注:凛ルートのネタばれあります
「あの」ア―チャ―シリーズを読んだほうが楽しめます
戦闘はできるだけはしょりたいです(願望)
遠坂がキャスターを後一歩まで追い詰めたのに、
葛木に邪魔をされてしまった。
「っ……ふう。感謝しますわマスター。貴方がいなければ、あのまま倒されていました」
「世辞はいい。今はセイバーを起こせ。甘く見ていい相手ではなさそうだ」
「ええ。的確な判断ですわ、マスター」
キャスターの指が、祭壇のセイバーに向けられる。
まずい、この状況でセイバーを呼ばれたら勝ち目がなくなる。
目に見えるほどの呪いの縛め。
それを、キャスターが解こうとした時。
”―――ああ。それが、あと数秒ほど早ければな”
俺の頭上。
地上に至る階段から、そんな呟きが聞えてきた。
「――――」
その異変に、最も早く気が付いたのはキャスターだった。
葛木は気づかない。
何故なら、葛木には魔力を感知する能力がない。
なくてもいいが。
この異臭には普通気が付くだろうという。
どこか頭のまともな部分がおっしゃった。
キャスターの体が動く。
彼女のマスター。
葛木の頭上には
無数の器が浮かんでいた。
あの赤いのは…。
見た事がある。あれは…
「宗一郎――――!」
傷ついた自身の魔力では防げないと悟ったのか。
キャスターは、その身をもって己が主の前に立ち、
”――――投影、開始”
頭上から響く声は、確かに、そんな呪文を口にした。
ぺちゃり、という音。
じゅわーという音。
「――――」
…音が止んだ。
中空に現れたマーボーは、その全てが一つの標的へと舞いおち、
一人の肉体に降り注いだ。
麻婆豆腐は肉を焼き、痛め、染み込んだ後、幻のように大半は消えてゆく。
残ったものは、どうみてもヤバイ真っ赤な後だけだ。
「ぁ……っ…あ」
ソレは。
自ら進んで盾になった女は、ぐらりと、マーボーまみれの体で、
背後の男へと振り返る。
「―――」
葛木は、ただ無言だった。
彼の目の前には、焼きマーボーにまみれたサーヴァントの姿がある。
…もはや我慢できないのか。
マーボーだらけのローブははだけ、今まで晒さなかった素顔で、
女は己が主に歩み寄る。
…崩れ落ちる体。
もはや死に絶えた体で、女は眉一つ動かさぬ主を見上げる。
その白い指が、無表情の男の頬をなぞっていく。
「あ――――無事ですか、マスター」
途絶える声は、ひどく透明な気がした。
葛木に変化はない。
いや…。
女が主は、
マーボーに汚れた女の指を舐め、
ただ一言、「うまい」と答えるだけで、その視線はキャスターに向きもしない。
頬をなぞる指が落ちる。
キャスターの体が、足下から消えていく。
しかも速攻で。
最後の彼女の顔は見えなかったのだが。
敵ながら心底同情してしまった。
希代の魔女は、こうして崩れ落ちた。
「―――」
消え去ったキャスターを見る事もなく、葛木はそいつを見据えていた。
俺の頭上にいるはずである赤い騎士の姿を。
「…アー、チャ―…もしかしたらって思ってたけど、そういう事?」
「――――」
アーチャーは答えない。
ヤツは敵である葛木だけを見据えている。
「…紅州宴歳館の麻婆豆腐”か。アーチャー」
「ああ、唐辛子の量まで完璧に投影した」
目の前でキャスターを裏切っておきながら、アーチャーの態度に負い目はない。
つうか葛木の反応はおかしい。
裏切り者を目の前にしても、葛木の口調は変わらなかった。
その体には戦意が残っている。
魔術師でもなく、キャスターを失ったというのに、葛木には戦いを続ける意志がある――――
構えをとる。
キャスターがいない今、葛木の戦闘能力は激減している筈だ。
「食わせろ」
「断る」
両者の間には、既に戦闘が成立している。
「な―――」
それは、いいのか。
あんな物を食べたいと思うホモサピエンスがいていいのか?
