あの日、なんでもない朝の学校で血を吐いた。
騒然とするクラスメートや真っ青な顔をして駆け寄ってくる一成を見ながら、薄れていく意識で思ったことは
“何故みんな、こんななんでもないことで騒いでいるんだろう?”
といったものだった。
ここに1振りの剣がありました。
人ならざる妖精の手で作られたその剣はこの世のどんな剣よりも優れた力を持っていました。
ここに1つ、鞘がありました。
剣と同じように生まれた鞘はこの世のすべてから剣を守れる力を持っていました。
剣と鞘は2つで1つ。離れることはなく、2つは常にともにありました。
けれど
ある時、鞘は盗まれて剣と離れ離れになってしまいました。
剣と鞘が出会うことなく年月が経ちました。
剣は長い戦争の果てに自らの故郷に還っていきました。
鞘は剣を待ちました。
幾年、時が過ぎようとも剣を待っていました。
決して自らの届かぬ世界に行った剣を鞘はどんな気持ちで待っていたのでしょうか?
衛宮士郎は魔術師である。
正確に言うと少し違うけど、とにかくそういった者であることには間違いない。
彼は心に鞘を持っていた。
遠き昔に“自分”と言う名の剣を無くした彼はある日そこに別の剣が入っていることに気が付いた。
しかし
彼はその剣が剣として生きていけるよう願い、その剣が在るべきところへと還した。
彼の鞘は再び空になった。
彼はどんな剣も1目で理解できる目と理解した剣ならなんでも作れる手を持っていた。
だから彼は作ろうとした。
あるべきところに還ったその剣と己の半身たるその鞘を
決して離れぬように常に2つをともに
自らの血肉をその身に与えて……
いつか繋がる青い空の向こう
FATE / STAY NIGHT AFTER STORY
(2)
懐かしい夢を見た。
何かに取り付かれていたように鍛錬に打ち込み、体を壊した俺は教室で急に血を吐き病院に運ばれた。
後で教えてもらった話によれば、内臓という内臓が鋭利な刃物で切り刻まれたかのようにぼろぼろになっていたんだそうだ。
ともかく病院で目覚めた俺を待っていたのは遠坂による鉄拳と延々と続く藤ねぇのお説教、目を腫らせて泣き続ける桜に………
人形のような無表情で立ち尽くすイリヤだった。
その光景があんまりにも悲しすぎて、
心が痛すぎて、
2度と投影魔術を1人で使うなと涙を堪えて迫る遠坂に俺は無意識に頷いていた。
朝
いつものように清々しい朝の陽を感じて目蓋を上げる。
先程までの夢の内容を思い出し、少し苦い気分になる。(余談だが呼吸が止まっていた俺を救うためにその場で可能な1番適切な処置を迅速に施したのは一成だった(涙)。)
「う〜〜〜〜ん」
硬くなった体をほぐす様に身悶えすると、ようやく眼が覚めてきた頭で眠りに就く前のことを思い出す。
その瞬間、俺は
布団を吹き飛ばし、跳ね起きていた。
昨夜、俺は間桐臓硯とそのサーヴァントに襲われてこの数年自らに禁じてきた投影を試みた。
しかし、その後のことがほとんど記憶がない。
「セイバー!」
唯一覚えているのは夢か現かもわからぬ光景
閉じ行く目蓋の奥に必死で焼き付けたあいつの顔を思い出す。
「居ないのか!?セイバー」
必死になって屋敷中を駆け巡る。
もはや英霊ではないあいつがサーヴァントとして召喚されることなどありえないと頭では理解しているのに、感情がそれを全力で否定する。
「そうだ、土蔵!」
屋敷の中で見当たらぬその姿を求めて裸足で庭に飛び出す。
走る
走る
走る
土蔵の扉を開け放つと同時に、名を呼ぶ。
「セイバー」
しかし、返事は返ってこない。
思考が止まる。
期待を裏切られた絶望が胸を覆い始める。
「くっ、まだ道場が残っている。」
最後の希望に縋り付くように道場へと走り出す。
速く
速く速く
速く速く速く
逸る気持ちを持て余し、全力疾走に近いスピードで道場へと駆け込む。
そして―
そこには――
