カニで腹こわしてから早一週間、ようやっと回復したセイバーは、久しぶりにバイトに向かった。
今日は雲一つない快晴だ。気温は低かったがそれが体に染み渡り細胞が覚醒していくような感覚を覚え、心地よい日だった。
しかし、バイト先のスーパー「トップレス」に向かう道中、セイバーは少し不安だった。
すでにバイト先には親しみを持っていた。久しぶりに行って皆は以前通りに迎えてくれるだろうか。
以前は試食コーナーで、イスに座ってぼりぼり野菜食べてるだけで、客が集まってきたものだ。
もちろんエクスカリバーを使ってみたり、パフォーマンスをするとより集まったが。
そこまでしなくてもキュウリをぼりぼりかじっては、
「ふむ、このキュウリはおいしいですね」
と言えばキュウリがよく売れ、にんじんをかじって
「ふむ、このにんじんはおいしいですね」
と言えばにんじんがよく売れたものだ。
かつて大軍をそのカリスマ性によってまとめあげ、幾多の戦いを勝ち抜いたセイバーには、そのくらいたやすかった。
しかし国民達には勝利している時は英雄と持ち上げ、一度やぶれれば手のひらを返したように糾弾する、という傾向があることもかつての王としての人生から学んでいた。
(まあそれはおおげさでしょうが…。少し休んだだけですし)
とは思っていても、ちょっぴりナーバスなセイバーだった。
うい〜ん
自動ドアが開く。
セイバーはスーパーに入っていく。今日はなんだか人気がない。この時間帯ならそれなりの数は客が入っているはずなのだが。
とりあえず、奥の控え室に行って着替えなければ、と考えたセイバーだったが、ふと試食販売コーナーに目をやった。
するとそこには…
『おかえり、セイバーたん』
『L・O・V・E・セ・イ・バー』
『がんばれ!セイバー』
などと書かれたのぼりがいっぱい立っている。
「こ、これは一体…」
思わず試食販売コーナーに近づく。
----------パチパチパチパチパチパチ
ふいに周りから拍手が聞こえて来た。思わず辺りを見回してみると、今までどこにいたのか大勢の客や従業員達がでてきた。
「おかえり、セイバーちゃん」
「待ってたよ!」
「元気になってよかったな」
「心配してたんだぜ」
「この日を楽しみにしてたよ」
みんなが声をかけてくる。一体どういうことなのか状況がつかめずに戸惑っていると、あたりを囲む人ごみの中から店長が出てきた。
「あ、店長!これは一体…」
店長はにっこりと笑顔を向けてきた。
「ふふ、元気そうね、セイバーちゃん。みんなとってもセイバーちゃんのことを心配してたの。今日セイバーちゃんが来るって知ったらみんなお祝いしたがっちゃって。ちょっと驚かせちゃったかしら?」
確かに驚いたが、セイバーの中では驚きよりも嬉しさの方が勝っていた。思わず笑顔がこぼれる。
「最初は驚きましたが、今は嬉しさでいっぱいです。こんなに多くに人に祝ってもらえて嬉しくないはずがありません」
セイバーは涙腺が堅いほうなので、別に泣きはしなかったが、かなり感動していた。
---------------セ・イ・バー!セ・イ・バー!セ・イ・バー!セ・イ・バー!セ・イ・バー!セ・イ・バー!
辺りを囲む人々の声はいつの間にか大セイバーコールに変わっていた。セイバーは王であった頃にように軽く手をあげ、歓声に答える。
(私は王だ。私を慕ってくれる民達の期待に答えなければ!)
セイバーを祝ってくれた人々のために何かお礼をしたいと思った。…先ほどの心の声はつまり、意訳するとそういうことなんです。
傍らにたたずむ店長の方を振り返る。店長はまるで自分が祝われているかのように、にこにこ微笑んでくれていた。
「店長、アレの用意はできていますか?」
「ええ、もちろんよ、セイバーちゃん。みんなの期待に答えてあげて!」
「はい、もちろんです」
そう答えた瞬間、店内にBGMが流れ出した。
ダッダッダーッダ ダッダンダダンダン
ダッダッダーッダ ダッダンダダンダン
セイバーは試食台の上に飛び乗る。店長が投げてよこしたマイクをぱしっと受け取ると、
♪♪♪♪♪「現職騎士 派手に行くべ!」♪♪♪♪♪
作詞・作曲 衛宮士郎
現っ職騎〜士はっ 派手に行くべっ♪
趣っ味は食事でっ いっ・か・が!?♪
フォウ♪
現っ職騎〜士はっ 派手に行くべっ♪
必殺わ〜ざもっ 派っ手よ!♪
言峰タイプも 派手に行くべ(ウラ声)♪
葛木タイプも 派手に行くべ(ウラ声)♪NU!
