「要するにだ、露天風呂へ行って、覗きをしようということだ」
最初、アーチャーが何を言っているのかが分からなくなった。
のぞき? のぞきですと?
「アーチャー、お前……」
知らず、声が震える。
アーチャー。真名をエミヤ。
衛宮士郎が長き研鑽と鍛錬、そして世界との契約により英霊と成った存在。
俺の正義の味方としての理想を体現した存在。
奴は魔術師としての才能も、戦士としての才能も平凡でしかなかった。
だが、それ故に鋼の意志を持って鍛え上げられた戦闘技術は確かな輝きを持ち、俺はソレに魅了された。
アサシンとの闘いで見せた舞うような双剣の軌跡に、俺は見とれていた。
悔しいが、認めざるを得ない。
俺は奴に憧れ、奴のようになりたいとさえ思ってしまったのだ。
そんな俺の憧れが、俺の理想が―――
「覗きをするだと―――!」
ガリ、と奥歯を削ってしまうぐらいに噛み締める。
「ちなみに発案したのはランサーなのだがな……まあ、覗きに行くことを否定するつもりは無いが」
いつものように皮肉気な口調で話すアーチャー。
トレース オン
「投影、開始―――」
そんな奴に、俺は投影した双剣を振りかぶり――
「……ふっ!」
――同じく投影した双剣に受け止められた。
互いに噛み合う干将莫耶。
だが、人間とサーヴァントの腕力は比べるまでもなく、
鍔迫り合いは、必然的に俺が押し戻される。
「相変わらず基本骨子の想定が甘いな。少しは出来るようになった様だが」
「うるさい……!」
距離を取り、奴を睨み付ける。
アーチャーは涼しげな顔で、俺を見つめている。
「ふん。正義の味方になるという理想は捨てていないらしいな」
「当たり前だ」
挑みつけるように答える。
アーチャーは何も言わず、その顔に冷笑を浮かべた。
「何がおかしい……?」
「おかしいとも。貴様は何も気づいていない」
「……………?」
奴が何を考えているのかが分からない。
ただ、その笑みがひどく不吉なものに思える。
「確かにオレは覗きに行く。だからオレがお前の理想であるかぎり、衛宮士郎は誰よりもオレを否定しなければならない」
冷静な台詞は、頭にくる。
こちらはたった一撃を受けただけで冷や汗をかいているのに、奴は、まるでこたえちゃいない。
「っ―――!」
渾身の一撃。
それもやはり受け止められ、
「だが、お前は本当に覗きを止めたいなどと思っているのか?」
あたまが、真っ白になるようなことを言われた。
「な、にを―――」
「当たり前だとは言わせない。衛宮士郎、貴様もわかっている筈だ」
言わせてはいけない。
ソレを言わせてはいけない。
けれど、それは―――
「お前も、本当は覗きに行きたいんだろう?」
―――それは、心のどこかで認めていたコトではなかったか。
「俺、は…………」
「衛宮士郎、貴様は知っているはずだ。あの感覚を。オレは残念ながらもう覚えてはいないが」
ああ、覚えているさ。覚えているとも。
俺は、はっきりとそれを口に出す。
「正直いって、たまらなかった。桜のバストが10センチ以上アップしたって聞いた時は大興奮。遠坂のなまあしはむしゃぶりつきたかったデス。ライダーが戦う時はいつも胸元と足に視線を集中させてました、魔力使って。セイバーがお風呂入ってた時は、いきなり視線をそらしたら失礼とか自分に言い訳して凝視したよ。むしろ視姦する勢い。イリヤのふとももの感触でロリの道に入りそうになった」
「ああ、凛のなまあしは反則だ」
「それが、綺麗だったから憧れた」
「やりたい盛りの学生としては当然だな」
「だから、この道が間違いなんかじゃないって信じている―――」
☆ ☆ ☆
「それじゃあ、覗きに行くヤツ手ェ挙げろ」
ランサーの言葉に従って、手を挙げる者を見ていく。
言いだしっぺのランサー、アーチャー、俺、……一成は手を挙げていない。