まるで1枚の絵画のように座っている―――
あの誇り高い少女の騎士の姿が――――
―――――――――なかった。
膝から力が抜ける。
ここまでろくに休まず走り続けたため、息が切れる。
麻痺した頭がようやく本来の機能を取り戻し始める。
「やっぱり、夢だったか。」
呆然とした状態でそれだけ口にする。
そう、やはりあれは夢だ。証拠に昨日刺されたはずの太ももの傷が消えている。久々にこの家で鍛錬をしたから寝惚けたんだ。
だから…
「シロウ」
こんな風に名前を呼ばれることなんてないし
「シロウ、急に部屋を飛び出してどうしたのですか?」
こんな楽器のように小気味良い足音が聞こえてくることもない
「まさか、また他のマスターが襲撃してきたのですか?」
ましてや、こちらを心配そうに見つめて来るセイバーなんて見えるはずがない。
「どうしたというのです、シロウ。先程からの貴方の行動は不可解だ。」
「色即是空。南無三。」
今日あたり柳洞寺に顔を出そう。
一成にも大分会ってなかったし、そのついでにこの弛んだ性根を叩き直してもらおう。
「シロウ、お願いだから私にもわかるように説明して欲しい。貴方は先程から何をしているのです。」
もしかしたら、今朝の夢も最近、友達付き合いの悪い自分にそのことを教えるためのものだったのかもしれない。
気が抜けたらお腹が空いてきた。
ロンドンとの時差ボケのせいで食欲はないけど、桜達が来る前に何か作ろう。
「シロウ。まさか貴方は怒っているのですか?この身がいまだ英霊であることを怒り、そのような私を無視するというのですか?」
あぁ、ついに悲しそうな顔でそんなセリフを言うセイバーの幻覚まで見えてきた。
くそっ、そんな顔してそんなこと口にされたらいくら幻覚だからって無視できるわけないじゃないか。
「うんにゃ、違うぞ。俺は別に怒ってないし無視してるわけでもない。ただ驚いてるだけだ。なんせセイバーの幻覚が見えるんだからな。」
「ほっ。それなら、心配ありません。この身は確かにここに存在し、活動しています。」
「なんだ。なら問題ないじゃないか。とりあえず朝食を食べてもう1度寝れば後はいつもどうりだ。」
うんうん。問題なんて何も無い。後から来る桜たちには悪いけど、お昼近くまで眠らせてもらおう。
だってのに、
「はぁ」
目の前のセイバーの幻は落胆したかのように息を吐いていらっしゃる。
「シロウ。どうやら貴方はまだ寝惚けているようだ。疲れているのはわかりますが、早く起きて欲しい。今のままでは私はまるで道化です。」
ふむふむ。どうやらセイバーさんの幻はご立腹の様子。もしかしたらお腹が減って、いらいらしているのかもしれない。なんせあのセイバーの幻なんだから当たり前か。よしっ。
「とりあえず話は朝食の後にしよう。簡単なものだけど良かったらセイバーも食べるか?」
「えぇ、もちろん。久しぶりにシロウの手料理が味わえると思うと正直心が躍ります。ですがそれより先に話がしたい。」
何っ!セイバーが食事より別のことを優先するなんて!!いくら幻といえどありえない。
「むっ。何ですか、その驚きに満ちた目は?シロウが何を勘違いしているかゆっくり問い詰めたい所ですが、今は時間が惜しい。優先するべきことを先にしましょう。」
「わかった。それじゃあ、何でも質問してくれ。俺に答えられることなら何でも答えるぞ。」
すると、一瞬躊躇するかのように、息を呑んでから―――
「その言葉に嘘はありませんね?それでは貴方がどうすればこの身が幻ではないと理解してくれるのか教えて欲しい。」
―――なんてこと聞いてきた。
なんだ、そんなことか。ものすごく不安そうな顔で聞くからどんなことかと思った。それなら簡単だ。そんなの答えるまでもない。
「そうだな。ここでセイバーが俺にキスしてくれれば良い。」
瞬間、唇に湿っぽい何かが触れる。
(思考停止中)
はっ!
