注意書き。
・ネタバレを含みます。ネタバレが嫌な人は読まないでください。
衛宮士郎の長い夜
(注:こんなタイトルだけど18禁ではないよ。)
外は暗く、どの部活もとうに終わっている頃。
衛宮士郎は葛木に呼び出しを食らっていた。
「衛宮。今日呼び出した理由はわかっているだろうな。」
そんなものはわかっている。それはアレだ。今葛木の手に握られている俺の人生最大の汚点。
「はい。」
しぶしぶと答える。
俺はアレをなんとかして回収、そして永久に出てこれない闇へと葬らねばならない。
「衛宮。君は出来た生徒だ。しかし、だからといってこれを放置しておくことは出来ない。」
葛木が俺にアレを突きつける。
「処分を下す前に何か言っておくことはあるか?衛宮。」
俺はアレを作る原因となった理由を話そうとする。
「これは後藤君が悪いんです。」
「衛宮」
葛木の重い声が、人に罪をなすりつけるなと言っている。
葛木の顔が仕方ないと言う顔になる。
「どうやら、衛宮には仕置きが必要なようだ。」
そう言ってアレを机の上に置く。
今がチャンス。俺は葛木の手から離れたアレを取りにかかる。
しかし、それを葛木の拳が許さなかった。
まっすぐに向かってくる拳。
それを俺は後ろに飛んでよける。
この身は聖杯戦争を生き抜いた身。常人の攻撃などよけることなど造作も無い。
しかし、葛木の拳はそこから信じがたい変化を見せた。
直角に曲がり俺を追いかける。それをよけきれなかった。
シャシャー。
タタラを踏む。後ろに飛んでいたおかげで、威力は殺されていた。
だが、あてられた鼻がズキズキとする。
あんなもんまともに当てられたら鼻が折れる。
「ふむ、まともに当てられなかったか。これは衛宮の評価を変える必要があるな。」
葛木は冷静に分析をする。
「それでは、私も少し本気を出して相手をするとするか。」
やっぱりそうですよね。いきなり本気で生徒を殴ったりするような人は
先生になったりするわけ無いですよね。
つまりさっきあれは葛木の本気ではない。
それってかなりヤバイ。あれ以上の攻撃は捌ききれる自信が無い。
魔術を使えれば、それこそなんとかなるかもしれない。
しかし相手は葛木だ。普通の人間に魔術を使うわけにはいかない。
つまり、いまの俺は圧倒的に不利だ。
「葛木先生。その乱暴はやめませんか?」
この不利から離脱するために交渉に持ち込もうとする。
「だめだ。衛宮、俺は仕置きが必要だと言ったはずだ。」
つまり、これはお仕置きなんですね。葛木先生。
この時間に呼び出したのもお仕置きをするためなんですね。
葛木にはかなわない。交渉の余地はない。となると、逃げるしかない。
俺は脱兎が如く職員室から逃げ出した。
校庭へ出る。葛木という敵から逃れられたおかげか頭が回りだす。
葛木の手にはまだアレがある。
それは俺と葛木の立場が変わらないことを意味している。
授業が終われば葛木とは敵同士。
アレを処分しない限り、俺の命は危ういままだ。
俺は今きた道を振り返る。
戻らなければならない。そしてアレをこの手で回収しなければならない。
覚悟を決める。その時だった。
「追いかけっこはおしまいか衛宮。」
そこには葛木の姿があった。
