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刹那に消えゆく泡沫の如き妄想なれば笑って見過ごすが吉。
目も眩むような鮮やかさ。
泣くコトさえも出来やしない。
痛いくらいに強烈で、
呼吸さえも忘れていた。
瞬くことなく見つめ続ける。
あかいあかい茜の丘で、青の少女が佇んでいる────
「とまあ、そんな夢を見たんだけど」
「はぁ、相変わらずステキに意味不明だな美綴」
「あははははっ! ま、そうだね。衛宮が云う通りだ」
────夢を見ている。
確かあれは一学期の終業式、夏の盛りの少し前。
誰も居なくなって空いた教室は、普段の喧噪こそが幻想なのではと思わせられるような言及できない空虚さを滲ませていた。
窓から見える四角い空は気持ちいいくらいに真っ青で、雲の一欠けも見当たらない。開け放たれた教室には男子野球部やサッカー部など運動部のかけ声が蝉時雨の中に響いている。
カキーン、というバットの音。
ピー、と言うホイッスルの音。
ふぁいとふぁいとふぁいとぉっ、これはきっと陸上部。
全部ひっくるめて、夏の匂い。きっとそれらが酷く鮮烈すぎて、この教室を霞ませていたんだろう。窓から染み込んでくるそれらは夏の強い陽射しを栄えさせる一方で、影に包まれた机の黒をこの上なく否定しているような気がした。
そんな中、あたし──美綴綾子は影の世界に棲んでいる、
と、大袈裟に云ってみる。
実際は何と云う事もない、ただ日向にいるより日陰にいる方が待ち時間の間は快適でいられるから、陽射しが当たらない椅子に座って少しの間、呆けていたのだ。
と云って、その実誰かを待っている訳でもない。いつもならバシッと切り替わるはずの気持ちのスイッチが何故か今は入らないだけ。
今のあたしの位置からじゃ白い弓道場は見えなかったけれど、時間的に部活動が始まっている事は間違いない。
本来ならば今すぐ部活に直行して後輩に対して先輩の規範を見せ、射場に立つべきなんだろうな、とは思うんだけど、気持ちは思考とは真逆に凪いでいた。
あたしには、こういう時間が偶にある。
何と云うか、あたしは誰からも切り離されたイキモノなんだ、と思うタイミングが。
今日もそうで、休みの過ごし方を長々と説いたホームルームもようやく終了してさて部活に行こう、なんて思った瞬間にそれはキた。ほんの一刹那前まで色彩豊かだった教室が不意に白黒の濃淡にしか見えなくなって、聞こえる声はただの意味不明なノイズに置き換わり、足早に教室を出て行くクラスメイト全員が薄っぺらい紙芝居の登場人物としか認識できず────気が付いてみると、独りで自分の机に座り何をするでもなく窓の外を眺めている自分だけがいた。
「何やってんだろ。あたし」
疑問を口の端にのせても夏の湿気に溶けていくだけ。
まるで自分が二人いるみたいだ。
一人は原因さえ定かでない焦燥に突き動かされて、逃げろ逃げろと促してくる。
酷く場違い。
此処はあたしがいていいステージじゃない。
あたしは、もっともっと外れた世界にいる筈の、
だから、コンナトコロに居ちゃいけない。
もっとずっとトオクに行かなくちゃ。
そうでないと、こんなにステキなセカイがコワレテしまう。
もう一方は対岸の焦りをどこか他人事のように、凪いだ瞳で見つめるだけ。
あたしは此処にいたい。
この眩しいセカイに生きていたい。
いつかセカイの明るさに融かされてしまうとしても、
だから、あなたはドコにもイかせない。
ずっとずっと、ハナサナイ。
奇妙な関係。
あたしの中の二人はそんな真逆の存在だけど、深いところで一つだった。ただそれがどちらにより傾いているのか判然としない。
きっと錯覚。
当分授業が無くなったから、思わず気が抜けただけ。窓がやけに遠くに感じるのも、きっと全部気のせいだ。
夏の陽射しは影の中にいても眩しすぎる。そんな光にあてられると眩々々と病んでしまうのが自然っていうもの。
「……変な気分」
いや、変なのはそんな思索に一時でも嵌り込むコトだろう。まったく、老けていると云われる理由はきっとこれだ。
窓の向こうは夏模様、夢と浪漫と情熱の季節が大海原とばかりに広がっている。下らない悩みにいつまでも付き合っている暇はない。高校二年にもなって恋の一つも謳歌していないあたしとしては、この夏こそが狙い目なんだ……けど、
「好きになれる相手が居ないってのも、ねぇ……」
「お、美綴。何やってんだ、そんなトコで?」
「ぇ?」
は、え、いや、なんだ?