「なっ、ななななななななななななななななななななななな」
「これで信じてくれますね。良かった、私はシロウに嫌われていたわけではなかったのですね。」
ま、まさか。だって、そんな。こんなことって。でもこれ以上ないってくらい赤い顔をしたセイバーは確かにそこにいて
「どうしたのですか、シロウ。まさか、まだ私がここにいると信じてもらえないのですか?ならば、もう一度、その、く、口付けを、した方がいいのでしょうか?」
なんてとんでもないことを恥ずかしそうにうつむいておっしゃった。
「あっ、いや、その、どうやらまだ寝惚けてるみたいだ。セイバーさえ嫌じゃなければ、もう1度頼む。」
な、何を言っているんだ、俺は。
自分の言った言葉の意味に気づき顔が熱くなる。
「はい、それは、その、構わないのですが、その、できればシロウは眼を閉じてくれませんか?流石に面と向かってやるのは恥ずかしい。」
やばい、もう顔を上げることができない位、顔が熱い。
じゃあ、さっきのはなんなんだー、とか、そんな顔でそんなこと言うのは反則だー、とか言いたいことはいろいろあるけどそんなことは全然問題じゃない。
「誤解しないで欲しい。決してシロウにするのが嫌なのではなく、その、むしろ嫌ではないからこそ、そのような―――」
そこから先を言わせず、こちらからセイバーの唇を塞ぐ。
「んんっ、」
一瞬、驚いたかのように身をよじる少女の体を強く抱きしめ、退路を塞ぐ。
「んっ」
そして、観念したかのようにこちらに身を任せるセイバーに再度唇を寄せ、今度は少し長めの口付けを交わす。
例え幻だったとしても構わない。そんなの関係ない。
心が満たされていく。
衛宮士郎という名のパズルに最後のピースがカチリとはまった音が聞こえる。
ようやく回り始めた心臓という歯車の音を聞きながら―――
濡れた翡翠色の瞳を見つめて―――
三度目の口付けをしようとして―――
獲物を見つけたか禿鷹の顔をした赤いあくまと目が合った。
今からライブで大ピンチ
朝食はかつてない緊迫とした空気の中で行われた。
「あー、その遠坂」
「何の御用かしら?衛宮くん」
怖っ!
久々に見る遠坂の殺気にも似た壮絶な笑顔は俺の寿命を確実に削っていることだろう。
「その隅にあるマーマレードを――」
ガン!!
ものすごい音を立てて中に大量の液体の入ったビンが置かれる。
「遠坂、これは醤油―――」
ガン!!
続いて置かれるソースと書かれたマーマレードのビン。
「だから」
ガチャン!!ガン!!
今度はコーヒーと黒色のドレッシングか。
どうやら遠坂家でマーマレードとは黒い液体のことを指すらしい。
「シロウ、こちらのジャムで良ければ――」
ガン!!!
一際大きな音を響かせテーブルに叩きつけられるマーマレード。
空気が再び凍る。
朝の6時、
幸いまだ桜達は来ていないので今居間にいるのは3人だけだ。
しかしその中で只ならぬ鬼気を放って
「あの、遠坂。」
「リン、その」
女王様は怒っていらっしゃった。
しかも悪いのは完全にこちらなのでセイバーともども小さくなっているしかなかったりする。
「いつまでのん気きに食事する気なのかは知らないけど、そろそろ私にも説明くらいしてもらえるのかしら?」
いや、確かにあんなことをしている場面を見せられた上、説明は朝食が終わってから、なんて言われれば遠坂じゃなくてもお怒りになるだろうけど。
だって、仕方ないじゃないか。
小さくお腹の音を鳴らしたセイバーが真っ赤な顔をしながら、見つめくるんだから。
しかし、流石にこれ以上待たせるわけにはいかないか。
とりあえず残りのトーストと目玉焼きをいっしょに腹に納める(本当は久しぶりに和食にするつもりだったのだけど、セイバーや遠坂に気を使ったのだ。)
「それで、どういうことなのかしら?そもそも昨日、サーヴァントの召喚はできないなんて言っていたくせに、サーヴァントが、それもあのセイバーがいることについて納得のいくように説明してもらえるんでしょうね!」
………………………ほっ。なんだ。そっちことか。いや、もうさっきのことを聞かれるのかと思って身構えてたってのに。
「リン、それについては私から―――」
「うん、どうやら俺、セイバーを投影しちゃったみたいだ。」
ピキーーーーーーーーン
その瞬間
時が凍った音がした。
「あ、あんたねぇー。そ―――」
そんな遠坂の声を遮って
「シーローウーーーーー!」
地獄の猛鬼も真っ青な叫びをセイバーが上げた。
あれ、俺、なんかまずいこと言ったか?
「先程、あれほどのことを私にさせておいて貴方はまだ寝惚けているというのですか!あの時、私に約束したことは何だったのですか!そもそも貴方は――――」
あっ、やばい。涙を浮かべながら怒るセイバーがものすごく可愛い。朝から非生産的な活動に突入しそう。
今だ、しゃべり続けるセイバーを見て、堪えきれず微笑みを浮かべていると
ダン!!
