「はじめまして。アルトリア・セイバーです。よろしくお願いします。」
「あらあら、別嬪さんねえ。よろしくね、セイバーちゃん。」
今日はセイバーのバイト初日だ。結局セイバーのバイト先は士郎が子供の頃からの常連である
マウント深山商店街の一角にあるスーパー「トップレス」に決まった。
さすがに全く知らないところにセイバーを出すのが不安だった士郎は子供の頃から知っている夫婦の経営するここで雇ってもらうことにしたのだ。
ちなみにここは外国の高級食材などもおいてあるなかなか凝ったスーパーなのだった。
内装もなかなかオシャレで、セイバーはすぐに気に入った。
「ここは良い店ですね。温かみがある。ここで働けてうれしい。」
「嬉しいこと言ってくれるのね。私もセイバーちゃんみたいな子が来てくれて嬉しいわよ。ええと、セイバーちゃんにはレジ打ちを主にやってもらうつもりだけど、しばらくはパートさん達について仕事を覚えてちょうだいね。」
「分かりました。期待に沿えるよう、全力でとりくみます、店長。」
「ええ、頑張って。それじゃよろしくね。田中さん、面倒見てあげて。」
そばにいたパートに一声かけると店長は奥にひっこんだ。
「セイバーちゃん、よろしくね。田中まきこです。それじゃ実際に作業しながら説明していくわ。」
「よろしくお願いします、まきこ」
いきなりタメ口かよ、と思うがセイバーが言うとキャラにあっていることもあり、しっくりきていい感じだった。田中さんもなんかほわんとした。
セイバーのバイトはなかなか順調な出だしでスタートした。
心地より疲労感を抱えてセイバーは衛宮家に戻ってきた。
「ただいまもどりました。」
「おかえりセイバー。バイトはどうだった?」
エプロンをつけたまま士郎が玄関までやってきた。夕飯の支度中だったらしい。
「はい、順調です。従業員もみんないい人ばかりですし、すぐになじめる思います」
「そっか。それは良かった。もうすぐメシできるから、居間で待ってろよ。」
「お願いします、シロウ。実はお腹が減っていました」
(いつも減ってる気がする…)
もちろん口には出さなかった。
「セイバー、おかえりなさい。今日からバイトでしょ?どうだった?」
「おふぁふぇひ〜。ふぁいほはふぁのふぃい?」
セイバーが居間に入ると凛と藤ねえが話しかけてきた。
しかし、藤ねえは口いっぱいにミカンをほうばっている。正直言って何言ってんかわかんなかったので凛の質問にだけ答えることにした。
「ただいま、凛、タイガ。従業員もいい人ばかりで楽しいです。うまくやっていけると思います。もう少ししたらレジ打ちを任せていただけるそうなので、ぜひ来てください。オマケはできませんが。」
「うんうん、行くよ〜。そっかー、セイバーちゃんがうまくやっていけてるみたいでよかったよ〜。
いっぱいオマケしてくんなかったらすねちゃうから」
ミカンを処理した藤ねえが満足そうに言った。どうやら「バイトは楽しい?」と言っていた模様だ。
たまたま藤ねえの質問にも答えていたらしい。
ラッキーだった。さすが幸運ランクがAだけのことはある。
(そういえば帰り道でドラ焼きを拾いました。ちょっと硬くなっていましたが、疲れた体に甘いものはとてもいい。私の能力は日常生活でも力を発揮するようですね。それにひきかえランサーなんか幸運ランクEですから。ぷぷっ、普通に生活している分には私が圧倒的に勝っていますね。そうだ、私には直感(A)もある。これと合わせて競馬なんかやったらかなり勝てるんじゃないでしょうか。先週のフェブラリーSもアドマイヤドン、サイレントディールが絶対くると思っていました。見事に的中でしたし。馬券勝っておけばよかったと後悔してました。そうと決まれば今週末はウインズに…)
などと考えていると、いつの間にかちゃぶ台には鍋が置かれている。思案している間に食事の用意が整ったようだ。鍋を置いた士郎が心配そうにこちらをのぞき込んでいることにセイバーは気づいた。
「どうしたんだ、セイバー?バイトなんか初めてで疲れてるのか?」
どうやら黙りこんでいたのを疲れてるのかと心配してくれていたようだ。セイバーは少し嬉しくなり、ちょっと赤くなってしまった。
「だ、大丈夫です。それはそうと士郎、週末になったら新都に連れて行ってほしいのですが」
考えていたことを実行に移そうとするセイバー。
「え、あ、ああ、別にいいけど。なんか用があるのか?」
と聞かれてもウインズに馬券買いに行きたいなどと正直に言えるわけがない。セイバーはまた赤くなって口ごもり、うつむいてしまった。
「あ、あの…、それは…」
そこで何かを思いついたのか、やたらと嬉しそうに藤ねえが、
「あ〜、分かった。セイバーちゃん、シロウをデートに誘ってるんでしょ。も〜、かわいいんだからぁ。うんうん、士郎、夕方までには帰ってこないとダメだからね」
などとのたまった。
「え?タイガ、ちが…」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
うがー、っと立ち上がる凛。握ったこぶしが震えている。
「お、おい、遠坂。急に立つなよ。危ないから!やたら熱いカニのはさみとか飛んできてるから!!」
「士郎、あなた週末はえーと、そう!アレがあったわよね、アレが!だから新都には行けないのよね!?そういうわけだから、私が新都に連れてったげる。それでどう?」
「あ、いえ、大丈夫です。別に本当に用があるわけでもないのです。もちろん逢引しようというつもりもありませんでしたし」
