、この制服の嬢ちゃんは誰だよ?」

肩をぷるぷる震わせているシオンに、口に生クリームをつけているエンハウンスは今更気づいた。

「シオン・エルトナム・アトラシアです。 ……よろしく」

とっても夜露死苦な自己紹介。なごみ度アブソリュートゼロ。

「おう、よろしくな。 ケーキ食うか?」

「誰がまったりこってり食いやがりますかーっ!!」

エンハウンスの差し出したライベクーヘン(ジャガイモのケーキ)は、キれたシオンの手によって宙を舞い、

バレルレプリカの弾丸の嵐をこれでもかと浴びて、胃袋に運ばれることなく生涯を終えた。

「なにしやがるてめえ! 小麦を育んだ農家の親父さんとケーキ屋の姉ちゃんに土下座で百回詫びれー!」

「もったいないことするのね。 とても美味しいのに」

ケーキをわやにされエンハウンス半ギレというか半泣き。アルトルージュは床に散らばった残骸を名残惜しそうに片付ける。

「……!」

完璧に舐められている。

シオンは自分が全く敵と認識されていないことに、怒りで我を失いそうになる。

彼女は席をたつと、足早に部屋からでていった。叩きつけられるドアの音が響く。

「あの嬢ちゃんは思春期か。 難しい年頃だな」

「……」

わき目もふらず飛び出したシオンの後ろ姿を、アルトルージュは神妙な面持ちで見送っていた。





(油断させてから私の寝首をかく可能性もある)

(あんなにリラックスされているとは、侮辱以外の何者でもない)

(許せない……)

(同伴の男は幼女趣味なのか?)