今、鼻にかすったぞ、遠坂!!
っていうか左手に浮かんでいる魔術刻印はどういうことでございましょうか?
「い い か げ ん に せ つ め い し て も ら え る か し ら」
わぁ、今のお前なら言葉通り熊でも逃げ出すと思うぞ。
「すまん。冗談が過ぎた。実は―――」
とりあえず昨夜のことに関して覚えている限りのことを説明する。セイバーがいるということは夢ではなかったんだろう。
「なるほどね。」
「納得してもらえたか?」
「ええ。士郎が私に黙って投影魔術を使ったことや1人で無茶したことまで、とりあえず納得したわ。」
遠坂師父はまだ怒っているご様子。その笑顔が心に痛いです。
「まったく、昨日一晩かけて士郎でも使えそうな高純度のヤツを探していたわたしが馬鹿みたいじゃない。聞きたいことは他にもあるけどとりあえずこれだけ聞いておくわ。その後その妖怪爺とそのサーヴァントはどうなったの?」
それは俺も知りたい。
思わず、2人で先程から黙ったままのセイバーを見る。
シーーーーーーーン
どうやらこちらもお怒りの御様子。
「セ、セイバー」
慌てて、謝ろうとして、そこでふと、違和感に気付く。
いくら無視した形になったからといってこんな風に怒るのは変だ。
セイバーは怒ったからといってこういう拗ね方をするようなやつじゃない。
むしろ、セイバーが沈黙するときはいつも―――
「シロウ。私はシロウにとって邪魔者なのでしょうか?」
――――こんな風に自分を責めてる時だったはずだ。
ギリッ
自分の馬鹿さ加減に気が付いて、砕けそうな程奥歯を噛み締める。
何故気が付かなかった。
常に不安にそうに揺れていた彼女の瞳に。
何故考えようとしなかった。
目の前の彼女はずっと自分の居場所を探していたのに。
たった一言“お帰り”というだけで
それだけのことで彼女は救われたのに。
そんなこと思いつきもせず、幻でも構わない、だと!
バカは俺だ。突然呼び出されてセイバーが不安にならなかったはずがないのに。
みんな俺が悪い。俺が悪いんだ!
だから
「正直に答えて欲しい。この身には既に覚悟はできています。」
そんな
「シロウの口から答えて欲しい。私はもう必要ではないというのなら、お願いです。私はシロウにとって今も必要な存在なのですか?」
そんなふうに
「シロウの言葉であれば私はすべて受け入れられます。だから、お願いです。この身は今だ貴方の剣として相応しいのですか?」
全部受け入れた顔で
「お願いです。シロウ―――」
お前が泣く必要なんてないんだ!!!
「セイバー!」
気が付いた時には少女を抱きしめていた。
決して涙を流さず、いつも心で泣く彼女がとても悲しくて
とても愛おしくて、
抱きしめる腕に力を込める。
こんなの何の贖罪にもならないけど、
それでも、彼女にはここに
俺のそばに居て欲しいという気持ちが少しでも伝わるように
「おかえり、セイバー。また、会えてうれしい。俺にはやっぱりセイバーが必要みたいだ。」
思いを込めて言葉を紡いだ。
少女の全身から力が抜ける。
「シロウ」
お互いを強く抱きしめ合う。
こんな小さな体で必死に耐えていたと思うと正直やりきれない。
「ゴホンッ」
だからこそ、そんな彼女が愛おしいからこそ
壊れ物でも扱うかもように
ゆっくりと
唇を
「ゴホンッゴホン」
近づけ
「ゴホンッゴホン。っていつまでやってんのよ、あんたたちー!」
後頭部にガントを食らい意識を失った。
あれ、遠坂。いつのまにいたんだ?
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
なんか無駄に長くなりそうです。(ほんとなら2日目終わってるはずなのに…。まだ藤ねぇ達すら出てないし)
くじけそうだ。
だれも期待してないだろうから気楽にやりますけどね。
しかし、想像以上に士郎が頭の悪い人間になってしまった。まぁ、セイバールートでは選択肢次第ではかなりおちゃめになりますが(断食や凛の腹筋疑惑等)。
セイバーと士郎、イリヤでからむシーンが大好きなので次回はそれに挑戦します。
アーチャーはいつになったら出ることやら。