前回までのあらすじ
セイバーに犬耳と尻尾が生えました。いじょ。
いつものダイニングキッチン、夜の帷も下りて、外では冬の寒さが吹き荒れてる。
俺の目の前のいるのは、騎士王さまの背中。
窓の方を向いて、俺の事なんかまったく気にしてないという風情だけど、それはただのポーズだ。
恨み骨髄、決して許さぬ、忘れぬぞと、その背中が語っていた。
ぴしぴしと、尻尾が畳を叩く音でも、それは分かる。
「な、いいかげん、機嫌なおしてよ」
「……」
尻尾がふん、とでも言うように揺れた。
「なあ、俺が悪かったから」
「……」
知りません、ってな感じで左右に。
む、なかなか敵は手強い。
「じゃあ、さ」
ピタッ、と止まった。
「お詫びってわけじゃないんだけど。明日はデートしよっか」
ビン、っと尻尾が伸び上がった。
不安げにセイバーは振り返る。
「で、でーと、ですか?」
「うん」
「私とですか?」
「もちろん」
「その」
「ん?」
「それはリンに悪いというか、私はあくまでサーヴァントですし、このような感情は不要の筈ですし、あの、その、ですが……」
「うん」
「……楽しみです」
恥ずかしそうに微笑むセイバー。
その後ろでは、やっぱり尻尾がぱたぱた揺れていた。
Fate/stay night ss
いぬみみせいばー でーと のじゅんび
てぃし
そもそもセイバーがむくれてるのは、俺が今朝たまたま寝坊して、朝御飯が壊滅的な事態になったからだった。
また、それに付随して、お昼御飯もロクなものが用意できなかったせいでもある。
生きる楽しみの大半が『食』であるセイバーにとって、これは許しがたい裏切りだったらしい。
なにせ、ちょっとでも手抜きすると不機嫌になる食いしん坊ぶりだ。朝食が御飯とふりかけだけというのは、セイバーの中で絞首刑に匹敵する。
無論、宣告されるのは俺。
それを何よりも知っている俺だから、放課後は大急ぎで家に帰った。
「ただいまー!」とドタドタ居間に入ると、そこには箸で茶碗を鳴らすセイバーがいた。
「お帰りなさい、シロウ」って挨拶も、茶碗をチャンチャン鳴らしながら言うし、かなり恐かった。
尻尾もリズムに合わせて畳を打ち、その攻撃で畳は凹んでいた。
速攻で豪勢な夕食を作ったのだが、許してはもらえなかった。
さっきまでしていた夜の鍛錬でもエライ目にあった。
まあ、それでも、むすっとした顔のまま、好物を食べる時だけ尻尾をぱたぱた揺らしていたのは、凄く心が和む光景だったけど。
顔だけあからさまに不機嫌なのに、尻尾や耳だけ「おいしい!」と主張しているのだ。
「……悪くは、ないですね」
なんてつんと澄ました顔の上では、耳が凄い勢いで上下に動いていた。
あまりの可愛らしさに、頭をなでなでしてしまったくらいだ。
「なにをするんですか!」
とか言いながら、やっぱり尻尾はぱたぱたと左右に動いていた。
もはや、一家に一セイバー、必需品だろう。
「とにかく、で、でーと。に行くのですね」
でーと。って単語にやたら力が入っていた。
顔も赤いし、挙動不信だ。
放っておけば庭を駆け巡りそうなくらい、落ち着きがない。
実は、嬉しくないのかな?
