衛宮切嗣、若き日の肖像
その男の目は渇いていた。
ただ一つの目的を成し遂げるために他のあらゆる感情が消え去っていた。
その目的がなにか、誰も知らない。
男は語るという事を忘れたかのように口を閉ざしていた。
誰にも理解されず、また理解されようとは微塵にも思っていない。
そんな男が私のマスターだった。
「・・・セイバー、聞いているのか。」
「はい、キリツグ。私はちゃんと聞いています。」
男は紫煙を燻らせながら私に問い掛けた。
男の足元には死体が転がっていた。
憎悪と無念が刻み込まれた面は死して尚その男、エミヤ・キリツグを凝視していた。
瞳で人が殺せるのならば、と。
だが意味は無い。
キリツグに取って、もはやその物体は排除し終えた障害の一つに過ぎない。
無感動。
この言葉がこれほど相応しい人間も稀だろう。
ただ敵を排除するための機械、キリツグとはそれだけの男だった。
「聖杯戦争も煮詰まってきた。そろそろ本命どうしがぶつかる事になる。」
キリツグは自分達の状況を確認するためにゆっくりと喋る。
「注意すべきはやはりあの神父だ。」
キリツグの眼に感情が宿ったような気がした。
何故かキリツグはその“神父”の話しになると人が変わる。
「謎のサーヴァントの実力は未だ未知数です。こちらから仕掛けるのは不利かと。」
あの黄金のサーヴァントの正体を我々は掴めないでいた。
向こうはそろそろ私の真名に気づくであろう。いや、既に気づいているかもしれない。
状況は不利。しばらくは静観するべきだ。
だが・・・。
「あの男にだけは聖杯を渡したくない。」
およそ、私のマスターらしからぬ事を言った。
「キリツグ、我々の目的は聖杯を手に入れることの筈です。特定の誰かの邪魔をすることではない。」
そうだ、その共通の目的があればこそ私達は何とかマスターとサーヴァントとしてやってこられた。
キリツグは外道だった。
勝利の為ならば如何なる手段も躊躇なく採った。
私の騎士道精神がそれを許容するのに時間がかかった。
令呪を使用された事もある。
だが結局のところ割り切らざるを得なかった。
これは戦争なのだ。
勝つということが全て。
今まで何度も自分に言い聞かせた呪文をここでも繰り返した。
「キリツグ、今の言葉の真意を聞かせてもらいたい。」
「気に食わない、では理由にならんか?」
「私は真面目に聞いている。」
「俺も真面目に答えている。そうだな、特に・・・。」
「特に?」
「奴の好物がマーボーだということが我慢できん。」
私は頭をかかえた。
その男の目は渇いていた。
ただ一つの目的を成し遂げるために他のあらゆる感情が消え去っていた。
その目的がなにか、誰も知らない。
男はよく語った。
だが男の真意を理解できる者は誰もいない。
誰にも理解されず、また理解されようとは微塵にも思っていない。
そんな男が我のマスターだった。
「・・・言峰、聞いているのか。」
「ああ、ちゃんと聞いている。」
男は紫煙を燻らせながら我に答えた。
男の足元には死体が転がっていた。
かつて男の師であった者だ。
師を殺めながら何の感情の起伏も無い
無感動。
この言葉がこれほど相応しい人間も稀だろう。
ただ己が抱え込んだ疑問の答えを追い求める、言峰綺礼とはそれだけの男だった。
「今回の聖杯戦争もそろそろ大詰めだ。ここからは総力戦になる。」
我は来たるべき戦いに昂揚する。
「注意すべきはやはりセイバーだ。」
歴代のセイバーの中でも今回のあの女は桁が外れている。
おそらく我を脅かす唯一の存在となりえる。
「だが奴の能力もだいたい見切りがついた。後は宝具にさえ気をつければ後れを取る様なことはあるまい。」
我は神父に促した。はやめに潰すべきだと。
向こうは我の真名を特定できていない。いや、特定できる筈が無い。
状況は有利。即、決戦すべきだ。
だが・・・。
「しばらくは傍観する。」
我には信じられぬことを言った。
「言峰、貴様の目的はなんだ?」
そう、この男には聖杯を手に入れるような理由が見当たらない。
外見だけではただ信心深い聖職者でしかない。