一人の朝方って 信じらんないほど まじやばいっす♪
けどこの時とばかり 腹をそら減らしまくって♪
(まじ腹へったっす)
「食事ができた時」 そんな夢が ドームの五倍分♪
きっと 周りが引いちゃうくらい MAN PUKUに なっちゃうもん♪
士郎達ったら 抜け駆けして おいし〜いメシ♪
「私が最後の食事なしっ!」…っか
いいんだも〜ん 泣いてない!♪
「死にてえのかオルァ!」
現っ職騎〜士はっ 派手に行くべっ♪
趣っ味は食事でっ いっ・か・が!?♪
フォウ♪
現っ職騎〜士はっ 派手に行くべっ♪
こ〜のむ食事もっ 派っ手よ!♪
ライダータイプも 派手に行くべ(ウラ声)♪
臓硯タイプも 派手に行くべ(ウラ声)♪NU!
なんともいえぬ高揚感につつまれて、最後の決めポーズを取った。
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!
その瞬間、店内はバーサーカー数十人分とも思われる歓声があがった!
店内は熱狂の渦につつまれ、その日、スーパー「トップレス」は創業以来ダントツの売り上げがあった…
今日もまたいつものようにレジを打つセイバー。
放っておくと、男性客のほとんどがセイバーのレジに並ぶので最近では交通整理が行われており、漢達は強制的に他のレジに振り分けられいる。おかげで以前ほど忙しくはなくなった。
しかし、今はほとんど客がこない。こんなことは珍しかった。そこへ一人、客がやってくる。
いつも同じ時間にわかめばっかり買う青年だ。しかし今日は一人で食べるにはいささか多いと思われる量のパンが入ったカゴをレジ台に置いた。
「バカな、乾燥わかめじゃない…」
「?」
思わず呟いたセイバーの一人ごとは青年、阿地谷には聞こえなかったようだが、それでも何か呟いたことはわかったようで不思議な顔をした。
「あ、いえ、随分たくさん買うのだなと思いました…」
青年はああ、と頷きクールな笑みを浮かべると、
「食いしん坊なものでね」
と、言わないほうがむしろ良かったようなことを言って店を出て行った。
凛はこの日、買い物のために新都まで出てきていた。しかし目的のものが見つからず、結局何も買わなかった。
このままでは面白くない、とそこでちょうど士郎のバイトが終わる時間になっていることに気づいた。士郎のバイト先も新都だ。
凛は士郎のバイト先まで向かえに行って、一緒に帰ることにした。
(ふん、新都まで来て何もしないで帰るのが癪だから迎えにいくだけなんだからっ!)
凛が迎えに行くと、突然のことに士郎は少し面食らったようだが、案の定嬉しそうだった。
折角なので歩いて帰ることにした。それなりの距離があるが、時間もそこまで遅いわけではない。
ゆっくり歩いても十分夕食の時間までには帰ることができる。
街頭に照らされた夜道を、二人で何気ない世間話をしながら歩く。これだけのことが凛には代わるものがないほど幸せだった。
しかしそんなことを士郎に言ったりしない。おそらく士郎が思っている以上に、遠坂凛が衛宮士郎のことを想っていることを知られるのが癪だった。
ゆっくり歩きながら新都大橋を越えた頃士郎が何か思いついたように腕時計を確認した。
「なあ、ちょうどセイバーのバイトが終わる頃じゃないか?迎えに行って三人で帰ろう」
「いいわね、そうしましょう」
けっこうあっさり返事をする凛。
二人はセイバーの働くスーパーの前に差し掛かる。
その時、店の前で赤いコートを着た、精悍な顔つきの見知らぬ長身の男とセイバーが会話しているのが見えた。少し立ち話をした後、二人は公園の方へ歩いていく。
「ちょっと、あれ誰よ?てゆうかアイツに似てない?まさか本人のワケはないけど」
「ああ、そういえばこの前セイバーがわかめばっかり買うアイツに似た客がいるって言ってたな。多分のあの男のことだろう」
「ヘンなやつね…」
「なあ遠坂、とりあえず、後つけて見ないか?」
「士郎がそういうこと言うの珍しいわね。もちろん異存はないけど」
「い、いいだろ、別に…。よし、後を追おう!」
