Fake/error knight(M:藤ねえ? 傾:ほのぼの破綻ギャグ


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1: 荒田 影 (2004/02/29 12:45:35)


 それは、その日の夜の事だった。

 殺されて――殺されたはずなのに、生きていて。
 だって言うのに、帰った途端、またそこで襲われて。
 凶器を何とか避けながら、訳も分からず逃げをうつ。

「――っ、はぁっはぁっ」

 息が切れる。
 全力を超えて動かした体が悲鳴をあげた。

 後ろを振り返る事はできない。
 振り返っている暇が無い。
 槍を抱えた襲撃者が、すぐそこまで迫ってきている。
 自分を殺そうと追ってきている。
 だから今はただ、全力で逃れる事を考えなければならなかった。

「――っ!」

 ギィンッ!!
 繰り出された穂先を、手にした鉄製ポスターで弾き返す。
 一瞬足が止まるものの、相手の姿も確認しないまま、すぐに再び走り出した。

 とにかく、逃げなければ。
 今の一撃は防げたけれど、その内失敗しないとも限らない。
 受け切れなかったが最後、あの尖端は容易に心臓を貫く事だろう。

 だから、逃げないと。
 この場から逃れて、助けを呼ばないといけない。
 誰か人を呼んで、この窮地を脱しなければならない。
 そうしないといけないのに――

「なんだって土蔵に来てるんだよ俺はっ!!」

 自分の間抜けさ加減に頭にくる。
 土蔵は所詮ただの土蔵で、抜け道も隠し部屋も無いただの物置だ。
 逃げ込んだ所で、閉じこもるぐらいでしか追っ手をかわす事が出来ないだろう。
 ……それも戸を閉める時間があれば、の話だが。

 相手の足の速さは侮れない。
 槍を持った襲撃者は、すでにそこまで肉薄してきていた。
 迷っている時間すら与えられず、逃げ道の無い行き止まりに飛び込んでしまう。
 転げるように倒れこんだ頭上を、槍の穂先が通り過ぎた。

「――ちっ」

 舌打ちが聞こえる。
 そして、もう一度。
 手元に引き戻された槍は繰り出され、無防備な自分の胸元へと――

 ギィンッッ!!

 ――吸い込まれずに、はじき返された。

「なっ!!」

「――え?」

 慌てて飛びのく襲撃者。
 槍を弾き返したのは自分ではない。
 床に座り込んだまま、ゆっくりと後ろを振り返る。

「――問おう」

 まず、目に入ったのはスカート。
 エーテルの散舞する青い光の中のシルエットは女性。
 手にしているのは剣だろうか。
 まるで杖のように両手で持って床につき、彼女はその向こうからこっちを見下ろしている。

――ありえない。

 彼女の姿を視認して、まず初めの感想はそれ。
 その後に理由みたいなものがどんどんと溢れ出てくる。

――ありえない。

 心の中でもう一度繰り返す。
 もしかするとそれは口に出していたのかもしれない。
 耳はただ彼女の言葉を拾うだけの物となり、目は彼女の姿を見るだけの物となる。
 それだけそこに彼女がいることが衝撃的であり、同時に信じられなくもあった。

「あなたがわたしの――」

 なぜなら、それは。

「マスター――って、あれ、士郎?」

「藤ねえっっ!?」

 藤村大河、その人だったからだ……。








          “Fake/error knight”