「まあそんなところだ。アレは今日中に解決しなければならない問題だって気づいたからな」
「うむ、そうか。ならば覚悟はいいな。」
周りに人影はない。助けはいないってことだ。
「俺はやすやすやられる気は無い。」
そう、やられる気は無い。俺の目的はひとつ。
葛木の気をそらし、何とか振り切って、葛木より早く職員室に到達し、
アレを回収、そして逃げることだ。
距離を保ちつつ、葛木を振り切る隙を待つ。
葛木が動く。葛木の拳が襲い掛かる。あれをまともに相手をしてはいけない。
あの変化だ。見切れたときには俺は無意識の中だ。そんな猶予は無い。
俺はとにかく逃げる。しかし、その距離は確実に狭まっていた。
葛木の攻撃に堪えられずバランスを崩す。
左手しか使っていなかった葛木の右手が動く。
今まで使わなかったのはこの必殺を狙うためか。
葛木。生徒相手にアレ程度でこれは大人気ないぞ。
ってかシャレになんない。
諦めかけたとき、それはやってきた。
バシッ。
乾いた竹刀の音。
葛木が少し驚いたかのように離れる。
そしていつものように平然とした立ち方で
「私の授業中に邪魔とはどういうことか、藤村先生。」
葛木は竹刀で己が拳をはじいた人物を睨み付ける。
そこには藤ねぇがいた。
「授業の邪魔って、葛木先生。あれは暴力です。先生としては見逃せません。」
あぁ、今ばかりは藤ねぇが聖職者に見える。
「し・・衛宮君の保護者はわたしです。だから暴力を振るっていいのは私だけなんだから。」
前言撤回。地獄に落ちろ藤ねぇ。
「そうはいいますがね、藤村先生。」
葛木は徹底抗戦の構えを見せる。
「問答無用。士郎は私が守るんだから、士郎に暴力を振るう人は私が許しません。」
そういって葛木に切りかかる藤ねぇ。
意見が一転二転してるけど、やっぱり藤ねぇ。
いざって時はこれでもかってくらい俺のフォローに回ってくれるのはありがたい。
「むっ。」
すでに数合、藤ねぇの打ち込みを受けて葛木の顔がゆがむ。
「手加減は出来ないか。藤村先生、怪我は覚悟しておけ」
「士郎は私が守る。」
二人の実力は伯仲していた。
それはふたりは互いに相手をするのに手一杯と言うわけで。
つまり、今の俺は何してもオッケーなわけで。
今のうちにアレを取りに行くことにした。
アレは藤ねぇにも見せられない。迅速に行動することが大切だ。
二人を置いて行動しようと歩き始めたとき。
「士郎!!私をおいていったら酷いんだからね。」
「衛宮、今ここから立ち退いた時には後戻りできないと知れ。」
二人は、俺から目を離してなんかいなかった。
二人とも鬼の形相で目標を俺に変える。
逃がす気は無いらしい。
「ごめんなさい」
俺はうずくまる。
すると藤ねぇはすぐに葛木に目標を変えた。
葛木は応戦する。
とりあえずは様子を見るしかないようだ。
葛木の武器は徒手空拳だ。
竹刀を持った藤ねぇ相手に拳で互角とは葛木も相当の武闘家であることがわかる。
二人の戦闘を見続けて数分、二人の差を決定的にする一打が放たれた。
バキッ。
藤ねぇの竹刀が折れる。
藤ねぇは葛木の次の一打が放たれる前に何とか距離を取る。
「藤村先生。これで決着はついた。帰ってもらえないか?