「うん、そう」
「そ、それは、以前のリンの時のようなものですか?」
以前、聖杯戦争中にした、遠坂と一緒のデートか。
「いや、それは違う」
「?」
首を傾げる。尻尾も傾いでた。
「あれは遠坂がいろいろ連れて行ってくれただろ、今度は俺がセイバーを案内するんだ」
「はい?」
「だからさ、二人っきりで、俺だけの相手として付き合って欲しい」
「それは、でーとの相手として、ということですか?」
「うん、そう。期待もしてて。セイバーの好みもだいたい分かったから、気に入るところに連れてく予定」
とりあえず、バッティングセンターとか勝負どころは厳禁だろう。
愛犬の好みなんて、すでに把握済みだ。
だが、セイバーはなにやら考え、
「いえ、明日はシロウの好きなところへ行ってください。その方が私も好ましい」
なんて言ってきた。
「? なんでさ。それじゃ意味無いよ。ほら、俺はセイバーの喜ぶ顔が見たいんだし」
「いいえ。それは誤解です。私にはシロウの笑顔が一番うれしい。もし、私の喜ぶ顔が見たいというのであれば、シロウの楽しみを優先させてください」
それは…
「ばか」
軽めにペシっと叩いてやる。
「っ、何をするんですか!」
「セイバーがあんまり馬鹿なこというからだ」
「むっ、何が愚かだというのです。いくらシロウの言葉とはいえ、聞き捨てなりません!」
「馬鹿だから馬鹿だって言うんだ、いいか、セイバー」
「はい」
「基本的にデートはお互いが楽しむもんなんだ。片方がはしゃいで、もう片方が微笑ましそうにそれを見るなんて、まるで親子の行楽じゃないか、こら」
む、凄い想像がつく、子どもの姿で馬鹿みたいなことをしてる俺と、それを優しい眼で見守ってるセイバーとか。
「え、そんなつもりは」
「それと、俺の楽しみを優先させるって言うなら、もうしてる。セイバーにとってこれが初デートなんだろ? どこに連れて行ってどうしようかって考えるのは、すごく楽しいんだ。だから、おとなしくエスコートされなさい」
訳知り顔で言ってやる。俺もロクにデート経験はないんだが、まあ、間違ってはいないだろう。
セイバーは、様々な感情を浮かべたが、
「……はい、仕方ありませんね、シロウは」
結局、とても優しい瞳で頷いた。
「あ、それと、もうそろそろ朝の件も許してくれない? そんなむすっとしてたら、せっかくの可愛い顔が台無しだよ」
この隙に言ってみる。ちょっといい雰囲気だし、このまま流せるかと思ったが、
セイバーのほころんでいた顔が、気が付いたように、むむむって、顔になった。
腰に手をあて、
「そ、それとこれとは話が別です」
と言ってきた。
さすがだ。
このままだと、また軍事面における兵糧の大切さとかを解説しそうだ。
仕方無い。
「はあ、セイバー、ちょっと待ってて」
秘密兵器を出すか。
俺はキッチンに行った。後ろからは、セイバーの不審そうな視線が突き刺ささっていた。
なんだ、何をするつもりだ、このシロウ。みたいな視線だ。
オーブンで焼いてたものを取り出す。
背後で、ビクッ、と全身を震わせたのが分かった。
ジュージューと音を立てている『それ』を、彼女の前に置いた。
「これなーんだ?」
「!」
夜食としては重いが、ま、セイバーなら大丈夫だろう。
「こ、これは……」
「そう、骨付き肉」
スペアリブとも言うけど、美味しいんだよね、これ。
今の犬耳セイバーなら、猫にマタタビ以上の効果があるだろう。
ふらふらと、手を伸ばそうとしたセイバーを、俺はやんわり止めた。
「ちょっと、待った」
「な、なんですか?」
手を急いで引っ込め、急に真面目な顔をセイバーは作った。直前までの夢見るような顔と、えらい違いだ。あ、でも、ちょっと涎がたれてる。
「とりあえずさ、これで機嫌を直すって、約束してくれない?」
「な! 私はもともと不機嫌などではありません、ただ」
「ただ?」
「シロウの御飯を食べれれなかったのが、残念で、寂しかっただけで、その決して……」
