名門の魔術師(後編・1) 傾:シリアス


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1: tetsu (2004/02/24 07:02:00)

※この話は『士郎のアルバイト』の続編です。そちらを先にご覧になってからお読みください。




 ・・・・少し状況を確認しよう。

 ここは、俺が少し前まで働いていた勝手知ったる人の家。

 テーブルには、笑顔のままピクリとも動かないルヴィアゼリッタと宝石を握ったまま突っ伏してしまっている遠坂がいる。いや、今はこの宝石が遠坂か。

 そしてそのテーブルの横には、弟子とその仇敵を満足そうに眺めている悪戯好きの老人が一人。


 彼が今回のことを思いついたのは、ルヴィアの話を聞いてからだろう。

 自分の弟子を嵌めるのが面白そうだったと言っていたが、人を呪わば穴二つ、彼の助言を受けたルヴィアも魔弾に込められた停滞の呪いで動きを封じられている。

 お互い協調すれば元に戻れるはずだけど、多分それはないと思う・・・・・。

 結局、今この場に残ってるのは大師父と俺だけ。

 つまり――――

「さて、では今度は私の話に付き合ってもらおう」

 ――――こういうことか。

「しかし、ふむ、ここでは日差しが入る。場所を変えるか」

 そう言って、自分のマントで俺を包み込んだ。












「――――!」

 体が自由になって、そのまま自分の立っていた場所から退いた。

「なに、そう身構えんでもよい。ただ話がしたいだけだ」

 いや、ちょっと待て。そういう問題じゃない。

 確かに怪しくはあるが、特にこの老人を警戒している訳ではない。

 単に目の前の状況についていけないのだ。

 どうやってかは知らないが、一瞬の内に場所を移動したことはどうにか分かる。

 ただ先ほどいた場所と大きく違う点が二つあり、その二つのどちらともが信じがたい事実となって俺の思考を破壊してしまった。

 まず、ここには日の光が差さない。

 しかし壁に囲まれた屋内というわけではなく、むしろそこから屋敷の広い庭を一望できる。

 要するに、自分の周りが日の光自体が全くない夜の世界に形を変えていたのだ。

 けれど、月に照らされた庭の風景には、おぼろげながら見覚えがあった。

 管理が行き届いていないせいか、芝生が伸びきりどことなくサバンナを彷彿とさせるが、そこは間違いなく藤ねえの管理下にあるはずの衛宮邸の庭だ。




「いや、その前にお前さんの持っているモノを見せてもらうことになるが、――――どうした、さっさと座らんか。自分の家だろう」

 日の光を避けるためだけに、世界最大の大陸を一瞬にして横断するという離れ業をやってのけた老人は、まるで使い慣れた椅子に座るかのように我が家の縁側に腰をかけていた。









「ふむ、一度見た物を全て貯蔵するか・・・・。造り出すという意味ではどこぞの白騎士と似ておるが、使い勝手の良さでは段違いだな」

 投影した双剣を手渡すと、老翁はそう呟いた。

「え――と、他にも固有結界を使える魔術師を知ってるんですか?遠坂の話だと世界にもそんなにはいないってことだったけど。」

 固有結界というのは、魔術協会から見ても禁忌中の禁忌とされるほどの神秘で、魔術師としての一つの到達点に数えられる魔術だ。

 ただこんなものが使えるより、遠坂のように何でも出来る魔術師のほうがよっぽどすごい気がするんだけど・・・・。

「魔術師ではないがな。私の知り合いには使えるモノが多い」

 彼は手にしていた物を、板張りの縁側の上に置く。老人の手を離れた双剣は、まるで元から存在していなかったかのように夜の闇に溶けていった。

 言っていることがちょっとおかしいと思う。禁呪とされる魔術を使えるのに魔術師でないことなんてあるのか。

 まあ、実際俺が出来るくらいなんだから魔術師以外が出来てもそこまでおかしくはないか。

「ところでお前さん自身、作り出す世界に心当たりはあるのか?」

