■凛ちゃんと一緒 エピソード1 温泉に行こう。(3/3)
深夜。夕食を終え、それそれ部屋に引き上げていった。というか俺だけ別室なんだが。
男だから、流石に未婚女性と同室というわけにはいかない。
それは分かってる。でも、暇…
遠坂は部屋に居ろと指示を出してきたけど、退屈…
食後にやったビーチバレーが妙に疲れて、このまますうっと眠ってしまいそうになる。
…………
…………
…………
は、居眠りしてしまった。
だめだ、これ以上ぼーっとしてると寝てしまう。
遠坂に逢いに行こう。
…夜這いとも言う。
――――――三十分後。
「……………」
さて、遠坂達の部屋の前で途方に暮れる俺。
「…………………………」
宿の電子ロックは、カードキーがなきゃ開かない。
「………………………………………」
俺は、
馬鹿なのか。
アホなのか。
なんで三十分もぼけっと。
してるかなぁ。
未練たらしく。
「………………………………………」
カチャ。
「「あ」」
部屋から遠坂が出てくる。
「なんでこんなとこ居るのよ〜(小声)」
「だって、暇だったから(小声)」
「…………」
遠坂の顔が紅い。なにか照れくさげに視線が宙にさまよう。
遠坂は部屋から廊下に出ると、扉を閉めた。
「まさか桜に用があるわけじゃないわよね?」
ジト目でこちらを睨む遠坂。
ちょっとまて遠坂、いくらなんでもこの局面でそれを聞くのか、君は。
さすがに今のはちょっとむっとした。
むっとしたので、ちょっと遠坂をからかってやろうと思う。
眉間に皺をよせて遠坂を睨む。
そのまま遠坂の手首をつかみ上げる。
「………!!」
そのまま、遠坂の顔に俺の顔を近づけ…
遠坂は吃驚してとっさに目を閉じる。
「怖かった? ごめん、ちょっとからかっただけ。」
できるだけ明るい声で云った。
「……ばっ、ばか。」
遠坂はもう真っ赤だ。俺も真っ赤だけど。
「それよりアンタいつからここにいたのよ? 手、冷たいじゃない。」
「ああ、えっと、さっき。」
自分でも意味不明な回答をしてしまった。本格的に頭悪いぞ、今の俺。
「さっきって、十分? 二十分?」
「…………三十分」
「………三十分? ………ここに? ………ずっと?」
「ああ。」
「ばか、あたしがドア開けなかったらどうするつもりだったの?」
「うん、途方にくれてた。さんきゅ、遠坂。」
「…いいけどさ。あ、そうだ、私これからちょっと用があるから、士郎は部屋に戻ってるコト。いい?」
「なんでさ。このまま俺の部屋に行くんじゃないのか?」
「う〜。女の子にはいろいろあるの。いちいち説明させんな〜。」
があーと吠える遠坂。あきらかに動揺している。
遠坂のこんな仕草が可愛くて仕方がないなんて、今日の俺、どうかしてる。
……おもわず、遠坂を抱き寄せていた。
「わかった、何処に行くかは知らないけど、いっておいで。部屋で待ってるから。」
耳元でささやいた。
「ん。絶対行くから、首を洗って待ってなさい。」
「………遠坂その発言、変だぞ。」
「ば、ばかね、今日の私の発言が変なのは全部士郎の所為なんだからっ。」
そう言って遠坂は俺の腕をふりほどいて、向こうに駆けていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
まいった。誤算も誤算だ。
なんで大河も桜も今日に限ってあんなにタフなんだ。
夕食に一服盛ったにもかかわらず。
昼間のビーチバレーであんなに消耗させたにもかかわらず。
なぜ布団に潜り込んでから一時間も話に盛り上がるのか。
逸る気持ちを無理矢理抑え、最後の発言から二人の寝息を確認するのに三十分。
完全に睡眠に入ったのを確認すると、部屋を出た。
カチャ
「「あ」」
ドアを開けたら目の前に士郎が立っていた。
「なんでこんなとこ居るのよ〜(小声)」
「だって、暇だったから(小声)」
「…………」
ごめん、士郎。でも仕方なかったの。
でも、わざわざ来てくれたんだ。なんか嬉しい。
ぽお、と顔が紅潮する。なんか、変だ、私。
なんか、士郎の顔がまともに見れない。
落ち着かなげに私の視線が宙を漂う。
ああ、きっと変な娘だと思われた……。
そうよ、どうせ、私、変な娘だもん。
なにやら自分でも逆ギレを自覚しながら、士郎の顔を睨んだ。
部屋の扉をしめて、
「まさか桜に用があるわけじゃないわよね?」
な、なに言ってるんだ私って奴は……。
折角迎えに来てくれた士郎に、言うに事欠いてそれはあまりにも失礼だろう。
ついさっきまでほわわんという表情をしてた士郎の顔が強張る。
あ……怒った…? よね?