斜め下を見ていた。
「ふーん?」
「本当です!」
「まあ、セイバーが機嫌を直してくれたらいいんだけど」
「あの、その、それより」
とても落ち着かない様子だった。
このまま食べさせてくれないのではと、不安なのだろう。
眉は八の字になり、犬耳もピコピコ動いてる。
「あ、うん、いいよ」
「はい」
待て、を解除されたみたいに、勢い良く食べだした。
上品さを装ってはいるが、結構なスピードだ。
それも一本目より二本目、二本目よりも三本目と、だんだん速度が上がった。
ぱたぱたぱたぱた。
あーあー、口元が汚れてる。
「す、すいません、シロウ」
ティッシュで拭ってやる。なんだか、最近、セイバーの精神年齢が下がってる気がする。
「んっ!」
「はい、お茶」
「んぐっんぐ……」
凄い勢いだった。
あっという間に、皿の上には骨だけが残った。
「ふう……」
全てを食べ終わり。用意した紅茶を飲んでいた。
しばらくは目を閉じ、両手を前で組みながら、幸せそうに味を反芻している。
「ご馳走さまでした、シロウ」
ニッコリと微笑む。
ああ、本当に美味しかったんだなあ、と分かる。
これだけでも料理人冥利に尽きる。
「はい、おそまつさま」
俺は日本茶を啜りながら、返事をした。
当然のことながら、俺は食べてない。正直、夜中に食べるには油っぽすぎるし。
「え、あ!」
セイバーもそのことに気がついたみたいだ。自分の皿に骨が積まれ、俺の前に何も無いのを、青い顔で見てた。
「大丈夫だよ、俺は味見でもう食べたし」
これは本当。焼き加減を見るために串を刺したりしたのは、もう食べた。あと、ほんの端っこ部分とか、落ちた肉片とか、味見だけでも結構はらは膨れるのだ。
「ですが、マスターをさし置いて全て食べるというのは…………」
しゅんとしてた。
「はは、まったく」
生真面目なんだから。
権勢症候群には絶対ならないタイプだな、セイバーは。
とりあえず、抱きしめて、いい子いい子した。
表情は変わらなかったけど、尻尾はぱたぱた揺れた。
よし、おっけー。
「あの、シロウ? こうして撫でていただけるのはありがたいのですが、これは誤魔化しではないでしょうか。私はすまないと思って反省してるのですから、もっと叱っていただかないと……」
そんなことは考えてなかったけど……
「んー、でも、俺はただセイバーが可愛いからこうやって、抱きしめたり」
「あ……」
「撫でたり」
「う……」
「背中擦ったりしてるだけだよ?」
「ぅ……ぁ……」
「それとも、セイバーはこうされるの、いやなのか? もし、そうなら、止めるけど」
「そ、そんなことありません! ですが、このままでは、私は不忠者になってしまいます」
「悪い子になるってこと?」
「はい」
「それは、俺がそう判断したらそうやって叱るさ、一度、言ったら聞かないのはセイバーだって知ってるだろ」
「え」
ちょっと笑い声が混じっていた。
「そうでしたね、シロウは言い出したら聞かない人でした」
「そうそう」
「あ、あの」
「ん、なに」
「で、でしたら、もう少しだけ、その、撫でてはいただけないでしょうか……」
「了解」
思いっきり優しく撫でてやる。
セイバーはしばらく黙っていたが、やがて、ごく小さな声で、「…気持ち、いいです」と言った、
熱い吐息が、俺の首筋をくすぐる。
そして、
「……ご主人様……」
と付け加えた。
ピシッ、っと何かがひび割れる音がした。いや、実を言えば先ほどから散々してはいるんだけど、一番、致命的な部分に亀裂が入れられた。
セイバー? そりゃ、『マスタ―』の日本語訳で『ご主人様』ってのは間違ってないんだけど。なんか違うぞ、それ。
俺は抱きしめたまま硬直してた。
ライダーの石化以上に俺をカチンコチンにさせた相手は、これ以上ないくらい真っ赤っかだ。
やばい。
でんじゃーだ。
堤防が崩れそうだ。
セイバー、俺まで獣になるぞ?
