白いサーヴァント 前編 (傾:シリアス


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1: kazaran (2004/02/27 18:13:00)

 前書き
前回、投稿したものを書き直しました。
微妙にサイズオーバーなので、前編、後編と分けています。
ネタバレがありますので、注意して下さい。
ストーリーは変わってませんが、かなり付け足しています。


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   1



 新都の巡回は夕闇の中、何事もなく終わりをつげた。
 時間が早すぎたのかもしれない。遠坂の魔術講座が終わると同時に、セイバーにせかされて、出かけたのがまずかったのだろう。
「シロウ、わたしが焦りすぎたのでしょうか」
 セイバーの言いたいことはわかる。焦っているのは俺も同じだ。新都での謎の昏睡事件は未だ解決していない。
「こんな日もあるさ。ただ、セイバーは少し気を楽にしてもいいんじゃないかな」
「それはダメです。やはりシロウは聖杯戦争を甘くみていますね」
 さっきまでの様子は何処へいったのか、ぷんぷんと怒りを露わに、俺を睨むセイバー。
 それを見て安心した。落ち込むセイバーより、この方がずっといい。
 まあ確かに、聖杯戦争うんぬんはまだ実感は無いけど……いやまて、何度も殺されかけた身としては、これはマズイぞ。セイバーの言うことも、もっともだ。
「シロウ、聞いているのですか――あうっ」
 セイバーは急に方向を変えた俺に、あわてて駆け寄った。
「ちょっと、行くところがある」
 不信な顔のセイバーにそう告げた。


「シロウ、ココは」
 冬木中央公園。
 ココは衛宮士郎の原点。
 全ての終わりであり、始まりの場所。
「あなたには、よくない」
 セイバーの見上げる視線が痛い。
 だけど、そんなことは些細なことだ。
「うん、そうだな」
 そういって公園内を見回した。
「でも、ココにくると身が引き締まる。俺にはやらなくちゃいけないコトがあるんだって、実感できる。セイバーにばかり頼っちゃダメだろ、それをきっちりと俺自身に叩き込まないと――」
「シロウ」
 それは、警告だった。
「サーヴァントの気配です」
 俺は素早く思考を切り替え、セイバーに目配せする。
「マスターは?」
 セイバーの姿が瞬く間に鎧を纏う。
「いないと思う。サーヴァントは一人か?」
「はい。わたしのミスです。まさか……こんなに近くにいるなんて」
 ん?っと俺はセイバーを覗き見る。
「その――言いにくいのですが、向こうのベンチに」
 はて?っと横を向くと、少し離れたベンチに若い看護婦さんが座っていた。


「クラスはナース。戦闘能力は皆無で、治癒の術を得意とします」
「それって無害ってこと」
「そうともいいます」
 セイバー言い切ったぞ。
 しかし、ナース。ナースかあ。聖杯戦争って思ったよりぬるいのか?
「シロウ、顔が弛んでますよ。まったくあなたときたら」
 セイバーは怒りながら、さっと私服に戻ってしまった。
「鎧は、いいのか?」
「わたしがセイバーだということを、シロウは忘れていませんか。ナースなんて片手で充分です」
 と、鼻高々な最強クラスのセイバーさん。そのままズンズンと、ナースに歩み寄ったりする。いっちゃあ悪いが、隙だらけだ。
 うむー、竹刀があれば今朝の道場での仕返しをするのに。こう上段から――
「なにか?」
 振り向くセイバー。いや、ちょっと目が恐い。
「な、なんでもない」
 俺はあわててセイバーを追っかけた。


「セイバー、相手は無害なんだろう? 俺に任せなよ」
「なにをいうんです。これはわたしの仕事です」
「でもなあ」
「不満そうですね」
「こんなに近寄っても、俺たちに気付いてないし」
 ナースはベンチで、こくこくと眠っていた。
 小柄でセイバーとは少し色の違う金髪。セイバーのように私服でいればサーヴァントとは気付かれないだろう。あっ、白いナース服にナースキャップ、このままでも大丈夫か。
「どうしますか」
 セイバーも勝手が違う相手に戸惑ったのか。――とりあえず、起こしてみよう、という俺の意見に賛同した。
「あっ、言ってるそばから目を覚ましたぞ」
 俺たちの声に今更ながら気付いたのか、ナースはゆっくりと瞼を上げて。目の前の人影に気付いたのか、不思議そうに顔を上げる。
 その翠の瞳は驚きで満たされ、俺と目が合うと悲鳴を発した。
「ち、痴漢ッ!」
 崩れた。
 こう、膝の辺りからガラガラと。
「わたしのマスターを侮辱するとは!」
 うおっ、セイバーが鎧姿に。
「まて、セイバー」
「シロウは悔しくないのですか!」
「その気持ちはありがたいが、殺生はマズイ!」
「そんな甘いコトをいって」
「いや、ほら、落ち着いて話し合おう。ナースも驚いてる」
 そりゃそうだ。目の前に鎧姿のセイバーが現れれば。
「……」
 あっ、これは驚いているっていうより、がちがちに固まってた。