「うわぁ、士郎がご主人様なの? おねえちゃん嬉しいよぉ」

「――って抱きつくなっ!」

 ひしっ、と抱きついてくる藤ねえを反射的に引き剥がす。
 というか、マスターをご主人様とかいうな。

「……一体全体どういうことなんだよ、これ」

「どういうことって?」

「だから! なんで藤ねえが出てくるんだ!?
 ここは展開的にセイバーが出てくるシーンだろっ!!」

「ええと――とりあえず画面の向こうに居るかのような発言はNG」

 ズベシッ!!
 手にした竹刀で殴られる。

「――さっきの剣のシルエットはそれか」

「愛用だもん。ほら、虎のマスコット付き」

「でたな妖刀虎竹刀――って、そうじゃなくて。
 とにかく説明しろ。迅速に」

 じっと睨むと、藤ねえは拗ねたように口を尖らせた。
 不満そうにしながら、自分の事を指差す。

「――セイバー」

「……誰が?」

「だから、わたしが、セイバー」

 ……何の冗談だろう。
 セイバーは金髪碧眼の美少女で、虎縞模様の服着たわがまま教師ではない。
 認めるもんか、断じて。

「って、まさか!!」

「うん、そう。セイバーのクラスで呼び出された英霊」

 藤ねえはにっこりと笑って頷いた。
 瞬間、無性に世界を呪いたくなる。

 ――なんてこった。
 こんな展開はありなのか。

 ……だって藤ねえだ。
 コタツに入ってむしゃむしゃとみかん喰ってる猫科の生き物もどきだ。
 何をまかり間違ったら、コレが英霊になんかなるんだろう。
 だいいち藤ねえ相手じゃシナリオが無いじゃないか。
 まさかセイバールートをやれと言うつもりなんだろうか。
 魔力が足りないからって大人の関係になったり、デートに出かけてぬいぐるみ見たり――。

「だ、だめだ……寒気がする」

「む。士郎、今変なこと考えたでしょう」

「もちろん。あれが変でなければ何を変だと言うんだ。つーかアルトリア返せ」

「むー」

 うなりながら、藤ねえはちょこんとしゃがむ。
 何をするのかと思ったら、間近で顔を覗き込んできた。

「士郎は、おねえちゃんだと不満なの?」

「う……」

 ……困った。

 目の前にいるのは藤ねえだ。
 普段の姿を想像すると、こんな時にこんな気分になることもないが――でもしかし。
 散々言っといてなんだが、結局のところ藤ねえも、それなりに美人さんなのである。
 ……だから、まぁ。
 こんな展開も、ちょっといいかな、なんて思ってしまったり――。

「おーい。……そろそろ思い出してくれよー」

「――あ」

「いたんだ、ランサー」

 土蔵の入り口付近で、こっちを見ている存在に気がついた。

 そういえば、襲撃受けてたんだっけな。
 藤ねえの登場がショックで、すっかり忘れてたけど。

「ん――じゃあ話の続きは、彼女を追い返してからね」

「ああ、そうしよう――?」

 頷きかけて、途中で止まる。

 マテ。
 今、なんか凄い違和感があった。
 無視したほうが良いのかもしれないが、無視できないレベルの間違いがあった。
 藤ねえはそれを不自然に思っていないのか、竹刀を構えて臨戦態勢に入る。

「それじゃあ、いくからね――蒔寺さん」

 目の前にたたずむ、同じ学校の生徒に向かって。





 ――蒔寺楓。
 穂群原学園の生徒で、わりと有名。
 それは彼女が陸上部のエースだからで、俺との直接の面識は無かった。
 それでも、顔は知っている。
 表彰台に上った彼女を、何度か見たことがあるからだ。
 
 だから、断言できる。
 そこにいた彼女は、間違いなく、蒔寺楓その人だった。

「ええっと……蒔寺?」

「そうだよ衛宮。こうやって話すのは初めてだったっけ?
 色んなトコで見かけるから顔は知ってたけど」

 どうやら向こうもこっちの事を知っていたようだ。
 いや、さっきまで散々追っかけられてたんだけど。

「ランサー……なんだよな?」

「得物を見たら分かるだろ。
 それともこれが弓に見えるのかよ、あんたには」

 ずいっ、と差し出されたそれを見る。
 彼女の持っているそれは、確かに槍だった。
 ……陸上競技の、槍投げの。

「……いくらなんでもそれは強引過ぎるだろ蒔寺」

「なんだよー。いいじゃないか別にー。
 そりゃ、あたしの種目とは違うけどさ。
 全く無関係ってわけでも……ほら、例の佐々木何某よりかは自然だろ」

 まぁ、それを言われるとそうなんだが。
 でもあっちは一応サーヴァントによる召喚だったからアサシンになっちゃったわけで。
 ああ、けどセイバーが藤ねえなあたり、すでに決定的に破綻してるんだから今更か。

「結論。不問にするからとっとと出てけ」

 びしっと屋敷の門のほうを指差す。
 冷たい態度なのは勘弁してもらいたい。
 何しろこっちは命を狙われたのだ。
 それなりの態度で臨むのは当然だと思う。
 いくら相手が女の子で、学園指定の体操着に身を包んでいたとしても。
 ……ちなみに穂群原の指定は――ああ、いや、それは今は関係ない。