士郎は私を睨んだまま、私の手首を掴みあげた。
「………!!」
びっくりした。まさか士郎が女の子に手をあげるとは思わなかったものだから、心底吃驚して、思わず息を飲んだ。
そのまま士郎の顔が近づいてくる。うわ、怒ってる。
本能的な恐怖に駆られ、目をつぶってしまった、これじゃ怯えた子供だ。
「怖かった? ごめん、ちょっとからかっただけ。」
あ、よかった。いつもの士郎の声だ、優しい声。
ほっとすると同時にむかむかと腹が立ってきた。
士郎に、じゃなくて士郎を信じ切れない自分に対して。
衛宮士郎はフェミニストだ。
命のやり取りをしている相手にでも、自分より明らかに強い相手でも、女の子には優しいのだ。
女の子に手をあげるなんてあり得ない。それは衛宮士郎を構成する気高き魂の一部だ。
「……ばっ、ばか。」
何でそこまで高貴な魂を宿しながら、己を殺しつづけることが出来るのか。
ヒトに奉仕し続けて、公平無私。なんか不意に悲しくなってしまった。
今触れた手はずいぶんと冷たかった。一体ヤツはどの位この廊下にいたんだろう?
こんなに手が冷たくなるまで。
「それよりアンタいつからここにいたのよ? 手、冷たいじゃない。」
「ああ、えっと、さっき。」
「さっきって、十分? 二十分?」
「…………三十分」
「………三十分? ………ここに? ………ずっと?」
「ああ。」
「ばか、あたしがドア開けなかったらどうするつもりだったの?」
「うん、途方にくれてた。さんきゅ、遠坂。」
さんきゅ、じゃないわよ。
なんでコイツはここまで愚直にヒトに尽くすことが出来るんだろう。
もっと自分を大切にしてよ。
「…いいけどさ。あ、そうだ、私これからちょっと用があるから、士郎は部屋に戻ってるコト。いい?」
さんざん待たせて恐縮なのだが、私はこれから禊ぎに行かなければならないのだ。
だって、これから士郎に抱かれるのだから、汗くさい躯でというわけには行かないのだ。
夕飯前に一旦、躯を清めたのだが、汗なんてすぐかくし。
「なんでさ。このまま俺の部屋に行くんじゃないのか?」
「う〜。女の子にはいろいろあるの。いちいち説明させんな〜。」
ほんとにごめん士郎。でも、一緒に行こうなんて言えないしなぁ。
そんなこと言ったら、こんどこそ顔から火が出そうだ。
照れ隠しに吠えてみた。
なんで私こういう所がさつなんだろう。女の子らしくないなぁ…。
士郎は照れたような、なにか言いたげなような、なんともいえないような顔をした。
そして――――――
不意に、抱きしめられた。
私の全身をくるむように、ふわっとした優しい抱擁。
なんだか自分がふわふわのぬいぐるみにでもなったかのような錯覚さえ起こる。
抱きしめたまま士郎は私の耳元で囁いた。
「わかった、何処に行くかは知らないけど、いっておいで。部屋で待ってるから。」
女誑しだ、将来、コイツはきっと女誑しになる。
だって私はいまの一言でメロメロになってしまったんだから。
「ん。絶対行くから、首を洗って待ってなさい。」
「………遠坂その発言、変だぞ。」
「ば、ばかね、今日の私の発言が変なのは全部士郎の所為なんだからっ。」
不覚だ。全くの不覚だ。
この遠坂凛ともあろう者が、たった一人の男の子。
漢にさえなっていない存在にここまで惚れ込んでしまうとは。
ちなみに私の「漢」の定義はきつい。
自分を貫き通すのは当たり前。
あらゆる障害を乗り越え、自分を守り、家族を守り、恋人を守り、友人を守り抜く。