「それでは。お疲れ様です」
「おつかれさま〜」
バイトを終えて店をでるセイバー。いつものように寄り道せずに帰ろうとしたのだが、店の向かい、電柱の影に知った顔があることに気づいた。
「やあ。少し話がしたいんだが、いいかな?」
阿地谷だった。手にぶらさげたスーパーの袋から空になったパンの包みがはみ出している。どうもあれからずっと店の前でセイバーを待っていたようだ。パンはそのための食料だった。
ちょっとストーカーっぽいが、セイバーはストーカーと言うものを知らなかったので阿地谷は何とも思われずに済んだ。
「あなたは、わかめ…」
「ふむ、私のことは覚えてくれていたのだな。私は阿地谷と言う。よろしく。どうだろう?さっきも言ったが、話したいことがあるのだ。少し時間をもらえないか?」
ちゃんとした会話をしたはこれが初めてだ。十分警戒してもいいのだが、セイバーはこの男に対して不思議と警戒感がわかなかった。
「いいでしょう。少しだけならかまいません」
「そうか、助かるな。では近くに公園がある。そこに行って話さないか?」
「かまいません。私の帰り道もあちらの方向ですから」
二人は小さな公園へやってきた。夜になって冷え込んできたせいか、吐く息が白い。
「で、話とはなんなのです?」
阿地谷は少し沈黙した後、口を開いた。
「そうだな、唐突な話で申し訳ないが。以前から君が気になっていた。よければ私と付き合ってもらえないか?」
ホントに唐突な話にセイバーは絶句してしまった。
「どうかな。返事は急ぎでなくてもかまわないが」
「……いえ、今返事をすることは可能です」
「なら、今聞かせてくれないか」
「申し訳ないが、貴方と付き合うことはできない。私は…」
その先を口にすることははばかられた。しかも口にする理由も特にない。ほぼ初対面の相手なのだ。断る理由を説明する理由もないと思われたのだが。何故かは分からない、しかし、セイバーは誰にも言ったことのない本音をこの青年に口にする気になった。
「私は…他に好きな人がいるのです…」
赤い服を着た男は、さして意外でもなさそうだった。
「そうか。分かった。というより、分かっていた、かな。不思議なことだが、私は何となくその事を知っていたんだ。…手間を取らせて悪かった。もう時間も遅い。よければ君を送って行きたいんだが」
セイバーはちらりと公園の隅にあるベンチに視線を走らせた。
「いえ、大丈夫です。迎えに来てくれた人達がいるようですから」
「そうか。なら安心だな。では失礼するよ」
青年は公園から立ち去っていく。その後ろ姿にセイバーは思わず声をかけた。
「またわかめ買いにきてください」
彼は振り向かないまま、片手を軽くあげて合図した。
阿地谷が出て行くと、セイバーはベンチの裏に隠れていた士郎と凛に声をかけた。
「まったく、なんでそんなところにいるのですか?まあいいですが。とにかく、帰りましょう」
気まずそうにすごすご出てくる士郎と凛。
妙にすがすがしそーな足取りで家に向かって歩きだすセイバーを凛は呼び止めた。
一つだけ、訊きたいことがあったのだ。
「セ、セイバー…。あの、好きな人って」
「凛」
セイバーはこちらに向き直っている。
「私は幸せです。もしかしたら世界で一番幸せな者かもしれない。私は、士郎と凛がいる今を、もう失いたくないと思うようになってしまいました。かつての私は自分の信じた道を生き抜きました。最後の瞬間に心残りはありましたが。しかし、もう聖杯はありません。それに私に聖杯はもう必要ない。たとえ結果がなんであれ、自分の歩いてきた道に誇りをもつことが大切なのだと。そう気づきました。私は幸福な王として生涯を終えることができます」
いったんセイバーは言葉をきった。口元から白い息がもれる。
「しかし、あの時は望むべくもなく、想像もできなかった、ただのアルトリアとしての幸福を今感じている。二つに一つしか得られるはずのなかった幸せを、私は両方手に入れてしまいました。ちょっとズルいことをしたような気すらするほどです。ですから、今以上に望むものなど何もないです」
