兄さんと別れてもうかれこれ十分はたっている。
先程別れた地点から気配を追っているが、一向に距離が縮まらない。
向こうも移動しているのだろうが常にこちらと一定の距離をとっている。
明らかにどこかに誘導している。
なら、その誘いに乗ってやるのも悪くは無いだろう。
どうせ大した敵ではないのだから。
そのまま郊外地までおびき出され、とあるビルの中に気配は入っていった。
上を見上げる。
まだ完成していないのか、作りかけのようだ。
そして入り口に近づくとビルの名前らしき物が目に入った。
“神殿(シュライン)”
そこはかつて、二十七祖が第十三位、ワラキアの夜が滅びた所。
知ってかしらずかそこに誘い込まれた。
中に入ってエレベーターにまっすぐ向かう。
どうせ行き先は一つしかない。
まだビルは完成していないようだが、電気は通っているようだ。
エレベーターホールに着くと右のエレベーターが上に向かっている。
左のエレベーターに乗って屋上のボタンを押す。
ゴォォォンと音を立てて屋上に向かう。
しばらくするとチン、と鳴って扉が開いた。
するとご丁寧にもソイツらは隠れる事も無くこちらの事を待ち伏せしていた。
「わざわざこんな所に呼び出す意味はあったのかしら?」
どうせ返答など期待していない。
返答ができるほどの知能が無いのだ。
返答の代わりに攻撃してくるだろうと思っていたがその質問に対する答えが返ってきた。
「無論だ。 お前を七夜志貴から遠ざけるためにここを選んだ。」
「貴女、何者。」
「答える義務は無い。 どうせここで死ぬのだから。 死に逝く者に教えたところで意味は無い。」
「勝手に決め付けないでくれる。」
「試してみるか? ・・・・・・・・・殺れ」
依然として声の主の姿は見えない。
今まで大人しくしていたソレらが一斉に襲い掛かってくる。
退屈だ。
数だけでは私にとっては何の意味も無い。
質より量という言葉があるが、私には量より質を上げてもらった方が楽しめるという物だ。
近づいてくるソレらは私に触れる事無く塵に帰る。
「まさかとは思うけど、この程度の連中で私を止められると思ってる?」
「思わぬ。 ただお前の実力が見たかっただけだ。」
「自分は物陰に隠れて高みの見物か・・・・・・。 大層なご身分ね。」
「別に隠れてなどいない。」
ストン、と音を立ててエレベーターの上にいたソレは舞い降りた。
ソレは女性の姿で白い着物を着ていて雪のように白い髪を後ろでまとめている。
顔立ちもハッキリしていて普通の人間なら美人に入るのだろう。
だが目の前のコイツは普通ではない。
身のこなしや立ち方から見ても相当の修羅場を踏んでいるのだろう。
「先程のお前の戦いを見て解かったが、・・・・・・やはりお前は取るに足らんな。」
「あら、・・・・・・見物料は高くつくわよ。」
「ほう、それは知らなかった。 一体如何程だ。」
「そうね、・・・・・・貴女の命を。」
「面白い、人間風情がよく言った。 お前にはここで死んでもらう。 暗夜殿の障壁となる物は排除するよう言われているからな。」
「 !? ・・・・・・・・・・・・そう。 貴女、・・・・・・暗夜の手の者って訳ね。」
「だとしたらどうする?」
「私も貴女をここで殺す。」
「お前ごときにそれが出来るか?」
「試してみる?」
「初めから結論は出ている。 だがお前を殺せと言われている以上止むを得ない。 ・・・・・・行くぞ。」
白い残像を残して目の前から消える。
しかしこの程度のスピードなら目で追いきれる。
得物に手をかけ走り出す。
私の得物は槍だ。
それも飛び出し式の。
調度釣竿のように飛び出す仕掛けになっている。
相手との距離がつまる。
相手の得物は未だに不明。
だが大して問題ではない。
私の槍“七槍”の間合いは普通の槍よりも遥かに広い。
あと三歩で間合いに入る。
敵は未だに得物を見せない。
まあこっちも出してはいないが。
あと二歩。
得物を取り出し槍の形にする。
あと一歩。
戦闘の基本は初撃で仕留め相手に反撃の機会を与えない事だ。
だがコイツを初撃で仕留める事はできないだろう。
なら致命傷を与える。
相手の左胸を狙う。
間合いに入った。
私は七槍を突き刺した。
間合いを詰める。
おそらくこちらの動きは見えているだろう。
だが問題ではない。
近づければそれで終わり。
七夜と言えど所詮は人間。
なら私の相手ではない。
ならば、何故暗夜はこんなやつらを脅威と扱ったのだろう。
戦闘能力なら我々の方が上だ。
何か他にも理由があるのだろうか?