だが地上のあらゆる幸せというものを享受する能力がこの男には欠けていた。
言峰は外道だった。
勝つためにはあらゆる手段を採り、躊躇しなかった。
しかし、欲望というものが根本的に欠落しているこの男が聖杯に拘る理由は何なのか。
「答えろ、言峰。」
「私は答えが欲しいだけだ。聖杯そのものに興味は無い。」
「また、答えか。我には理解し難いな。」
「恐らく今回聖杯を手に入れるのは衛宮切嗣だ。」
「我がセイバーに敗れるとでも?」
「いや、そうは思わん。だが聖杯が人を選ぶとしたら奴のような人間だろう。最も聖杯が奴を選んだからといって奴が聖杯を選ぶとは限らんがな。」
「まるで友を語るようだな。」
「友?冗談はよせ。奴と私では絶対的に相容れない。」
「何故だ?」
「奴の好物がハンバーガーだからだ。」
我は頭をかかえた。
キリツグは単独行動を取るといって朝から出かけた。
聖杯戦争の真っ只中でマスターが1人出歩くなどとは自殺行為に等しい。
だが、キリツグはやはりあの神父に拘った。
「実力が未知数ならば探るしかあるまい。」
彼はそう言った。
サーヴァントはサーヴァントを探知できる。
私が一緒ではあの黄金のサーヴァントに近寄ることもできない。
だから1人で行くと。
何故そこまでリスクを犯すのか私には理解できなかった。
そんなにマーボーという食べ物が憎いのか。
過去にキリツグとマーボーの間に何があったか私に知る由も無い。
キリツグはアインツベルンの一族に入り婿のような形で受け入れられた。
彼は自分の後ろ盾を理解させるためだけに家族の事を私に語った。
おそらく祖国で夫の勝利を信じて待ちつづけているであろう新妻。
その新妻とキリツグとマーボーは三角関係だったのではないか。
いや、こんなことを考える私はどうかしている。
こんな埒も無いことを考えてしまうのは最近の食生活のせいだ。
キリツグは俗にこの時代で言われているジャンクフードというものしか食べない。
キリツグの魔力の供給を少しでも抑えるため、私もこのジャンクフードを食べなければならない。
毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、ハンバーガーばっか食えるかってんだコンチクショウッ!!!!
偵察がてらに街を散策していると公園に出た。
「はい、できましたー。」
赤毛の少年とツインテールの少女がままごとをしている。
普通、こういう場合は男の子がお父さん役で、女の子がお母さん役だと思うのだが、何故か男の子が料理を作っていた。
しかし違和感はない。
寧ろしっくりくる。
少年の将来に少し同情した。
「シロー、これはなあに?」
私には泥と葉っぱと砂でできたそのオブジェが何なのか理解できなかった。
ただ、ままごとにしては手が込んでいた。
少年の性分であろう。
「これは、豚と牛の合い挽き肉を6:4で混ぜた和風ハンバーグ。こっちは温野菜のサラダ。これは木耳を入れた中華風スープ。」
ああ、あの少年をさらっていきたい。
いやそれは犯罪か。私はどうかしている。
「これは?」
「それは麻婆豆腐。」
マーボー?
私もその少女もマーボーという言葉に反応した。
「なんで、あんたはマーボーなんてつくるのよ!」
「え、リンは麻婆豆腐きらいなのか?」
「そんなもの、食べ物じゃない!こうなったらリコンしましょう!イシャリョウがっぽり
とってやるんだから!」
少女は筋金入りのリアリストだった。
「なんだよリンのおこりんぼ!ひすてりー!れっどざでびる!」
「きー!」
少女の拳が少年を張り倒す。
少年も敏捷そうだが少女は何か格闘技を齧っているようでワンサイドゲームだ。
マウントを取った少女のパンチが少年を襲う。
なかなか腰の入ったいいパンチだ。
そうか、マーボーとは男女の仲をも切り裂く程の食べ物なのか。
それならば、先程の私の推理もあながち外れてはいまい。
うむ、よい勉強になった。
ありがとう、少年と少女よ。
あー、そろそろ止めなさい。少年がぴくりとも動いてないですよ?