分割思考をカットする。余計なものも幾分混じっていた気がするが。

あれから夜が明け、私は大衆食堂で朝の栄養分を補給していた。

皿にてんこ盛りになっているキャベツの酢漬けをかみしめながら、私の迷いは膨らむばかりだ。

リーズバイフェ。

彼女は私の親友だった。

もともと疎遠にされていたエルトナムの娘、戴いたアトラシアの称号で人間関係の希薄に拍車がかかった。

そんな私に、彼女は裏表なく接してくれた。

例えあったとしても、彼女と過ごした日々は、日本であった出来事と同じくらい輝いている。

故に、どうしても許せない。

タタリに現象化の力を与え、凶事の引き金をひいたあの死徒は。

「コーヒーをくださいな」

「……え?」

背筋が一瞬にして凍る。私の真向かいの席に、店員にさも当たり前のように注文するアルトルージュの姿があった。

「こちらの方にも同じ物をおねがいするわね」

「なに勝手に注文しているのですか! アルトルージュ・ブリュンスタッド!」

「フルネームで呼ばなくても結構よ。 私のおごりでいいわね」

正気の沙汰とはおもえない。

命を狙う敵がせっかく自ら逃げだしたというのに、またもや警戒ゼロで追いかけるように姿をあらわすとはどういうことか。

「お話がしたいといったでしょう。 あなた途中で出ていったじゃない」

「……確かに、そうですが」

彼女の言い分も最もではある。私は腰のバレルレプリカを意識しつつ、彼女の求めに応じた。

アルトルージュは私の姿を興味津々なめるようにみつめてくる。一体なんだというのだ。

「かわいいデザインの制服ね。 私にも着させてくれない?」

「お断りします」

「いつも何処に宿泊しているの?」

「答える義務はありません」

「スリーサイズくらい聞かせてよ」

「いい加減にしなさい! なんだって命を狙う敵の私生活を臆面もなく聞いてくるのですか!!」

「いけない? だってあなた、かわいいもの」

容姿とは裏腹に大人の色香を漂わせる笑顔、アルトルージュの言葉に不覚にも私は赤面しそうになる。

だめだ、ペースに飲まれている。打開しなければ。

「では、こちらの質問に答えていただければ幾つかの要望にはこたえましょう。 等価交換です」

「最近その言葉はやっているわね。 いいわよ」

「こちらからいきます。 アルトルージュ、貴方は何故従者たちではなく、復讐騎エンハウンスと共に行動しているのですか」

死徒の姫君には二十七祖上位に食い込む兵の護衛が三人いるはずだ。

強力な盾を自ら放棄しているのは何故だ。

「単なる慰安旅行だからよ。 ブライミッツ・マーダーたちにはお留守番してもらっているの」

「それはあり得ない。 貴方は白翼公と敵対する身だ。 軽率すぎるとはおもわないのですか」

「狸爺のことなんかどうでもいいわよ。 私は私のやりたいようにする、誰にも文句はいわせないわ」

白翼公のことに触れるとアルトルージュは一瞬眉間をしかめたが、すぐに機嫌をとりもどし笑顔にもどる。

これだ。私が一番苛々するのは、この笑顔だ。

吸血を絶対に避けられない、呪われた身でありながら、影とはかけはなれた笑顔をみせる吸血姫。

認めたくない。違う。彼女とは絶対に違う。

だがどうしても連想してしまう。

アルクェイド・ブリュンスタッドの面影と、どうしても彼女を被せてしまう。

私が一人で堂々めぐりの思考をしているうちに、アルトルージュが注文したコーヒーが運ばれてきた。

ごまかすように飲む。

「熱っ!?」

「だめじゃない冷まさなきゃ。 ほんと、妬いちゃうぐらいかわいいわね、紫の錬金術師さん」

ろくに温度の下がっていないカフェインは、私の舌を容赦なしに焼く。不覚。

席を立つ。

「何処へ行くの?」

「トイレです!!」

インターバルをとらなければ先取されてしまう。私は真っ赤になりながらトイレに駆け込んだ。

息が上がっている。どうも彼女と話をしているとペースをかき乱されてしまう。

「……トイレの入り口に大の男が陣取るとは、あまりいい趣味とはいえませんね」

「気にするな。 覗きじゃねえよ」

顔をあげずに、私はそのまま男に話しかける。

入り口の壁に腕を組んでもたれかかる銀髪の男。昨日ケーキを台無しにされて涙に暮れていたエンハウンスがいる。

だが彼の気迫は、きのうのギャグとはうって変わっている。私をにらみつける視線は敵意だ。

「紆余曲折あって、今はあいつの保護者している身だ。 俺はアルトほどおまえを信用していないんでね」

「賢明な判断です。 ならばどうします? 私は彼女を殺すつもりですが」

「分相応ってもんがあるだろ、人間。
 アルトルージュに銃口を向けてみろ。 その瞬間、おまえの首は胴体とオサラバだ」

淡々とした口調だが確実な殺意を感じる。伊達に十八位を張っているわけではなさそうだ。

だが私とて、生半可な覚悟でここにいるわけではない。

トイレの入り口は狭い空間だ。魔剣の取り回しは十分にはとれないだろう。

「障害は実力で排除します。 貴方は邪魔だ」

「やってみろ。 手加減はしないぜ」

殺気立つエンハウンス、私は息を大きく吸い込む。

「きゃー! 助けてーっ! 襲われるーっ!」

「なにー!?」

肺に空気を貯めフルボリュームで私は叫んだ。店内にいた客・従業員の視線は一気にトイレに集まる。

エンハウンスは慌てているがもう遅い。

大柄の男と少女。シチュエーションは完璧だ。すでに店長が警察に電話をしている。

『強姦魔よ!』『女の子が襲われているわ!』『今助けてやるぞ!』

あっという間に押し寄せる屈強な土建屋たちの群れに、エンハウンスは成す術もなく飲まれた。

「ち、畜生っ! このアマよくもおわばばいてやめれまじでごかいだちがうってば……!!」

「すべては予測済みです」

勝敗は決した。

もみくちゃにされる彼をのこし、私はアルトルージュの元へ何事もなかったかのように戻る。

あまりの騒ぎに首をかしげる彼女を私は連れ出す。

「ここは騒がしいので場所を変えましょう」

「……? そうね」





単独でアルトルージュを連れ出すことには成功した。

夕暮れが辺りを赤く染め、家路を急ぐ人たちが増える。

私は人気の無い公園を選び、ベンチに腰掛けた。

アルトルージュは隣でクレープを美味しそうにほうばっている。つくづく緊張感ゼロだ。

実行に移さなければならない。

彼女の戦闘能力は未知数だが、おそらく真祖にひけはとらない。

「彼は、真理をみたがっていたわ」

いきなり、切り出された。

アルトルージュは私が少し目をそらしている間にクレープを食べ終えていた。

「あなたがタタリという彼は、世界の根源がみたいといったわ。
 自分の身を犠牲にしても、彼は果ての果てにある深遠をのぞきたかったのね」

「だから、なんですか……」

「未知なる物への探求。 あなたも持っているものでしょう、錬金術師」

「探求のためなら、人の中身を吸い尽くして惨たらしく吸血してもよいというのですか……」

「それがズェピアの正義よ」

あまりに一字一句予想通りの返答に、私は腸が煮え繰り返った。

忘れかけていた。彼女は紛れもない死徒だ。

「やはり、貴方は真祖とは違う!」

今までの思考をふりはらい、私はアルトルージュと距離をとる。

アルトルージュと2m程度離れた。彼女なら、一足とびで私の首を掻っ切れる。

「『アルクェイドのようになりたい』。 それが貴方の欲求ですか」

エーテライトで彼女の思考を読む。彼女の深層に眠る欲望、私は抉るように暴き出す。

「児戯ですね」

私は自分の死刑宣告を自ら告げた。対峙するアルトルージュの目の色は輝かしい黄金にそまる。

「貴方は真祖にはなれない。
 なぜなら貴方は、不完全そのものだからだ。
 真祖のように吸血衝動を閉じ込めることができるのですか。
 大事な人と一緒に過ごすために、抗い難い欲求に耐えることができるのですか」

