間桐桜の朝食事情   M:桜 傾:ほのぼの


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1: にぎ (2004/02/27 01:11:00)




ひたりひたり―――

静まり返った夜の間桐家を、私は1人歩く。
私の足音以外に周囲に物音一つ起きはしない。
その沈黙は重く、しかしこの足取りはなお重い。
でも、それも当然。
なぜなら私は、今からあるものに立ち向かわなくてはならないのだから。
それは、私の最強の敵にして…私自身。


ひたりひた―――


ついに”それ”を目の前にし、思わず足が止まる。
理性は告げる。
私では、あれには敵わない――故にこれ以上前に出てはならない。
だけど、それでも、私は進まなくてはならない。
もう目をそらさない、真実を見るのだと、そう決めたのだから。
ゴクリ、とのどを鳴らして一歩を踏み出し―――


――そのまま、その場に崩れ落ちる。
ああ判っていた、判っていたんだ。
今の間桐桜では敵うはずがないと。
そんな事は判りきっていたのに――――!

視線の先には一本の針によって無常に示された一つの数字。
49.7。
それは確かに、前回見た時より3っつ…いや4っつほど多い。

「―――増えてる」

それもわりと。
―――そう、間桐桜の最強の敵とはつまり、いわゆる「乙女の秘密」というやつだ。









間桐桜の朝食事情








原因は見当がついている。
いやそもそも、分かっているからこそ、ここまで必死に目をそむけていたのだから。
その原因とは言わずもがな、先輩の作ってくれる朝食である。

ああ、そうそう、私は今でも朝食は先輩の家でお世話になっている。
兄さんが入院してしまってから、しばらくは兄さんと一緒に摂っていたのだけれど、
ようやく元気になってきた兄さんから先日――

「桜、悪いけど僕は朝食は1人が好きなんだ。というわけでお前は衛宮の家にでも行って来いよ」

――と言われてしまった。
でも微妙にそっぽ向いたその顔から、
それが不器用ながらも兄なりに気を使ってくれたものだと何となく分かってしまったので、その言葉に甘えさせてもらったのだ。
ちなみに兄さんによれば私は、衛宮士郎監視用特別派遣員1号らしい。
…2号さんがいるのかどうかは気になるところだ。

とまあそんなわけで、再び朝食は先輩の家でする様になったのだけれどそこで問題発生。
先輩の料理はおいしい。
いや、それは分かっていた事だしむしろ喜ばしい事なんだけど、それ故に問題というか―――

「シロウ、おかわりを」
「士郎、こっちもちょうだーい」

まあ今日も元気に朝からがっつくこの2人である。
藤村先生はもとからよく食べるほうだったけど、セイバーさんという好敵手をえて
最近、富にその量が増えている気がする。
一方のセイバーさんも誰にも遅れは取らぬ、とばかりにただ食べ続ける。

その光景は、正に戦場。
怒涛の勢いで攻め続ける藤村帝国軍と、
確実な進軍を続けるセイバー王国軍、
2つの軍は時同じくして侵略戦争を開始し、
衛宮共和国を滅ばさん、とばかりに食卓という名の戦場を蹂躙するのだ。
そして私も、2人の勢いに押され小国家ながらもこの戦争に参加してしまうのである。

そりゃまあ、これで増えない方がおかしいと思う。
でも真に恐ろしいのが周りをも引きずり込んでしまう2人の食べっぷりなのか、
それにかろうじてながら付いていける私なのかは微妙な所だと思う。

「はあ、相変わらず2人ともよく食べるわね」

心底あきれた表情でため息をつくのは、この戦争で唯一中立を保ったままの遠坂先輩。
経緯はよくわからないのだけど、気が付いたらこの家で御飯を食べたり、泊まったりする様になっていた。
…私はまだ微妙に不満なのだけど、先輩と藤村先生が納得してしまっては、私に口は出せない。

「士郎、おかわり〜」
「シロウ、こちらにも」

今朝も今朝とて、猛スピードで御飯を進める。
普段ならここで私も付くのだけれど、さすがに今朝はそんな気にはなれない。
名残惜しいけど、御飯一杯で我慢しなければ。

「はいはい、わかったわかった」

先輩はもう慣れた手つきで2人のお茶碗を受け取って御飯を盛る。
私としては、いっそ2人のお茶碗をどんぶりに変えてしまった方がいいんじゃないかと思っている。
でもそれ言うと、私のまでどんぶりに変えられかねないので、そっと心にしまっておこう。

ちなみにこの瞬間をついて、セイバーさんが先輩のおかずをくすねるのは、もはや暗黙の了解だ。
多分、藤村先生の入れ知恵だろう。
だってあの人も盗ってるし。

「ほら、大盛り」

先輩から溢れんばかりに御飯が盛られたお茶碗を受け取るやいなや、再びすごい勢いで食べていく2人。
…改めて客観的に見ると確かに凄い。
私、あんな世界にいたんだ………。

