※あらすじ
王であった彼女との別れを胸に衛宮士郎は亡き養父の後を目指し鍛錬を続けていた。
そんなある日、彼はイリヤスフィールから養父の墓参りへと誘われる。
訪れたのはあの場所。イリヤにとってはそこが養父の墓だと言う。
そこで士郎はイリヤに、イリヤはシロウに何を言うのか・・・。
誰かの声が聞こえた。
眠っていた意識が急激に目覚めた。
いつの間にか俺も眠っていたらしい。
ぼやけた目を擦り、辺りを見ると日はまだそう沈んではいなかった。
夕方になるまでは、夜になるまではまだ時間があるようだった。
目を下に向けると、そこには眠りから覚めたイリヤがいた。
俺の膝の上に頭を置き、じっとこちらを見つめていた。
「イリヤ、今なんて・・・。」
イリヤに問いかける。
「シロウ・・・。シロウはセイバーが好きだったよね?
本当にセイバーの事が好きだったんだよね。」
イリヤの紅い瞳が問いかけていた。
真摯に答えを望んでいた。
「・・・・・・」
僅かの間、時が止まる。
全く予想していない事だった。
今日、今、ここで、イリヤと親父の墓参りに行った先で
聞かれる事はもっと別の事だと思っていたからだ。
イリヤが聞きたいのは、イリヤに言わなきゃならないのは親父に関する事。
イリヤの居場所を奪ってしまった衛宮士郎が
果たさなければならない事。果たしてやりたいと思う事。
イリヤが聞いているのはそれとはまた別の問題のような気がする。
それでもイリヤの質問の真意が分からなくても、
イリヤの気持ちには報いなければならない。
それが今日までイリヤとの問題を放置していた俺の、俺だけの責務だ。
それにその質問の答えなんて考えるまでもなく決まっているのだから。
イリヤの目を見ながら質問に応えた。彼女への気持ちを口にした。
「ああ。俺はセイバーが、アルトリアが好きだ。愛している。」
自分の気持ちを、心を、想い出を口にした。
イリヤは俺の返答を聞き、
「私もセイバーは好きだった。
彼女は気高く、美しかったし、私に優しかった。
・・・うん、メイドやサーヴァントじゃなくてお姉さんがいたら
あんな感じなのかな?・・・それになによりセイバーは
私が知っているキリツグに似ていたから。
・・・だからセイバーも少しだけ憎かった。」
そう言い、イリヤは再び目を閉じた。
昔を思い出すように懐かしむように。キリツグの事を想いだすように・・・。
「私が知っているキリツグはセイバーと同じ考えの持ち主だったわ。
10人救いたい人間がいたとして、10人の人間を、
全ての人間を救う事ができない状況だったら、九を救うために一を捨てる人。
ううん、より正確に言えば、九を救うためなら一を捨てる事に迷わない人。
誰にも理解されず、誰の助けがなくても、自分でそれを行う人。
守るべき九のためには躊躇しない人。例え、その救えない一を自分から、
自分でしなくていい事でも消し続ける事で
救いたい人間達とは全く違う立場にいる人間、
自分という人間が傷ついてもね。」
・・・。
それが彼女の選んだ道。それが切嗣の選んだ道。
王にとって守るべき九とは、より大勢の自国の民であり、
消し続ける事を選んだ一とは自国を脅かす外敵であり、
敵を消す上で犠牲とならざるをえない自国の民だった。
それは彼女の願い。自身の、普通の少女のままでいれば、得られた幸せよりも
大勢の人が笑っている国を守ってあげたい。その人たちを守ってあげたい。
それが彼女の生き方であり、彼女の誇り。
気高く、美しく、一片の間違いもない。
迷いこそしたけれど、
彼女が生涯胸に抱いたまま、守り続けた彼女の在り方だった。
正義の味方にとって守るべき九とは、危機に瀕している人々であり、
消し続ける事を選んだ一とは、その危機を消すために犠牲となる人達だった。
それは彼の生き方。行き場のない願いを、叶えようのない理想を抱いた男の
彼にできた精一杯の正義の味方。
助けられないモノがあるのなら、全てを救えないのだとしたら、
せめて救えないモノを消すのは
己の手で、
己の心で、それを消す。
疑問はない、後悔はない、己の行いは正しいと信じてる。
たとえ、救ってやれない一を消す度に己の心が削れていこうとも。
九を救うためには迷いなく。
大切な者達を救うためには迷いなく生きてきた。
それはきっと酷く辛く悲しいけど、
間違ってはいないはずの彼が選んで歩み続けた彼の在り方だった。