「……」

彼女の佇まいから裂帛の気合が感じられる。

アルトルージュの手から伸びる鍵爪、あれで心臓を貫かれるのだろう。

そして私は、最後の杭をうつ。

「否。 貴方は死徒だ。 運命には逆らえないことを知っている、哀れで愚かな墓標だ」

公園に吹き抜ける烈風。私の生は終わった。

アルトルージュの足が動いた、私の心臓をもぎ取るのだろう。

抵抗は無意味。私のもちうるあらゆる防御は彼女のまえでは無意味だ。

最初から、勝ち目はない勝負だった。

真祖の力をまがりなりにももつ死徒の姫君相手に、生きて帰れる道理はない。

リーズバイフェ。貴方のところへ、逝きます。

志貴。貴方に助けられた人生、ふいにしてすまない。





「ふせなさいっっ!!」





空気を割る怒声が響く。私はとっさに身をかがめた。

なにかが突き抜ける音と同時に、背後からむせかえるような血の匂いがする。

「なぜだ。 なぜこの人間を庇う。 ブリュンスタッド」

「あなたの奸計どおりに、事がすすむのが気に入らないだけよ」

噴きだす鮮血は私の物ではない。後ろをふりかえるとそこには、真っ黒な絹で全身をかためた死徒がいた。

「……グランスルグ、ブラックモア!?」

死徒二十七祖の一角、教会に厳重封印されている死徒が何故ここに!?

いや、それよりも、私はブラックモアの接近に全く気づいていなかった。

至近距離にまで侵入を許し、アルトルージュに気をとられていた私は全くの無防備。

「その娘に対する贖罪か。 良心の呵責を和らげるための緩衝材か」

「どちらでもないわ。 自分のツケは自分で払う。 それだけよ」

アルトルージュが、私を助けたというのか。

「尻尾を巻いて帰りなさい。 黒翼の鵬」

「ふ。 つくづく、おまえへの興味は尽きない」

表情をとれない鳥類のような眼、布で巻かれた顔を歪めてブラックモアは笑う。

「人間ごときに遅れをとることは許さん。 抑止を担う姫君よ、また会おう」

ブラックモアの体が霧散する。不気味な雰囲気を纏う死徒はそのまま消えていった。

途端、全身の力が抜けた。あまりの恐怖に体がいうことをきかない。

「あの男、あなたの行動をずっと監視していたみたいね。 ようやくあぶりだせたわ。 シオンさん、立てる?」

さしだされる真っ白な手、アルトルージュは私の安全を心底心配していた。

何故だ。

「……どうして、ですか」

「え?」

「どうして私を庇ったのですか!? 私は貴方の敵だ!
 あのまま私が殺されていれば都合がよかったのではないですか!?
 理解できない! 貴方の行動は不可解そのものだ!
 なぜ私に優しくするのですかっ!?」

昂ぶる感情にまかせて、私は思いのたけをありったけ吐き出した。

同時に、何故か涙があふれでていた。

「こんなことでは、私は貴方を憎みきれない……」

もうどうしていいのかわからない。

友の敵もとれない。改めて自分の無力さに打ちひしがれる思いがした。

「あなたは笑顔のほうが素敵よ。 シオン・エルトナム・アトラシア」

震える両肩に、少女の手の柔らかな重さを感じる。

どうしてだろう。

アルトルージュが投げかけてくれた微笑みは、あの人と酷似していた。

「……リーズ……バイフェ」

自分の身を盾にして死んだ親友に。

姿も背丈も違うのに、私は彼女の最後に残した笑顔と、アルトルージュを重ねあわせてしまった。





 警察に捕まったエンハウンスを回収できたのは、夜十一時をまわった深夜のことだった。

おもいっきり冤罪ではあったが、もともと幼子とマンツーマンで旅をしているのだからこんなことは日常茶飯事なのだろう。

「勝手に都合のいい解釈つけんな。
 おかげで臭い飯くわされるわ、留置場じゃ相席のホ○野郎に掘られそうになったんだからな!」

そんなことは私の知ったことではない。

その日のうちに、アルトルージュはホテルをチェックアウトした。夜のうちに移動するつもりらしい。

「敵はとらなくてもいいの?」

別れのとき、アルトルージュは私に尋ねてきた。

「借りをつくるのは嫌いです。 不本意ですが今回は貴方に命を助けられました。 保留にしておきます」

「私は逃げも隠れもしないわ。 気が向いたらいつでもいらっしゃい。 待っているわよ」

復讐騎と黒の姫君は、夜の闇に消えていった。

彼らの後ろ姿をみおくり、私もあてのない家路をいく。

アルトルージュ。彼女を許すことはできない。

タタリを生みだしたという事実はきえるものではないし、私はそれを一生忘れない。

ただ、彼女には生きていてほしい。

犠牲になった者たちの魂を彼女にはずっと背負ってもらいたい。

酷ではあるがそれが妥当。

たった一日の出会い、それが私と彼女の共有した記憶だった。


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