私とて女性を傷つけるのはいささか居た堪れない。」
藤ねぇはそんな状況だと言うのに笑っている。
「葛木先生。私は先生には手合わせしたいと思ってたの。
こんな状況になっちゃったけど、決着はつけなきゃ。」
「そうか、しかし竹刀はなくなった。その不利はどうするのかね。藤村先生。」
「こうするのよ」
藤ねぇは懐からなにかを取り出す。
その手には藤ねぇ印のチョークが握られていた。
藤ねぇはいつも自分のチョークを持っている。
それはチョークに黒いビニールテープを貼り付けた物だ。
藤ねぇに前なんでそんなことをするのかと聞いたことがある。
そしたら藤ねぇはこう言ってた。
「だって〜。こうすればチョークだって虎縞だよ。これかわいくない?」
なんてこと言っていた。
まあ、はたから見ると、なんとなく虎縞に見えなくも無い。
しかしこの人は虎が好きなんだか嫌いなんだか。
「藤村先生。そんなもので私を倒そうと言うのか。」
葛木の疑問はもっともだ。
しかしそれは知らない者にとっての事だ。
俺は知っている。あれで少なくとも3人の生徒が保健室に行ったことを。
それは条件反射的に口にしていた。
「葛木!気をつけろ。藤ねぇのそれは、人の意識を狩る虎の牙だ。」
「ちょっ、士郎、あなたどっちの味方なのよぅ」
藤ねぇが抗議の声をあげる。
あ〜俺、なに葛木を助けるようなこと言っているんだろう。
「ごめん、藤ねぇ。つい虎の餌食になる人を減らさなきゃという深層心理が働いた。」
「って虎って言うな〜」
手にもったチョークの一本が俺めがけて投擲される。
俺はその衝撃に絶えられず意識を失っていく。
頭の中ではあのチョークのことが走馬灯のようによぎる。
あのチョークの犠牲になった人間は俺が知る限り3人。
一人目は後藤君。
藤ねぇの最後通牒を無視して藤ねぇのことを大河と呼んだがために
藤ねぇの逆鱗に触れ、チョークの一投を受ける。
その威力たるや、後藤君は座ったまま倒れた。
そして二人目は俺。
後藤君が倒れたのを見て抗議したのが問題だった。
講義の際つい藤ねぇのことをあだ名で呼んでしまい、藤ねぇの怒りを買った。
気づいたときは保健室だった。
三人目はクラスの違う蒔寺。
こいつも、藤ねぇのことをあだ名で呼んで藤ねぇの怒りを買ったらしい。
遠坂がざまぁみろとばかり喜びながら俺に話していたのを覚えている。
俺の意識が戻ったとき、二人は自分からみてさっきの位置と反対の方向に居た。
時間はそうたってはいないだろう。藤ねぇは距離を取りながら戦っているようだった。
葛木も俺を気絶させたチョークを警戒しているようだった。
おそらく、今の距離は葛木がチョークをよけるために必要な最低限の距離。
藤ねぇがチョークを投擲しながら位置を変える。
藤ねぇが笑った。
「葛木先生。そろそろ決着をつけるからね。」
「どういうことだ。お互い今は決定打は無いはずだが。」
藤ねぇが下にある竹刀袋をとる。俺はアレに見覚えがなくも無い気がする。
竹刀袋を紐解き中の得物を取り出す。
それは虎のストラップがついた竹刀だった。
・・・ドキリとする。
衛宮士郎は知っている。あの竹刀がなんであるかを。
あれは良くないものだ。あれはすでに何人もの血を吸っている。
あれを手にした時、藤ねぇは藤ねぇではなくなる。
藤ねぇの虎が目覚め、その理不尽な爪を振るう。
あれはそういった様々な怨念を含んだものだ。
その名を虎竹刀といった。
藤ねぇが虎竹刀を構える。
「私は虎よ。虎なのよ。獲物を狩る虎。」
ああ、藤ねぇが自らを虎と呼んでいる。
あとで俺にやつあたってくれるなよ。とだけ願う。
藤ねぇが切り込む。その速さは先ほどまでとは比べ物にならないほど速い。
それは強化の魔術を使ったが如くの切り込みを仕掛ける。
葛木はそれを何とか弾く。
それからの戦闘はサーヴァントのものに接近しつつある。
それほど二人は高いレベルでの戦闘をしている。
すでに、葛木に呼び出されて一時間が経とうとしていた。