ああ! だからそんな恥ずかしそうに、尻尾をぱたぱた振るんじゃない!
っていうか俺の手! ごく自然にセイバーを抱きしめるな!
本格的に自分の理性が保証できなくなってきたので、俺は退避することにした。
これ以上は、ヤバすぎる。
「じゃ、じゃあ、そういうことだから。あ、お皿は流しに置いといて! お休み!」
「あ、シロウ……」
こんな時は寝てしまえばいい。
一成に教えてもらった煩悩退散のお経でも唱えて、明日に備えよう。
俺は自室に向けて歩き出そうとした。
けど、
ん?
ちょっと目の端に捉えたセイバーの様子がおかしかった。
呆然というか、虚脱というか、妙に不安げな顔だった。さっきまでの照れ顔とえらい違いだ。
俺は部屋に帰るのを少し取りやめ、廊下から室内を覗いてみた。
向こうからは見えないよう、こっそりと。
うん、やっぱりおかしい。
端的に言えば、おどおどした様子だった。
普通なら片付けなんて平静な顔でするのに、どこかぎこちないし。
終った後も、左右をキョロキョロ見渡してる。
「ふう」
いつもの正座で黙想しだした。
しんっ、と静謐な空間が広がった。
背筋を伸ばし、凛とした姿は実にセイバーらしいと思う。
やっぱり、気のせいだったのかな?
急に自分がデバガメになってる気がした。
(もう、帰ろう)
と踵を返そうとした直前、
ぴちょん、と台所の水滴が落ちる音がした。
「!!」
顔は変わらないまま、セイバーの耳と尻尾がぞぞぞっ! と直立した。
「くっ」
首を振っていた。
瞼がちょっと震えてる。
「わ、私は最強のサーヴァント、セイバーのはず。このようなことで根を上げては」
あ、天井でネズミの走る音が、
「ひゃ!」
……何故、セイバーは正座でエクスカリバーを構えているのだろう。
「あ、ああ」
ため息をつき、
その後、突然、立ち上がった。
両手は拳を形作り、目を閉じて、むーってな様子で考え込んでる。
やがて、目を開けたかと思うと、こちらに歩き出した。
やべ。
「あ」
「よ、よう」
バッタリと廊下で合う俺たち。
「シ、シロウ!」
俺が釈明するよりも早く、セイバーは俺に叫んだ。
目つきは臨戦体勢のように吊り上がっている。
「シロウは私と一緒の布団に入れてくれると言いました! 考えてみれば、その約束を、まだ果たしてもらっていません! 今日こそはよろしいでしょうか!」
なんて、恐い顔で、俺の袖を掴みながら言ってくる。
俺は、僅かに硬直したが、即座に脳内決議で却下した。それは、なんというか色々だめだ。
「な、ちょっとセイバー!? そ、そりゃあ確かに言ったけど、言葉の綾というか、勢いであって、本当にしようって意味じゃなくて」
「……」
「ほら、俺も年頃の男子なわけだし、セイバーは可愛いし、犬耳だし!」
「……」
「一応、俺は遠坂とつき合ってるわけだし、その信頼を裏切るような真似は」
「どうしても……」
「え?」
「……どうしても、だめ?」
なんて、涙目で、凄く不安そうに言ってきた。犬耳の先端もちょっと下がってる。
きゅーん、なんていう子犬の鳴き声が、どこからとも無く聞えた気がした。
そんな、恥ずかしさを押し殺し、真っ赤になって、こっちの袖を引いて「だめ?」だなんて、しかも、声に出さずに、口だけで「ご主人様」って付け足した気が……
……ああ、それは反則だ。
K−1の試合で対戦相手がバーサーカーってぐらい反則だ。
父性本能とか母性本能とか諸々の野生が俺の中で雄叫びを上げた。
自室までもたねえ土蔵でオッケー?とか、首輪と手錠はどこじゃー!とか、ガーターベルトが欲しい!とか、ムチはやっぱ要るだろう!とか、凄い勢いで煩悩が弾け。それらを投影しそうな勢いだった。
本当なら剣しかできないはずなんだが、この瞬間なら可能だったろう。
だが、反射的に押し倒そうとする両手を、なんとか、辛うじて、こうぎりぎりで止め、同時に「あれ?」っと疑問に思った。
こんなふうに自分から頼みごとをしてくることなんて、セイバーは、ほとんどしなかった。
基本的に彼女は他人に頼ることを良しとしない性格だ。
なにか別の理由があるような気がする。奇妙な様子からもそう思った。
セイバーの様子を、詳しく見てみた。
ごくかすかに足元は震え、犬耳もビクついていた。
ただ俺と一緒に寝たいってだけじゃなく、何かに怖がっているような……?