「一成、お前は来ないのか?」
声をかけると、一成はこっちにやってきた。
「一成……?」
「衛宮。お前を色欲から救う事が、俺には出来なかった」
本当に悲痛そうな声を出す一成。
だから、俺は笑顔で一成の肩を叩く。
「そんな事は無い、一成は親友だ。――――お前の分も写真を撮ってくるよ」
「…………もういい」
何故か落胆した表情で一成は去っていった。
続いて手を挙げている者を見る。
葛木も行かないらしい。慎二はどうでもいい。
言峰はまだマーボーを食っている。既に20皿目へ入っている。誰か止めろ。
小次郎は涼しげな顔をしながら、誰よりもまっすぐに手を挙げている。
だが、真アサシンは意外なことに、手を挙げていない。
「ほう、おまえは見に行かないのか、中の人よ――――さては不能か?」
「小次郎殿(仮)………女人の裸を覗くなどという破廉恥な行為は、人として恥ずべきだ」
「何を言うか。それを愛でてこその花鳥風月というものよ」
「そうか……ならば何も言うまい。私はギックリ腰で来られなかった魔術師殿の為にも、温泉饅頭と温泉玉子を買ってこなければならないのでな」
蟲製の体にギックリ腰などあるのか、ということよりも真アサシンの人格者っぷりに俺は驚いていた。
心臓ランサーなのに、まともなコトを言っている。
暗殺者の殻を脱いだ彼は、きっと清廉潔白なのだろう。
顔を見れば分かる。髑髏面だった。ここから判断するのは難しい。
気を取り直して、最後の人物を見る。
「…………………………………」
鋼の如き豪腕。狂気の双眸。扉に挟まった巨躯。
セイバーが最優のサーヴァントならば、アレは最強のサーヴァント。
バーサーカー。
「っていうか、まだ挟まってる」
「スマン。途中で面倒くさくなって諦めた」
ランサーが悪びれずに言う。
バーサーカーは、挟まれながらもその手をしっかりと挙げていた。
俺はみんなに視線を向ける。みんなも同じ気持ちらしい。
だから、はっきりと告げた。
『お前は来るな』
「■■■■■ーーーーー!?」
相変わらず翻訳不能なものの、抗議の声である事はわかる。
「だってなあ?」
「ああ」
「全くだ」
「然り」
俺の言葉に、ランサー、アーチャー、小次郎が同意する。
こいつを連れていかない理由は二つ。
でかい。
うるさい。
覗いている最中に、「■■■■■ーーーーー!」などと叫ばれたら、問答無用にバレる。
エクスカリバー、ガンド、黒化、魔眼、大魔術、虎竹刀。あとイリヤのお仕置きとか。
どれも死ぬには充分過ぎる。そして、主に俺に向けられる気がしてならない。
とりあえず死亡フラグを立てない為にも、ここでバーサーカーを置いていくのは必然だ。
「そういうわけで駄目」
そう言った、途端、
「■■■■■ーーーーーーーー!!!」
大気が震えた―――
「テメエ………!」
轟く咆哮。揺れる大地。
「■■■■■ーーーーーーーー!!!!」
「まさか………狂化か……?」
アーチャーが呆然と呟く。
――――狂化。
バーサーカーのクラスのみが持ちうる能力。
自我を奪う事により、全能力を上昇させる固有スキル。
本来能力の低いサーヴァントが、そのハンデを補う為に設定されたものである。
だが、アインツベルン一族の聖杯への執念と狂気は、
ヘラクレスという大英雄を、バーサーカーのクラスに降ろすまでに至った。
故に、その力は強大無比、剛力無双―――!
「あの男、自らの意志で狂化したぞ……!」
アーチャーの言う事は恐らく正しいだろう。
イリヤはバーサーカーを完全には狂化させていない。
何故そうするのかはわからないが、そのためかバーサーカーが無闇やたらに暴れることは無い。
ならば完全に狂化する時は、奴が全力で目の前の敵を殲滅する時だ。
そして、今がその時―――!