そして、経済的に誰の助けも借りずに生きる事ができること。
そういう意味では、今の士郎はちと甘い。
ちょっとだけ名残り惜しかったが、士郎の腕をほどいて、私は浴場に向かった。
浴室には誰も居なかった。
無理もない、もうすぐ日付が変わろうという刻限だ。
手早くぱっぱと衣服をぬぎ、浴槽に浸かる。
全身くまなく石鹸を塗り、体表の不純物が浮かび上がるのを待つ。
垢擦りで体表をゆっくり擦り、垢をこそげ落とす。
頭から湯を被り、泡を落とす。
肌から水分をふき取り、エッセンシャルオイルを塗る。
普段から化粧はしないのだが、今日だけは、唇にさっとルージュを引く。
よし、完璧。
浴衣に着替え、浴室を出た。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
こんこん。
部屋のドアををノックする音。
ドアを開けると、そこには遠坂が居た。
「おまたせ…」
「あ、あがってくれ。」
「ん。おじゃまします…。」
俺は遠坂を部屋に招き入れた。
遠坂が俺の横を通り過ぎるとき、ふわ、とオレンジの香りがした。
柑橘系のコロンかなにかだろうか。
遠坂の匂い。
少し、部屋の温度が上がった気がした…
遠坂は、初めて部屋に入れて貰った猫のように、ふらふらとあちこちさまよい、
あちこち覗き込んだり、匂いを嗅いだりしている。
「まあ、変わらないか、隣の部屋だしね。」
何を納得したのか、俺のベッドの横に座る。
「あ、えと、遠坂、何か飲むか?」
「…………いらない。」
遠坂は自分の横の布団をぽんぽんと叩いて俺の方を見た。
ぽんぽん。
「…………」
ぽんぽん。
「…………」
なんか、遠坂が不満そうにむー、という表情をしている。
ばふばふ。
…幾分か先ほどより強めに布団を叩く遠坂。
あ、もしかして横に座れと言ってますか。
「衛宮くん? いつまで木偶の坊のようにそんなとこ突っ立ってるの? もしかしてトイレ?」
どうやらそうらしい。
なんでそんなことで不機嫌になるかなぁ。
ぽんぽん。じゃ何をしたいのか分からないよ。
観念して遠坂の横に座る。
俺の腕に腕を絡め、上体を俺に預ける遠坂。
柔らかいモノが俺の腕に当たる。
「と、遠坂、む、胸、当たってる。」
「遠坂、じゃないでしょ。約束。」
好きにしていいのよ。なんて頭が沸騰しかねないコトを囁く遠坂。
そうだ、数日前の事になるが、それを遠坂に要求したのは俺自身だ。
苦し紛れに口走った俺の願望だったが、遠坂、いや、凛はそれをちゃんと、真摯に受け止めてくれていたんだ。
今日の遠坂が変なのは、俺の所為じゃないか。
凛は、今朝からずっと今のコトを意識して喜んだり照れたり怒ったりしてたんだ。
「遠坂、いや、凛、これからお前を凛って呼ぶぞ。それでいいんだよな?」
「うん………だから………しよ」
遠坂の唇が紅い。
普段は化粧っ気がないくせに、こんな時だけルージュなんて反則技だ。
俺は、その朱い口唇に、抗う術もなく、近づいていった。
ちゅ。
「ん。」
技巧もなにもない接吻。ただ唇と唇が触れただけだ。
目をつぶり、俺の背中に腕を廻す凛。
同時に俺の口腔内に侵入する凛の舌先。
「………!!」
凛の舌が俺の舌と絡まる。
俺は、凛の舌に応えるように、夢中で舌を動かし、凛の口を吸った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ」
「うっ、うっ、うっ、うっ、うっ」
