夜の一族


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1: ぐまー (2004/02/29 18:50:18)



「ふっ。」

路地裏に声が響く。
一気に間合いを詰めてソレの“点”を突く。
声もあげる事無くソレは灰に帰っていった。

「ふう。 あらかた片付いたかな?」

辺りを見回してみる。
先程までは二、三十匹はいたであろうソレは跡形も無く片付いた。

「そろそろ雪之の方に戻るか。」

先程見回りに降りてきたら魔が二箇所に集団になっていた。
そこで二手に分かれて対応する事になったのだ。

「にしても、すごい数だったな〜・・・」

その場を離れようと一歩踏み出したその時。

ドスッドスッドスッ!

咄嗟に後ろに跳んで飛んできたソレをかわした。

「誰だ。」

ビルの陰の中に“ナニカ”がいる。
ソレはゆっくりと姿を現した。

「ふふふ。 中々いい反射神経ね。 気に入ったわ。」

ソレは女性だった。
だが明らかに“普通”ではない。
赤い和服の下には十二単でも纏っているのではないかと思うぐらい重ね着している。
おそらく膝よりも長いだろう銀髪を束ねるでもなくなびかせている。
体が最大警告で危険を訴えている。
その時点で人ではないと判るがそれより確かな証拠があった。
それはアルクェイドのような真紅の瞳。

「貴方が七夜志貴君よね?」

「・・・・・・お前何者だ。」

「私? 私は白狐。 暗夜っていう坊やの仲間って答えればいいかしら?」

「・・・・・・そうか、つまりおまえは俺の敵ってわけか。」

「そう取ってもらって構わないわ。 でもね、私にとって暗夜の坊やは関係ないわ。 私個人として貴方に興味があるの。」

「どういうことだ。」

「貴方の事が知りたいのよ。 もし私の目に適うようならペットぐらいにはしてあげるわよ。 アハハハハハハ」

ドクン!

殺せ。

―――アレは外れたものだ。

殺せ。

―――アレはお前の敵だ。

殺せ。

―――アレはお前の獲物だ。

殺せ。

―――アレは殺す対象。

殺せ。

―――だから殺してもいい存在。

殺せ。
殺せ。
殺せ。
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!



頭の中では目の前のアレを殺せと叫んでいる。
だがしかし、



ヤメロ。

―――アレに関わるな。

ヤメロ。

―――アレには勝てない。

ヤメロ。

―――アレは外れた存在。

ヤメロ。

―――おまえでは勝てない。

ヤメロ。
ヤメロ。
ヤメロ。
ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ
ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ
ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ!



殺せという命令と止めろという命令が同時に下される。
目の前の敵は強大だ。
しかし、アレは狩るべき存在。
だから殺せ。
だが敵わぬ。
お前では無理だ。
無理でもアレは殺す。
なんとしてもアレは殺す!

「どうしたの? 来ないの。 ならこっちから行くわよ。」

言葉と共に白狐の姿は霞がかかった様に薄れていく。
咄嗟に真上に跳んだ。
一瞬遅れて白狐の腕が先程までいた所を薙ぎ払う。
また霞がかかったように姿が薄れていく。

「くっ!」

七ツ夜を構えて何とか衝撃に備える。
案の定とてつもない衝撃と共に白狐の姿が現れる。

ドゴン!

と音を立てて壁に激突した。
いや、正確には壁に飛ばされた。

「まさかこれで終わりなんていわないわよね?」

白狐は動きにくそうな着物を着ているのに動きは全くと言っていい程見えない。
本来十二単は十数キロも筈だがそれを感じさせないほど動きが早すぎる。
どうする。
相手はこちらの動体視力を上回っている。
どうする。
どうする。
どうする。

「それとも“血”に目覚めていないと満足に戦えないのかしら?」

また姿が消えていく。
相手の動きが見えないなら。
感じ取るまでだ。
目を閉じて全神経を集中する。
全神経を気配を追う事だけに集中する。
気配が近づいてくる。
必要最低限の動きでソレをかわす。
ブンッ!
と、音を立てて腕のすぐ側を“ナニカ”が通り過ぎる。

「ふふふ、偶然は二度は続かないわよ!」

また来る。
今度は気配が一度遠のいた。
そして気配は上の方に移動する。
そして落下のスピードを利用して先程よりも速く気配が近づいてくる。
今度は七ツ夜を構えて迎え撃つ。
体を右に反らしてすれ違いざまに一閃した。