「そうもいかないんだよ。帰りたいのはやまやまだけどさ」

 言って、槍を構える蒔寺。

「やるっていうのか」

「こっちにも事情ってもんがあってね。……このまま帰ると話続かないし」

「……最後の発言は聞かなかったこととしよう。
 とりあえずそういうことなら――藤ねえっ!!」

「てえいっ!!」

 名前を呼ぶと同時に、藤ねえが虎竹刀を振り回す。
 振り回すといってもそれは見た目の印象なだけで、そこは剣道有段者だ。
 踏み込みの早さも剣筋の鋭さも一級品である。

 それに対し蒔寺はというと――。

「いたっいたっいたっいたっ!
 いたいいたい痛いってば藤村センセー!!」

 なんだか情けなかった。
 ばしばしと竹刀で頭を叩かれながら、庭の中を逃げ回る。
 しばらくすると流石に耐えかねたのか、あっさりと門の方に逃げ去っていった。

「……俺、あれに追い詰められてたんだ……」

「ヴィクトリー!!」

 ガッツポーズをする藤ねえ。
 なんだかとっても空しくなってくる。
 はぁ、とため息をついて顔をあげると、門からひょこっと顔を出す蒔寺が見えた。

「くそぅ、次は覚えてろよ、タイガー!」

 よっぽど悔しかったのか。
 何をするかと思えばありきたりな捨て台詞を残して去っていく。
 壁を飛び越えたりしないで門から出て行くあたり、本当にサーヴァントなのだろうか。

「なんだかなぁ……」

「…………ガーと」

「……藤ねえ?」

「タイガーと呼ぶなぁあああッッ!!」

 突然の爆発、そしてダッシュ。
 土煙を上げて走りだす虎。

「ううわ、忘れてたよ藤ねえの禁句」

 駆けて行くその背中を見やりつつ、もう一度ため息をはく。
 このまま放って置けば、あるいはこの先無関係で居られるかもしれない。
 そんな考えがふっと浮かぶが、それはすぐさま消え去った。

――なんて甘い。

 暴走しているのが藤ねえで、自分は衛宮士郎なのだ。
 どう考えたって無関係でいられるはずがないじゃないか。
 このまま待っても多分、怒った誰かが怒鳴り込んでくる。
 怒鳴り込んで来た上にいろんな奴を引き連れてきて、どうやったって巻き込まれる。
 巻き込まれた挙句に、いつの間にかその中心に置かれるんだ、絶対。
 だから最善の選択は。
 できる限り騒ぎを小さく治めること。
 これしかない。

 迷いを吹っ切るのに数秒がかかった。
 それだけ遅れて、俺は外へと走り出す。
 当面は穏やかな生活のため。

 藤ねえを、全力で止めるのだ――!

「あーもう! 待てよ藤ねえーっ!!」





 門を出る。
 屋敷の塀沿いに走っていくと、すぐに藤ねえの姿が見えた。

 その向こうに誰か人の姿が見える。
 竹刀を振りかぶっているところからして、蒔寺に追いついたのかと思ったがそうじゃない。
 人影は藤ねえあわせて三つある。
 即ち――相手は二人。
 片方はなんだか見覚えがあるが、もう片方は――。

「――!! そんな……そんな、まさかっ!!」

「てんちゅーーっ!!」

「っ! 止めろ藤ねえーーっっ!!」

 左手が光る。
 いや、左手に浮かんでいた紋様が光る。
 三つある輝きの内の一つが消え、強制力が働いた手ごたえが返ってきた。

「――っ!!」

 竹刀が振り切られる前に止まる。
 急な制動が働いたためか、藤ねえの表情が少し苦しげに歪んだ。

「ま、間に合った――」

 ほっとしながら、三人に近づく。
 ……いや、違う。
 そこにいた赤い外套の男に近づく。

「……どうして、士郎……」

 藤ねえがうめく。
 その脇を通り過ぎ、男の目の前に立ちはだかった。
 ……藤ねえの事も気になるが、今はコイツだ。

「…………」

 男は無言だった。
 無言でこっちを睨みつけている。
 理解不能の出来事が起こる中で、それでもこっちへの嫌悪は確からしい。
 そんなのはこっちだって同じだ。
 その瞳、浅黒い肌、白い頭髪。
 ああ、間違いない。
 コイツは、コイツは、コイツこそは――。

「何か用か、きさ――」

「ま、まともなサーヴァントだぁっ!!」

 がばあっ!!
 