犬化してから、なんか精神的に脆くなってるなあ、とは思っていたけど、まさか、
「セイバー、ひょっとして」
「は、はい」
「独りで寝るのが、恐い、とか……?」
ビシッ、っと固まった。
あれ、図星?
「な、そ、そんなわけないではないですか! いくらシロウといえども許しがたい暴言です! 妄言です! 虚言です! ええ、そんなことは絶対にありえません! 別に天上の木目が人の顔に見えたり、置いてある日本人形が動いたような気がしたり、トイレに行くのが少し恐かったり、意味も無く身体が震えたり、手元にぬいぐるみが無いのが不安などということは決してありえないのです! そんなことは王として立った時から、大丈夫になりました!」
ガー、って勢いでこちらを糾弾してくる。
でも、セイバー、それは完全な自爆だ。しかも、「大丈夫になりました」なんて過去形を使うのは、剣を抜く前、アルトリアの時はダメだったってことか?
「え、あっ!」
自分でもそのことに気が付いたようだ。
目をまん丸にしながら、ボンって感じで真っ赤になった。
それに気が付かないふりして、逆に手を掴みながら言った。
「……じゃ、じゃあ、一緒に寝よっか」
「…………………………………………………………………はい」
黙ったままセイバーの手を引いた。
振り向かなくても、セイバーの頭から湯気が出てるのは分かってた。
そういうのを見ないのも騎士の情けだ。
繋がった手からは熱が伝わってくる。すごく熱い。
廊下を歩く、キュッキュッ、という音が、やけに大きく響いた。
窓ガラスには、俺と、俺に手を引かれたセイバーの姿が映っていた。
こうして見るとセイバーはやっぱり小さい。
結局、一言も喋らないまま部屋に到着した。
あいた手で襖を開け、セイバーを中に招く。
点けた電灯がやけに白々しく発光した。
「さてっと」
この雰囲気で会話もないし、手早く布団を敷こう。
三つに折りたたんであった敷布団をさっそく取り出し、その上にまっさらなシーツをかぶせた。
清潔な匂いがふんわりする。
寒い時期だから、掛け布団に毛布もつけた。枕も取り出し準備オッケー。
さて、もう一組ってところで、
「シ、シロウ」
「ん? なにさ」
「あの、要らないです」
「え?」
「で、ですから、一組だけで、結構です」
世界が凍った。
「え」
「あ、明日も早いですから、もう寝ましょう」
セイバーは素早く、一人で布団にもぐりこんだ。押入れから枕を取ってくるのも忘れない。
「ちょ、セイバー、君、まだ寝巻きに着替えてない」
「……」
関係無いとでも言うように、セイバーは掛け布団に潜った。はみ出た金髪と尻尾がチラリとのぞく。
まあ、俺はラフな格好だから構わないんだけど、セイバーのワンピースは皺になるんじゃあ? いや、それ以前に本当に良いのか? 俺、我慢できるのか? あのセイバーと一緒に寝るんだぞ?