「いやさっぱりです。あんな場所は見たこともない」

 確かに、俺の剣に対しての愛着は自分でも異常と思うけど、それでもあんな光景は夢でもみたことがない。

 だから、あれは『俺』が見たものなんだ。

「ふむ、きっかけが反則のようなものであったからか。まさか、心象世界を形成する前から結界を張るとはな」

 その答えが興味深かったのか、内面を覗き込むように俺を見つめている。

「きっかけ・・・って、あの知ってるんですか?」

「エミヤ―――シロウだったな。『衛宮』か・・・。避けられんものか」

 老人は表情だけで答える。

「名は体を現すというが、お前さんのの場合、自己暗示を掛けているのかも知れん。守護者とは、また厄介なものに関わったものだ」

 その顔は、結果を含めたこの世の全てを知っている上で俺を心配しているようだった。

 今でも結局自分のことがよく分からないでいる俺より、このヒトのほうが俺のことをよっぽど知っているんじゃないだろうか。

 そのせいだと思う。答えようのない、馬鹿な質問をしてしまったのは・・・。

「――――俺は、俺は"正義の味方"になんてなれないんですか?アーチャーが言っていたように何かを犠牲にして、結局は取りこぼしたものを見捨てるしかないなんて・・・」

 言葉が続かない。

 それは俺と、『俺』自身の問題だ。

 第三者に答えを求めるなんて出来ない。

 それは分かっていた。けど、それでも答えを聞きたかった。

 この老人が全てを知っているなら、それがどんな結末でも知り得るものなら知っておきたかった。

「いや、それはあるまい。お前さんがそれとあった時点で、それの生きた世界とは別のものになっておるはずだ。だが、それでも結果として同じ道を歩む可能性は高い。お前がいくら覚悟していようとも、世界が変わるのを防ぐ。ある意味、平行世界の抑止力といってもいいくらいの力でな」

 答えは簡単に返ってきた。

 でも、それで何かが変わるわけじゃない。

 結果が分かりきっていても、そこに僅かでも可能性が残っているなら、俺は愚直でも何でも理想を貫き通すしかないんだ。

 『俺』じゃない俺の理想、俺じゃない誰かの理想を――――。







「そうか、お前さんは誰よりも自分というものを一番よく分かっていないのだな。分かっているのは、自分がただ理想を追いかけているということだけ。それも自分の理想ではない、他人の受け売りだと」

「さて、少しばかり昔話をしようか。そうだな、私と同じようにヒトではなくなった者たちの話になるか」

 ・・・・・何の話だろう。

 俺は今までにこの老人とあったことはない。

 狭い世界で正義の味方であろうとした俺に、いろんな世界を飛び回っていた魔法使いとの面識があるはずなかった。

 だから、昔話といって俺と関係ある話じゃないことは確かだ。

 それでも、万華鏡と呼ばれた老魔法使いは月光に照らされた庭を望みながら、まるでそこにいる自分自身に語りかけるように話を続けた。

「そやつらの祖にあたる者たちはな、自ら魔なるモノどもと交わることによってヒトを超えた存在となることを目指したのだ。そして、代を重ねることでその血も濃くなり、既にヒトと呼べるものではなくなっていた。分かりきった結果ではあったが、それでも彼らには目指すものがあったのだ」

 普通ならにわかに信じられない内容だが、自分の目の前にいる人はヒトではないと遠坂に教わっていたので抵抗はなかった。

 同じように、その目の前の人外の者にも違和感を感じていなかった。

 その人の心を裸にするような眼は、とても人の持てるものではなかったからだ。

「だが魔の血の薄かった者たちは、どうにか自らの中に流れるものと折り合いをつけて社会に溶け込んでいけた。その特殊な力を残したままでな。その特徴が家系ごとに際立ってくると、中には変わった特徴を持つ者たちも出て来よる。ある家系では、代々当主が刀を鍛えることに特出した才能を発揮していたそうだ。そう、お前さんが剣を造り出すのに特化した魔術回路を持つように、だ。確かその家系をトウザキと言ったか」

