「最後に、一つだけ伝えないと」
強く、意思の籠め、背中越しに感じる彼に告げた。
「……ああ、どんな?」
そんな、いつものように振舞おうとし、その裏にある彼の本心に気づき。
―――決心はついた。
振り向き、今にも雫がこぼれてきそうな彼の瞳をみつめた。
「シロウ――――貴方を、愛している」
後悔はなかった。
一陣の風が吹き、彼女の意識は落ちた。
剣戟の音が高々と響く。
馬の駆ける音が背中に響く
叫びか、喚声か。耳を劈くおとが響く。
―――しばらく、音の渦に身を任せていたが唐突に気づく。
(っっく!!追手か!?)
意識が急激に覚醒する。
ふと、すぐ正面に人の気配を感じた。
ひざを折り、上体を無理やり起こす。左手を地面に着きつつ右手は腰の剣に
伸びる。眼を開き敵を確認しようとするが、周囲の明るさに眼がついていけず
、ほとんど見えない。
今までの経験に乗っ取り、相手のわき腹から肩へ抜けるように薙ぐ。
響く剣戟音。
不意打ちにも関わらず完璧に防がれ相手の力量を一瞬に判断した。
(だめだっっ!距離をっっ!!)
全身を使い獅子の様に華麗に飛びのく。
やっと光に慣れた眼で相手を見据える。
そこに、見慣れた。もう会うことは無いと思っていた老騎士が呆然と立って
いた。
「…………サー・エクトル。なぜここに?」
相手は心底呆れたように
「いきなり斬りかかる人間に育てた覚えはないぞ。アルトリア」
ため息をつきながら、剣をしまった。
辺りを見回すとここは、選定の岩の広場だった。
「倒れたので介抱していたら斬りかかるとは何事だ?」
「ここは?」
彼を見据えて問いかける。
「まず、剣を収めろ。アルトリア。……見ての通り、選定の場だが」
それは、理解できる。しかし、なぜここにいるのか?国に裏切られ、逃げて
いたはずだ。それから……
「…………っっ!!シロウっっ!!」
なぜか、それが口に出た。咄嗟に辺りを見回す。
思い出す。
(そうだ。聖杯を破壊したんだ。……でもなぜだ?この世界に戻るのならば、
あの、騎士ベディヴィエールの牽く白馬の上の筈だ。キリツグの時もそうだっ
た。)
あの時は瀕死だった。自分の体を確認する。
「致命傷がない……?」
「いや、頭の中身が致命傷だ。手当てをしたほうがいい」
自分の力量の無さを恨んだ。なぜ一撃でこいつを討てなかったのだろう。
振り返る。
もう選定の岩の前には人がいない。皆、馬上戦で王を決めようと息巻いてい
る。
迷わず岩へと歩むを進める。
「いくのか」
「世話になった。サー・エクトル。そなたに感謝を」
うむ、と返事をした後、唐突に
「シローとは何だ」
あの声、あの顔を思い出す。夢だったかもしれない真実を。
「私の誓いだ」
老騎士は満足そうに
「そうか……よい王になれ。アルトリア」
返事はせず、決意を行動で示す。
岩の正面に立ち、剣を見据える。周囲からは無駄だと無言の野次が飛ぶ。い
や、もう野次を飛ばす人すら少ない。
剣に手を伸ばす。
その手が剣に触れる直前背後から声がかかる。
「いやいや。それを手に取る前に、きちんと考えたほうがいい」
振り向くと、この国で最も恐れられていた魔術師がいた。
魔術師は語る。
それを手にしたら最後、お前は人間ではなくなるのだと
その言葉に彼女は自分の誓いを告げる。
「その道が。
今までの自分が間違っていなかったと信じている」
剣は当然のように引き抜かれ、周囲は光に包まれた。
――――そうして。
後に伝説まで称えられる、王の時代が始まった
夜明け前。
藍色の空の下、風に身を任せて、彼女はただ遠くを見つめている。
空は高く、流れる雲は早い。
澄み切った大気の下、彼女は剣を手に、迎え撃つべき大軍を見つめていた