月の浮かびし聖なる杯プロローグ(頃シリアス?


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1: ヴァン (2004/02/29 11:07:00)

「……申し訳ありません,師父(マスター)グレハム。もう一度、おっしゃっていただけますか?」
 魔術師の最高学府である時計塔に、私こと遠坂凛が弟子の士郎と、使い魔であるセイバーと共に留学してきてから四年目を迎えた春、私は時計塔の教師の一人であり、同じ宝石魔術師ということで師事を受けているグレハム師父に呼び出しを受け、彼の執務室へと出向いた。
しかし、この教師が個人的に呼び出しをするということは、まぁ経験上、ロクなものでないとは想像していたのだが――――私が部屋に入るなり、重厚な机に腰掛けていた彼が発した一言は
「――わかった。もう一度言おう、トオサカ。」
私の想像なんか遥かに超えた
「君の故郷で再び聖杯戦争が起こる。これに参加し、可及的速やかにこれに勝利せよ。これは執行部からの正式な命令だ。」
ロクでもなさすぎる話だった。



月の浮かびし聖なる杯  プロローグ〜承前〜





「そんなことはありえません。」
数瞬の、魔術師としてはあってはならない思考停止から復活した私は、そう断言した。
「トオサカ、『ありえない』とは我々神秘を体得せんとする者達が口にすべきことではないぞ。
――――まあいい、君とそのことについて論争するのは止そう。君が『ありえない』とする根拠はなにかね?」
こっちだってそんな初等の論議をするつもりはない。
だけどまあ、確かに少し頭に血が上りすぎていたかもしれない。
だがそれほどに、私にとって――――いいや、私達にとって――――聖杯戦争という言葉は、特別な意味を持つのだ。