凛自分がしようと思っていた質問が、あまりに馬鹿馬鹿しいものだったと気づいて少し恥ずかしくなった。
「あ…、うん…。あ、当たり前じゃない!セイバーは私のサーヴァントなんだから、それで不幸だなんて許さないわよ!覚悟してよね。私が死ぬまでこき使ってやるから!」
顔を真っ赤にしながらうが〜っと言う凛。
「はい、お願いします」
セイバーは花のような笑顔で答えた。
「よし、じゃあ帰ろうぜ。早くメシつくらないとな。セイバー、どうせ腹へってんだろ?」
「む〜、なんですかシロウ、それでは私がいつも空腹なようではないですか」
「あら、当たってるんでしょ?」
街頭に照らされて長く伸びた三つの影は、重なったり離れたりしながら公園から遠ざかっていった。
夜道をあるく阿地谷の前に影が伸びてきた。
「フられたな、阿地谷」
「乱崎か。見てたのか?」
そういって姿を現したのは青い服をきた男。
「ま、たまたまな。偶然だ、ウソじゃねえぞ」
阿地谷はふぅ、と肩をすくめる。
「別に疑ってなどいないさ」
「まあヘコむなよ。これから酒でもどうだ?」
「いい考えだ。付き合おう」
「よし、そうと決まればさっさと行こうぜ」
ああ、と短く返事をして歩きだした阿地谷だが、ふと足を止めると乱崎に声をかけた。
「乱崎、お前は胡蝶の夢というのを知っているか?」
唐突な話題に乱崎は首をかしげた。
「いや、知らねえな、そんもん」
阿地谷はそのまま話続ける。
「胡蝶の夢というのはな、荘子の思想を表す代表的な説話だ。『荘周が夢を見て蝶になり、蝶として大いに楽しんだ所、夢が覚める。果たして荘周が夢を見て蝶になったのか、あるいは蝶が夢を見て荘周になっているのか。どちらともわからぬ、どちらでもかまわない』というものなんだがな」
「ほぅ」
「私はよく夢をみるんだ。起きると急速に色褪せて薄れてしまってあまり思い出せない。だが同じ夢だ。その夢の中にはお前が出てきていたような気がしてな。あの少女もだ」
「面白い話だな。続きは?」
「その夢の中では私達はまるで神のような力を持っていた。そして敵同士だった。出会い方が違っていたならば…、と思いながら戦っていたように思う」
乱崎はだまって阿地谷を見ている。
「他の夢を見ている時、私はこれが夢だと気づくことが多い。しかし、その夢の時は夢だと気づけたことはない。夢にしては現実味を帯びていたようにも思う。そして、夢の中の私が休む時、今の私が目を覚ますのだ」
「……………」
「まあ、それだけの話だ。私が神になった夢を見ているのか、神が私になった夢を見ているのか、どうにも分からないな」
「つまり、世界のどっかに神がいて、そいつらの見てる夢が俺達だって言いてえのか?」
「どうかな。この世界のどこかにいるとも限らないが。神のような存在が願った、拾われることのなかった小さな想いの欠片が私達なのかもしれないな。ふと、そう考えただけだ」
乱崎は何やら考え込んだようだが、息をつくと難しい話は終わりだとばかりに歩き始めた。
「いいんじゃねえのか?例えそうだとしても、俺達は俺達だろ」
ニヤっと笑うと阿地谷も歩き始める。
「そうだな、お前と会えてよかった。とりあえずはそれだけで良しとしよう」
彼らがいた場所の脇に、小さな空き地があった。そこに上半身裸の男がいる。彼はブルース・リーの大ファンで、夜な夜なここでヌンチャクを振り回しながらモノマネの練習をしているのだ。今夜も真に迫った怪鳥音が響き渡る!
「アーーーーチャーーーーー!!」
完
あとがき
なんか最後はあんまり「ほのぼの」ではない終わり方をしてしまいました。
というか、ギャグなのかほのぼのなのかもはや自分でもよく分からないです。気の赴くままに書いてたらこうなってました。
凛トゥルーEND後に、なんとかアーチャーとランサーを出したかったのですが、
あのENDが持つ意味を壊したくもなかったので、自分なりに考えてこういう設定にしてみました。
正直あまり自信ありません。気に入っていただければいいのですが…。
よければ感想お聞かせください。ありがとうございました。