しばし黙考した。
下を見てみる。
布団からはみ出た尻尾が、不安げに揺れていた。
「ま、いっか」
それを見て気持ちが固まった。何はともあれセイバーの気持ちを優先させよう。
俺も布団の中に潜り込んだ。
セイバーの体温が僅かに伝わる。
「おやすみー」
何も考えるな、寝てしまえば同じだ。
「……」
カチリと音を立てて、電灯を消した。
「……」
「……」
月明かりだけが室内を照らしていた。
虫の音さえしない、静かな夜。
「……」
「……」
濃い蒼と黒だけが、天井の視界を覆っていた。
ちらっと、横の枕を見てみる。
頭だけが見えていた。犬耳もピクピク震えてる。闇の中でも、セイバーの金髪はよく映える。むしろ、月の光を吸い込んで、輝きを増してるようにさえ思えた。
「……」
「……」
手を伸ばせば、届く距離。
(煩悩退散、煩悩退散、喝!)
ほんと、何を考えてるんだ。俺には遠坂がいるっていうのに……
俺は目を閉じ、眠ろうとした。
明日も早い、もう寝るべきだ。
「……」
「……」
「……」
「……」
…………ん?
なんだろ?
布を進む音がする。
だんだん近づいてきて、
ぽふ。
「え?」
何かが当たってきた。
胸元を見てみる。
そこにはセイバーがしがみついていた。
微妙な曲線が余すことなく伝わる。
な、なにが、いったい?
頭が真っ白で何も考えられない。
「あの……」
しばらくしてから、セイバーが喋った。
囁くような、声帯の振動が、身体だけを通して伝わってる、そう思える音だ。
「う、うん」
「今日は、すいませんでした、あのような態度、申し訳なく思ってます……」
なんのことか分からなかったが、
まあ、きっと帰ってきてからの諸々のことなんだろうと。
「……いや、構わないよ。セイバーが怒るのも、もっともだし」
「いいえ、あれは、マスターにとるべき態度ではありませんでした。私は、きっとサーヴァント失格です……」
「そんなことないさ、俺にとっては最高だよ」
「ですが」
「それに、さ」
頭を撫でながら、諭すように俺は言った。
「成り行きだけど、セイバーは俺の愛犬になるって誓っちゃっただろ?」
「……はい」
「だから、大丈夫」
それだけを伝えた。
そう、どんなことがあったって、俺がセイバーを捨てるなんて、あり得ないんだから。
サーヴァント失格だって構わない、ただ、傍にいてくれるだけでいい。
撫でながら、そんな思いを込めた。
「……」
黙っていたセイバーは、やがて、
すり
っと、鼻先を俺の胸元につけて来た。
はは、まるで本当の子犬みたいだ。
すり…すり…
と、本当に遠慮がちに、セイバーは甘えてくる。
きっとこれが精一杯なんだろう。
だから、俺は犬耳を優しく撫でてやる。
「ん……」
彼女は俺の胸元で丸くなった。
吐息が伝わる。
鼓動が伝わる。
世界には二人しかいなかった。
静かな、深海みたいに静かな夜の中で、俺たちは仲良く眠りにつく。
胸の中は、明日への楽しみ。
彼女も、きっと同じだ。
――――そして、ふと、思った。
もしかして、さ。
これから毎日、セイバーと寝なきゃいけないのか、俺?
胸元にしがみ付いてる、この上なく幸せそうな愛犬を見ると、
どうもその予測は当たっていそうだった。
―――――――――――――――
あとがき
ども、てぃしです。
えーと、色々スイマセン。
萌えって難しい。
後半、というかデート本編も頭の中に半分くらいありますが、
この妄想、書くべきかどうか。
外といったら電柱……
犬と電柱と言ったら、ねえ?
どうしたもんでしょ。