過去のキリツグ、今のシロウ〜その3〜【M:イリヤ傾:シリアス】


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1: ターパン (2004/02/23 13:25:00)[kota948 at circus.ocn.ne.jp]

※あらすじ
聖杯戦争終結から半年。気高く、美しく、ただ王であろうとし、王であった彼女。
彼女は己の人生への誇りを胸に宿し、己が終着の地へと還った。
衛宮士郎は彼女との別れを胸に抱き、亡き養父の後を追いかけ鍛錬を積んでいた。
そんなある日、彼はイリヤスフィールに誘われ、養父の墓参りに向かった。
だが、彼は養父亡き後、一度も墓参りに行った事はなかった・・・。




「う〜ん、困ったぞ。」

イリヤの手を引き、坂を下りながら、俺は困っていた。
イリヤと親父の墓参りに行く事にした俺だが、肝心の墓の場所は知らなかった。
葬儀などの事は藤ねえの親父さんがやってくれたし、
あの冬の日から5年。衛宮士郎は切嗣の後を追いかけ正義の味方を目指した。
その間、俺は一度も親父の墓を参ろうと思った事がなかったからだ。

その事をイリヤに話すと、
「そう・・・、シロウは一度もキリツグのは墓参りはしなかったんだ。
・・・そうだよね、死者を弔うのは死者を救うためじゃなくて、
そのあと生きていく人が救われるため。そのために生者は死者を弔うんだもの。
シロウが墓を参るなんて事を必要とする筈がないものね。」

悲しそうに、残念そうに、不安そうにイリヤはそう言った。

「・・・でもね大丈夫よ、シロウ。私が今日、行こうと
思った場所はシロウが考えてる『キリツグの墓』とは別の場所だから。」

そっとイリヤが繋いでいた手に力をこめる。
俺の手を引き、歩き始めるイリヤ。
その足取りは坂を下った交差点。そこにあるバス停へ向かっているようだった。

「イリヤ?バスに乗るのか?」

あのバス停からは深山町から新都へのバスしか出ていない。
親父の墓の場所を知らない俺だけど新都にそれがない事くらいは分かっている。
新都にある唯一の墓は外人墓地だから親父の墓ではないはずだ。
・・・とするとバスで新都に行ってから電車でどこかに行くのだろうか?
この様子では間違いないとは思うが一応イリヤに行き先を聞いてみた。
俺の質問に対し、イリヤは

「ええ、『キリツグの墓』は新都にあるから。」

ハッキリとそう告げた。

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              ・

イリヤに付いて訪れた場所は俺もよく知っている場所だった。
この10年の間、何度も訪れた場所。
この10年の間、何度も思い出した場所。思い出さずにはいられなかった場所。
あの戦いの最中、一度だけ彼女とここに来て休息した事もあった。
新都の中央に位置する自然公園。10年前の聖杯戦争の終結の地。
彼女との思い出の一つが在る場所。
・・・だが、ここは切嗣の墓じゃないはずだ。
親父は5年前の冬。
俺の目の前で、
あの少し肌寒い縁側で、
俺に正義の味方を諦めた事を、すまなそうに笑って、
俺が親父の理想を形にすると言ったのを聞いて、安心したように微笑って、
 
             眠りについた。

・・・だから、ここは切嗣の墓じゃないはずだ。
少なくとも、俺にとってここは切嗣の墓じゃない。
むしろ、ここが誰かの墓だと言うのなら、
それは・・・。

あの黒色の太陽の下で、あの焼け焦げた廃墟の下で死んでいった人達。
為す術もなく死んでいった大勢の人。
死に往く絶望の中で必死に助けを求め続けていた大勢の人。
誰よりも優しく、誰よりも自分の近くにいてくた人達。
・・・そして、助けを求める声に応えられず、
それでもその声を無視する事が出来ずに、
狂う事も出来ず、謝る事もできず、ただ徐々に徐々に、
一人の命の死を観る度に、涙を堪え、
一人の助けを見過ごす度に、痛みを重ね、
自分というモノが削られていった少年。自分には何も無くなってしまった少年。
そんな彼らの墓だった。

だが、イリヤにとってはここが親父の墓だと言う。
アインツベルンの魔術師。親父の子供。
キリツグを、・・・俺を殺しにきた白い少女。
そのイリヤがここを親父の墓だと言う。なら、それは・・・。