多くの人を救ってきた、多くの人を救える彼が望んだ生き方。
だけど・・・、親父は、切嗣が、
本当に願ったの、望んだのは、祈ったのは、成りたかったのは・・・。
「でも、キリツグは捨てたわ。ここで。
あの聖杯戦争で、彼の生き方を、理想を。
不器用でも、自分の心を削りながら必死に貫いてきた自身の在り方を。
例え、全ての人を救えなくてもキリツグが救った人達は、
救える人達はちゃんといたのに・・・、
彼は、キリツグはアインツベルンを・・・」
お母様と私を捨てたわ。
白い少女はそう言い放った。
あの焼け野原で親父が求めたモノは、救い。
自分の今までの生き方を、
どこかに残した大切な物を、どこかにあると信じ追い続けた理想を。
諦めてまで親父が救おうとしたモノ。
そして、その代償に親父が捨てたモノ・・・。
ああ・・・。
それが全て。少女が切嗣を憎む理由の全て。
アインツベルンの魔術師としてではなく、
目の前の少女が、
イリヤが、キリツグとシロウに関わる理由。
関わる必然。会わずにはいられない、恨まずにはいられない当然の理由。
なら・・、俺は言わなきゃいけない。
例え、魔術師として半人前の俺でも、
魔術師が築き上げてきた物、衛宮切嗣が裏切ったアインツベルン家という物の
大きさが分からない俺でも、
目の前の少女が、
魔術師としての千年の憎悪ではなく、
ただ一人の少女として、
帰ってこなかった父親を恨んでいるのなら
俺には出来る事がある。
しなければならない事がある。してやりたい事がある。
親父の息子として、彼女の居場所を奪った者として、
この半年間、一緒に過ごした衛宮士郎はイリヤに告げる事があるんだ!
・
・
・
自分を愛してくれた父親。
母を愛していた父。髪を褒めてくれた父。優しかった父。
いつもどこか辛そうだけど、それでも優しく、大好きだった父。
彼は約束した。あの冬の日に。どこかに旅立とうとしていたあの冬の朝に。
“ああ、必ず帰ってくるよ。女の子は泣かせない主義だし、
それに、なにより イリヤは僕の娘なんだから。“
そう約束した私と父。
信じていた。
疑わなかった。
必ず帰ってきてくれる。
彼は私のお父さんで、私は彼の事が大好きで、
彼も私の事が大好きだったのだから。
誰が聞く訳でもなく歌い続けていた少女。
誰に聞かせる訳でもなく歌い続けていた少女。
でも、聞かせたい誰かはちゃんと居た。
ただその人が少女の下に戻ってくる事がなかった、ただそれだけの事。
それだけで充分。
必ず自分の元に帰ってくるはずの父親は少女の下へ帰ってこなかった。
だから・・・。
ここは彼の死んだ場所。
必ず自分の下へ、母の下へ、帰ってくるはずだった父が死んだ焼け野原。
父と呼んでいた人が己の理想を捨てた戦場。
一人の父親が、一人の少女を捨てた場所。
私の知っている『エミヤキリツグ』が眠っている墓 。
だから私が知っている過去のキリツグはその時からもういない。
5年よりずっと前、彼は10年も前に死んでいたのだから。
あの私に優しかったキリツグはもうどこにもいない。
あの家にも私が知っているキリツグの面影はどこにもない。
・・・あるのは私が知らないキリツグの面影、匂い、気持ち。
ただそれだけ。
あの家には
必ず帰ってくると約束した彼はいなかった。
ようやく私から会いにいける時が訪れたのに彼は私を待っていなかった。
憎かった。
悔しかった。
恨めしかった。
彼と会って、彼と話して、
私の手で殺したかった。
なのに勝手にいなくなっていた。
勝手に約束を破っただけじゃなく、その事を責める事すら私にはできなかった。
それが涙が出るほど悔しかった。
この街に来てから泣いたのはその時だけ。
私が泣いたのはただその時だけ。この街に着いて
あの人の面影を捜して、あちこちを訪れ、
あの人はもうどこにもいないのだと。
あの人を責める事はもうできないのだと。
・・・あの人が私の髪に触れる事も、
私の髪を褒めてくれる事も、私に話しかけてくれる事も、
私の歌を聞いてもらう事もできないのだと知った、ただあの時だけ。
私は二度とあの人を責められない。
私は二度とあの人を許さない。
あの人は死んでしまったのだから。
あの人が私の憎しみを失くしてくれる事も、
あの人が私に許しを請う事も無いのだから・・・。
でも。
もしも、彼が。
あの人以上に不器用で、辛そうで、救いのない道を求めて、