凛の中に力づよいストロークで俺を抽送していく。
既に脳内は白濁している。
もはやお互いを思いやる余裕なんてない。
ひたすら無言でその行為を繰り返す。
「う、凛。」
「士郎!」
一際強く凛の躯を突き、動きを止める。
下腹部を中心でがくがくと痙攣。
痙攣とともに体液が間歇泉のように噴出される。
放出される体液とともに力が入れられなくなる。
どくん、どくんと、ただ心音だけが心身を支配する。
凛もぐったりとしてうごかなくなる。
「「はあ、はあ、はあ、はあ……」」
二人でただただ荒い息をする。
ガチリ。
あらかじめ用意して待機させてあった魔力回線に魔力を注ぐ、
単純な作業なのにいまはそれすら難しい。
「あ、士郎の魔力、感じる。」
凛がぼおっと、けだるそうに言葉を投げてくる。
「こんどこそ、成功したみたいだ。」
「うん。」
そのまま凛の躯の上に倒れ込む。
「ごめん、重いだろうけど、しばらくこのままで……」
「うん……お疲れさま。」
凛は俺の背中に腕を廻し、しっかりと俺を抱き留める。
「ところで、何で魔術回路を双方向で繋ごうなんて思ったの?」
「貰いっぱなしは悪いじゃないか、それに、魔術の基本は等価交換だろ? こうしとけば、凛が大魔法使うときにとか、いざというときに役に立つじゃないか。」
「ん〜。それはそうだけど。ま、いいか。」
「ねえ、私の躯、良かった?」
「ばっ、ばか、そんな恥ずかしいコト、聞くな。」
きっといじめっ子の顔をしてると思って凛の顔を覗き込んだが、
凛は、ちょっと拗ねたような表情をしていた。
なんか今日はホントに調子狂う。こんな予想外の反応をされるとドギマギしてしまう。
「えと、その、ごめん………すごく、良かった。」
「ホント? 良かった。」
凛の顔がほころぶ。恥ずかしさをこらえて言って良かった。
なんか俺の顔までゆるんでしまう。
「ねぇ?」
「ん?」
「私のコト、愛してる?」
「……にきまってる。」
「大河よりも?」
「藤ねぇよりも。」
「桜よりも?」
「桜よりも。」
「セイバー、よりも?」
「ん…、セイバーよりも。」
「あー。いまちょっと考えたでしょー。やっぱりセイバーに未練ある? セイバーとも、してみたかった?」
「ばっ、ばっ、ばか。そうじゃなくて、たしかにセイバーに愛着はあるけど、凛に対する思いとは違うんだ。その、妹に対する兄妹愛みたいな感じで。」
「ふーん。………ちょっと確認するけど、兄妹同士という道ならぬ恋に激しく燃える、ってタイプの愛じゃないわよね?」
「なんだそりゃ。そういう特殊な例外は考えなくていい。」
「綾子よりも?」
「まだ続くのか? ああ、美綴よりも。」
「柳洞くんよりも?」
「な、なんで男がでてくるよ?」
「答えて。」
凛は、むー、という顔をしている。本気で訊いてたのか。
「男の友情と愛情を一概に比べるのは難しいけど、俺が側にいて欲しいのは、凛のほうだよ。」
「答えになってない。柳洞くんよりも私を愛してる?」
「一成よりも。」
「やった。」
「凛。それはどういう意味だよ。」
「だって、一成のヤツ、士郎の無二の親友です。士郎の唯一の理解者ですって顔してるしさ。士郎の方はどうなのよ?って思ってたからさ。」
「そりゃ、女の子には相談出来ないことは一成に相談するさ。だって、どうしたら凛をメロメロに出来るかなんて本人には相談できないだろう?」
「すればいいじゃない。いいわよ、答えてあげるわよ。」
がぁーと吠える凛。それはやっぱり変じゃないか。