俺はここから逃げることもままならず、勝負の行方を見守っている。
「うむ」
それは葛木からの声だった。
「これならば藤村先生に頼んでもよいか」
そう言って藤ねぇの一撃を受けた。
「なんで、防げたはずよ。」
不思議がる。藤ねぇ。
「今のままでは決着がつかない。私にはやることがあるのでな。」
「士郎にちょっかい出すなら私が許さないわよ。」
「ああ、そのことなんだが・・・」
このとき俺は悟る。確かにアレは証拠隠滅のために処分する必要があった。
しかし、葛木という口からアレのことが語られることは必然。
つまり、必死の思いでお仕置きから逃げたところで、結果は同じだったのだ。
「衛宮が私の試験で零点をとったのです。だから私は教育的指導をしなければならない」
「・・・」
藤ねぇがその言葉の意味を考え込む顔をして
「なんですってー」
特大の叫びをあげてくれた。
「葛木先生詳しくお話聞かせてください。」
「ふむ、実は・・・
こういうわけで、私は衛宮には仕置きが必要と判断したわけです。
しかし、衛宮には藤村先生のような教育者がいて良かった。
藤村先生からも衛宮を叱ってはくれまいか」
藤ねぇはピクピクと震えている。
「ちょっと士郎これはどういうことなのよ〜」
俺は逃げ出す。だがその先には葛木がいた。
反転し逃げようとする。そこには虎竹刀を持った藤ねぇが。
「士郎、そこに正座しなさい。勉強のなんたるかを教えてあげるわ。」
ビシッバシッと竹刀をならす。
後ろからは
「衛宮、仕置きの時間だ」
と葛木がやってくる。
あぁ、前門の虎に後門の狼ってこういうことなんですね。先生方。
俺は説教が続くであろう夜のことを思う。
今日は長い夜になりそうだ。
エピローグ。
衛宮士郎は先日、二人の先生にこっぴどく叱られた。
体中は腫れていて、歩くのが精一杯だ。
俺は結局アレを闇に葬ることは出来なかった。
葛木の手から直接藤ねぇの手に渡されたからだ。
アレは今額縁に入れられ、教室に飾られている。
藤ねぇがいつものようにホームルームにやってくる。
藤ねぇはアレを指差しながら
「はい、それじゃみんなこんなのにならないようしっかり勉強しましょうね。」
と俺のほうを見ながら言う。
アレとはつまり零点の答案用紙だ。
結局この手で回収できなかったつけはここで払わされた。
教室中のみんなから笑われた。
遠坂や美綴にも当然笑われた。
桜はというと一緒に勉強しましょう。なんて言っていた。
心なしか喜んでいるような気がした。
そのときは桜まで!と酷く落ち込んだ。
それもこれも後藤君が悪い。
休んでいた俺に嘘のテスト範囲を教え、嘘のノートを写させたのだから。
後藤君が哀れむように言う。
「衛宮、お主も気苦労が絶えぬでござるな。」
「誰のせいだと思っているんだよ。」
「かっかっかっ。流言飛語も隠密の業よ。
お主のおかげで平均点が下がり拙者のテストの評価が上がった。
感謝しておるぞ衛宮。」
「俺はありがたくない。」
そうありがたくない。今学期が終わるまで、この汚名を着続けなければならないのだから。
あぁ、からかわれる日々はまだ当分続くのだろう。
あとがき。
初投稿作品です。
文章の拙さは痛感しているところなのであんまりこっぴどく言わないでください。
これを書いたきっかけは、藤ねぇがセイバーだったら?なのですが、
書いているうちにシリアスかつ長編になる模様だったので、
とりあえず、戦う大河が書きたいという目的を果たすべく無理やり設定を作り出しました。
作品中で特にお気に入りなのが虎チョーク!
大河はやっぱりチョークを投げるだろうという考えのもと
大河印のチョークがほしいなと思ったんです。
気に入った方、どんどん使ってやってください。そうであれば嬉しい限りです。
あとは虎竹刀を構えたときのアノ台詞。
ここら辺は別にSSを作るかもしれませんね。
いやむしろ制作へ向けて鋭意思考中ってところです。
あと感想待ってます。