全ては喜びに満ちた道に進んだ。
聖杯戦争で俺が愛したあの美しい王は、再びこの腕の中に帰ってきてくれた。
そう、帰ってきた。そして愛していると、あの時と同じように、俺を抱きしめながらそう言ってくれた。
幸せこの上ない。
彼女との道場での厳しいながら充実した稽古、作った食事を一生懸命食べる仕草、怒ったようでありながら可愛らしいその表情、割と生産的だったりする夜の営み。
セイバー、いや、アルトリアと過ごす日常は、まさしく幸せそのものだ。
だが、事は起こった。
今日は藤ねぇも桜もいなくて、遠坂もイリヤの治療とかでこの場にいない。
そのため、今日の夕食は俺とセイバーとの二人っきりだった。
相変わらず感心しながら俺の料理をぱくぱくと食べていく姿は微笑ましい。
ニュースを見ながら食事を済ませ、いつものように俺は洗い物をするために食器を台所に片づけていく。
何を後悔するかと問われれば、それは一つ。
洗い物を済ませて居間に戻ると、セイバーが何やら真剣な表情をしていた。
どうやらテレビを見ているようだ。また何事か事件があったのかと思い俺もテレビを見てみた。
が、セイバーが見ていたのはそんなものではなく、平凡な観光紹介的な番組だった。
芸能人が旅をしているような感じで名所を訪れたり有名な旅館に泊まったりして、豪華な料理を食べて広い温泉に入りつつ気色を楽しむ。
そんななんでもない平和な番組。どうやら今日の特集は京都であるらしい。
しかし、セイバーの表情は真剣そのもの。内容は平和ながら表情はまるで強力なサーヴァントに出会ったときのようだ。
俺は多少その様子を不思議に思いながらも、とくに物騒な番組を見ているわけでもないので深くは気にしなかった。
ただ。
なにかとても重要なことを見落としている気がした。
そうしてその番組が終わった。
真剣に見ていたセイバーは何か考え込むような表情をしていた。が、すぐに向き直って俺の方を見た。
とても真剣なその表情。
いつか見た表情だ。しかしそれは敵と相対したときのような表情ではないと気付いた。
「シロウ、キョウトに行きましょう」
その表情は、食事を促す時の顔。
見落としていた物は、画面に何度ともなく映った『豪華な食事』。
ぶっちゃけ、鬼門。
「セイバー、まさかと思うけどあのものすごく高そうな料理を食べたいとか言うんじゃないだろうな」
「何を言うんですかシロウ、私が求めるのはこの国の古き良き文化を学ぶことです。キョウトはこの国でも歴史ある所なのでしょう?」
なかなかもっともらしいことを言ってくれる。
本音とは常に建前の裏側にあると言うが、この場合ストレートじゃんか。
「じゃあお寺や神社を回るだけでいいんだな、セイバー」
うん、セイバーの言ったことだとそう言うことになる。そのはずだ。そうじゃないと大変なことになる。
だがセイバーは呆れたような、俺の洞察力の無さに不満を漏らすような顔をした。
「シロウ、私は文化を学びたいと言った。それは狭い意味ではなく、広い意味でです」
ようするにセイバーさんが言いたいことは食文化も実地で学ばせろと言うことですか。
「というわけでシロウ、早速明日からキョウトに行くことにしましょう。今夜中に準備を済ませなければ」
「いや待て、平日なんだが明日」
「構いません、物事には優先順位という物があります」
なんだか壊れてないかセイバー。
っていうか終始真剣そのものでうかつに喋ると地雷を見そうで恐ろしいんだが。
ともかくまずい。
平日とかそう言うことは置いておくとして、セイバーの頭の中で描いているであろう旅行を実践するとこの家の食費とか俺の貯金とかがセイバーの胃袋に消えてしまう。
まずい。まずすぎる。
それだけは回避しなければ。
「セイバー、仮にあのテレビでやっていたような旅行をしたとしよう」
「はい」
「不可能とは言わない。だがその場合旅行から帰ってきた後の食事はグレードが下がるぞ。質、量共に。具体的に言うとごはんと薄い味噌汁と梅干しだけ」
あ、なんか驚いている。
目を開いて驚いていたかと思うと、なんか怒るような目つきになってきた。いや、怒るんですかあなた。
「シロウ、そんなことが許されると思うのですか!」
こっちのセリフだ万年欠食児童。
「そう、許されないだろうセイバー?だから、両方は無理なんだ。日常の食事をとるか、京都で一時の豪華な食事による快楽を取るか」
「文化の勉強です。間違えないで欲しい」
まだ言うか。
するとセイバーはやや悲しげな表情で俺のことを見据えてきた。
ぐ、なんだその表情は。騙されんぞ、そんな顔をされてもダメな物はダメで。
「シロウ、貴方は正義の味方を、それでも目指すのでは?それでも全てを救いたいと、貴方はそう言った」
そうだけどセイバー、なんかどことなく芝居がかってるが俺の気のせいだろうか?