言峰綺礼は1人だった。
「間抜けな話だ。単独のマスターが鉢合わせするとわな。」
「私と貴様だからこそ起こり得たことだ、衛宮切嗣。」
嘲笑っているのか、それとも心底この状況を楽しんでいるのか、神父の態度は判別しずらい。
「あの金色はどうした?」
「アーチャーの特技は単独行動だ。奴は好きにやっている。」
「セイバーの所か。」
「いや、貴様達と決着をつけるのはまだ時期尚早だ。未だ強力なサーヴァントが残っている。それらを排除した後だ。」
俺は間合いを一定に保ちつつ、言峰の左側に廻る。
「マスター同士がサーヴァント抜きで直に戦うというのも珍しいな。」
「今は貴様と戦うつもりはないと言った筈だ。」
「何だと?」
「私のサーヴァントは危険極まりない英霊だ。マスターという縛りがなくなれば無差別に虐殺を始めるだろう。」
「貴様・・・。」
「あのアーチャーの単独行動の能力はずば抜けている。猛獣を街に放つようなものだ。」
「・・・ちっ!」
確かに奴の言う通りだ。ここで奴を消し去れば取り返しのつかないことになるだろう。
「それで、お喋りでもしようというのか。」
「そうだ。」
この神父の真意がどこにあるのか見当もつかなかった。
だが頭でわからなくても本能でわかっていた。
奴とは絶対に相容れないと。
「貴様と話す事など無い。」
「私には貴様に答えてもらわなければならないことがある。貴様の理想とやらについてだ。」
「・・・。」
「貴様は理想の実現の為に私が持ち得なかったものを全て棄てた。何故だ?貴様がそこまでして求めようとする理想とはなんだ?」
「この世界をファーストフードの店で埋め尽くすことだ。」
「・・・。」
「極北の貧しい社会主義国でもマックができれば行列ができる。ファーストフードこそ人類が生み出した究極の食事形態だ。」
「関西ではマクドと言うんやで。」
「何故に関西弁。」
「くだらんな。だいたい貴様の後ろ盾であるアインツベルンはそのような勝手を許さないだろう。なにしろ奴らはフランクフルトを世界に広めるためだけに千年という長い間、辛苦を甘受してきた。」
「千年の妄執に捕われた彼らに時代の趨勢はわからんよ。」
「それが妻子を棄てた理由か。」
「あんなソーセージとジャガイモとキャベツの漬物しかない国に未練などない。」
「根はフェミニストだと思ったが冷徹だな。」
「余計なお世話だ。それよりそっちの番だ。貴様は何を求めている?聖杯から貴様が得られるものなど何もないぞ。」
「私が求めている物は聖杯の中身だ。」
「中身?」
「どうもマーボーらしい。」
「・・・馬鹿な!?」
「第三回の聖杯戦争の時、呼び出してはならないものを呼び出してしまった。」
「まさかっ!?」
「そう紅洲宴歳館、泰山の店主だ。アルアルとインチキ臭い中国語を喋る奴に逆上したあるマスターが奴を聖杯の孔に放り込んだ。」
「何ということを・・・。」
「聖杯は願望を叶える装置だ。奴の自分のマーボーを世に広めたいという願望が聖杯を染め上げた。」
「では今の店主は・・・。」
「何代目かはしらんが、やはりアルアル言ってるようだな。」
「ちっ、禍の芽は早期に摘まなければなるまい。」
「無駄だ。あの一族は華僑となって世界中にいるが世襲で誰か1人は泰山の店主になる。」
「やはり全員アルアル言っているのか。」
「何故か日本だけでな。」
奴ら日本を舐めてんのか。
「想像してみろ。聖杯の孔が開きマーボーが世に溢れる様を。」
まさに地獄絵図だ。
「やはり俺達は相容れないな。」
「無論だ。それを確認できただけでもお互い危険を冒した価値はある。」
「例え理想を棄てることになっても貴様を止めてみせる。」
「所詮、我々は同類だ。ただハンバーガーとマーボーという違いがあるだけだ。」
「アホか、あんなモン食い物じゃねぇ。」
「アホはそっちだ、味覚オンチのメリケンかぶれめ。」
「死ね、バーカ!」
「バカって言うやつがホントにバカなんだぞ!」
ガキかコイツは。
私は再びセイバーとして召還された。
前の聖杯戦争から10年以上の年月がたっていた。
最も英霊である私には遂、昨日のことのようだ。
最後の最後でキリツグは私に聖杯を破壊するように命じた。
あのとき程、サーヴァントである自分の身を呪ったことは無い。
聖剣の力が聖杯を破壊すると中から何か得体のしれないものが溢れ出した。
あれは何だったのか。
赤い奔流に流されていくアーチャーはなんだかヤバイことになっていた。
キリツグ自身もいくらか、それを身に浴びてしまった。
彼はもうこの時代にはいない。
彼の短命の原因があの得体のしれないものにあったのなら、やはりキリツグの判断は正しかったということか。
「シロウ、早くして下さい。」
チンチンチン♪
「チンチン茶碗を叩くな。行儀が悪いぞセイバー。」
「これがこの国の食事を催促する正しいマナーだとリンが。」
「遠坂、いい加減なウソをセイバーに教えんな!」
「あ〜〜!?朝っぱらから耳元で大声出さないでよね、全く。」
「ちったあ手伝え、居候!!」
チンチンチン♪
「止めなさい、セイバー!!」
キリツグの息子であるシロウは料理が上手かった。
あの時、赤毛の少年をさらわなくて本当に良かった。
きっと未来が変わってしまっていたことだろう。
何故か私はそう確信できた。
ともかく私は茶碗を叩く。
力強く、軽快に。
チンチンチン♪
シロウの料理は凄く美味しい。
生きてて良かった。
END
後書き
ハードボイルドな内容を期待してしまった方はすみません。ギャグ&ほのぼのです。
岡崎