「なるほど、前回の聖杯戦争の生き残りかあ」
 俺たちはセイバーを真ん中にして、ベンチに座っている。わたしはあなたの盾ですから、とか言いながら強引に割り込んできたのだ。
 まあ確かにこの距離で、宝具を使われたらたまらないが。宝具――やっぱり注射器とかだろうか? 別の意味で、かなり嫌だぞ。
「はい。なんかあたし生き残っちゃって」
 ナースはぺろっと舌を出す。なんだかサーヴァントっていうより、愛嬌のあるお姉さんって感じだ。
「前回の聖杯戦争……」
 セイバーがすぐ真横で、感慨深げに目を閉じていた。
 ……その顔は、なにを物語っているのか。思わず見とれてしまい、セイバーが目を開ける瞬間にあわてて顔をそらした。
「シロウ、どうして上を向いているのです」
 唐突にセイバーが話をふり、痛いところを突いてくる。
「いや、星が見えるなあってさ」
 となりにセイバーがいるからなんて、口が裂けてもいえない。真横に座ってるって意識するだけで、心臓がばくばくする。
「ここ、ずいぶん変わりましたね」
 ぽつりと、ナースが言葉を漏らす。
 その意味を――理解して、俺は聞かずにはいられなかった。
「ナースは知らないのか。ここは十年前、火災にあったんだぜ」
 じっと俺を見詰める、セイバーの視線が痛い。
 だけど、今はもう吹っ切れている。
 気にする必要はない――はずだ。
「まさか聖杯戦争で……」
「ああ、ただ一人を除いて……みんな死んじまったよ」
 あえて、それが俺だとは言わなかった。
 目に見えてナースは消沈し。
「その時に、あたしはこの場所にいなかった。ナースなのに誰も救えなかったんだ……」
 その呟きは、深い後悔に彩られ。
 ナースは蒼白な顔でうつむいた。
 その姿に――
 十年前、火災から俺を救い出してくれた、ある男の姿が重なった。
 嬉しそうに俺を見詰めるあの顔が、フラッシュバックする。
 だからなのか――
「そんなに気に病むコトはないさ。それが今更なんになるんだい」
 と、俺は強い口調で話しかけた。
「悩むぐらいなら、今やれるコトをやればいいだろ。そのためにこの場所に戻ってきたんじゃないのか?」
 ナースが顔を上げた。
 泣き笑いの顔で俺を見ながら、力強く頷く。
「ありがとう。シロウはいい人ですね」
 その言葉にセイバーが大きく頷いた。
 ――照れくさい。
 だから、あわてて話を変えた。
「……そういえば、ナースのマスターはどうなったんだい?」
「聖杯戦争の時に殺されて。あたし、一生懸命介抱したんですけど、そのまま……」
「そうか……よく無事だったね」
「あたしのマスターを倒した、キリツグという人が」
 瞬間、俺は耳だけの存在になり。
「見逃してくれて――」
 後はもうよく聞こえなかった。


「よかったのですか? あのまま行かせて」
 セイバーは何か納得いかない、といった風に口を尖らせた。
「いいんだ。人は襲わないっていったし」
 ――あたしはナースです。そんなコトはしません!
 そう言ったときのナースの目は、侮辱されたコトへの怒りに満ちていた。
「だとすると、どうやって十年の歳月を過ごしたのでしょう?」
「それが判れば、セイバーもココに残るのか? 聖杯戦争が終わっても」
「わたしには、それは出来ない」
 セイバーは俺の気持ちも知らずに、きっぱりと言い切りやがった。
 その後、俺たちに会話は無く。
 家に帰る道すがら、ふと思った。
 ――遠坂に逢わなきゃいいが、と。
 たぶん、容赦なしだろう。
 いや、マジで。



   2



「やられた。アーチャー、被害状況を確認して」
 またしても先手をとられた。
 遠坂凛は、なによりそれが悔しい。
 ここは新都オフィス街の一角にある、ビルの中。今夜もまた、昏睡事件が起きていた。
「ん? アーチャー、早くしてよ」
「凛、待て。どうやら新手のようだ」
 アーチャーは楽しげに口元をゆがませて、わたしの前に立ちはだかった。
 広く逞しい背中が目の前を塞ぐ。
「新手ってサーヴァント? マスターの気配はしないけど」
 自然と心が躍った。
「ふふん、いい度胸ね。ここで決着をつけてあげるわ」
「やる気だな。それでこそ凛だな」
「当ったり前よ。さっきまでの悔しさを倍返ししてやるんだから!」
「なるほど、八つ当たりということか。なんなら場所を変わろうか」
「それ、いい提案だわ」
 アーチャーが脇へ退く。
 さて、どうしてくれよう。
 サーヴァントだけということは、セイバーということはないはずだ。どうせ士郎と一緒だろうし……あ、なんか腹立つぞ。
 だいたいあの馬鹿、わたしより先に巡回していたハズなのに、ここを見過ごすなんて。だから、素人は引っ込んでろっていうのよ。
「来るぞ、どうする?」
 アーチャーの問い。
 腕組みして壁に背を預けている。心なしか、この状況を楽しんでいる風だ。
「アーチャー、そこの横で倒れている人、どけといて。ついでにドアも閉めといてね」
 そういって、わたしは秘蔵の宝石をひとつ取り出した。
 こうなったら、ハデにいきますか。