ふっ。
不意に繋いでいた手の感触が離れた。視線を横に向ける。
傍にはイリヤが居る。俺の横にはイリヤが変わらずに居る。
だが俺の手の先に、イリヤは居なかった。

「シロウ、あそこのベンチに座ろう。」

そう言い、公園の中に入っていくイリヤ。
無邪気に駆けながらベンチへと向かっていく。
そのイリヤの姿が初めて商店街で出会った時の姿に重なった。
無邪気に商店街を駆ける銀の髪の少女。純粋な信頼を向けてきた白い少女。

「シロウ、早くーー。レディを待たせるなんて紳士失格なんだからーーー!」

ベンチの前で両手を挙げているイリヤ。
イリヤは過去も今も俺を慕ってくれている。
妹のように俺に甘えてくれ、時には姉のように俺を諌めてくれる。
変わらないイリヤの笑顔、怒った顔、拗ねた顔、喜ぶ顔・・・。
俺にはそれを守れるのかな・・・。
歩みを進める。イリヤの傍へと向かう。俺とイリヤは一緒にベンチへと座った。

まずベンチに座ってした事はとりとめのない会話だった。
あの時、公園で、マスターや聖杯戦争のせいで
イリヤとはできなかったごく普通の会話。話す事はいくらでもあった。
この半年の間、同じ国で、同じ場所で、同じ時間を過ごしてきたのだから
話す事になんて困らなかった。
持ってきた弁当を食べた。やっぱり、シロウのお弁当はおいしいねー、
なんて喜ぶイリヤ。
考えてみれば朝食夕食は毎日一緒に食べているけど、
お弁当を持っていって外で食べる。
普通の子供なら誰もが一度と言わず何度も経験している当り前の事。
それはイリヤにとっては当たり前の事じゃなかったんだな。
そして、弁当を食べ終わるとイリヤは

「眠くなってきちゃった・・・。シロウ、私ちょっと眠るね。」

そう言って、俺の膝へ頭を乗せるとあっという間にイリヤは眠りについた。
寝息が聞こえる。すーすーと。
穏やかに、気持ち良さそうに、イリヤは寝息を立てていた。
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彼女との思い出。ほんの2週間足らずの彼女との時間。
心優しい少女。王であろうとし、王であった彼女。
この街には彼女との思い出が沢山ある。
いや、少し違うか。
自分の心の中にはこの街で彼女と過ごした思い出が沢山ある。
彼女はもうここには、この世界にはいないけれど。
彼女と過ごした記憶は、思いは、想いはここにちゃんと残っている。
誇り高く、気高く、美しい彼女。
俺が願うのは、どうか彼女にも沢山の思い出が残ってくれている事を。
気高く美しかった王が
自分の守ってきたモノに裏切られ、
自分の信じてきたモノを一度も理解されず、
己の道を誤りだと思ってしまった。
彼女の歩んだ道はあんなにも
気高く、美しく、正しく、間違ってなどいなかったのに。
その王は自分の願いを、少女であった頃の夢を捨ててまで選び、掴み、貫き、
守った誇りを、己の生涯を間違っていたと思った。
己の幸せや誇りよりも無くしてしまった、失ってしまった、
守る事のできなかったモノのやり直しを願った・・・。
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その王が己の願いを取り戻す旅の途中に立ち寄ったほんの小さな宿。
いや、旅の果てに真に取り戻したのは己の願いではなく、
己の救い。
王の誇りだった。
その小さな宿で出会った一人の情けない青年。
成りたいモノ、目指すモノはハッキリしているくせに
それにどうすれば成れるのか知らない青年。
そんな奴が彼女の目にはどう映っただろうか?
彼女はここで青年の過去を知り、こう言った。

     貴方は、自分を助けようとする気がないのだと。

それは多分、本当の事。
何人もの人が心配した青年の欠けた部分。ここで失われた部分。
先程、白い少女にも言われた事。
悲しそうに、残念そうに、不安そうに言われた事。

シロウが墓を参るなんて事を必要とする筈がないものね。

それは未だ青年には欠けている部分。
自分に何が欠けているかも分からないくせに、分かろうとしないくせに
ただ、ただ希望のない理想を追い続けていた青年。
そんな奴が彼女の目にはどう映っただろうか?



