■凛ちゃんと一緒 エピソード1 温泉に行こう。(2/3)
電車のボックス席。
目の前には、藤ねぇ、桜。
そして、俺の隣には、俺の肩に頭を預け、眠りこくる遠坂が居た。
電車で最後の乗り換え、ここからローカル線で一時間ほどで現地に到着する。
冬木市からは一旦都心部まで出てから改めて乗り換えねばならないため、
現地まで二時間半位はかかることになる。まあ、朝から遊ぶためにはそれなりに早起きして来ないといけない。
とはいえ、普段の衛宮家に出入りしているメンツだと普通に起きてくるだけで十分なので、
特に早起きというわけでもない。
最後の乗り換えを終えた直後、遠坂は「じゃ、寝るから」と言ってすぐに寝てしまった。
昨晩はお弁当やら荷物やらいろいろ用意していたらしいのだが、
一体何を用意していたと言うのだろうか。たかだか一泊旅行なのに。
しかし、遠坂の寝顔は――――――
まあ、惚れた弱みとかいろいろあるかもしれないけど。
遠坂のあどけない寝顔は、起きている時の赤いあくまとは全く異なり、
穢れを知らぬ天使のそれのようだった。
あんまりかわいらしかったので、なにか悪戯でもしてやろうとも思ったが、
桜も藤ねぇもいるので諦めた。
ふと前を向くと、桜が俺を睨んでいるように見えた。
「桜、なんでそんなに怖い顔して俺を睨んでるんだ?」
あ、とその時初めて桜は自分が怖い顔をしていることに気がついたようだ。
「……先輩、遠坂先輩ほどの美人にしなだれかかられて気分良いのは分かりますが、ちょっとでれでれしすぎです。」
「え、俺そんなににやけてたか?」
「ええ、とっても。」
小声で桜が「ねぇさんずるい」とつぶやくのが聞こえた。
「そうだよ〜、士郎は、最近でれでれしすぎなのに気づいてるのかな〜?」
すかさず藤ねぇが混ぜっ返す。
「う、そうか? 全然気づかなかったけど」
「でもまあ、ちょっと前まではすぐ真っ赤になってたから、それに比べれば格段の進歩なんじゃないかな。朴念仁の士郎がそういうのに目覚めてくれて、保護者の私としては嬉しい半分、切ない半分かな〜。」
……あいかわらず藤ねぇの言ってることは意味不明だ。赤面するのとでれでれするのって、成長とは全然関係ないだろうに……
「ん、わかんないって顔してるね若人。うんうん、そのうちわかるようになるさ、そのとき後悔するんだよ〜。私の経験上。」
なんかめずらしく藤ねぇが年長者らしい台詞を口にしてうんうんとしたり顔で頷いている。
「でもさ〜、商店街の旅行券当てるなんて士郎にしては大快挙だよね〜。」
「当てたのは遠坂だけどな。」
「そっか、当てたのは遠坂さんか、それなら納得。」
またもや、うんうんと頷く藤ねぇ。
桜までそうですねなんて相づち打ってやがる。
…だから、意味不明なんだってば。どうして俺だと大快挙で遠坂なら納得なのか。
納得いかねぇ…
「ん…? 朝?」
目が覚めたのか、遠坂が身じろぎする。
「まだ三十分あるから、寝てていいぞ。」
「うん、ありがと。」
遠坂は無意識なのか、目を瞑ったまま俺の手を握ると、そのまま寝てしまった。
俺としてはこういう仕草は、なんというか、信頼されてるなと感じることが出来て嬉しいのだが、今は不味い、実に不味い。
「! …………」
ほら、桜の顔がまた険しくなった。
……胃に穴が空きそう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
とりあえず宿に荷物を預けると、俺たちは海岸へ繰り出した。
海の家でちゃっちゃと着替えて浜にでる。
時刻は10:30といった処だろうか、とりあえず昼食まではそれなりに時間はある。
一番最初に出てきたのは藤ねぇ。てゆうか俺より着替えが早いってのは何事なんだろう?