小さく深呼吸をし、多少落ち着いたことを自分自身で確認し、答える。
「最大の理由は前回からの期間の短さです。聖杯戦争のその特殊なシステムには膨大な魔力が必要となります。ですが前回の聖杯戦争からまだ四年あまりしか経過していません。前々回のように聖杯の破壊で決着が着いたとはいえ、それでも前回の聖杯戦争には十年がかかりました。その半分以下の時間で、聖杯戦争を行うだけの魔力を用意できるとは思えません。」
確かに聖杯戦争は再び起こるかもしれない。
しかし、たかだか四年やそこらじゃいくらなんでも――――
「なるほど。確かにその通りかもしれん。しかし、今回の聖杯戦争は過去に五度行われたものとはルールが異なるそうだ。」
あっさりと、師父は告げた。
「どうやらアインツベルンがシステムに一部手を加えたという話だが――そこまでする連中の聖杯への執念はいっそ賞賛に値する、が同時にそこまでした以上、連中は今度こそなりふりかまわずこの戦争に勝利しようとするだろう。───どんな犠牲を払おうと、いかなる被害が出ようとも、な。それは我々にとって、望ましいものではない。」
そう、本来我々魔術師は、誰が何をしようとそれに口出しすることはない。
だがそんな魔術師(わたしたち)の唯一の共通認識、それが
──────神秘は秘匿されなければならない──────
 と、いうことだ。
 魔術は魔術師以外の一般人には隠し通さなければならない。
そのためには強力、もしくは特化した魔術師は封印し、場合によっては抹殺もする──────それが魔術師協会の唯一の役割といっていいだろう。
 そしてそんな協会が、魔術師同士の戦争なんてモノに口を出さないわけがない。
「先は勝利せよ、などと言ったがね。協会(われわれ)が望んでいるのは『速やかに、かつなるべく目立つことの無いように』聖杯戦争が終わることだ。聖杯の行方など、さして重要ではない。ゆえに前回聖杯を破壊した君──君達以上の適任者はおるまい。」
 確かに私には、ほとんど反側といってもいいほど強力な使い魔であるセイバーがいる。弟子である士郎は今だ魔術の腕は半人前とはいえ、こちらも反側的な能力(ちから)を持っているし、加えて私自身も、この時計塔において二回、年間主席を獲得している。首席を逃した一回だって――ルヴィアさえいなければ、文句なしに私がトップだったのだ。
 確かに私達以上の適任者は、時計塔にはいまい。
 だがそれは、私達が再び聖杯戦争に参加しなければならない理由にはなりえない。
 元々冬木の土地の魔術的なことの管理は遠坂の義務ではあるし、私だって参加するのにやぶさかではない。
そして正義の味方なんてものを目指している士郎にいたっては、聖杯戦争がふたたび起こると知れば、時計塔の命令など関係なく大急ぎで冬木市に向かうだろう。
セイバーだって――私の使い魔にもかかわらず――士郎の剣となることを誓った彼女が、士郎が危地に向かうのに、同行しないはずはない。
 なのに――
「お断りします。前回聖杯を破壊した私達には、命をかけてまで聖杯を求める意思はありません。」
―――なんて言葉が出たのは、まあ協会の思い通りに動いてやるものか、なんていう、トオサカリンの半分以上を構成しているであろういつもの意地であったりするわけだ。
 だってほら、父さんは「成人するまでは協会に恩を売っておけ」なんて言ってたけど、私もうハタチ超えてるし。
 しかしそんなことで、勿論この師父が引き下がるわけがなく
「言ったはずだ、これは命令だとな。拒否は許されん。時計塔からの放校もありえるぞ。」
 なんて、いかにもな脅しをかけてきた。
 ああ――駄目だ。
冬木にはどのみち行かなくてはならないだろう。
 ならば素直に従ってもいいはずなのに、そんな脅しをかけられてはますます逆らいたくなってしまうではないか。
「結構です。ここで学ぶべきことは、およそ学んだと思いますので。」
 言うなり私の足は出口へと向かっていた。
 だが、同居人達にどうやってロンドンでの生活の終わりを謝ろうか……なんて考えている私の足は
「そうか――――ところで話は変わるがトオサカ、最近妙な噂が聞こえてくるようになってね。……なんでも君の弟子には通常の魔術以外の何かがあるらしい、などという。」
 ピタリと止めさせられた。
そして一瞬の後、足を止めてしまったことに後悔する。
落ち着け、私。
「その何かは不明だが……。調べればいずれは判明するだろう。君も弟子が封印指定を受けるような事体は望むまい。まあ積極的に神秘を秘匿しようとする魔術師ならば、わざわざ執行部も調査せよなどとは言わんだろうが、ね。」
そう、私の弟子である衛宮士郎は魔術の才能なんかこれっぽっちもないくせに、魔術師の一つの到達点とも言われている、固有結界という力を持っている。
この固有結界は、それを使用できるというだけで即座に封印指定を受けるような代物だ。
ゆえにその力を私達は隠してきたし、私達以外は本当にごく少数の知り合いしか知らないはずなのだが……正直、協会を甘くみていたのかもしれない。
「……わかりました。私の弟子がそんな何かを持っているなどというのは過大評価でしょうが――ありもしない疑惑を向けられるのは正直、おもしろくありません。その話、お受けいたします。」
 内心の怒りを押し殺し、今回の『取り引き』に応じることを伝える。
 いいだろう。魔術師の基本は等価交換だ。
ならばその話、乗ってやろうじゃないか。
 その返答を聞いた師父は「そうか」と、まるで表情を変えずに言い、数枚の紙を渡してきた。
「現時点でわかっている今回の聖杯戦争の変更点だ。共に参加する者たちにも伝えておいてくれたまえ。――ああそれと」
 書類を受け取り、退出しようとする私を、再度師父は引き止める。
 これ以上、まだ話すことがあるというのか。
「すまないな、トオサカ。私としてもこんな交渉は本意ではないのだが。」
 そういって、頭を下げる師父に対し
「ええもちろん」
 私は
「ご安心を。私はぜんぜんまったくこれっぽっちも師父のことを恨んだりはしてませんので」
 そう微笑んで、今度こそこの忌々しい部屋を後にした。


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