彼女と青年は似ていて非なる者。

彼女は少女の夢を捨て、王となる道を選んだ
その果てにあるモノを知り、それでも王として生きる事を選んだ。

          それが、彼女の誇り。

ただほんの少し、その誇りを見失い、それを見つけるには沢山の時間と血が、
正義の味方に憧れる情けない青年が必要だった。
それが彼女が歩んだ道。
気高く、美しい、青年が愛した物語。


青年は少年であった自分を失い、正義の味方となる道を選んだ。
その道が自分で造ったモノでなくとも、構わなかった。
自分を助けてくれた人が通った道だから。
何もかも失った自分が唯一憧れた道だったから。
大好きだった人が、救ってくれた人が、歩み終える事を願い、
途中で諦めざるを得なかった、果てのない、希望もない道。
それでも、

   “爺さんの願いは、俺が、ちゃんと形にしてやっから”

それが彼の願い。青年が唯一つ憧れたモノ。

どのように歩けばいい道なのかも分からない。
その道がどこにあるのかも分からない。
・・・その道が本当にこの世にあるのかも分からない。
そして、・・・・・・おそらくその願いが叶う事はない。

もし、仮に叶ったところで青年が救われる事はない、そんな救いのない願い。
途方もなく、荒唐無稽で、当てもなく、望みもなく、救いのない願い。
そんな道は、夢は、願いは、生き方は、
人の身には重過ぎる、叶わない願いだ。
そんな道を歩むには青年は純粋すぎる。
人の身では成しえない願い。辿り着けない終着点。
そんな道を歩むのなら狂っていた方が、壊れていた方が余程歩きやすいだろう。

でも、
だけど、
彼はこの上なく純粋で馬鹿だった。
例え、報われる事がなくとも、理解される事がなくとも、幾度の戦場を超え、
その体が己の血で、他者の血で、他者の苦しみで、他者の願いで、
汚れようとも。傷つけられようとも。奪われようとも。
彼の願いは一つだけ。

      “皆が幸せになれたら、それはどんなに幸せだろう”

それが彼の願い。
馬鹿馬鹿しい願い。
自身の幸せが何かも分からず、
他人を幸せにするにはどうしたらいいのかも知らず、ただ願い続けた彼の願い。
自分の身を犠牲に、自分の心を犠牲に、ただ戦い続けた彼の願い。

青年は馬鹿で滑稽だ。
一人の人間として生まれながら、
全ての人間を救おうなどと自惚れ以外の何物でもない。
己に出来る事を見分けられない青年。
叶う事などありえない願いを追い続ける青年。
そんな願いを追い求める青年は間違っている。
自身を救えない男が誰を救うのか?
自身を救えない男は誰に救われるのか?
全く救いようがないとしか言えない。


だが例え、どんなに青年の生き方が
滑稽で、
馬鹿で、
愚かで、
救いようがなく、
そもそも救われようと思っていなくとも。
気高く、美しい彼女は最後に青年に告げた。

「シロウ、貴方を愛してる。」   

それが、
気高く、美しい彼女が、
旅の途中に出会った情けない青年に、
最後に掛けた言葉。嘘偽りのない、王としてではない、少女としての、
アルトリアとしての言葉。
滑稽で、馬鹿で、愚かで、救いようのない青年に向けられた
きっと最初で最後の心からの、愛の言葉。


          それが、彼の誇り


叶わない夢を追いかけ、自身の願いも救いもない男。
彼女はそれでも愛してくれた。
彼女はそれでも彼を愛してくれた。
そして、彼も彼女を愛した。心から愛した。

故に・・・、
彼と彼女の道は重なる事はなく、
それが
気高く、美しい彼と彼女の物語。
他の結末は考えられず、またありえない彼と彼女の物語。
              ・
              ・   
              ・
              ・
              ・

でもね、
彼女の生き方がどんなに気高くても、美しくても、
貴方が歩もうとする道がどんなに歩み難く、見つけ難く、辿り着けない物でも、
貴方が歩んできた道がどんなに悲惨で、救いようがなく、やり直せない事でも、

「シロウ、貴方はセイバーの手を掴んでもよかったの。」

!!!

                             続く


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