なにか、女性としては大事なモノを失っている気がする。
「お、着替え早いな藤ねぇ」
「早メシ早○○芸のウチってね。」
「いきなりシモネタかよ。」
「えへへ〜、実は水着を服の下に着てきたのだ〜。だからワンピ脱ぐだけでホントは脱衣所も要らない位だったのだ〜。」
「……中学生かよ。………ん、確かに朝からそのタンクトップの紐見えてたな。」
藤ねぇの水着はレモン色にマーブルカラーを散らしたセパレートタイプ。タンクトップにパンツ。ホントは虎縞のを探したけど無かったなんて言ってます、この人。
あるわけねぇだろ。もう。
次に出てきたのが桜。オレンジのビキニに長めのパレオだ。
のんきに桜を褒める藤ねぇ。
「お〜、桜かわいいよ〜」
「ホントですか、良かった、似合わないっていわれたらどうしようかと…。…先輩、どうですか?」
な、そこで俺に振るのか、まずいぞそれは。
最近の桜はもうぶっちゃけナイスバディだから、ビキニが凄く似合っていて、目のやりどころに困るって位アトラクティブだ。
それでも感想を聞かれている以上、答えねばなるまい。
幸いまだ遠坂は出てきてないから多少の失言は許されるだろう。
「あ、ああ、すごく、似合ってる。せ、せくしーだ。」
「……よかった〜。実はパレオの下、ハイレグなんですよ。ちょっと困っちゃった。」
パレオの裾をつまんでみせて、えへへ、なんて微笑む桜。
いまの仕草で一気に頭に血が昇ってしまった。うわ、鼻血でそう。
「いいな〜。桜は胸あるからビキニが似合うよね〜。」
「え、そんなコト…。藤村先生もかわいいです。凄く似合ってます。」
で、ウチの姫さんはどうしたんだろう。
「なあ、桜、遠坂はどうした? まさか寝てんじゃないだろうな。」
「あ、なんかトートバッグとにらめっこしながらごぞごぞやってたみたいですよ、忘れ物ですかねぇ?」
「そっか、あいつ、いつも肝心な時にポカやるからなぁ。」
「そうですね、遠坂先輩っていつもは格好いいのに時々大ポカやって困ってますよねぇ」
むむ、桜にまでそんなこと言われるほどポカやってるのか、あいつ。
最近は完璧超人の化けの皮が剥がれつつあるよなあ。
「おまたせ〜。ごめん、待たせちゃった?」
程なくして遠坂が出てきた。
「………つっ………」
おもわず口に手を当てる。
「!……」
遠坂は、俺の反応を見て、胸に手を当ててこちらを睨む。
と、不意にうつむいてつぶやいた。
「……似合わないかな、これ。」
いや、似合わないなんてことは全然ない。金輪際ない。
遠坂ならばどんな水着でも着こなしてしまうだろう。
問題はそこじゃないんだ、遠坂。
「い、いや、似合ってる、凄く可愛い、大丈夫。 す、すまん。」
俺は後ろを向いて口に手を当てる。
「くっそ〜、美綴め〜!」
遠坂はきょとんとして訊いてきた。
「ん? なんでそこで綾子がでてくんのよ?」
藤ねぇと桜もきょとんとしている。
「ああ、美綴が昨日電話してきてな。ちょっと遠坂の水着の話になって、ヤツ、遠坂の水着が赤じゃなかったらアイス十個奢るって言いだしやがったんだ。」
そう、遠坂の水着は赤のタンクトップに赤のパンツだったのだ。
タンクトップは長めで藤ねぇのように臍が出ておらず、遠坂にしてはおとなしめな装いだったのだが、
深紅の水着というのを見慣れていない俺はそれでつい笑ってしまったのだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――前日。
桜がどこからか電話している。
「ええ、はい、気をつけて言ってきます。え、先輩? 居ますよ、変わります?」
桜が「せんぱーい、美綴先輩から電話です〜。」といってよこしたので俺は電話に出た。
「はい、衛宮です。」
「お〜、少年、でかした〜。」
「……なんのことだよ。」
「またまた〜。しらばっくれちゃって〜。明日、遠坂凛嬢と旅行行くんだろ?」
「……ああ、それか。けど別に二人だけで行くんじゃないぞ。そこんとこ勘違いすんなよ。父兄同伴だ。……父兄って言うには頼りないけどな。」
「おっけ〜おっけ〜。藤村センセなら何とでもなるって。旅先は女を解放的にするわよ〜。ここで一発ガツンとやっちゃいなよ〜。あ、桜も居るんだっけ、桜には悪いけど一服盛って眠ってて貰いなさい。あ、一服盛って桜に手をだしちゃだめよ。凛はその辺鼻が効くから、すぐばれるからね。」
「おまえ、俺をけしかけてなにか楽しいことでもあるのか? 大体そんな物騒なことできるか!」
「ばか、遠坂凛は私の親友なんだ。で、あんたも私の親友だ、少なくとも私はそう思ってる。その二人が上手くいってなけりゃ、手伝うのが友情ってもんよ。」
「なんでさ、なんで上手くいってないと思うんだ美綴は。」
「ああちがった、上手くいってはいるかもしれないけど、遅いんだ。卒業までに離れられないようにしちゃわなきゃダメでしょ。あとは追々で構わないけど最低限のステップは一緒に居られる間にカタつけとかなきゃ自然消滅するわよ、あんたたち。」
「そ、そんなことないぞ、俺たちはもう……電話口で話すことじゃないな。今は止めとく。」