「ってマジかい!」
なおも震動を続ける畳の上。
狂気の咆哮をあげる狂戦士は扉を破壊して、凶器であるその身を突進させた―――
☆ ☆ ☆
interlude1
荒れ狂う暴風。吹き荒ぶ烈風。巻き添え喰らう間桐慎二。
バーサーカーは怒涛の勢いで、大地を蹂躙する。
突進が重戦車ならば、振り下ろされる一撃は速射砲のソレ。
避けねば必死。受けても圧死。
必滅の一撃が横薙ぎに払われる―――
「チッ……!」
それをランサーは、受け流す事によって回避する。
受け流した手に衝撃が走る。
「■■■■■ーーーーー!!!!」
「デカブツが、調子に乗るなよ―――!」
ランサーが一、二、三――合計五発の神速の突きを繰り出す。
しかし、それでも狂戦士は止まらない。
なおもバーサーカーは前進する―――
「ふん……前にも増して、強力になっているとはな……」
常に秀麗な顔を崩す事の無い小次郎でさえ、口調には苦味が入っている。
半月の軌跡を描く魔剣も、今のバーサーカーには効果が薄い。
――――単純な力では随一のバーサーカーに有効な手段は、狭い空間、あるいは障害物の多い空間での戦闘を仕掛ける事だ。
狂化による暴力の昇華が為されても、理性に拠る技量は低下する。
故に室内のような狭い空間では、巨体であることも手伝って、力を自在に振るう事が困難になる。
だが、その狭い空間という条件はランサー達にも適用される。
ランサーの持つ長槍ゲイボルグ。小次郎の扱う五尺余りの長刀物干し竿。
いずれもが広い空間で効果を発揮するものだ。
その為に、二人は自己の技量を最大限に駆使出来ない。
同条件ならば、その分バーサーカーの怪力が有効になる――――
前衛。ランサー、佐々木小次郎。
後衛。アーチャー、真アサシン、衛宮士郎。
これが、五人が瞬時に分担した役割である。
葛木宗一郎はその戦闘スタイル故除外され、言峰綺礼はマーボー食っているため無視された。
既に柳堂一成は避難し、間桐慎二はひき肉だ。
五対一。
内サーヴァント四人という、圧倒的に不利な状況を、目の前の狂戦士は暴力のみで対抗していた。
猛進し、進撃し、撃滅する。
今のバーサーカーを倒すことは、セイバーですら難しいだろう。
ならば、正攻法ではなく戦術を以って打倒する。
それが五人の出した結論だ。
前衛の二人がバーサーカーを引き付け、後衛の三人が攻撃する。シンプルだが確実な戦法。
そして、その試みは今のところ成功していた。
「さて、衛宮士郎。アサシン2号。準備はいいか」
「ああ」
「せめてハサンと呼んでくれ………」
士郎と真アサシンへ確認をしたアーチャーは、意識を集中させる。
トレース オン
「投影、開始―――」
アンリミテッドブレイドワークス
自身の持つ固有結界――無限の剣製――は、発動において五小節を超える詠唱を必要とする。
それだけの時間を、あの狂戦士が待ってくれる筈が無い。
もし行えば、確実に標的をこちらへ変えてくるだろう。アレの危機感知は正確だ。
ならば投影魔術で、出来る限りの事をするまで。念入りに八節を省略無く実行する。
―――衛宮士郎の闘いとは、自己との闘いに他ならない。
かつての自分に言った言葉は、同時に自らが心がけてきた律法でもある。
あの狂戦士に勝てるだけの宝具を、自らが人間の時、英雄の時、そして守護者である時見てきた宝具の中からイメージする。
劣った空想は妄想に成り下がる。故に手を抜くことなど出来ない。
アーチャーは更に意識を埋没させる。
全てが意識から除外され、あるのは剣のイメージとマーボーの咀嚼音。
――――食うか?
(いやいやいやいやいやいやいやいや)
訂正。あるのは剣のイメージのみ。
ロールアウト バレット クリア
「―――工程完了。全投影、待機」
そして、完了する。
投影したのは、その一本一本がバーサーカーを倒しうる剣。
その数27本―――!
フリーズアウト ソードバレルフルオープン
「―――停止解凍、全投影連続層写……!」
発射される宝具の弾丸。同時に真アサシンの宝具と衛宮士郎の投影した宝具も展開される。
放たれた銃弾はランサーと小次郎をすり抜け、バーサーカーを穿たんと迫り行く……!
だが。
「■■■■■ーーーーー!!!!!」
それさえも狂戦士は耐え切ってみせた。
「な…に……?」
アーチャーは、自分の呟きが他人の声であるかの様に感じていた。
投影した宝具は、間違いなく自分の中で最強のモノだった。
バーサーカーと一対一では到底不可能だったコトを、チームという形で可能にした宝具の大量投影。
それを27本。 バーサーカーの持つ12の命を殺しても、なお釣りがくる。
更には衛宮士郎の投影、真アサシンの宝具さえも命中しているのだ。
ならば、何故あの狂戦士は立っていられるのか………?
