雪の洞窟


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1: アラヤ式 (2004/02/20 13:52:00)[mokuseinozio at hotmail.com]

痛い。

また、反動がきた。

筋肉が裂かれて、神経が溶かされて、どのくらい痛手を負ったのか、もうそれすらわからない。

それもこれも、みんなあいつのせいだ。

あいつを使役するたびに、私の体は悲鳴をあげる。

もういや。

人外魔境の雪山に放り込まれて一週間しか経っていないのに、こんなにも絶望的だ。

「でかぶつ」

ありったけの憎悪をこめて、あいつをなじる。

黒い巨人、私のサーヴァント。

薄暗い洞窟に火を灯し、無表情で憮然と座っている木偶の坊。

こんな怪物とずっと顔をつき合わせて、最後は惨たらしく死ぬなんて、最悪だ。

「でかぶつ!」

いっそのこと、一思いに殺してほしい。

罵詈雑言に猛りくるい、巨大な得物で私を潰してほしかった。

こんな痛みも寂しさも耐えられそうにない。

死んだほうがましよ。

「このでかぶつ、悔しかったら言い返しなさいよ! 私が苦しいのは全部おまえのせいでしょ!
 でかぶつ! ばけもの! でくのぼう!」

無駄だとはわかっている。

狂化されたサーヴァントに理性なんてない。こいつは規定外のことはしない。

マスターは殺さない。でかぶつはただ、私を守るだけ。

機械と同じだ。

「……あんたなんか、大嫌い」

顔をつき合わすのもうんざりだ。

獣の皮にくるまって、早々に眠りにつく。

あいつはただ、だまっているだけ。






朝が来た。

凍てつきを一瞬だけ忘れさせてくれる、暖かい日の光。

寒いのは、嫌いだ。

寝ぼけている目をこすり、自分がまだ悪夢の中だと再認識する。

「あれ?」

あいつがいない。

私の身を守るはずの、でかぶつがいない。

こんなことは初めてだった。

しつこいくらいに私のそばにいて、いくら拒絶しても離れることがなかった鬱陶しい奴。

なのに、今洞窟にはあいつがいない。

「……そっか」

ありえないことではあったけど、あいつは私を見限ったんだ。

辛うじて残っているサーヴァントとしての本能。

マスターとして価値のない私に愛想をつかせて、別の実験体と契約するのだろう。

いや、あいつは狂化されているのだから、そんなわけ……。

降り積もる雪で隠されていてもはっきりとわかる、重厚な足音が耳に飛び込んできた。

あいつは、帰ってきた。

右手に血まみれのウサギをかかえて、あいつは洞窟の入り口でたたずんでいた。

「……なによそれ」

ばかみたい。

捕まえてきたウサギは、一言でいうならぐちゃぐちゃだった。

力任せに叩いて殺したのだろう。原型をかろうじて留めているのが不思議なくらいだ。

そんな汚れたものを、私に食べさせようというの。

「ふざけないでよ! ばけもの!」

私はあいつからウサギを強引に奪って、外に投げ捨てた。

最低だ。

何もかもがばからしい。

私は器。それ以外何も価値のない人造人間。

受け入れようと努力はした。でも、もう限界だ。

「もういや、消えてよ! あんたなんか大嫌い! 消えてよぉ!」

泣きじゃくる。

何も見たくない。感じたくない。聞きたくない。

あいつの岩みたいな太ももを、私は小さすぎる拳で叩いた。

硬すぎて私の手のほうが悲鳴をあげる。どうでもいい。

激痛の権化を私は叩く。

叩いて、痛くなって、少し休んでまた叩いた。

ずっと巨人の前で泣いて、喚いた。

「……あ」

音が鳴った。

私のお腹が、不本意だけど食物を求めている。

あいつは私が投げ捨てたウサギを拾いあげ、また持ってきた。

滴る血をこぼさないように両手ですくって、私の前に差し出す。

「ばか。 ばかばかばかばかばか!」

あれだけなじられても私のために、獲物をとってくるなんて。

同じことばかり繰り返して、私に罵倒されて、それでもやめない。

本当に、こいつはばかだ。






私はウサギを焼いて食べた。

調理方法なんて知らないから、適当に皮を剥いて内臓を取り除きそのまま焚き火であぶる。

あいつは、いつもどおり私の真向かいで座っている。

手で強引に肉を裂く。熱くて火傷しそうになったけど、空腹のほうが勝っていた。

ホムンクルスといえども、お腹はすく。

こんがり焼けたようなので、食べてみた。

「まずい」

血抜きもしていない肉は、鉄臭くてひどいものだった。

我慢してかぶりつく。

あいつはいつもどおり、私を見守り、黙って座っている。

「……」

何を考えていたのだろう。

私はあいつの目の前に、残していたウサギのもも肉を差し出した。

魔力供給で現世に留められているサーヴァントにとって、食事など大した意味はないのに。

「食べなさいよ。 あなたがとってきた獲物でしょう」

自分で何をやっているのか理解できなかった。

意味のないことをやっている自分の意味がよくわからない。

あいつは黒ずんだ眼差しをむけてくる。

「食べなさい! 命令よ!」

令呪を使おうとさえおもった。

食べてもらわなければなんだか、とても嫌な気分になりそうで、我慢できなかった。

あいつは、私の命令に従った。

大きな口を使って、すぐにでも飲み込めそうなのに、少しずつ丁寧に齧りついている。

「バーサーカー。 美味しい?」

はじめて、そいつを名前で呼んだ。

バーサーカー。

巨人が無表情で微笑んでくれたようにみえたのは、私の気のせいだったのだろうか。


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