「わはは〜、興奮して言っちゃうかとおもったけど、結構冷静だね、衛宮。桜がそのあたりで聞き耳立ててんでしょ。……でさ、いろいろ研究して変な誤解してると困るから一応忠告しとく。」
「? なんだよ研究って?」
「だから、アイツの趣味の話。弓道部の男共の話を何とは無しに聞いてたんだけど、女の子が赤い衣装とか付けてくるとOKのサインなんだって? アイツそんなこと気にせずに赤が好きだから注意しなさいよ。その判断だといつでもOKに見えちゃうから。」
「なんだそれ? そんな合図があったのか。全然知らなかった。」
「まあ、衛宮だしそんな話聞いてないと思ったけど、慎二あたりから入れ知恵があったらヤバイと思ってさ。いいか、凛が赤い水着着てきても勘違いすんなよ、OKかどうかはまた別問題だから、舞い上がってないで良く観察するコト。いいね。」
「な、幾らなんでも赤い水着なんてあんのか? いくらなんでもそんなの着てこねぇよ。」
「まあね。赤い水着なんてよっぽど美人かナイスバディじゃないと似合わないから、あんまり着てくる娘はいないけど、いいか、あの遠坂凛だぞ。アイツは着てくるね。それも真っ赤なヤツ。ワンポイントとか柄モノとかじゃなくて、深紅の単色で。」
「……ご忠告痛み入ります。でも、それは杞憂だと思うぞ。赤い水着ってのはおいといて。」
「なんだとー。いいや、賭けてもいいぞ、ヤツが赤い水着を着てこなかったらアイス十個おごっちゃるよ。」
「俺も絶対無いとは思わないけど、確率半々くらいじゃないのか?」
「いいや、100% むしろ私はそれ以外の色を選ぶ遠坂を見てみたいね。」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
美綴との会話をかいつまんで話してやると、遠坂はむー、と唸っていた。
「でさ、遠坂、なんで今日に限ってお前そんなにオネムなんだ?」
「オネムって、幼児語じゃない。………まあ、いろいろと準備してたのよ。これとか」
遠坂は寝転がったままルーン石をつまみ上げる。
「これは只の虫除けだけど、まあいろいろとね。そうだ、士郎、今夜は部屋からふらふら出歩かないでね。それじゃしばらく寝るわ。正義の味方は寝込みを襲わないわよね。」
遠坂は言うだけ言うと、さっさと寝てしまった。
一体何のために来たのやら…
まあ、思う存分遠坂の寝顔と水着姿が見れるから、俺は満足なんだけどさ。
さて、廻りには藤ねぇも桜も居ない。
ついでに言うと午前中のビーチなんてサーファー位しかいやがらねぇ。
そのサーファーもお昼近くになると撤収しだしている。
つまり、辺りに人影なしということだ。
「投影、開始…」
半年前の出来事に思いを馳せる。あのときのアーチャーの投影魔術。
あれは魔術と呼ぶより、もはや手品か何かのような素早さ。
投影魔術に至る8節の呪文。これを如何に高速に詠唱しようと、
呪文である以上、0.8秒を割って全工程を終了させることはできない。
「っつ! …0.96秒が…」
持ってきたダイバーウォッチで秒数を計る。
一瞬の顕現で良いので有れば4工程ほどすっ飛ばして0.4秒前後で投影することも可能だ。
だがアーチャーのやったことはそうではない。
多分俺がやっていることとアーチャーがやっていることは違うのだ。根本的に。
例えば、よく使う武器については魔術刻印として焼き付けてある、とか。
固有結界の一部を常に掌中に発生させている、とかだ。
アトラスの魔術師のように頭の中で同時に8つの呪文を用意し同時に実行すれば
0.1秒で全工程を完了させることも可能だろうが、そんなことを未来の俺が出来る
ようになるのだろうか…。
遠坂の魔力回線から力を引き出さないように注意しながら軽めの投影を繰り返す。
こちら側で感じられる魔力の圧力から推察すると遠坂の魔力量はざっと450。
昨日いろいろやったにしては減っていない。
おそらく魔術行使の為に起きていたのではないのだろう。
二十七の魔術回路。
俺が今使えるのは十六ほどしか無いから、おそらくまだ十一回路は眠っているだけなのだろう。
いずれこれらもきちんと目覚めさせないと行けないだろう。
十六の回路全てに飛び苦無をセット、運動ベクトルを加えて投影。
「カカカカ」「カカカカ」「カカカカ」「カカカカ」
十六の飛び苦無が砂浜に突き刺さる。
「これを宝具でやれって? バケモノだなアイツ…」
砂浜で寝ころんでいるだけだというのに体中から冷や汗が吹き出ていた。
力を抜き、目を閉じる…
「くっそ〜。敵わねぇよ…」
アーチャー、英霊エミヤ。先の聖杯戦争に最後まで生き残った赤のサーバント。
本気で戦って、全力で戦って、限界を何度も超えて戦ってなお、勝てなかったアイツ。
俺はあの戦いで勝ったなんて思っちゃいない。最後の最後では助けられてさえいる。
アイツは俺を殺しに来たのではない。俺を、自分を確かめに来ただけだ。
横には遠坂の規則正しい息づかい。
魔術における師匠、戦いに於けるパートナー、そして、恋人?