―――戦いが始まる。
つうかどうでもよくなってきた。
どちらにしろ、いくら葛木が人間離れした格闘家でも。
勝てないだろう。
もとより殺し殺されるのがマスター同士の戦いのはずであり、
受け入れるべき結果。
それが認められないなら、始めから戦うべきじゃない。
それでも―――
1.…マーボーで戦うのはどうかと思うと突っ込む。
→2.…どうでもいいから早くおわらせてくれ。
選択 『マーボーと教師の仁義なき食バトル』
このシーンをスキップしますか? →YES/NO
沈黙だけがあった。
声をあげる者はなく、俺自身、言うべき言葉なのない。
葛木宗一郎は死んだ。
最後まで無言のまま、後悔も希望も感じさせない幽鬼のまま、
マーボーを選び、その道に殉じた。
…頭痛がする。
この地下室に立ち込める異常な匂いで鼻も痛い。
隣を見ると遠坂も同じような顔をしている。
無理もない。
あんな食バトルをみたら誰だってそうなる。
ドサリ、と聖堂の奥、礎の祭壇の前で音がした。
みるとセイバーはその身を床に預けていた。
「あ……」
セイバーは床に伏したまま、苦しげに呼吸を漏らす。
その姿だけで頭痛など忘れ去った。
今見たことも現実逃避かもしれないが、
脳内の奥底に鍵付きで遠ざけた。
「セイバー…!」
駆け寄る。
たった数メートルの距離が、こんなにも煩わしい。
「―――シロウ」
セイバーの顔があがる。
走り寄る俺をみて、セイバーは安心したように吐息をもらし―――
「―――!」
「え?」
そのまま、肩口で体当たりをして、走り寄る俺を弾き飛ばした。
体は数メートルも飛ばされ、容赦なく地面に激突する。
「つあ・・・!」
背中から床に落ちた。
混乱する頭を振り払って、とにかく頭を起こす。
瞬間―――
再びあの匂いがした。
「な―――」
そこにいたのは、武装したセイバーだった。
…そして。
彼女の目前、弾き飛ばされる前に俺がいた床は、月姫よろしくなぐらい真っ赤に染まっている。
「―――ち、外したか」
ヤツは。
セイバーと対峙したまま、つまらなげに口にした。
「―――あいつ」
間違いない。
灼熱のマーボ―を俺にかけようとしやがった。
「……」
遠坂は呆然とヤツを見つめ、セイバーは苦しげな呼吸のまま剣を構える。
二人とも立場は違えど、その目には疑問があった。
キャスターが倒された今、アーチャーは何故、衛宮士郎を殺そうとするのかと。
しかも麻婆豆腐で。
「――――」
平然としているのは俺とアーチャーだけだ。
それも当然。
こいつとは初めて会った時からお互い嫌悪感を抱いてたはずだ。
「アーチャー、なんのつもり!?」
遠坂はアーチャーに詰め寄る。
…それはそうだろう。
アーチャーがキャスターに付いたのは、キャスターを騙し討ちするためだった。
決して某似非神父みたいに赤い信者を増やすためではない。
それも成功した今、アーチャーが俺を襲う理由などない。
「まさか、アーチャー」
「私は私の目的の為だけに行動する。だが、そこにオマエがいては些か面倒だ」
「―――!」
遠坂が飛び退く。
アーチャーから離れ、そのまま膝をついている俺へと走り寄ろうとして。
遠坂は、その行動を封じられた。
一言で形容するなら麻婆豆腐の檻。
魔力で固定化された灼熱のマーボーの檻が遠坂の周りを囲んだ。
「っーーー!」
人間一人がかろうじて立っていられる輪。
その中に、一瞬して遠坂は閉じ込められた。
「ここまできて邪魔はさせん。契約が切れた今、オマエにかけられた令呪の縛りも存在しない。
キャスターに付いた理由はそれだけだ」
「やっぱり―――なんでよアーチャー! アンタ、まだ士郎を殺すつもりなの…!?」
「――そう、自らの手で衛宮士郎を殺す。
それだけが守護者と成り果てたオレの、唯一つの願望だ」
「な―――に?」
セイバーは弱りきった体に喝をいれて、アーチャーと俺の間に身を移す。
「アーチャー。貴方は、まさか」
「…そうだ。いつか言っていたな、セイバー。オレには英雄としての誇りがないのか、と。―――オレはね、セイバー。英雄になど、ならなければ良かったんだ」
そういって、マーボーを振りあげるアーチャー。
―――戦いは、数合で終った。
かつてアーチャーを圧倒したセイバーは、わずか数雫のマーボーで膝を屈する。
…セイバーの手には、もはや剣さえない。
キャスターの呪縛に抗い続けた彼女には、魔力が残されていない。
「――――」
アーチャーのレンゲが翻る。
無防備なセイバーに降り注がれるマーボー。
それを、
「っつあああああああああ――――!」
渾身の力で食い止めた。
アーチャーのレンゲを投影し、マーボーを受け止める。
「おまえが殺したがってるのは俺だろう。相手を間違えるな」
対峙する。
手にした物はレンゲとマーボー。
体格の差こそあれど、俺たちの構えは、細部に至るまで同一だった。
「人真似もそこまで行けば本物だ。だが―――オマエのの体は、そのマーボーの投影に耐えられるかな?」
あざ笑う声。
…ヤツの言うとおり、限界は近い。
「――――く」
「前に忠告したな。オマエにマーボーは扱えないと」
忠告なんてもらった覚えもないし、扱いたいとも思わない。
「オマエをここまで生かした魔術の代償―――ここで支払う事になったな、衛宮士郎」
アーチャーが踏む込んでくる。
「く―――黙りやがれ、てめぇ―――!」
マーボーの中で溺死しろと男は言った。
それはどういう意味なのかはわからない。
わかりたくない。
”―――告げる!
汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に!
聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのならーーー”
聖堂に、凛とした遠坂の声が響いていた。
「―――!」
それに気を取られたアーチャー。
その隙に間合いを空ける。
「―――我に従え!ならばこの命運、汝が剣に預けよう…!」
赤い檻の隙間から手を伸ばす遠坂。
それに、彼女は最後の力を振り絞って走り余リ、
「セイバーの名に懸け誓いを受ける…!
貴方を我が主として認めよう凛―――!」
本来あるべき契約。
自身に相応しいマスターを、ようやく、彼女は得るに至った。
巻き起こる烈風。
正規のマスターを得、本来の力を取り戻したか。
アーチャーを見据えるセイバーの姿は、今までの比ではなかった。
続く。
長いので前後に分けますね。