―――雪那、七夜雪之の相手をしてきてくれ。
君の目に適うようなら殺さずに生かしておいてくれ。 だが、そうでないなら容赦なく殺してきてくれ。
暗夜は私にそう言っていた。
私の目に適う?
そんな人間は存在しない。
まあいい、殺し合いの最中に考えるべきことではない。
相手も間合いを詰めてくる。
中々の早さだが大した速さではない。
得物は向こうは見せていない。
どうせこちらは使うつもりは無い。
素手で十分だ。
だが油断はしない。
万が一ということも考えられる。
相手が得物を取り出す。
槍だ。
それも通常のよりも長い。
体を反らしてかわそうとした瞬間突然加速した。
そして次の瞬間それは私の体に突き刺さった。
ズブッ、と音を立てて七槍はソイツの体に飲み込まれた。
「ほう、中々やるな。」
が、相手は特に気にした風でもなくごく普通に振舞っている。
「この私に血を流させるとはな。 ・・・・・・・・・貴様名は。」
「やれやれ、人外というモノは礼儀も知らないのですか?」
「そうだったな・・・・・・。 我が名は雪那。 暗夜殿に協力する物の一人だ。」
「・・・・・・私は七夜雪之、退魔組織七頭目が長。 ・・・・・・ところで貴女、今協力する物の一人って言ったわね?」
「それがどうした。」
「他にも協力者がいるって事ね。」
「さあな。 知りたいのなら己が力で聞き出してみろ。」
再び得物を構え襲い掛かる。
雪那もこちらをある程度認めたのか得物を取り出す。
それは四尺はありそうなほどの大剣だ。
それを片手で持っている。
ブンッ、と信じられないほどのスピードでそれが薙ぎ払われる。
それをかわして七槍を振り下ろす。
相手も難なくかわして反撃してくる。
ザンッ
ガンッ
ザシュ
ドゴンッ
お互いが攻撃をするが掠りもしない。
暫くそんなことを繰り返す。
斬撃を繰り出しかわされる。
そして反撃をかわしてまた斬撃を繰り出す。
「このままでは埒が明かんな。 どうやらお前を見くびっていたようだ。」
「そう、貴女も中々やるわね。」
「ふん。 茶番は終わりだ。」
一気に殺気が膨れ上がる。
そして次の瞬間。
ズバッ
突然何もないはずの所から左腕が切られた。
相手は動いていない。
なのに切られた。
「・・・・・・今のは・・・」
「解ったか? 私がその気になればいつでもお前は殺せたのだ。 余興に付き合っただけ有難いと思え。 だがそれも終わり、死ね。」
ザシュザシュザシュ
体全身が切り刻まれる。
何に切られているかは見当もつかない。
出血量が多くなってきた。
もうそんなに攻撃には耐えられない。
見極めなければ。
ザシュザシュザシュ
くっ、ダメ。
全く見えない。
一体なんなの。
落ち着いて。
落ち着いて。
落ち着いて。
気が落ち着いてきたからか、傷口がヒンヤリとした。
血を流しすぎて体温が下がっているのだろうか
傷口に手をやってみる。
するとそこには、
「・・・・・・濡れてる?」
そうか、相手の武器は。
「ようやく気付いたか。 そう、我が武器は氷。 空気中には水分が多量に存在する。 故にお前はいつでも殺せる。」
「・・・・・・そう。 ・・・・・・・・・貴女・・・何か勘違いしてない?」
「何。」
「今見せたのが私の本気だとでも思っているの?」
「ハッタリはよせ。 見栄を張ったところで戦況は覆らない。」
「見栄かどうか、その身で味わいなさい。」
力を解放する。
だんだん見えてきた。
視界に糸が見え始めた。
これは特殊な糸。
浄眼の中でも更に特殊な物でなければこれを見ることはできない。
この糸は普段は力を抑え込んでいるので見ることは無い。
だが力を一度解放すれば視界には無数の糸が見えてくる。
何でも七夜の中でもこの能力を有していたのは歴代でも私を含めて三人しかいないらしい。
そして、この能力こそが私が七頭目の長になった理由。
敵はまだ気付いていない。
自分が死地にいることを。
一体なんだというのだ?
