降り積もる雪の中、血飛沫に舞う短剣。
幾多の人形に囲まれようとも――
どれ程の傷を覆うとも――
あの人は止まろうとしない。
――殺したい程憎い人――
――例えようのない孤独の中にいた自分の代わりに幸せだった人――
その人を殺す権利は確かにワタシのものだと思っていた。
だけど―――
「イリヤァーーー」
大切な大切なワタシだけの家族。
大好きなワタシのお兄ちゃん。
自分が求めていたものは確かにそこにあって――
父親の思いも母親の面影も自分の中にあるのだと思えたから――
“もう追いかけてこないで”
もう自分は大丈夫だから。
キリツグやシロウがいなくても生きていけるから。
「そこをどけぇぇーーーー」
シロウが傷つくことなんてない。ワタシがシロウを守ってあげるから。
だから、もう追ってこないで
溢れる涙が止まらない。
魔術で見ていることしか出来ない自分の声では届かない。
地面に人形が倒れるたびに青年は傷を負っていく。
生まれて初めて自分の意思で流す涙は絶望から。
自分はこんなこと願ったわけではなかった。
ただ、いつも他人のために傷つくシロウの力になりたくて――
無茶ばっかりするシロウを守りたくて――
自分は死ぬことを覚悟していたのに――
「イリヤは俺の大事な家族だ。大切な妹なんだ。絶対に連れ戻すからなーー。」
キリツグが死んでて、聖杯戦争も終わって、バーサーカーも死んだ。
空っぽの自分なんかよりシロウが大切で、だから宝具をあげたのに。
「イリヤャァーーーーー」
気が付いたらシロウの名前を呼びながら部屋を飛び出していた。
いつか繋がる青い空の向こう
FATE / STAY NIGHT AFTER STORY
(3)
今日2度目の起床は最悪の気分だった。
なんせ、直撃したのは遠坂のガントだ。手加減していたとはいえ、なんらかの呪いであることには間違いない。
そこで、ふと気が付く。何やら胸から下が暖かい。
風邪(おそらく呪いだろうが)を心配して藤ねぇあたりが湯たんぽでも入れたのか?
指に絡み付く心地良い銀の感触を味わいながらそんなことを考える。
あれ?銀色の毛布なんてこの家にあったっけ?
思わず指が止まる。
すると
「あれ?シロウ、もう起きちゃったんだ。」
なんてことが布団の中から聞こえてきた。
「シロウに髪を触られるのは好きなんだけど、起きちゃったのなら仕方ないか。とりあえず、おはよう、シロウ。(にっこり)」
(言いたいことがありすぎて何も言えない状態です)
「シロウ、起きた途端レディにそういう顔をするのはどうかと思うわ。それに挨拶されて黙っているのも。」
「あ、ああ。おはよう、イリヤ。ってそうじゃなくて!なんでイリヤが布団の中に!!」
俺はさっきまで何をしていたんだ? ((答)眠ってました。)
俺はイリヤに何をしたんだ? ((答)何もしてません。)
混乱しだした頭を抱え、1人悩んでいると、
「シロウ、起きたのですか?」
救いの女神ならぬ断罪のワルキューレがやってきた。
「セ、セイバー!ちょっと待っ――」
「先輩、入りますね。お加減はどうですか?」
「士郎、入るわよー。とりあえず聞くけど大丈夫―?」
「士郎、ごめん。大丈夫だった?」
………それもたくさん。
切嗣、俺、どうやらライブで大ピンチだ………。
なにやら、顔の形が変わったような気がするけど、気のせいだろう。うん、きっと気のせいだ。そう思い込め、俺!衛宮士郎の敵はいつだって自分自身なんだから。
居間に座ってなにやら談笑している女性陣を睨みながら必死に自己暗示を掛けていると――
「何か?シロウ」
「どうしたの?士郎」
「何?衛宮くん」
「先輩、どうかしましたか?」
――ははは、笑顔だけど目が全く笑ってないよ。
あっさり撃沈された。
どうやらセイバーに関しては遠坂がうまく説明してくれたみたいだけど、正直この空気に耐えられそうにない。俺が一体何をした?
「あー、やだやだ。こんなことで嫉妬するなんて見苦しいわね。シロウもはっきり言ってやったら?」
ナニヲデスカ、イリヤサン。
ピクッ!