「な――っ何をするっっ!!」

「Fateだったんだな、これってFateだったんだな!!」

「離せっ!! 抱きつくなっ!!
 凛、君も見てないで――っ、止めろ!!
 その“ああ、そうなんだ”って生温かい目で見るのはヤメローーっっ!!」

 彼の叫び声も俺の歓喜を抑えられない。
 そう、彼こそはアーチャー。
 ここで俺が知ってちゃいけないはずだけれども、英霊エミヤ、そのものだった。

「蒔寺とかっ藤ねえとかっ、そんなんばっかりかと思ったっ!
 てっきり美綴あたりが来てるもんだとっ!! お前がお前で良かったっ……!!」

「くっ、いい加減にしろっ!!」

 熱烈な抱擁を力ずくで引き剥がし、アーチャーは俺を投げ捨てた。

「――どういうつもりだ貴様。
 サーヴァントの攻撃を止めただけではなく、私に抱きつくとは」

 受身を取って素早く立ち上がる俺を、アーチャーが睨みつけてくる。
 ……コイツはまだシナリオにしがみつこうとしているようだ。
 藤ねえをサーヴァントと呼ぶあたり、コイツの必死さが伝わってくる。
 その在り方はまさに、俺の理想なのかもしれない。

「……助けれられたヤツの台詞じゃないな。
 知ってるんだぞ、お前に虎竹刀は避けれない――」

「――貴様」 

 鋭く視線で俺を射抜きながらも、口元を緩めるアーチャー。
 こっちがシリアスに付き合い始めたのが嬉しかったんだろう。
 コイツを喜ばせるつもりは無かったが、理想を目の前にして逃げる事はできない。
 すでに壊れた世界観の中で、コイツと俺は、それでも形を整えようとしていた――。

「……士郎の……」

 ――していたっていうのに。

「士郎のばかーーーっっ!!」

 それをぶっ壊すもの約一名。
 俺とアーチャーは全く同時に、その場で頭を抱えて座り込んだ。

「どうして令呪を使っちゃうのよぉっ!!
 攻撃止めたらセイバールートに入れないのにっっ!!
 そんなに遠坂さんが良いの士郎っ!!?」

「――あー、なんかもう、どうでもよくなってきた」

「……同感だ。所詮何かを救おうなど、はなから無理だったのかも知れん」

 もちろん、救われるのは俺達の精神だったのだろう。
 自分の中で何かがガラガラと崩れ落ちる音が聞こえた。

「話を聞きなさーーーいっ!!」

 ……さて、藤ねえをどうやって宥めるかな……。





「……で、どうなってるのよ。これ」

 藤ねえの暴走もどうにか治まり、場所を移して家の居間。
 お茶をすすりつつそういったのは、ここまで静観していた遠坂だった。

「俺が知るか。なんでこうなったかなんて、わかるわけないだろ」

 やっぱりお茶をすすりつつ、遠坂の問いにそっけなく答える。
 居間にいるのは俺と遠坂、そして藤ねえだ。
 アーチャーは流石に付き合いきれないと思ったのか、さっさと姿を消してしまっていた。

「そう? 意外ね。
 色々と知ってるみたいなんだけど」

「――まあ、知らなくていいことまで何故か知ってるけど。
 流石に先の事まではわからないぞ、誓ってもいい」

「士郎が何に誓うのか知らないけど、残念ながら信用できないわよ」

「む――けどそれを言ったら遠坂だって知ってるんじゃないのか?
 ほぼ初対面だって言うのに、二週間くらい共に戦った仲間の様な対応してるぞ、さっきから」

「…………」

「…………」

 お互い、無言になる。
 お茶をすする音だけが居間に響いた。

 ……いや、まあ。
 わかっていたことではある。
 話し合っても無駄だ、なんてことは。
 こんだけ無茶苦茶に破綻しまくっていて、説明がつくはずが無いのだ、どうやっても。
 だからツギハギをあてても、みっともないだけなんだけど。
 それでもこうやって顔をつき合わせて相談せざるを得なかったというか。
 ……藤ねえ、みかん食いすぎだ。