 トウザキ・・・・、聞いたことのない名前だ。発音からすれば、おそらく日本人の姓だろう。

 知りうることはそれだけだが、何故かその響きが耳から離れない。

「その当主はな、一生に一度自分が認めた使い手に出会ったとき、鍛冶師として最高にして最後の作品を遺すそうだ。刀を冠したトウザキの名の通り、自らの骨を刀身としてな」




 ――――似ている。何よりもまずそう思った。

 投影では、その初歩として想像理念を鑑定する。

 『俺』が孤独の戦場で使っていた、鍛冶師の夫婦の名を冠した双剣。

 夫の為に燃えさかる坩堝にその身を投じた莫耶、妻の死を嘆きながらも剣に命を注ぎ込んだ干将。

 その剣の全てを知りつくしたうえで、似ていると思ってしまった。

 たった一本の刀を造るために、その身を削るというトウザキという家系。

 一対の双剣の一流の業のなかに垣間見ることができる、自己献身と鍛冶師としての覚悟。

 そして俺が『俺』自身と傷つけあうことで得た理想。

 それらが似ていると思ってしまっていた。

"I am the bone of my sword.(この身は剣で出来ている)"

 かつて『俺』が自身に暗示をかけるために唱えた一小節。

 人を傷付けることでしか人を救うことが出来なかった男がこの言葉にどれほどの覚悟を込めていたかは、結局自分自身にしか理解されないのだろう。



 老翁はさらに話を続ける。

「本来この家系はトオノという混血の名門の分家筋の一つなのだが、時の当主に反発して一族を抜け出した輩がおった。無論、力の外部への流出を恐れる彼らがそれを放っておく筈がなく、平穏に暮らすことを望んだ謀反者に刺客を放ったのだがな、刺客の手にかかる前に幾年か前に災害で命を落としたと聞く」

 ふと、知るはずのない人達の生の最後の映像が頭をよぎった。

 家庭を持ち、人並みながらも平穏で幸せだった生活。

 理不尽に多くの人の命を奪っていった災害。

 廃墟となった街には生き残った一人の少年の姿があった。

 少年はその命を救った恩人の養子となり、理想を目指すことになる。

 どうしても叶えることの出来なかった養父の理想、

 この世に生を受けた時に既に背負っていた自身の理想を。








「それで、お前さんは"正義の味方"になりたいのだったな?」

 頷く。

 それは他の誰でもない、俺の、『俺』自身の理想だ。

 幼かった自分が切嗣の理想を受け継ごうとしたように、『俺』の理想は俺自身が受け継がなければならない。

 老魔術師は満足したように微笑をもらす。そして最後にこう付け加えた。

「ならば、一つ忠告をしておこう。お前さんは抜き身の『刀』だ。誰かを救おうとしても、その刃は人を傷付けることしかできん。今一番必要なのは自分を守る『鞘』だ。それは周りからもたらされるものでもあり、自身の内に宿っているものでもある。それを決して忘れるな」



 俺の意識はそこで途絶えた。











 【次回予告】

 う〜ん、後編1・2をまとめて更新すると言っておきながらの1のみの投稿・・・・。

 既に無責任な作者に愛想を尽かされた読者が多数、最初から期待も何もしていないという読者はさらに多数いらっしゃるとおもいます。

 ですが自分としては一応今日中に後編2も投稿する予定で、『まとめて』という言葉に嘘はないと断固として主張したいです。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だめ、ですかね?やっぱり。すいません!今日中に必ず更新します。それで勘弁して下さい。

 ところでこの話の題名の『名門の魔術師』。これ実は話の主人公のことなんです。・・・分かります。無理があるのは百も承知です。

 それなりに考えての題名だったんですが、やっぱり無理でした・・・。

 さてとうとう次回で最後ですが、最後ということでいろいろな秘密(でっちあげ)が明らかになる(ようなならないような・・・)はずです。

 名前すら出ていなかったあの人も登場するので、『こんなの読んでられねーよ』という方も是非ともごらんになって下さい。

 それでは次回のフィナーレをお楽しみに〜。


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