「誰か、意識のある人はいますか」
 思いっきり間の抜けた声は、閉めたドアの向こうからした。
 ……ノックしてるし。
「アーチャー!」
 びしっとドアを指さし、アーチャーを指名する。
「いいのか? 凛ならドアごとぶち抜けるハズだが」
「いいから行って、そこのバカを引きずってらっしゃい!」
 アーチャーは肩をすくめて歩き出した。
 なんか、すっごく腹が立つ。
 あー、このやり場のない怒りをどうしてくれよう。
「士郎がいたら、イジメ倒すのに!」
「凛、連れてきたが……」
「あら、早かったのね……どうしたの、顔青いわよ」
 アーチャーは額に手を当て息を吐いた。
「いや、なんでもない」


「ふーん、はぐれサーヴァントってわけだ」
 ここは隣のビルの屋上だ。
 わたしたちはあれから手早く倒れた人たちを見回り、救急車を呼び寄せた。
 今、下では救護の真っ最中だ。
 幸い重度の昏睡者は、ナースが手当てを施している。
 大したことにはならないだろう。
 わたしとナースは、屋上の端から宙へ足を投げ出し、隣り合わせで座っている。
 危機感はない。
 相手はサーヴァントだけど素手でも勝てそうだし。実際、アーチャーもわたしをおいて見張りをしている。
 それにナースは先ほどの手当てで、魔力をかなり使ったらしい。なんか、随分と消耗していた。
「士郎たちにあうまで、また聖杯戦争がおこってるって、気付かなかったの?」
「そうなんです。あたしって鈍くて。ただこの辺りで奇妙な事件がおきてたから、わたしの出番かなーと思っちゃって」
 てへっと首を傾けるナース。悪びれた風ではない。
「まあ、わたしには関係ないからいいけど。ナースって真名はなんなの。やっぱりナイチンゲールとか」
 てっいうか、他に思い浮かばないんですけど。
「そんな、恐れ多い!」
 ぶんぶんと両手を振ってナースはあわてた。
「ナイチンゲールさんは、あたしの憧れです。そんなトンデモない方といっしょにしないで下さい」
「あっ、やっぱり。そんな気がした。ナイチンゲールってテキパキしてそうだし、ナースとは違うかなあーって」
「だったら言わないで下さいっ」
 そのいい様が気になり、アーチャーを思わず呼んだ。
「なんだ、まだナースといたのか。凛、油を売る暇は無いはずだが」
 やってくるなりアーチャーは文句をいった。
「いいじゃない。それよりもあんたに教えてほしいんだけど。サーヴァントって一般人でもなれる?」
「無理だ」
「努力してもダメ?」
「努力してなれるなら凛でもなれる」
「じゃあコレは?」
 ナースを指さしきいてみた。
「……本人に訊け」


「えーと、そのつまり、あたしってドジで、戦場で怪我した人を一人も助けることが出来なくて……結局、流れ弾に当たって死んじゃったりした訳です」
「ん? よくわかんないけど」
「すみません、説明ヘタで。それで……死ぬ間際に思ったんです。ひとりでもいいから、誰かを助けたいって。だってナースになってまともに誰かを助けたこと、なかったですから。神にすがるっていうのかな、そんな風に強く思ったら……」
「サーヴァントになったの?」
「……はい」
「凛、なんだその勝ち誇った目は」
「一般人はなれないって、いわなかったかしら」
「悪かったな。まあ、しかし、はっきり言えば気がしれん。サーヴァントなど人に都合のいいシステムだからな」
「ん、それなによ」
「少なくとも俺は、英霊――守護者など割にあわんと思っている、というだけだ」
「ずいぶんな言い方ね」
「仕方がない。なんども尻ぬぐいをさせられた身だ」
 アーチャーは自嘲しながら言い放った。
 前々から思っていたが、アーチャーってかなりひねくれているところがある。それが、英霊になる前からなのか、後からなのか判らないが。
「別にあんたの意見は、訊いてないから」
「そうか。まあ、そこのナースなど、単なる世間知らずということだ」
 冷たい言葉に、ナースがびくっと身を震わせた。


                 後編へ続く……


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