セイバー
七騎のサーヴァントの内、最優と呼ばれる剣の英霊。
エクスカリバーの担い手たるブリテンの騎士王。
衛宮士郎が聖杯戦争に赴くにあたって手にした最高のカードであり、
己が能力を存分に揮うためには絶対に欠かせない、道具。
衛宮士郎にとってセイバーとはそれだけの存在であった。
ある晴れた昼下がりの事。
士郎は縁側でまどろむセイバーをみつけた。
ポカポカ陽気に中てられたのか、いつもの凛とした姿はそこには無い。
寝顔は少女のそれであり、
寝息は穏やかに紡がれている。
胸のあたりは密やかに上下動を繰り返していて、
なぜだか息が苦しくなった。
「・・・なにしてんだ、俺は」
さっきからぼーっと突っ立って、
こんな、女の子の寝顔に盗み見るなんてことをしているのか。
こんな行動をとる自分が信じられない。
どうかしている。
おかしい。
・・・
・・
・
だが、
この目はセイバーの姿から離せない。
この心はもっと見ていたいと切なく訴える。
そうして彼女を見つめ続けるうちに、
自分は覚悟なんか少しも出来ていなかったことに気付いてしまった。
確かに一度は覚悟を決めた。
闘う覚悟。
人を殺す、その重き罪を背負う覚悟を。
殺される、その背筋に悪寒の走ることを止められぬ覚悟を。
この目の前の少女を利用し、最後に裏切る、その覚悟を。
知っている。
少女が聖杯を望むその願い。
知っている。
少女が英霊となって戦い続けられる理由。
彼女は知らない。
彼女が手に入れようとしている聖杯が、彼女が想い描くようなモノではないことを。
この俺、衛宮士郎の目的が、切嗣の遣り残した冬木の聖杯の完全破壊であるのを。
そんな彼女を欺き騙し、最後にはその手で聖杯を破壊させる。
悪辣非道なその行為を、躊躇うことなく命じる覚悟をしたはずだった。
だけれど解ってしまった。
そんな覚悟、とうの昔に崩れてしまっていたのを。
あの時、
あの瞬間、
召喚に応じて俺の剣となり盾となるためその身を顕現させた、
黄金の髪に翠の瞳をした騎士の少女と出会ったその瞬間。
綺麗さっぱり消えてしまったのだと。
ああ、認めよう。
そうだ。
月明かりに佇む彼女の姿に、
自分は不覚にも見惚れてしまった。
心奪われた。
恋したのだ。
だからだろう。
彼女の笑ったところが見たいと思いはじめたのは。
他人のためではない、彼女自身のための笑顔を見たいと。
分不相応な想いを抱いたのは。
だけどと苦笑する。
自分には無理だと。
そんなことは不可能だと。
それこそ自分の借り物の理想を叶えるほうが遥かに簡単だとおもえる程に。
自分に出来ることなどささやかなこと。
彼女と共にあれる最後、
自分が裏切るその瞬間まで、
マスターとして戦い抜くことでけ。
それだけが不実な自分が騎士の少女にできることなのだから・・・
いや、もうひとつ
彼女にしてあげたい事があった。
それに思い至り、
視線を強引に引き剥がし、
凝った身体に無言の喝をいれ、
「・・・期待してろよセイバー。
今晩の夕食は度肝をぬいてやるからな」
呟くようにそう宣言。
そんな俺の言葉に、
眠っているはずの彼女の頬が心なしか緩んだように見え、
それだけで気分が昂揚してきた。
うん、それじゃあ早速料理にとりかかろう。
弾む気分もそのままに、
台所へと足を向ける。
もてるすべてを注ぎこみ、美味しい料理を作り上げ、彼女と食事を楽しもう。
それこそが偽りのない、衛宮士郎の望みなのだから。