「いいのか? 凛。お前に今度のデートコースとか相談しちゃって、ネタバレで詰まらなくないか?」
「う…。いいわよ。士郎に相談受けたらそのあと記憶を消す薬調合して飲むわよ。」
「ばか、そんなことさせられるか。」
「うう〜。」
何が悔しいのか、唸る凛。
「ま、いいか、じゃ、切嗣よりも?」
「………!」
どくん。
俺のトラウマとなっているあの灼熱の原。そこで初めて出会えた救い。
それが切嗣の笑顔だった。
どくん。どくん。
五年前、切嗣のあまりにも寂しそうな表情に、何とかしてやりたくて言った台詞。
―――――まかせろって、爺さんの夢は、俺が、ちゃんと形にしてやっから
上半身を起こし、口元を押さえる。
全身から冷や汗が出る。
やば、ここ最近やってなかったのに、ひょんなことからぶり返す。切嗣の、呪い。
呪いの原因の大半は、自分だったりするので、本当は、自分で自分にかけた、呪い。
「士郎。私の方を見て。」
凛が、俺の手を握る。
「キス、するからね。」
そっと俺の唇と凛の唇が重なる。
凛の舌が俺の口腔を割り開き、なにかを俺の喉に押し込む。
そのまま嚥下。
「凛、今飲ませたの、なんだ? また怪しい宝石じゃないだろうな。」
「正解。でも、怪しいモノじゃないわよ。それは魔力の整流器。貴方、切嗣の話をすると、時々魔力の流れが乱れるの。その乱れをせき止めて整流する機能をもった宝石よ。ところで、その魔力の乱れなんだけど、原始的な呪いよ? 多分、自分で自分にかけたのね。他人の呪いなんて魔術回路に魔力が流れれば洗い流せるものだもの。」
「うう。やっぱそうなのか。漠然とそうじゃないかとは疑っていたんだが。」
「ちょっとね、呪いが発動しそうな状況をあえて作ってみたの、でも、辛い目にあわせちゃったね。ごめん。でも、今の宝石で、その呪いも無効化できそうで良かったでしょ。」
「なんだ、今までのは前振りだったのか。」
「いいえ、本気。だけど前振りに使ったのも事実ね。しっかし、一成のヤツがライバルだったとは意外だわ。綾子や桜の場合は想定してたんだけど。」
「だ〜。お前ホントに俺の話聞いてたのか? 一成とは凛が心配するようなコトは一切無いぞ。」
「ほんと? 昼休みの生徒会室は密室だから、エミヤ、ケツ貸せ〜とかやってないでしょうね? 坊主は神父以上に信用できないわ。」
「なんだそりゃ。すごい偏見じゃないかそれ。……俺とは関係ないところでやっぱり凛と一成はライバルというか、犬猿の仲なんだな。」
「それは否定しないけど、士郎が心を許してるという面でも、一成は強敵よ。…あ、そういえば、聖杯戦争の時、柳洞くんがマスターじゃないって証明するために衛宮くんは何をしましたっけ?」
いじめっ子の目だ。なんかやっと普段の凛に戻ってきたなぁ。ってことは、さっきまでの反応はあらかじめ考えて来たシナリオ通り演じてたってことか。そりゃ寝不足にもなるよな。
「あ、忘れてた。そういやあのとき一成の上半身はおろかズボンさえ脱がして令呪がないかどうか確認したんだっけ。」
「そこまでは聞いてなかったけど、ふーん、そう。士郎も大胆ね。もしかして、桜がマスターかもって私が疑ったら、桜も脱がして確認したのかしら〜?」
「ばか、一成には理由を話さずにそうしたんだぞ、理由も告げずに女の子を脱がせるか。」
「そうかな〜? 多分、あの子、理由は言えないけど脱げって士郎が命令したら脱ぐわよ。」
「なっ…そんなこと、あるわけ………あるかも。」
