後は明日になるのを待つのみ。
一日を思い返し、殴られてばかりの事実に気付き、涙が出た。
泣きながら布団の中に潜り、目を閉じるとすぐに睡魔が襲ってきた。
◇
――運命の輪―― 4話 ”An Adviser. ”
◇
五日目の朝。
朝食時にジャーマンポテトを作り、桜の痣を発見する。
心の中に暗い感情が生まれ、手に持つ菜箸をへし折ってしまった。
昨日の戦闘の鬱憤を晴らすために慎二が殴ったのだろう。
その事を問い詰めると、桜は明らかな嘘で誤魔化す。
庇う必要は無いのに、桜は慎二を庇っている。
桜は優しすぎる。今まで何度か有った事だが、毎回桜は慎二を庇っている。
そして、それ以上は聞く気になれず、心の奥底にその激情を押し込めた。
◇
学校に着くと遠坂に呼び出しを受けた。
他人の振りをしていたら、廊下で擦れ違いざまに
「昼休みに屋上」
と、一方的に。
我道を行く、な奴だ。
◇
教室では珍しいことが二つあった。
一つ目は、慎二と一成が休んだ。
これはまあ、有ってもおかしくないレベルだ。
異常なのは二つ目だ。
二つ目は、藤ねえがホームルーム開始のベルより早く到着した。
オカシイ。雪どころか雷雨がやって来るぞ。
そういえば、これは珍しくでは無く初めてではないだろか?
◇
昼、屋上にて遠坂と昼食を食す。
慎二と一成が休んだ事を遠坂に話し、そこから考えられる事を説明する。
「一成と慎二が休んだ。慎二はマスターだ。昨日、俺と戦って敗北したせいだろう。
一成は、キャスターの根城が一成の寺だからな。キャスターが活動し始めたなら休むのは必然だろう。
どちらも警戒しなければいけない事だ。憶えとけよ」
しかし――
「慎二がマスターなわけが無いわよ。あいつに魔術回路は無い。そんな奴がマスターには――」
真正面から斬り捨てられる。
しかしその考えは間違いだ。
「成れるんだよ。教師の葛木もマスターだしな。魔術師しかとマスターになれない、と考えるのは止めた方がいい。ちなみに、葛木のサーヴァントはキャスターだ」
「なっ!?」
驚愕している遠坂。
まあ、自分の通っている学校に自分以外のマスターがこれだけ居たらな。
誰だってこうなるだろうと思う。
「なっ、何でそんな事を衛宮くんが知ってるの?」
ぐはっ!
ヤバイ。盲点だった。これを話せば情報元を聞かれるのは確実。
そんな事を言うのは失策だった。それならば――
「そんな事よりも、慎二と一成の事を考えろ」
他の話題に逸らして誤魔化す。
…いつもこの手を使っている気がするのは、なんでさ。
「誤魔化された気がするけど――まあ、良いわ」
「まずは一成のことだ。一成はキャスターの根城に住んでいる。一成が休んだという事は、キャスターが行動を始めたからだろう。
キャスターは放っておけば厄介な存在になる。魔力が溜まればサーヴァント三体分にはなるだろう」
「嘘ッ!!今回のキャスターは何者なのよ!?」
「ギリシャ神話の魔女の代名詞、メディアだ。キャスターは金羊の皮を持っていたから、間違いないだろう」
「――――」
遠坂はまたも驚愕している。
暫らく沈黙が続く。
遠坂が先に口を開いた。
「…はあ、貴方が何処でそんな情報を仕入れてくるのかは訊かないわ。けど、一つ教えて――貴方は一体何者?」
遠坂にはいつか聞かれるとは思っていたがこんなに早く訊かれるとは。
まあ、話し過ぎたってところか。
「俺は、只の魔術使い。いや、運命の輪に囚われた囚人、だな」
「運命の輪に囚われた?」
「何でも無い。話を戻すぞ。キャスターは早々に手を打ち、殲滅する。だが、寺の門はアサシンが守っている。アサシンは佐々木小次郎。セイバー以上の剣技の持ち主だ。倒すのは難しい」
「あのセイバー以上か――たしかに難しいわね」
「驚かないのか?」
「素直に受け入れることに決めたの。貴方の言う事にいちいち驚いてたら身が持たないから」
「そうか。煩くなくて良い事だ」
確かに、今日の遠坂は驚き過ぎだな。
しかし、今のは失言だった。突き刺さる視線が痛い。
「あの場所はサーヴァントにとっての鬼門だ。中に入れば問題ないが、それまでが難しい。今晩、俺とセイバーで巡回の時に寺に行くが、遠坂はどうする?」
「行かないわよ。アーチャーは誰かさんのせいで動けないしね」
誰かさんって、俺?
