いぬみみせいばー でーと のあさ


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1: てぃし (2004/02/22 22:02:00)

前回までのあらすじ
 セイバーに犬耳と尻尾が生えました。
 なので、デートに行きます。


「ん……」
目が覚めた。
朝の光がさんさんと降り注ぐ。
ちゅんちゅんと、スズメは忙しく鳴いている。
「ふぁ」
あくびを一つ。
新しい一日の始まり、それを証明するかのような冷たい空気だ。
「むー」
まだ頭はハッキリとしなかった。
「ん?」
だから、違和感も一拍遅れて感じた。
当たり前なのが異なっている感覚。
まるで、ウーロン茶に砂糖を入れて飲んでいるかのような、「いや、不味くないんだけど、何か違う」って感覚だ。
「んー?」
違和感は身体からだった。
怪我をしてるわけではない。
どこも痛くはない。
だが、あえて言えば、右腕に血が通ってない気がする。
よく朝になるとなってるアレだ。
何に圧迫されてるんだろうと思いつつ横を向いた。
「……」
絶句した。
「セ、セイバー……?」
そこには、金髪の、犬耳少女の横顔が乗っていた。


Fate/stay night ss

いぬみみせいばー でーと のあさ

てぃし


急速に脳が起きだした。
がんがん血液が送り込まれてるのが分かる。
顔が赤くなるのは、きっとその副作用だ。
そうだ、そうなんだよ。
俺は昨日、セイバーと一緒に寝ちゃったんだよ。
いや、別にやましいことは何もしてないけど、何だか言わなきゃいけない気がする。ゴメン遠坂。
「ん……」
セイバーは、俺の腕を枕に、幸せそうに眠ってた。
横向きで身体を丸めている様子は、完全に犬だ。
朝の健康な光の中、健全な色香って言えばいいのか? とにかく妙に保護欲をそそる、無防備な姿で眠っていた。
寝くずれた服とかも、いやらしさよりも幼さを伝えていた。
俺よりも全然強いっていうのは知ってる筈なのに、逆立ちしたって勝てない相手なのに、何故か「守ってやらねば」なんて義務感に駆られた。
だってそこには、王なんて関係無い、騎士なんて全然想像もつかない、ただの女の子が眠っていたのだ。
「し、ろう……」
…え?
俺の名前?
「ぅん……」
俺の名前、呼んだんだよな?
俺の名前だよな?
知ろうでも、死蝋でも、死霊でもなく、俺の名、だよな。
頭が破裂する。
血液は沸騰してる。
俺の腕で、安心しきった顔で寝てる、犬耳少女。
見れば、ほんの少し、かすかに笑ってる気もする。文字通り、夢見るような表情だ。
顔が近づいた。
いや、俺の頭が移動してるんだ。
何を考えてる、俺!?
目はセイバーの唇しか追ってなかった。
すうすう呼吸してる、その動き。
それさえ俺を誘っているように思えた。
ごくりと唾を飲み込む音が、重く響いた。
だんだん、近づく。
もう目の前だ。
顔を斜めにして、唇と唇を着地させようとして、
「しろう……」
びくっ! 
な、なんてタイミングで言うかな。
ま、気を取り直して、もう一度、
「美味しいです……」
がぶり。
俺の絶叫が、衛宮家に響き渡った。