「なんて――――――――――デタラメ」
衛宮士郎の呟きが、ひどく大きく響いた気がする。
それは、この場にいる者全員の心境を代弁したものだろう。バーサーカーに向けられたものか、このSSに向けられたものかは置いといて。
そして、この場にいる誰もが、もう一つの思いを抱いていた。
―――そこまでして覗きに行きたいのかよ!
無論彼らにそれを言う資格は無い。
というかこの場のほとんどの者がアホだ。
「■■■■■ーーーーー!!!!!」
文字通りの狂戦士が、雄叫びと共に突進してくる。
狙いはアーチャー。先程の攻撃で、優先目標を切り替えたのだろう。
アーチャーは深くため息をつく。
「ここまでか……遠坂。心残りと言えば、アイツの裸体を拝めなかった事だな」
そう、いつかの少年のように呟く。
せめて空想の中だけでもと思ったが、何故か自分がアイアンクローをかまされているシーンしか思い浮かばなかったので諦めた。
恐らくは数合で決着がつくだろう。アーチャーは元より剣で戦う者ではない。
「■■■■■ーーーーー!!!!!」
とどめだ、とでも言わんばかりの咆哮。
バーサーカは目の前の障害を排除せんとその石斧を振り下ろす―――
だが、その寸前。
―――ああ。それが、あと数秒ほど早ければな。
そんな言葉が何処からか聞こえてきた。
interlude out
☆ ☆ ☆
―――天の鎖よ!
バーサーカーがアーチャーに突撃してきた直後。
確かにその言葉を聞いた。
次いで、窓から鎖が現れ、バーサーカーを拘束した―――!
「なっ………」
目の前の光景が信じられない。
宝具をあれだけ受けてもなお立ちはだかったバーサーカーが、たった一つの鎖―――それが宝具だとしても―――によって、その動きを封じられている。
「■■■■■ーーーーー!!!!!」
鎖の拘束に抗おうとするバーサーカー。
だが、足掻けば足掻くほど鎖が身体に喰いこんでいく。
エルキドゥ
―――ソレの名は『天の鎖』。神を律するものだ。
窓の下から声が響く。
―――捕らえた相手の神性が高ければ高い程、硬度を増す宝ぅおあ! あ、危うく落ちる所だった……
その声を俺は知っている。
―――故にそこの狂戦士には抜群のこってええい! やめろそこの小僧! ぐぉ、棒でつつくな、我は王だぞ!
どこまでも不遜で尊大で王様口調。
―――ふん、それにしても情けない。所詮はフェ、フェクショイ!!
前代アーチャーにして、言峰綺礼のサーヴァント。
「やはり我がいないと駄目なようだな!」
男が一人、窓から這い出てくる。
千の宝具を持つ、最古の英雄王。
その名は――――――――!
「金ピカ!」
「ギルガメッシュだ!!」
大声で反論する、金ピカ。
その身体はズタボロで傷だらけだ。頭には、まだ雪が積もっている。
それでも俺は嬉しい。
「生きていて……良かったよ金ピカ」
「貴様が落とせと言ったのだろうが!」
―――ふむ……衛宮士郎。この荷物は何処に運ぶのかね?
―――窓から捨てて。
―――何をするかフェイカー! 離せ、いや離してください! いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁ………
「過去のことは忘れよう」
「うっわ、雑種言い切ったな貴様」
「実行犯はアーチャーだ。それよりも皆がお前に感謝しているぞ」
その言葉に金ピカが振り向くと、みんなが笑顔で奴を迎えた。
「やるじゃねえか、金ピカ」
ランサー。
「見直したぞ金ピカ」
アーチャー。
「中々の手腕だったぞ金ぴかよ」
「さすがは英雄王殿」
小次郎にアサシン2号。
「ほら、皆こう言ってる」
俺がそう言ってやると、金ピカは少しだけ困ったような照れたような顔をして、
「……喜ぶべきなのか怒るべきなのか判らん」
そう呟いた。
素直に喜んどけ、金ピカ。
―――――――――――――――――――
えー、頭悪くてゴメンナサイ。
後編にしようと思ったら、長くなったので中編に。
分かっているとは思いますが、本文の戦闘論理もどきはインチキです。無論。