遠坂には頭が下がる。凄い奴だと思う。俺程度がどんなに努力しても釣り合いなんて取りようがない。
正直俺は俺自身を全肯定することが出来ない。
だから、今は、遠坂が信頼している衛宮士郎という男を間接的に肯定することにしている。
それが、今の俺にできる精一杯の自己肯定だ。
そんな、らちもない事を考えながら、大の字になっていると、いつの間にか藤ねぇと桜が帰って来ていた。
「士郎〜。起きなよ〜。」
……ってゆうか、寝てましたか? 俺。
「あ、藤ねぇ帰ってきてたんだ。」
「もうお昼ですよ、先輩。帰ってきたら先輩も遠坂先輩もぐーぐー寝てるし、折角来たのに勿体ないじゃないですか。」
「う、面目ない。桜の言う通りだ。」
「なによ、こういうリゾートで居眠りするのが最高の贅沢なんじゃない。」
マジなんだか負け惜しみなんだかわからない事を真顔で言う遠坂。
言いながら、なにやらトートバッグから荷物を広げている。
「はい、和洋中とバラバラだけど、分量は用意してきたから、沢山たべてね。」
先ほど遠坂が広げていたのは弁当らしい。重箱四段にぎっしりと、おにぎり、煮物、サンドイッチ、唐揚げ、中華スープ、中華サラダ。とても女の子三人+男一人の食べる量ではない。
「……遠坂、流石に……多くないか?」
「あら、そこのお二人さんは大丈夫って顔してるわよ?」
こくこくと頷く藤ねぇと、顔を赤くしながら頷く桜。
「それに、余ったら士郎が全部平らげてくれるんでしょ? まさか私の手料理を残さないわよね?」
う、それはいじめっ子の目だ。まさかホントに全部食べなきゃいけないだろうか…
いけないよな、やっぱり。こうなったら二人に頑張って貰うしかあるまい。
「と、とにかく食べよう。桜、変に遠慮するなよ。腹が破けるまで食え。藤ねぇは、………まあ、いつも通り食え。」
「はい、及ばずながら、がんばりますっ」
「む〜。士郎なにげに私のことバカにしてない〜? 遠坂さんの料理はおいしいからどのみち残る事はないとおもうけど〜?」
マジか?藤ねぇ。この分量は大の大人六人分に匹敵するぞ。
桜、食事なんだから頑張らなくてもいいぞ…。
――――――三十分後
結論から言うと、遠坂の料理は味付けもよく、四人とも食が進んだので残った分を俺が片づける必要は無かった。
「う〜ん、マジックだ。絶対無理だと思ったのに、完食してしまった……。」
「ふふん、皆の食べる量は完全把握してるからね〜。士郎の隠しおやつとか桜の第二の朝ご飯に至るまで完璧よ。伊達に衛宮邸に半年入り浸ってないわよ。」
「遠坂先輩、それは秘密だって……イッタジャナイデスカ」
なぜか真っ赤になる桜。
桜はいつも食事の量が多いことを恥ずかしがるけど、なにが恥ずかしいのか理解不能だ。
むしろ食える量を正直に申告してくれた方が俺としてはありがたいのだが…
「♪♪」
なにやら満面の笑みを浮かべて勝ち誇る遠坂。食後のデザートとお茶まで出てきた。
完璧超人の面目躍如といったところか。
流石にここまで完璧だと、ちょっと悔しい。
悔しそうな俺の表情を見て取った遠坂は、また嬉しそうに笑った。