「貴方にはできるはずだ。その両方を可能とすることを。そして私はこのキョウトに行きたいという思いは決して間違っていないと、そう自信を持って言える」
どこでそういう理屈になるのか俺にはよくわからなかったが、聖杯戦争の末に得た結論がそれですか。
「ああもう、ダメな物はダメなんだ!そりゃセイバーのリクエストにはできるだけ答えたいけど現実問題として無理なんだ!お金がない!」
その答えに先ほどよりも激しい怒りが帰ってくると予想したが、そんなことはなく、セイバーは再び考え込むような顔をした。
「ふむ、と言うことはお金さえあればいいわけですね、シロウ」
「え、あ、ああ、まあそうだけど」
なんだろうか、この激しくイヤな予感。
今のノリだと銀行強盗でもやる気だろうか、誇り高いイングランドの英雄。
結局その日はそれ以上は何も言わなかった。言われても困ったが。
翌日、いつものように遠坂、桜、藤ねぇ、イリヤが朝食のためにウチにやって来た。
そうして何事もなくみんなで食事をしていた。
イリヤと藤ねぇが騒がしくも楽しそうにしながら、朝の食事が進んでいく。
そんな時だった。
「サクラ、シロウがキョウトに行きたいそうです」
いきなりそんなことをセイバーが言い出した。
全員、一瞬訳が分からないと言った表情でセイバーの方を見る。
だがセイバーは特に気にした風もなく続けた。
「ですがお金が足りないそうです。せっかく行きたいと言っても、お金がなければ如何ともし難いですね」
いや、セイバー…
いくらなんでもそれは無理だろう、確かに遠坂に頼まないのは正しい判断だが。
当の桜は驚いた後に怒りだ………すことはなく、なんか顔を赤くして考え込んでる。
待ってくれ、待ってくれ桜。なんとなく考えてることはわかるがそれ以上考えたらいい感じでセイバーの策に乗ることになるぞ。
全員が見守る中、桜はいきなり立ち上がると疾風の如き速さで外に出ていく。
「ど、どうしたんだ?」
「セイバーの発言に色々言いたいことはあるけど……金策があるのかしら、あの娘」
遠坂も桜の行動力にややあてられたような印象だ。セイバーの発言とそれが続いてぽかんとした顔になってる。
しかしだな……
「セイバー、自分の手は汚さないつもりか…」
「何の事ですか?私は事実を言ったまでですが」
「いや、京都に行きたがってるのはセイバーでは?」
わざわざ遠坂ばりの策を持ち出して桜を煽るぐらいだし。アーサー王も堕ちたモンだ。
とか言ってるウチに俊速で桜が帰ってきた。ううむ、ランサーもビックリな速さだ。
そして両手にはごついアタッシュケース。むろん中身は………
「うわうわうわうわぁ!桜ちゃんこれホントに現ナマ?!一番上だけ本物とかじゃないよね!?」
「さ、桜。あんた一体どうやってこんなお金を!これだけあればルーンの彫られたアレクサンドライトも……」
「ねーシロウ、これってドラ焼き何個分ぐらいのお金なの?」
藤ねぇも遠坂もイリヤも驚いている。落ち着いているのは正座のままお茶を飲んでるセイバーだけだ。いや、イリヤは理解してないが。
とんでもねぇ量のキャッシュだった。こんにちは諭吉先生。