「――ん? なに、士郎?」

「いや、なんでもない」

 問題から逃避してもしかたない。
 どうにか収拾つけないと、話が終らないじゃないか。

「……とりあえず、整理しましょう。
 混乱の元はセイバーが藤村先生だった、てことで良いのね?」

「ああ、元はそうだと思う。
 ただ、変化はそれだけじゃない」

「どういうこと?」

「ランサーが、蒔寺だった」

 ピタリ、と。
 遠坂が動きを止める。

「…………は?」

「だから、蒔寺楓が、ランサーになってたんだ」

「なにそれ。なんでアイツがそんなのになるのよ?」

「知るか。あれは確かに蒔寺だったぞ。
 こう、槍投げの槍構えてさ」

「――うわ、まともなのアーチャーだけじゃない。
 あんたが抱きついたわけがやっとわかったわ」

「だろ? この分じゃ他の奴等だってどうなってることか」

 遠坂と二人、深くため息をつく。
 どうやらシナリオへの復帰は絶望的らしい。

「……まあ、変って言えば私達もそうなんだけどね、特に士郎」

「な――なんだよそれ!!」

「変じゃないとでも言うつもり?
 こうやって元の話がどうとか言ってる時点でどうしようもなくなってるじゃない」

「それは――ほら、もしかしたらSF的な説明ができるかもしれないじゃないか。
 あるいはファンタジー的な」

「それが説明つくんなら、サーヴァントが別人なんて問題、問題でもないわよ!」

 どん、と湯飲みをテーブルに置き、俺を睨みつける遠坂。
 そのあまりにも正しい言い分に反論する言葉が無くなる。

 ――と。
 反論の代わりに疑問が口について出た。

「遠坂、お前、なんでここに来たんだ?」

「なに、突然?」

「いやだってさ、お前、ランサーのこと知らなかったんだろ?
 じゃあ、ここにいるのはおかしいじゃないか」

 遠坂がここにきたのは、数時間前に学校でランサーと一戦したからだ。
 それがなかったのなら、その後の展開がなくなる。
 全ての前提が覆ってしまうのに、なのに彼女はここにいる。
 これは明らかにおかしな事態だ。

「……そうね。あなたが死んでなければね」

「――は?」

「ランサーとは会ってないわ。私は死にかけた士郎を見つけただけだもの。
 それで――その」

 急に言葉に勢いが無くなる。
 ……顔が赤いのは気のせいだろうか。
 視線をそらして遠坂はポツリ、と。

「――心配になったから、見に来ただけよ」

 そんな事を言った。

「あ……」

 その意味を捉えて、呆然とする。
 彼女はランサーの襲撃を予見したわけじゃない。
 そんなことすら抜きに、こっちの事を心配して、様子を見に来てくれたのだ――。

「……やっぱり、良い奴だな。遠坂って」

「う――勘違いしないでよ!
 私は自分の魔術の効果が心配だっただけで、別に、その――」

 言い訳をする遠坂を、幸せな気分で眺める。

 ああ、壊れた世界でも、こんな瞬間があるならいい。
 そう、いいじゃないか。
 セイバーが藤ねえだろうと、なんだろうと。
 彼女に会えないのは残念だけれど、この世界にだって良いところはいっぱいあるはずだ。
 だったら、これでいい。

 そんな事を考えて――

「でえいっ!! ちゃぶ台返しっ!!」

 ――やっぱり藤ねえにぶち壊された。

 どんがらがっしゃーーん!!

 ひっくり返されたテーブルが、派手な音をたてる。
 上にあったみかんがごろごろと床に転がった。

「な、なにすんだ藤ねえっ!!」

「勝手に話を終らせようとしちゃダメーっ!!
 遠坂さんとのラブラブ話なんて認めないんだからー!!」

「くっ、せっかく終る雰囲気になってたのにこの虎はっっ!!」

「途中でシリアスに変わるギャグ物ほど寒いものはないっっ!!」

「ほっとけっ!! もういい加減終りたいんだこっちは!!
 これ以上どエライもんが出てくる前にっ!!」

 突如始まる藤ねえとの乱闘。
 それを眺めながらポツリと呟いた、

「……なんか、平和よね……」

 という遠坂の言葉が、やけに印象的だった……。





〜続……くのか?


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