痛い。
また、反動がきた。
筋肉が裂かれて、神経が溶かされて、どのくらい痛手を負ったのか、もうそれすらわからない。
それもこれも、みんなあいつのせいだ。
あいつを使役するたびに、私の体は悲鳴をあげる。
もういや。
人外魔境の雪山に放り込まれて一週間しか経っていないのに、こんなにも絶望的だ。
「でかぶつ」
ありったけの憎悪をこめて、あいつをなじる。
黒い巨人、私のサーヴァント。
薄暗い洞窟に火を灯し、無表情で憮然と座っている木偶の坊。
こんな怪物とずっと顔をつき合わせて、最後は惨たらしく死ぬなんて、最悪だ。
「でかぶつ!」
いっそのこと、一思いに殺してほしい。
罵詈雑言に猛りくるい、巨大な得物で私を潰してほしかった。
こんな痛みも寂しさも耐えられそうにない。
死んだほうがましよ。
「このでかぶつ、悔しかったら言い返しなさいよ! 私が苦しいのは全部おまえのせいでしょ!
でかぶつ! ばけもの! でくのぼう!」
無駄だとはわかっている。
狂化されたサーヴァントに理性なんてない。こいつは規定外のことはしない。
マスターは殺さない。でかぶつはただ、私を守るだけ。
機械と同じだ。
「……あんたなんか、大嫌い」
顔をつき合わすのもうんざりだ。
獣の皮にくるまって、早々に眠りにつく。
あいつはただ、だまっているだけ。
朝が来た。
凍てつきを一瞬だけ忘れさせてくれる、暖かい日の光。
寒いのは、嫌いだ。
寝ぼけている目をこすり、自分がまだ悪夢の中だと再認識する。
「あれ?」
あいつがいない。
私の身を守るはずの、でかぶつがいない。
こんなことは初めてだった。
しつこいくらいに私のそばにいて、いくら拒絶しても離れることがなかった鬱陶しい奴。
なのに、今洞窟にはあいつがいない。
「……そっか」
ありえないことではあったけど、あいつは私を見限ったんだ。
辛うじて残っているサーヴァントとしての本能。
マスターとして価値のない私に愛想をつかせて、別の実験体と契約するのだろう。
いや、あいつは狂化されているのだから、そんなわけ……。
降り積もる雪で隠されていてもはっきりとわかる、重厚な足音が耳に飛び込んできた。
あいつは、帰ってきた。
右手に血まみれのウサギをかかえて、あいつは洞窟の入り口でたたずんでいた。
「……なによそれ」
ばかみたい。
捕まえてきたウサギは、一言でいうならぐちゃぐちゃだった。
力任せに叩いて殺したのだろう。原型をかろうじて留めているのが不思議なくらいだ。
そんな汚れたものを、私に食べさせようというの。
「ふざけないでよ! ばけもの!」
私はあいつからウサギを強引に奪って、外に投げ捨てた。
最低だ。
何もかもがばからしい。
私は器。それ以外何も価値のない人造人間。
受け入れようと努力はした。でも、もう限界だ。
「もういや、消えてよ! あんたなんか大嫌い! 消えてよぉ!」
泣きじゃくる。
何も見たくない。感じたくない。聞きたくない。
あいつの岩みたいな太ももを、私は小さすぎる拳で叩いた。
硬すぎて私の手のほうが悲鳴をあげる。どうでもいい。
激痛の権化を私は叩く。
叩いて、痛くなって、少し休んでまた叩いた。
ずっと巨人の前で泣いて、喚いた。
「……あ」
音が鳴った。
私のお腹が、不本意だけど食物を求めている。
あいつは私が投げ捨てたウサギを拾いあげ、また持ってきた。
滴る血をこぼさないように両手ですくって、私の前に差し出す。
「ばか。 ばかばかばかばかばか!」
あれだけなじられても私のために、獲物をとってくるなんて。
同じことばかり繰り返して、私に罵倒されて、それでもやめない。
本当に、こいつはばかだ。
私はウサギを焼いて食べた。
調理方法なんて知らないから、適当に皮を剥いて内臓を取り除きそのまま焚き火であぶる。
あいつは、いつもどおり私の真向かいで座っている。
手で強引に肉を裂く。熱くて火傷しそうになったけど、空腹のほうが勝っていた。
ホムンクルスといえども、お腹はすく。
こんがり焼けたようなので、食べてみた。
「まずい」
血抜きもしていない肉は、鉄臭くてひどいものだった。
我慢してかぶりつく。
あいつはいつもどおり、私を見守り、黙って座っている。
「……」
何を考えていたのだろう。
私はあいつの目の前に、残していたウサギのもも肉を差し出した。
魔力供給で現世に留められているサーヴァントにとって、食事など大した意味はないのに。
「食べなさいよ。 あなたがとってきた獲物でしょう」
自分で何をやっているのか理解できなかった。
意味のないことをやっている自分の意味がよくわからない。
あいつは黒ずんだ眼差しをむけてくる。
「食べなさい! 命令よ!」
令呪を使おうとさえおもった。
食べてもらわなければなんだか、とても嫌な気分になりそうで、我慢できなかった。
あいつは、私の命令に従った。
大きな口を使って、すぐにでも飲み込めそうなのに、少しずつ丁寧に齧りついている。
「バーサーカー。 美味しい?」
はじめて、そいつを名前で呼んだ。
バーサーカー。
巨人が無表情で微笑んでくれたようにみえたのは、私の気のせいだったのだろうか。