プライムハーツ1  傾:バトル


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1: もりす (2004/03/02 01:23:35)




弓道場を後に外へ出て、辺りがすっかり暗くなっているのを知って少し驚いた。
清掃やら備品の修理整頓やらに熱中していて気付かなかったが随分時間が経ってしまってたみたいだ。
周りをぐるっと見回してみても人影は無く、校舎にも明りひとつ灯っていないという状況を鑑みればすでに下校時間をぶっちぎりでオーバーしているだろう事はいかな俺でも推測がついた。
見上げればそこには冬の夜空らしく多くの星が瞬いていた。
中心には満月が蒼々と輝いている。
夜の帳というやつが完全におちており、独特の雰囲気みたいなものが世界を満たしていると感じる。
なんとなく肺に溜まっていたものをすべて吐き出し、それから大きく息を吸い込んでみる。
夜気を含んだ新鮮な空気が流れこみ、体中に活力が漲った。
意識がクリアになった。
ついでコキコキと筋肉などを解してみる。
血行なんかも良くなったみたいで何となく体も気分も軽くなった感覚。
そうしてやっと動く気になったので、さっさと道場のカギを返して帰ることにした。
いや、帰るならいちいち黄昏てないでとっとと帰れという話もあるが、そこはそれ、自分の馬鹿さ加減に呆れたというか今日も桜に夕飯を任せっきりにしてしまったとか、まあ色々と思い巡らしてダウナー風味に陥ったって感じだったのだ。
まあとにかく気持ちも浮上したことだしオッケーだろう。
そういったワケで帰宅の途に就こうとした俺―――衛宮士郎は、

                             人外の戦いを目撃してしまう――――――











果て無き剣戟の調べは聴覚を奪い、
魂を削るが如き攻防は視覚を縛る。
迸る気迫は到底人のものでは無く、
身内に疾るは戦慄か恐怖か感動か。

身震いするのを止められないまま、俺はその死闘に惹きつけられた。
湧き上がってくるのは紛う事無き歓喜。
それが証拠に口元には喜悦の笑みが張り付いている。
たまらなくなる。
我慢なんか全然できないししたくもない。
アレを見ているだけでいまにも自分の体か弾けそうだ。
その見るものを魅了して止まない戦いを見ていると、
俺も混ざって戦わせろと叫びたくなってくる。
あの場所に飛び込みたくてしかたがない。
だけどそれは出来ない。
だってあの戦いはあの二人のものだから。
外野の自分か邪魔してよいものではない。
断じてない。
だからこうして物陰から盗見るなんて真似をさっきから俺はしているのだ。
それでもこの場から立ち去ろうなんて選択肢は俺には無く、家に帰ろうなんて気は消えてしまっている。
あるのは興味。
戦いの帰結の行く末を見定めること。
自分が戦えないのだからせめてどういった決着がつくのか知りたい。見極めたい。
考えているうちに戦況は最終局面に移っていた.
朱槍を遣う青い男と数多の双剣を操る赤い男との激闘は、いよいよ佳境に入った。
青い男の発する気が爆発的に高まり、呼応するように槍もまたその身を真紅に染め上げていく。
決める気だろう。
その構えは正に必殺の具現であった。
一方で赤い双剣士は変わることなく立っていた。
両腕はだらりと下げたまま。
青の槍遣いを鉄の眼で睨んでいる。
内面はさぞ凄まじい事になっているだろうに外見からは全く窺い知ることができない。
だがその姿から青い男の必殺の一撃を真っ向から迎え撃つつもりなのはひしひしと感じられる。

一体青い男はどのような技を放つのか?
赤い剣士はそれを如何にして凌ぐのか?

一瞬たりとも見逃すまいと意識を集中させて、















その少女に気付いてしまった・・・















多分最初からその場所にいたのだろう。
赤い剣士の背後。
彼に守られ、彼の戦いをずっと見守っていたのだ。
その少女を自分は知っていた。
向うは衛宮士郎なんて知ってるはずもないからこっちが一方的に知っているだけだろうが・・・
とにかく自分は彼女のことを知っていて、そしていまこの瞬間少女が自分の知っている彼女だと、その顔を確りと見て確認した。
少女の顔は月明かりの中だというのにやけにハッキリと見えたのだ。
そしてその顔に浮かぶ表情も・・・。
それがどんな表情か悟ったと同時に俺の体は動いていた。
身を隠していた木の陰からガサガサと物音も高く身を躍らした。
その音に反応する赤と青の超戦士と、彼女。
これはもうどうしようもない事。
衛宮士郎が衛宮士郎であるかぎり、この愚行は当然の行動なのだ。
真っ先に行動にうつした青い槍手がその神速をもって俺へと突進してくるのが遅滞した時間感覚の中、ハッキリと視える。
合わせるように体に膨大な量の命令を強制実行させながら、フッと苦笑を漏らしてしまう。
迫り来る絶対の死にむけて臨戦態勢を整えつつ自分自身を再確認したから。
だけどこの選択が正しいかどうかなんて解りきっていたので後悔なし。
心には一点の曇りもない。
まっ、そうだろうよ。









   だって遠坂のあんな心細そうな、
   泣きそうな顔を見て黙ってられるわけないんだから・・・


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