「す、すみません」
しゅんとしていた。
寝癖のまま、うなだれてる。
布団の上で正座になっている姿は、胸元のほどけたリボンもあって、すごく可愛いく見える。
「い、いや、構わないよ、はは」
俺は噛まれた顎を擦りながら言った。
ほんと、直前にしようとしてたことを考えると、何も言えない。
「痛いのですか、シロウ?」
「あ、まあ、うん。でも放っておけば治るよ」
セイバーは、すごく申し訳なさそうな瞳で、俺を見ていた。
犬耳はずっと下がりっぱなしだ。
その深緑の目を見ていると、また、ふらふらと接近しそうになる俺がいた。
「? シロウ?」
いや、実際に近づいてやないか、俺!
思わず似非関西弁のツッコミが入るくらいビックリした。
心底不思議そうなセイバーの顔がなかったら、そのまま、どこまでも突入していたかもしれない。
俺は頭を振って正気に戻した。
最近、理性が弱くなってる気がするよ、ほんと。
「さ、早くメシにしよう」
きっと、布団の上なんて場所で会話してるからいけないんだ。もっと健全な場所で、健全な会話をしてれば、こんな誘惑はない筈だ。
……たぶん。
立ち上がろうとして、
ぐい、
「え、セイバー?」
彼女に肩を押さえられた。
その細腕に似合わない力で、また座らさられる。
緑の瞳が目の前にあった。あぐらになった俺に、のしかかるような体勢だ。
酷く真剣な顔をしていた。
「なあ、どうし、っ!?」
ぺろっと、
傷口を舐められた。
「な、な!?」
ぺろ、ぺろっと、凄く丹念に、傷跡をたどってる。
咽をつたっていた血まで舐めてくる。
「っ!?」
くすぐったいと痛いの中間みたいな感覚。
いや、舌の感触もそうだけど、その鼻からの呼吸もこそばゆい。
自分がつけた歯跡の一本一本を確かめるみたいに、セイバーはその舌を丁寧に移動させてた。
薄目を開け、一生懸命に舌を出してる。たまに聞える「んっ……」って音は、俺の血を飲んでる音なんだろうか。
これは、これは、ヤバイ。
どのぐらいヤバイのかというと、彼女の胸の谷間がチラッと見えてしまうくらいヤバイ。あのセイバーが俺の血を飲んでると思うと妙な興奮を覚えてヤバイ。だから、朝の生理現象が更にヤバイ。セイバー、太ももなんかに手を置かないでくれ、頼むから。ちょっとでも体勢が崩れればクリーンヒットじゃないか。
「ん、これでいいです」
満足げに言ってくる。
「昔、戦場で軽い怪我をしていた時は、こうして消毒をしたものです。この時代ほど医療品は豊富ではありませんでしたから、その場のものをよく利用してました。あ、傷口は清潔な布で巻いておいてください、治りが早くなります」
キリッとした顔をして、
「それとシロウ、いいですか。たとえ軽い怪我とはいえ放置はしないでください。化膿し、場合によっては破傷風になる危険性があります。軽い傷だと甘く見ず、早めに処置することこそ肝要です」
あ、セイバー寝癖がすごい。
「シロウ? 聞いてますか?」
ずいっと顔が近くなった。
「あ、う、うん」
セ、セイバーにとって、これは何でもないことなのか?
う、うん、きっとそうなんだ。
だから、こんなにドキドキしても仕方が無いんだ、うん。
「まったく、シロウに傷を残すわけにはいきませんからね」
そっと、俺の顎を指で撫でてきた。
やわらかい微笑みは『慈しみ』って単語が良く似合っていた。
「あ…」
「ん?」
「シロウ、また血が……」
滲んでます……、と呟き。
顔が、というか舌が近くなって、俺の顔に……
って!
「セ、セイバー! もういいって!」
俺は後ずさりながら叫んだ。
「? そうですか?」
「う、うん、バンドエイドでもあとは貼っておけば後は治るさ、ははは!」
「はい、分かりました」
朝からなに考えてるんだ俺。こんなに心臓動かしてどうする。マラソン直後かってんだ。
でも、セイバー、凄く色っぽかった。
それこそしばらくは夢に出そうなくらい。
「ま、まあ、ありがと、ね。うん」
「いいえ、当然のことです」
朗らかに笑った。
朝の光と犬耳少女。どこか不自然だけど妙にマッチしてた。
尻尾も嬉しげに揺れている。
俺も、何が嬉しいわけでもないのに、微笑み返してた。
他から見れば、布団の上で笑い合ってる変な人間たちなんだろう。
「あ……」
ん? セイバーが急にそっぽを向きだした。顔も妙に赤い。
「セイバー? どうしたのさ」
「い、いいえ、なんでもありません、そ、そういえば朝ごはんだったのですね、早くしましょう」

セイバーは、俺に背を向けて何かを誤魔化すように喋った。
一体どうしたんだ?
「あ、朝ごはんは一日の活動力のみなもとです、これを疎かにするのは愚策というものです。健やかにある為には何よりも朝ごはんを重視するべきでしょう、そう朝ごはん、朝ごはんです」
「??? まあ、いいや。とにかくありがとう、セイバー」
いつも通り頭を撫でてやる。
「ひゃ!」
……なんて反応をするんだセイバー。
いま尻尾と耳がメチャクチャに動いてたぞ。
「なあ、なんか変だぞ、どうしたんだ」
「い、いいえ、なんでもありません、それよりも早く朝食を」
これも背を向けながらだ。
なんだか、だんだん悲しくなってきた。
「あ、うん、作るけど」
「では、早く、一刻も早く、お願いします!」
「わ、わかった」
追い出されるように廊下に出た。
頭を掻きながら考えた。
どうして、セイバーはあんな態度を……?
「んー、わかんないや」
でも、犬耳から湯気を噴出させそうな勢いで恥ずかしがっていたなあ。
きっと何か理由はあるんだろう。ふむ。
って、
「え゛?」
たまたま視界が下に向くと、そこには立派なテントが張られてた。
そりゃあもう、一体、どこのゲイ・ボルグだよオイってぐらいに。
「あっちゃあ」
『これ』か、原因は。
仰向けに後ずさってたから、よけい目立ってただろうし。
「あー」
しょうがないな、よし、ここは、
俺は迷わずに自室のふすまをパーンっと開け、なにやら妙な手つきをしてる彼女に叫んだ。
「ゴメン! セイバー! でも、これは男の朝の生理現象で、決してやましいこと考えてたわけじゃないから! じゃ!」
また閉める。スパーンと。
よし、男らしく謝った。じゃあ、朝食を作ろう。
……セイバーが、何か筒を握るような手つきをしていたのは、きっと気のせいだろう。その筒の大きさが、とても馴染みのある形だったのも気のせい、気の迷いさ、うん。
しばらく廊下を歩いた後で、背後になにやら騒音が発生した。
まるで、セイバーが布団をかぶって「〜〜〜〜っ!!!!」と叫びながら、子どもみたいに足をバタバタ動かしたみたいな音だったけど。それも、きっと気のせいなのだろう。