ううん、救いのない道を求める事しか知らない彼。
滑稽で、
馬鹿で、
愚かで、
救いようがなく、
そもそも救われようとすら思っていない。
それでも、・・・あの人よりも私に優しかった彼が、
もし、彼があの人の代わりに私に許しを請うのなら、わたしは・・・。
・
・
・
「イリヤ、親父を、切嗣を許してやってくれないか。」
俺の膝の上で目を閉じたままのイリヤ。
彼女へ向けた懺悔の言の葉。
親父には伝える機会も、伝える術もなかった叶わぬ願い。
イリヤには伝えられる機会も、伝わる術もなかった叶わぬ願い。
なら俺が伝えないと、衛宮士郎は、
命を救われた事や魔術師・正義の味方など関係なく、
切嗣が、親父が好きなのだから。
あの子供っぽく、優しく、温かかった親父が好きだったのだから。
「それは、キリツグの息子として?」
目を閉じたままでイリヤが問いかけた。
「ああ、俺は血は繋がっていないけど切嗣の息子で親父が好きだ。・・・
だから、イリヤが少しでも親父を許してやっていい気持ちがあるのなら。
二人であの家で、あの屋敷で暮らさないか?俺はイリヤが好きだし、
血は繋がっていないけど・・・」
“俺とイリヤは兄妹なんだから”
公園のベンチに静けさが広がる。
公園にいる二人の人物に言葉はない。
ただ青年の膝に頭を乗せた少女の、
泣き声だけが響いていた。
・
・
・
「イリヤ、泣いているのか?」
闇の中からシロウの声が聞こえる。
目を開けて見るが、シロウの顔はぼやけていてよく見えなかった。
“俺とイリヤは兄妹なんだから”
不器用で、辛そうで、
それでも、皆に優しいシロウ。
私に優しいシロウ。
シロウは何も悪くないのにあの日に全てを失ってしまった。
本当はシロウには責任なんてない。
そんな事は分かっている。
キリツグが私を捨てた事にも、
私の代わりにキリツグの傍に居続けた事にも、
多くの人を助けられなかった事にも、助けられない事にも責任なんてない。
でも、彼は言っった。
キリツグが好きだ、と。
私が好きだ、と。
私とシロウは兄妹なんだから、と。
もうキリツグが私に何かしてくれる事はない。
私が知っているキリツグはあの日、ここで死んでしまったから、
変わってしまったから。
それでも、・・・キリツグよりも私に優しかったシロウが、
辛そうな声ですまなそうな声で
キリツグの代わりにシロウがキリツグの事を許してほしい、と言うのなら、
私は・・・、
わたしは・・・。
キリツグの事を許してあげよう。
だって、わたしは、イリヤは・・・、
“過去のキリツグより、今のシロウが大好きだから”
涙がどんどん溢れてくる。
あの冬の日から、キリツグが私の前からいなくなった日から
他人の前で涙なんて流した事はなかったのにどんどん溢れてくる。
気付けば、私はシロウの胸で泣いていた。
涙は枯れない。
キリツグが私を裏切った事は忘れない。
でも、
あの冬の日。キリツグが旅立つあの日まで、
私に再会の約束をしたあの瞬間まで
キリツグが私を愛していた事は嘘じゃない事を私は知っている。
その想い出は、気持ちは、嘘じゃない事を知っているから。
歌おう。
あの日から一度も聞かせられなかった私の歌を。
私が知っているキリツグが死んだ、この場所で。
大好きなシロウをキリツグが助けた、この場所で。
私は歌おう。
私を愛してくれた人への思いを込めて、
彼を愛していた人達への思いを込めて、
彼を愛する私の想いを込めて、私は歌おう。
ここに眠る人達への鎮魂の歌を・・・。
・
・
・
公園の中央に白い少女が居る。
広場にはイリヤの歌声が響き渡っていた。
答えはそれで充分。
イリヤが親父の事を許してくれたのかどうかの答えは。
歌い終わると、イリヤは俺の傍へ来て、
俺の手を握ると、
「さ、行きましょ、シロウ。」
そう言って、有無を言わさず、俺を引っ張っていった。
公園を後にする俺とイリヤ。
「ちょ、ちょっと待った! イリヤ、行くってどこに行くんだ?」
ここに来るのも予想できなかったけど、
これからイリヤがどこへ行くかはもっと分からないんだけど。
「どこって? 朝、家を出る時にタイガにも行ったじゃない。
今日は私とシロウはデートをするんだって。」
そう言うとイリヤは繋いでいた手を離し、
俺の腕に
ぎゅ。
しがみついてきた。
うわっ、やわらかい・・・じゃなくて!