凛の剣幕にセイバーは少しびびった。
「なんだ、違うのか…」
士郎はなんだかがっかりしている。
「士郎、あんたねぇ」
「い、いたい、チクビつままないで、ホント痛い!!」
なんかえらいことになってしまった。それもこれもタイガのせいだ、と少し藤ねえを恨めしく思ったセイバーは、隙をついて藤ねえの小皿から豚肉を一枚取った。
いくらか時間が過ぎた。セイバーのバイトもすっかり板についてきたようで、今日も元気にレジ打ちしている。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちいたしております」
「おう、また来るよ、セイバーちゃん。がんばってな」
「はい、ありがとうございます」
と、このように固定客もついた。
単純な仕事ではあったが、セイバーはやりがいを感じていた。
客が途切れ、一息ついたセイバーは店内を見渡した。大きな窓が多く、明るい活気のある店内のざわめきが耳に心地よい。
(いいものですね。テレビや漫画にはなかった何かを感じます)
なんだか抽象的でヘンな感想を思い浮かべるセイバー。
今の仕事に満足しているセイバーだったが、わずかに心にしこりがあった。それは、
(私は王だ…)
「ってまだ社長に未練があんのかよ!!」
いつの間にか士郎が買い物籠をもってレジに並んでいた。
「シ、シロウ!カッコでくくられた部分は心の声なのです!そこにツッコミをいれないでください!」
「ご、ごめん、気づかなくて」
「いえ、わかってくれたならよいのです」
胸に手をあてて微笑む。その姿に士郎は一瞬みとれたようだったが、
「それじゃ頑張ってな」
「はい、ありがとうございます。また来てください、シロウ」
店から出て行く士郎の後ろ姿が心なしか嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。
家路につく士郎の足取りは軽い。
(いやあ、エプロン姿のセイバーってのもいいなあ。よし、今度家でも着せてみよう!)
気のせいではなかった。
士郎がいなくなったあと、また少し手があいてしまった。セイバーがヒマそうにしているとそこへ店長がやってきた。
「セイバーちゃん、セイバーちゃん」
「どうかしましたか、店長」
「実はこれから試食販売やってもらうはずだったパートさんが、体調悪くしちゃったのよ。代わりにやってくれる人探してたんだけど、セイバーちゃんやってみないかしら?ウインナー切ってホットプレートで焼くだけだから簡単よ」
鴨が葱をしょってやってくるとはまさにこのこと。セイバーの目がキラっと光った。
「はい、ぜひやらせてください。あの業務には以前から興味を持っていました。機会があればぜひやってみたいと思っていたのです!」
力強いセイバーの言葉に、店長は満足そうにうなずいた。
「じゃあよろしくお願いするわ。もう準備はできてるから、早速取り掛かってもらえるかしら?」
「わかりました」
以前試食販売をしていたオバサンが自分でつまみぐいしているのを見て以来、あの仕事に強い関心を持っていたのだ。やっと巡ってきたこの機会を逃すわけにはいかない。セイバーは食う気まんまんだった。
「どうぞ、お一ついかがですか?」
セイバーの担当する試食販売コーナーはいつになく盛況だった。それもそのはず。セイバーにはカリスマのスキルがあるのだ。こういう仕事はかなり向いていた。
ウインナーを一口サイズに切り、ホットプレートで焼いてようじをさして小皿にのせて並べる。
ただこれだけの仕事ではあったが、セイバーを囲む人だかりからは歓声があがった。
「まあ、鮮やかな手つきねえ」
「いい色具合にやけてるわ」
「絵になるわねえ」
「ハァハァ、セイバータン…」
みんなにおだてられてセイバーは少しノってきた。
「ではみなさん、少しお下がりください。私の秘剣をお見せします」
人だからりはセイバーの言うとおり、なにかしら、とか言いながら三歩ほど下がった。
セイバーはおもむろに包丁を手に取ると、新しいウインナーの封を切るとその中身をすべて宙に放り投げた!!!
「はああああ!」
エ ク ス カ リ バー
----------”約束された調理の剣”-----------
ポトポトポトッ
全てのウインナーはみごとに一口サイズになり、ホットプレートに上に落ちた。
ウオオオオオオオオオ!!
すさまじい歓声があがった。試食販売コーナー以外にいた客も、なんだなんだと集まってくる。
「す、すごいわ!」
「見事ねえ!!」
「私に一袋ちょうだい!」
「私は三袋よ!」
「ハァハァ、セイバータン…」
パフォーマンスのかいもあり、ウインナーは売れまくった。
「はい、どうぞ。ありがとうございます。ありがとうございます」
その後も客からアンコールされたセイバーは、何度かエクスカリバーを披露した。
バイトあがりまでに多分五回はやった。
人だかりの隅の方に、一人の青年がいた。
日に焼けた精悍な顔だちだが、どこか少年らしいあどけなさも残している。
髪はアッシュ系の色に染めている。ちょっと流行とは違うが、彼なりのこだわりだ。
彼は以前このスーパーに来たときにセイバーを見かけ、それ以来気になっていた。
それが今日、たまたまこのスーパーを訪れると気になっていた少女が試食販売をしている。
彼の目は釘付けになってしまった。釘付けになってしまったので、セイバーのバイトあがりまでずっと見ていた。
「キレイだ…」
ちなみに彼はハァハァ言ってた人ではない。
続く