4人がいる場所の空気が変わる。
「そもそも男性の部屋にノックもせずに入るなんて、レディとしてどうかと思うわ。」
イリヤ、頼むからそれくらいにしておいてくれ。藤ねぇとセイバーの腕は竹刀に伸び始めているし、遠坂と桜の体が地震もないのに震えているのが見えないのか!? そもそもイリヤだって勝手に入ったんだろうに。
「シロウはワタシのものだから、ワタシは良いとしても―――」
「「イリヤスフィール!」」
「「イリヤちゃん!」」
とっさにイリヤを庇う。流石に(一般人の前なので)魔術が使えない状態で藤ねぇたちの一撃を喰らわせるわけにはいかない。というか、向こうもそれを見越してこんな威力の一撃を放つのだと信じたい。滅茶苦茶痛かった。
「シロウ、何故イリヤスフィールを庇うのです?やはり、貴方は――」
「違う!誤解だ。俺はみんなに喧嘩して欲しくないだけで、イリヤだけを庇ったわけじゃない。もし逆の立場だったら、セイバー達を庇ってた。」
セイバーの瞳から目を逸らさずに答える。
それで納得したのか、セイバーは剣を引いてくれた。
しかし――
「納得いかないわ。そもそも一緒の布団で寝ていたことが問題なのよ。誰もいないことを良いことに、あんた一体何をしてたわけ?」
「同感です。先輩のことは信じていますが、それとこれとは話が別です。ちゃんと納得のいく説明をして下さい。」
「ガオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
―――他は全く収まってなかった。
「えへへ。シロウはやっぱりワタシのお兄ちゃんだー。」
こっちも全然反省していないし。
頭痛がしてきた頭を抱えて、とりあえず遠坂達の説得をしようとそちらに顔を向けた。
結論から言うとどうやらイリヤは俺が受けた呪いを解呪してくれていたらしい。アインツベルンの魔術にはそういうものが多いとのこと。なんでも呪いを別のものに移すとか。
そのことで加害者遠坂をこちらに引き込み説得完了。
今はセイバーの歓迎を兼ねて夕飯を豪華にすべく、セイバーとイリヤと3人で買い物に出ていたりする。
久しぶりに顔をだす商店街。セイバーもいることだし、俺は気軽に散歩に出かけるような気持ちで家を出た。
なのに――
「イリヤスフィール。先程からシロウ足取りが重い。もっと離れなさい。」
「べーーだ。セイバーこそ離れなさい。さっきからシロウが困ってるわ。」
―――何故かこんなことになっていたりする。
セイバー、離れろなんて絶対言わないから爪が喰い込む程握り絞めないでくれ。イリヤ、それを教えたのは藤ねぇか?少しでも動かそうものならポキッといきそうなんだが……。
両側を類まれなる美少女に挟まれながら、処刑台に向かう囚人のような気持ちになるのは何故なんだろう?そういえば昔、よく切嗣が買い物から帰ると肘をさすってたっけ。
今は亡き養父の苦労を思い心の中で涙していると、
「しかしシロウも大変よね。2度もアーサー王を呼び出したのに2回とも役に立たないなんて。」
なんて言葉が突然耳に入ってきた。
途端、セイバーの足が止まる。
そのセイバーの反応に俺も思わず立ち止まる。
どういうことだ?今回の召喚には不備はなかったはずだぞ。
事実前回は感じられなかったセイバーとの魔力の繋がりは確かな手ごたえで感じられる。
おそらく怪訝な顔をしていたであろう俺を見て、ようやく事態を把握したのか、イリヤは突然怒り出した。
「ちょっとセイバー!貴女、シロウに話してないの?」
セイバーと組んでいる腕が痛いくらい強く抱きしめられる。
見れば、彼女は許されない罪を弾劾されたかのように顔を伏せ、イリヤの言葉に耐えていた。
「ちょっと待った。どういうことだ?イリヤは一体何を言っているんだ?」
「それは―――」
「セイバーは今、宝具がないのよ。“約束された勝利の剣”はシロウの中にあるんだから。」
どこか様子がおかしかった彼女
消えていた傷
不完全な召喚
俺は自分が彼女から何を奪ったのかをようやく理解した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
こんな初心者のSSを楽しみにしてくれているとは!
なんかかなりうれしいです。出来る限りがんばりますので次以降も読んでくれると嬉しいです。
さて、冒頭のヤツですが前回予想外に長くなったので今回は書くつもりのなかったアインツベルン編です。流石に昼間から始まるのにシロウやらセイバーの回想いれるわけにはいかないので。
イリヤについてはシロウと別の意味で自分(だけではないですが)の命を軽視しているように思えたので、シロウを家族と認めたらこうなるんじゃないかなぁ、という想像で書いてます。実際彼女の中から切嗣や士郎いなくなったら人生迷いそうですし。また長くなったらこれで始まるかもしれません。なんせ冒頭は基本的に士郎とセイバーの夢の見せ合いなので。
さて本編ですが、ようやく本来の(2)が終わりました。次はようやくあの英霊の出番です。予定通りに進めば、ですけど。
しかし、タイガー道場があるせいかイリヤと藤ねぇは微妙にキャラが掴めない。