「デートって、何で俺とイリヤが?」
思ったままの疑問を口にする俺。
俺の疑問に対し、イリヤはさも当然のように。
「決まってるじゃない。シロウの服を買いに行くのよ。
これから私と一緒にずっと暮らすんだったら、もう少し自分の着る物くらい
気を配ってね、お兄ちゃん。ホント、シロウは世話が焼けるんだから。」
そう無邪気に笑うイリヤ。
その様子はとても楽しそうだった。
この少女を、笑顔を守って生きたいと思う。
親父の代わりとして。兄貴として。衛宮士郎として。
差し当たって、お姫様はショッピングをご希望だけど・・
まっ、いいか。
イリヤとデートをするのも悪くないよな・・・誰かに見られでもしない限りは。
願わくば、明日の学校で誰からも、何も質問が来ませんように・・・。
・
・
・
シロウと共に公園を後にする。
隣の彼を眺める。
シロウは危うい。
シロウほど不器用な人間はそういないだろう。
自身には何もないと言う彼。
彼にあるのは気高く、美しい、叶わない理想の道のみだと誰かが言った。
そんな事はない。
皆と一緒に暮らしていく中で、喜び、怒り、悲しみ、悲しんでいる。
彼はこんなにも優しく温かい人。
私の大好きな人。彼には何もなくなんてない・・・。
こんなにも大きく温かい優しさがあるのだから。
たとえ、彼には彼自身の願いはなく、彼は己の救いを求めない人間だとしても、
私がシロウを支えていこう。
それがきっと私がシロウにできる事。私がシロウにしてあげたい事。
シロウが掴む事を選ばなかった彼女の手、
夢を叶える事にも繋がっていると思うから。
シロウが追い続ける理想の道。
キリツグがシロウに託した理想の道。
あの赤い騎士が探し続けている理想の道。
その道を見つけるのは難しい。
見つけた所で歩むのは難しい。
まして、その道の終着点に辿り着こうなどと
人の身でなしえる事ではない。
それはもはや魔法の域。
未だ存在する5つの魔法とは異なる魔法。
大成する事などありえない奇跡・・・。
“皆が幸せになれたら、それはどんなに幸せだろう”
そんな途方もない願い。
その道を歩むシロウ。
きっと辿り着けない。
それでも、一人よりは二人の方が辿り着けるかもしれないから
私はシロウと一緒に歩こう。
たとえ、いつか、歩き疲れ、それ以上進めなくなってしまったとしても、
たとえ、その道の果てに辿り着けなかったとしても、
その道を二人で歩くなら、
そこには幸せがあると信じているから。
例え、願いは叶わなくても、救いはあると信じているから。
そして、私は過去のキリツグよりも、今のシロウが大好きだから。
だから・・・、
そっと後ろを振り返る。
バイバイ、お父さん
〜THE END of TEMPORARY〜
あ・と・が・き
ここまで読んでくださった方。
本っ当に、ほんっとうーーーーにありがとう御座いましたm(_ _)m
果たして何人の方がここまで読んで下さったのでしょうか・・・。
Fateのファンディスクがいつ作られるか位、私には予測できません(汗
私にとって初めての投稿SS。
長すぎです、伸びすぎです、
当初の構想の軽く20倍はいっちゃったような気がします。
最初はただ素直に【衛宮家 切嗣】って感じの墓へ
ごく普通に墓参りにしに行くだけの話だったのに、
どこからこんな事になったのやら(^^;
妙な言い回し、誤字脱字などたくさんあると思います。
それらもひっくるめて、
この作品の感想や叱咤激励のメールなどを頂けたらなぁ〜〜と願っています。
願わくば、ここまで読んで下さった貴方が
滑稽で、
馬鹿で、
愚かで、
救いようがなく、
もちろん気高くも、美しくもない。
だけどメチャクチャ救われたがっている私を
救って下さったら感無量です(T△T)
では、ここまで読んで頂き、本当にありがとうでしたm(_ _)