「根に持ってるのか、遠坂」
「全然、優等生の私が根に持つなんてありませんよ」
スマン。正直、俺が悪かった。優等生モードは止めてくれ。
表面上は繕っていても、心の中で嘆く俺。
「これでキャスターの事は終わりだな。次は慎二の事についてだ。間桐が魔術師の家系だっていうのは知ってるな?
慎二は自分の事を特別な存在だ、と思っている。だから慎二は、劣等感には敏感だ。
今の慎二は危ない。鬱憤の発散に桜が使われていて、エスカレートしていけば何を仕出かすか分からない。
早く手を打たなければならないんだ」
◇
桜の事については、『俺が桜を保護する』という事になった。
意外と遠坂も協力的で、すんなりと終わったのだ。
残りの時間で遠坂に何故、桜は他の家庭に引き取られなかったかを訊くと
「廃れた魔術師の考えることなんて分からないわよ!」
と何故か怒鳴られた。理不尽だ、と思う。
しかし、そう言う遠坂が悲しそうにしていたのが疑問だった。
遠坂は弁当を持ってきていなかったようなので、ウグイスパンを分けてやった。
お茶は缶ごと、さよなら俺の昼食。
◇
放課後、商店街に行った。
桜には先に夕飯の買出しを済ませ、部活から帰ってきた後、折を見て話すことにした。
スーパートヨエツでビニールいっぱいの食材を買い、家路に着く。
その途中で、――イリヤに会った。
イリヤは戦いに来たのではなく、俺に会いに来たらしい。
会って話がしたかったと、無邪気に微笑みながら話してくれた。
公園に連れて行かれ、他愛も無い話をする。
何故こんな戦いに参加したのかは分からない。
しかし、彼女は人を疑うという事を知らなさ過ぎる。
たった一言の嘘にも騙されるだろう。
前から知っていたがやはり彼女は、純真な子供だった。
去り際に、明日も会おうと約束してから家に向かう。
◇
家に帰ると、意気消沈した藤ねえと、いつもどうりのセイバーがいた。
話を聞くとセイバーが藤ねえを打ち負かしたらしい。
藤ねえ曰く、確実に殺る気だったそうだ。
色々と不幸な事が重なって、セイバーの本気が垣間見えたのだろう。
哀れタイガー、王たるライオンに立ち向かったのが間違いである。
藤ねえは夜這い禁止、などと不穏な発言をしたのだが、
負けじとセイバーも、誤解を生む発言をして俺を困らせてくれました。
藤ねえがキレる。その背景にデフォルメされた虎が見えた気がした。
――タイガーのチョークスリーパーが決まったー!
おおっと、そこからジャーマンに派生ーー!!!――
脳内実況の声が、今の俺の状況を事細かに解説してくれる中、俺の意識は徐々に落ちていった。
眼を覚まし、藤ねえに説教をする。
妙に聞き訳がいいのは反省しているからだろう。
そして、桜を泊めることを藤ねえに伝えると、丁度桜がやって来た。
玄関に向かい、桜を出迎える。廊下で雑談をした後、本題を話した。
一週間程家に泊まっていけ、と話す。
桜は俺に、こわばった顔で問う。
「――どうしてですか?」
本当のことは言えない。
桜のことが心配だからと答えたが、そんな足りない答えではダメだ。
そう思ったのだが、意外にも桜は応えてくれた。
言葉ではなく、その笑顔で。
◇
「――――?」
「――――」
桜と藤ねえは着替え等のことで話し合っている。
色々と気恥ずかしい会話を目の前でされて、顔が赤くなるのが分かった。
俺も健全な男だ。そんな事を聞いたら、恥ずかしくて堪らない。
そういう話は俺のいない所でしてくれると助かります、女性陣の皆様。
その後、客間の準備を終わらして居間に戻るがまだ桜は居なかった。
心配になり、風呂場に様子を見に行くと、そこでは桜が倒れていた。
すぐに意識を取り戻したが、酷い熱があり、呆けているようだった。
見ただけで何らかの病気だとわかる。
抱きかかえたまま客間に運んだが、諸事情により色々とヤバかったです。
思ったよりも桜の熱は低く、一晩大人しく寝れば大丈夫だろう。
to be Continued
あとがき
今回はシリアスモドキでやってみました、鴉です。
ほのぼのも交じり気味?
副題の意味は『相談相手』です。(たぶん)
次回はまた五日目で、バトルになりそうです。