やや恍惚の表情で俺を見る桜はどことなく危ない。
「先輩!これだけあれば足りますよね!私頑張ったんですよ!?勇気を出したんですよ!?」
「いや、それよりも桜、いったいどうやってこれだけの金を一瞬のうちに…」
「桜!お前何をやったんだ!変な魔術師共がいきなり屋敷を差し押さえてきたぞ!」
玄関からなにやら慎二の声がする。
というかお前何故ここに。イリヤに殺されたんじゃないのか。
慎二の声に桜はニュータイプ並の反応の早さで玄関に駆けていく。
「やっぱりここか桜!さあ説明……ってうわぁぁぁぁぁぁぁ!」
ごすっ、べきっ、ばきっ、がすっ、ぼき、ぐしゃっ、ずしゃっ、べちょっ。
心なしか最後の方に水っぽい音が聞こえたが俺の精神安定上何も考えないことにした。
「あの子、屋敷をまるごと協会に売ったわけね……」
「いや、それにしても速すぎるだろ。下準備はできていたんじゃないか」
「ということはサクラはもう反乱を起こす気マンマンだったのね」
それだけで説明しきれることじゃないとは思うが、とりあえずこの場合引っ込み思案だった桜が成長した物と素直に喜んで良いのか悪いのか。
「さあ先輩行きましょう今すぐ行きましょう麗しの古都で私と先輩が二人っきりで『桜、きれいだよ』『先輩、嬉しいです』みたいな展開になってああだめ先輩いくらなんでもお寺の境内でそんなことー!」
いつの間にやら玄関から戻ってきた桜が妄想を爆発させている。もはやケダモノ扱いの俺。
「ところでシロウ、サクラが持ってきたお金で足りますか?」
ずっと静観していたセイバーがいきなりそう俺に聞いてきた。
「ああまあこれだけあれば余ることはあっても足りないことはないと思うぞ」
出所はともかく。
「ふむ、そうですか」
セイバーはお茶をテーブルに置くと、アタッシュケースを持ち、もう片手で俺の首根っこを掴んだ。
「ではシロウ、キョウトに行くとしましょう。ああサクラ、頼んでもいないのにこれだけのお金、感謝します。ついでですが、留守をお願いします」
「え、ちょ、セイバーさん?」
困惑する桜、というか全員を無視してずるずると俺を引きずっていくセイバー。ドナドナな気分だな、もうなにもかも諦めて。
そうして玄関を出ていく。お亡くなりになった慎二の姿が見えたが俺は既に考えることを放棄した。
「なっ、ちょっ!待ちなさいセイバー!」
「私の先輩をどこに連れて行くんですか!」
「何言ってるのよサクラ、シロウは私の物なんだから!」
「士郎ー、おみやげはイチゴ八つ橋お願いねー」
セイバーに引きずられながら、俺は憎いほど青い空を見つめた。
この空はアヴァロンと繋がっているんだろうか。
そんな無意味なことを考えつつ、あることを後悔していた。
何を後悔するかと問われれば、それは一つ。
テレビはちゃんと消すようにしよう。
あとがき
初めまして、ふぃっつです。
何ともかんとも初書きなので我ながら雑な所があるなとは思うのですが、どうかご容赦を。オチも弱いし。
京都にしたのは特に意図はないです。飯高いから、ぐらいで。
なにはともかく、セイバーにゴチを見せると悲劇的なことになりそうな事を暗示したお話。
楽しんでいただけたら幸いです。