「 !? なっ、・・・・・・一体何を。」

気配が距離を置いた所で動きを止めた。
こちらも目を開ける。
そこには片腕を抑えた白狐の姿があった。

「別に、目で見えないから気配で追っただけだ。」

「そう、どうやら貴方を甘く見ていたみたいね。 なんだ、“血”に目覚めて無くても充分戦えるじゃない。 でも、お楽しみはこれからよ。」

そう言って白狐は手を翳した。
手から突然炎が広がりソレがだんだん形になっていく。
そして炎の中から身の丈ほどもありそうな巨大な鎌が出てきた。

「行くわよ。」

さっきと同じ要領で、目を閉じて気配を追う。
が、

「!?」

ヒヤリと背筋が冷えた。
咄嗟に飛退く。
すると地面を削りながらものすごいスピードで鎌が通り過ぎる。

「もう気配なんて追わせないわよ。」

気配が無い。
これではどうしようもない。
気配が無い以上視覚を封じておくのは自殺行為だ。
目を開くが当然のように白狐の姿は見えない。

ザシュ

鎌が体を切り裂いていく。

ザシュ

どうする。

ザシュ

打つ手が無い。

ザシュ

このままだと殺される。

ザシュ

それはとても痛いこと。

ザシュ

それはとても辛いこと。

ザシュ

それはとても悲しいこと。

ザシュ

それはとても暗い所。

ザシュ

それはとても冷たい所。

ザシュ

殺される。

ザシュ

殺される?

ザシュ

誰が?

ザシュ

誰に?

ザシュ

ああそうだ。

ザシュ

確かにその通りだ。

ザシュ

間違いなく殺される。

ザシュ

――――――アイツは俺に殺される。





斬撃がやってくる。
何たる無様。
何度も何度も同じことをやられれば誰だって見切れてしまう。
体の傷は問題ない。
ならすることは一つ。
これ以上調子付かれるのも腹立たしい。
相手の得物を“殺す”。
腰の高さで跳んで鎌をかわす。
そして鎌に走る線をなぞった。
音もなく鎌は“殺される”

「なっ、・・・貴方・・・今・・・何を・・・」

相手が驚愕している。
それもそうか。
今の今までついて行けてなかったスピードより更に速いスピードにいきなり対応されたのだから。
相手は徐々にスピードを上げていた。
それは解っていたが、加速する前の初速度についていけなかったのだから当然ついてこれないと踏んでいたのだろう。
だがやはり無様だ。
驚愕する暇があるのなら、・・・・・・俺を殺すべきだった。





有り得ない事が起こった。
このまま無様に殺されるのかと思っていたら今まで私の太刀筋すら読めていなかったのにいきなり得物が“殺された”。
直死の魔眼で殺された以上もうコレは使えない。
一体何が起こったというのだ?
見るかぎり先程と何も変わらない。
だというのに。
相手は自分の太刀筋を読んでソレをかわし得物を“殺した”。
これが七夜の“血”。

「そう、・・・・・・ようやく目覚めたのね。」





敵はよほど予想外だったのか、暫く隙だらけだった。
その気になればいつでも殺せたがコイツには訊かなければならない事がある。

「お前、暗夜の仲間って言ったよな。」

「ええ、・・・そうよ。」

「何で秋葉を狙う?」

「・・・・・・ふふふ、アハハハハハハハハハ。」

「何がおかしい。」

「貴方、本当にそう思っているの。 それは一体誰が言っていたの?」

「どういうことだ。」

「だから暗夜が遠野秋葉を狙っているって誰から聞いたの?」

「・・・・・・八雲雨夜。」

「八雲・・・・・・雨夜? あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは。 あの男まだ退魔組織やってたんだ。」

「・・・・・・・・・どういうことだ。」

「ふう。 七夜志貴君。 貴方の事気にいっちゃったわ。」

「・・・・・・・・・・・・」

「いいわよ。 破滅的なまでにお人よしな貴方に一言だけ助言してあげる。 『灯台元暮らし』って知ってるかしら。」

「 ? 灯台元暮らし?」

「ええ、後は自分で考えてね。 そろそろ時間みたいだし、私はこれで失礼するわ。」

「このまま帰すと思っているのか?」

「ここで決着がつくまで殺り合う? それはいいけど、いいのかしら。 雪之ちゃんは。」

「 !? お前雪之に何をした。」

「別に私は何もしてないわ。 ただ、雪之ちゃんも私と同じように暗夜の坊やを手伝ってあげてる奴に襲われている頃だから。」

「なんだと。」

「元々私の役目は貴方の足止め。 でも貴方に免じて見逃してあげる。 早く行ってあげなさい。」

「・・・・・・・・・くっ。」

ひとまず白狐は諦めて雪之の所に走り出す。

「また会いましょう。 それまでに他の奴に殺されちゃダメよ。」

振り返るとそこにはもう誰もいなかった。


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