何の変化も見られない。
どのみち何をしようとこちらは一瞬で空気中の水分を凍らせて相手を切り刻むことができる。
それ故にこちらの絶対有利は変わらない。
だが、あの眼はなんだ?
まだ諦めた目ではない。
アレほどまでに蒼い瞳は見たことがない。
浄眼の一種なのだろうが普通の浄眼でも“青”くはなっても“蒼”くなることなんて。
それに、先程までとはナニカが違う。
次の瞬間ドサッと音がした。
「 ! ・・・なっ・・・・・・。 お前、・・・一体何をした?」
「どう、これで見栄じゃない事が解ったかしら?」
「ふっ、どうやらお前を甘く見ていたようだ。 だが私がその気になったら何時でもお前を切り刻める事を忘れていないか?」
「その言葉・・・そのまま返してあげる。 今ので解かった思うけど私もその気になれば何時でも貴女をバラバラにできる。」
緊張状態が続く。
と、
「どうやらここまでのようだ。」
「えっ?」
「時間切れだ。 お前の名、たしかに覚えたぞ。」
「私も貴女の名前は覚えておくわ。」
「いずれこの決着はつける。 また会おう。」
何処からともなく風が雪那の周りに収束していき姿が見えなくなる。
風が止んだ時にはもう雪那は何処にもいなかった。
「ふぅ。」
さすがに少し危なかった。
力を抑え込んで糸を見えなくする。
この力は類を見ないほど強力だが代償に頭に負担がかかる。
それ故に長時間使うことができない。
「つぅ。」
少し長く力を使いすぎた。
頭が割れそうなほど痛む。
「そろそろ、戻らなきゃ。 ・・・!?」
何かが近づいてくる。
それもエレベーターの中から気配がする。
だがエレベーターは動いていない。
「エレベーターの中を昇ってきている。」
得物を取り出し身構える。
気配はもうすぐそこまで来ている。
エレベーターの上に昇り気配を殺す。
エレベーターの扉が開く。
と、
「雪之!」
出てきたのは兄さんだった。
「兄さん、どうしてここへ?」
「なんだ、そんな所にいたのか。 なんでってお前が心配だからだろ。」
「どうしてここだと解かったんですか?」
「む・・・・・・教えてもらったんだ。」
「教えてもらった? 誰に。」
「それが、暗夜の仲間らしいんだ。」
「 ? どうして暗夜の仲間が私の居場所を教えるんですか?」
「う〜ん、よくわらか無いやつだったからな。」
「罠だとは思はなかったんですか?」
「いや、そういうやつには見えなかったから。」
「はぁ〜〜〜。 兄さんには何を言っても無駄でしょうけど一応言っときます。 次からはそのような軽率な行動は控えてください。」
「ああ、善処する。」
「それより兄さん。 今敵に私の居場所を教えられたといいましたね?」
「ああ、そうだよ。」
「それはおかしくありませんか? 私が相手をした奴は私を殺す、と言っていました。 なのに何故兄さんに私の居場所を教えたりするんですか?」
「なるほど。 たしかにそれは変だな。 雪之を殺すことが目的なら俺に居場所を教えるのは変だな。」
「でしょう? どういうことでしょうか。」
「う〜ん・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「まあ、いいじゃないか。」
「・・・・・・・・・まあいいでしょう。 そろそろ戻りましょう。」
「ああ。」
「なあ雪之。」
「なんですか?」
「昔から暗夜に仲間なんていたのか?」
「いることはいますが、ああいった輩ではありませんでしたね。」
「それってもしかして明朝っていうやつ?」
「ええ。 暗夜と明朝は二人一組で行動しますので。」
「それじゃあ秋葉を狙っている奴にもその明朝ってヤツがついてるのか?」
「それはわかりません。」
「そっか。」
雪之にはさっき白狐のことは話したけどあの事は言ってない。
“八雲・・・・・・雨夜? あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは。 あの男まだ退魔組織やってたんだ。”
“志貴、破滅的なまでにお人よしな貴方に一言だけ助言してあげる。 『灯台元暮らし』”
このことはしばらく黙っていた方がいいだろう。
ふと空を見上げると今日は月が見えなかった。
あとがき
最近ネットゲームにはまり気味でどうも筆の速度が落ちている。
でもなんとか頑張ってアップしてみました。
この時期は暇が多いので何とかさっさとアップしてしまいたいです。
では次回をお楽しみに。