「あ、真っ赤になった。さては、桜のビキニとか見て中身想像したでしょ。」
くっそ〜、いつものように遊ばれてしまう。目の前の凛は裸だってのに、裸の桜を想像して赤面するなんてどうかしてるぞ、俺。
ん?桜?ちょっと待て、いま何時だ?………四時五十分。ヤバイ、そろそろ桜の起きる時間だ。
「凛、浴衣着てくれ。風呂に行く。」
「は? なんでいきなり?」
「いいから。」
目をぱちくりさせながら、俺の指示通り浴衣を着てくれる凛。
俺も急いで浴衣を着込み、凛の手を握って、廊下に出て浴室に向かった。
「ふう、廊下で桜にニアミスしないで良かった。」
「一体なんなのよ。説明しなさいよ。」
「そりゃ、桜が起きて凛が居なかったら探すだろ? まず俺の部屋を。」
「あ。」
手で顔を覆って失敗したと呟く凛。
「でもなんで浴室なのよ?」
「こんな時間にやってる施設は露天風呂だけだろ。まさか朝五時に喫茶店でお茶してましたなんて不自然過ぎる。それに、残り香の問題もある。俺から遠坂のコロンの匂いしてたら不味いだろ。いくらなんでも。」
「そっか、なんだかんだで士郎も考えてるんだ。もしかして、期待してたのかな〜?」
「してたよ。悪いか。ほんとは合い鍵投影して凛の寝室に夜這い掛けようとしてたんだから。」
そこで、何が可笑しかったのか、凛は腹を抱えて笑い出した。
「ひー、おっかしー。それでカードキーの電子ロックで立ち往生してたのね、昨日。」
「そうだよ。一応投影してみたけど、電子情報までは投影しきれなかった。」
さて、浴室の前まできた。今の時間は混浴。
固まる凛。
まあ、そういう話をわざと振らなかった所為もあるけど、ここまで綺麗に奇襲が決まると、
なんだか申し訳ないような気さえしてくる。
そのまま手を引っ張って中に入る。
「じゃ、あとで」
「ちょ、ちょっと士郎……!?」
聞いてやらない。とっとと脱衣所に駆け込む俺。
こういう時は畳みかけるように相手に考える暇を残しちゃダメだ。
ぱっぱと浴衣を脱いで浴室へ。タオル片手に凛を待つ。
……出てきた。妙に時間が掛かったのは自分を納得させるのに要した時間だろう。
うつむき加減で俺を睨む凛。タオル巻いてるくせに恥ずかしいのか、小声。
「おまたせ。」
「お、おう、いくぞ。」
凛と手を繋ぎ、浴槽の奥の方に進む。
この温泉は露天で混浴なだけあって、結構広く、遮蔽物も結構あるのでそこかしこに早起きカップルが居るようだ。
開いてる場所を探して、湯に浸かる。
「凛、タオルは湯船に浸けちゃだめだ。」
「わ、分かってるわよ。それくらい。」
観念したのか、凛はタオルを背後の岩に引っかけ、生まれたままの姿で湯船に浸かった。
「…………」
「…………」
お互いに無言。
俺の横には肩をくっつけるように寄り添う凛。
おれの手が動いた。
ひっ、と吃驚する凛。そのまま俺から距離を取る。
「なによ、お風呂は身体を清潔に保つための場所よ、情欲に走る場所じゃないんだから。」
「ば、ばか、そんなことするつもりないぞ。ああもう、いいから左手だせ。」
俺は凛の左手を掴むと、そのまま凛の左側に座り直した。
俺はただ、手を繋ぎたかっただけなんだ。
「…………」
「…………」
「ね、いま、しあわせ?」
「ああ、これ以上は無いって位、しあわせだよ。」
おし、と呟いて右手でガッツポーズをする凛。
俺は、目を閉じて―――――
こんな日々が、ずっと続いて、世界中の人々が、こんな幸せを感じる事ができればいいな、と思った。