「……」
「……」
朝食は、すごく微妙な雰囲気だった。
セイバーは赤白いという、なんとも表現のしようのない顔で入室し。その後は、俺の顔をちらちらと上目使いで見るだけで、一向に喋ろうとしない。
俺は俺で、セイバーの赤い舌が見えるたびに今朝のことを思い出して、どうしようもなくなる。
あと、彼女が俺の下半身を、たまに赤い顔で見てると思うのは邪推なんだろうか。
結局、ほぼ無言で朝食を終えてしまった。
「ふう」
食器を運び終わり、カチャカチャと洗いものをしながら、俺はため息をついた。
なんというか、このままじゃ駄目だ。
せっかく今日は初デートだっていうのに、この雰囲気で外出したら、それは失敗が約束されてるようなものだ。
とはいえ、どうしようか。
「むう」
「あの……シロウ?」
「あ! な、なに?」
「手伝います」
袖をまくって、セイバーが横に着いた。
「う、うん」
じゃぶじゃぶと、洗う音だけしばらく響いた。
「……」
「……」
無言で渡された皿を、フキンで軽く拭う。
この辺の連携はお手の物だ。
お互いに、まるで歯車が噛み合ったように、タイミングが合う。
洗う→渡す→拭く→置くという流れが停滞無く進んだ。
アイコンタクトも何もなく。ただ、もうそろそろだなと空中に手をやると、そこには必ず皿がある。
作業効率は、たぶん、格段にいい。
けれど、朝ごはんなんて、夜に比べたら、どうしても手軽なものにならざるを得ない。だから、皿の数も必然的に少ない。
もうすぐ、終わってしまう。
このまま、無言で終わるのは嫌なんだけど、
「……」
「……」
なんというか、言い出すきっかけが掴めない。
妙な照れが、行動を阻んでた。
「……」
「……」
これでは、いけない。
このままでは悪循環だ。
俺は意を決し、横を向いた。
空気を吸い込み、喋ろうとするその先に、
セイバーの大きな瞳があった。
どうやら、同じタイミングで振り向いたらしい。
彼女との距離は、わずか数センチ。ほとんど目しか見えない距離だけど、目は口ほどにものを言う。
愕然とした様子から、真っ赤になるまでリアルタイムで分かった。
「あ、その、セ、セイバー、なに?」
「い、いえ、シロウから……」
「……」
「……」
前に向き直り、
「……」
「……」
また、無言。
違いといえば、ギクシャクして、歯車が合わなくなったくらい。
たまに差し出した手が、スカッと外れる。
「……」
「……」
ど、どうりゃいいんだ……?
これじゃあ、まともにセイバーの顔を見ることさえできないぞ。
「……」
「……」
「「はぁ」」
神さま、ヘルプ。
「……」
「……」
ぱた
「……」
「……」
ぱたぱた
「……」
「……」
ぱたぱたぱた
「……」
「ってセイバー、くすぐったい」
「え?」
「ほら、尻尾」
「あ、すいません」
セイバーの尻尾がぱたぱた揺れ、俺の足下をくすぐってた。
ふさふさの毛がさわさわ触れてくるのだ、言っちゃ悪いけど、こう、ガリガリ掻きたくなるような感覚だ。
「どこか、固定しておけない?」
「ええっと……」
「まあ、あともうすぐだし、いいんだけど」
「はい」
いや、違うだろ。こんな冷たい言い方で終らせてどうする。
折角のチャンスなのに、もとの木阿弥じゃないか。
自己嫌悪だ。
「……」
「……」
「……」
「……」
ふたたび、無言、なんだけど。
「……」
「……」
さっきまでと、少し違っていた。
『これ』はセイバーの意志か?
彼女の横顔をそっと見てみる。
一見、なんでもないように皿を洗ってるんだけど、顔はこれ以上なく真っ赤だった。
よそよそしい空気が、いつもの雰囲気を取り戻してた。
触れている部分が心地いい。
俺は、手をタオルで拭いて、セイバーの頭に置いた。
「……」
「……」
そのまま、そっと撫でる。
「……」
「……」
セイバーとの距離が近い。
肩が、ちょうど触れ合う距離だ。
「そうだ、おはよう、セイバー。朝の挨拶がまだだった」
「……」
彼女は何も言わなかったけれど、
俺の素足に絡めている尻尾を、キュっ、と握ってきた。
これが返事なんだろう。
満足し、残った皿を拭く。

……きっと俺たちは、並んで両手を動かしてるのに、しっかり握手をしてる。
足と尻尾で握手をしている。
とても、あたたかい。
「……」
セイバーが、こつん、と俺の肩に頭をよせた。
もう洗い終わったのだ。
俺は、しばらく、意味も無く皿を拭きつづけた。


――――――――――――――――――
あとがき

ああ、またしても外に行けなかった。
終るまでに一体、何話かかるんでしょうか。


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