「士郎、私にもおかわりくれない?」
「ああ、別にいいぞ、遠坂」

となんだか今日は意外なところから火の手が上がった。

「あれ、珍しいですね。遠坂先輩」
「まあね、昨日はちょっと色々と疲れちゃったんでお腹がすいちゃって」
「ふ〜ん、昨日なにか…って、あー…」
「あら衛宮君?ひょっとして昨夜あなたが何をしたか忘れた、とか言い出す気じゃないわよね」
「いやない、全くそんな事はない、うん大丈夫覚えてる、全部」

ふ〜ん、そうですか。
昨日の夜、遠坂先輩と疲れるような事をしちゃったと…
ねえ、せんぱい、なんでかおをあかくしてあさってのほうをむいてるかきいてもいいですかー?

「シロウ、おかわり」
「士郎、おかわり」

そんな事もお構い無しに、あくまでマイペースな2人。
今日は第3国からの急襲もあったせいで、衛宮共和国はすでに壊滅寸前だ。
しかし、なにが凄いって言うと
がっつがっつ食べる藤村先生と、
見た目は実に行儀よく食べるセイバーさん、
この2人のおかわりのタイミングが一緒だという事ではないだろうか。

「うむ、いつもどうり大した食べっぷりで…って桜、今日はどうかしたのか」
「へ?」

急に話を降られて慌ててしまう。
なにかおかしいだろうか、私。

「いや、いっつもなら桜ももっと食べてるだろ。食欲が無いのか?」
「い、いえいえ!別に!わ、私いつもこれくらい…ですよ?」
「いや桜がたった一杯なんて、そんなことないだろ…どっか体の具合でも悪いのか」

心配そうに覗き込んでくる先輩。
その顔に思わず心を揺り動かされそうになる。
でも、でもそれだけは出来ないんです。

「だ、大丈夫ですよ、ただ今日はちょっとこのくらいで打ち止めかなあーって」
「そうか、まあ桜がそういうんならいいけど…」

それを聞いて先輩は渋々引き下がる。
うう、ごめんなさい先輩、せっかく心配してくれたのに。
でも、でもでも、50の大台を突破する事だけは、なんとしても避けなくてはならないんです。
密かに心の中で謝罪を繰り返していると、先輩はこっちに向き直って、

「よく分からないけど、体調が悪いんならちゃんと休んどけよ。
 勝手だと思うけどさ、やっぱ俺、朝は藤ねえと桜が元気一杯に御飯食べてくれないと、朝を迎えた気がしないんだよな」

なんて、照れたように笑いながら言ってきた。


――――正直、先輩はずるいと思う。
    そんな事言われたら私に出来ることなんて

「先輩、やっぱりおかわりください」

    人間の意志なんて脆いもんだ、とかありきたりな感想を思い浮かべる事ぐらいじゃないか―――


「え?い、いや桜、別に無理してくれなくていいんだぞ」

途端に慌て始める先輩。
きっと今の言葉を聞いて、私が無理にでも食べようとしているとか思ったんだろう。
まあ、全く外れているわけじゃないのだけれど。

「別に無理なんかしてません。ただあのお2人の食べっぷりをみてたら、食欲が出ちゃっただけです」

そういって向けた視線の先には、解き放たれた猛獣が2匹、いや2人。
もう何杯目かも数えるのも馬鹿らしいというのに、そのスピードはいまだ天井を知らず。

―――すでに神速。

しかし、それさえも生ぬるいと、時間の壁さえも突き破らんとばかりにさらに加速――――――!

「え、ええっと、まあそういうわけです」
「あ、ああ、まあ無理してるわけじゃなきゃ、別にいいけど」

多少引きつった顔になりながらも、お椀に御飯をついで頂く。

「ほら、桜」
「はい、ありがとうございます先輩」
「うん、じゃあ俺ももうちょっと食べようかな…」

「士郎、大盛り」
「シロウ、特盛り」

「だあああああ、お前らは俺に飯を食わせないつもりか?!っは!っていうか俺のおかずなんか減ってないか?!」

…本気で今まで気づいてなかったんだろうか、あの人は。
それはともかく、私も改めていただきます。

うん、やっぱり先輩の作る御飯はおいしい。
きっとこの先、どれだけの時間が経ったって、私はこの御飯には敵わないという事は間違いないなあ、と思う。
だって先輩が作ってくれたって思うだけで、こんなにも嬉しくなってしまうのだから。

ふふふ、ありがとうございますね。

2人の御飯を必死で装う先輩の様子にちょっと笑いながら、心の中でお礼を言う。
ああそうだ、それと、もう一つ―――


――――これからもよろしくお願いしますね、先輩。


















もぐもぐ、ごっくん。

それでもまあ、
今夜、体重計の前で激しく後悔する羽目になるのも、間違えようの無い事実なのだけれども……




     [END]


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