まさに不意打ち暗剣殺。真っ白に思考を漂白されて、身体は反射だけで教室の入り口を向いていた。其処には去年のクラスメイトがデフォルトの仏頂面をして立っている。
「部活はいいのか? もうとっくに始まってる時間だと思うんだが」
「────衛宮」
「おう」
それが挨拶のつもりだったのか、衛宮士郎は此方に歩いてきた。対してあたしはまだ頭の中が空っぽになっていて、黙ったままその姿を見つめるだけ。
「美綴? 本当、どうかしたのか?」
あたしの一つ前の席に座る衛宮。
いや、だから、いったいなんなんだよこれは。
「熱でもあるのか?」
「ひゃっ!」
不意に額に冷たい何かを当てられて我ながら間抜けっぽい声が喉から出た。呆けていた意識が切り替わって現状を認識してみると、なんて事はない、衛宮の手の平があたしの額に触れているだけだった。
衛宮の手の平は冷たい。あたしが熱くなっているだけかも知れないけど、それを差し引いても額に触れている肌は冷やされた鉄のように冷たかった。
互いに無言。
染み込んでくる蝉時雨が無駄なくらいに五月蠅い。
誰も居ない、あたしと衛宮以外には。夏の昼の教室で、あたしと衛宮は二人っきりだった。
肌を撫でる指の冷たさが心地よい。いつまでもこうしていて欲しいくらいには。
うーん、ここで心臓がドキドキしたら問答無用でラブコメ的展開爆誕!なんだけど、全然普通なのはどういうコトか。
日陰なせいか。
蝉が五月蠅いからか。
色気がないのか。
……色気ないて云うな。
「……衛宮?」
たっぷり十秒ほどあたしの額を触れてから、衛宮はその手を離した。
「うん。熱はないみたいだな……って、気が付いたのか美綴」
「ま、ね」
どうして気が付いたのかとか云われなきゃいけないのか判然としないけれど、心配させたみたいだから指摘するのは止めておこう。
「それで? 美綴はこんなトコロで何やってるんだ?」
「さてね」
それはむしろあたしが知りたいくらい。まったく、美綴綾子は何をやっているのだろう。
「さてね……って、おまえな弓道部の来期主将だろ。そんな弛んだのでいいのかよ」
「へぇ。アンタがそれを云うワケだ。忙しいからってさっさと退部しちゃった衛宮にそんな事云う権利あると思う?」
「いや、それは、そうだけど」
しどろもどろに慌てる衛宮。うん、こいつはからかうと面白い。
「それに今日は藤村先生もいるから大丈夫よ。新任の部長なんかより百倍は上手く部を運営してくれてると思うわ」
「うわっ滅茶苦茶不安だぞそれ。藤ねぇに任せておいて大丈夫なんて正気の沙汰じゃない」
……まあ、それはそうかも知れないが。あたしは藤村先生を信じてる。……信じてるぞ、タイガー。
「ま、大丈夫でしょ。それより、衛宮こそ何やってんの? 部活止めたんだから、暇に過ごすなんて許さないわよ」
「あぁ、今日は一成の手伝いだ。美術室の扇風機の修理だな」
何でもない風にさらっと云う男子生徒。
はあ。衛宮ってば本当にあれだ。
「衛宮、相も変わらず柳堂君に使われてるのね」
「別に。普段世話になってる備品の調整は生徒の役目だろ」
いや、それはきっと学校の仕事だ。
「衛宮……きっとアンタは騙されてるよ」
「む。そんなことあるもんか。それに誰に騙されてるって云うんだよおまえ」
「さーてね。アンタの事なんざあたしの知ったこっちゃない」
視線を廊下に移す。影に覆われた廊下は写真のようでまるで厚みを感じさせない。視界の端は衛宮が何やら考え込む仕種で黙り込んでいる。
時が止まったような錯覚。それはきっと幸せなモノ。この時、この瞬間で全部が停止したら其処には不幸など有り得ない。幸不幸は結局状況でしかなく、悠久の停滞には状態という概念そのものが存在しない為だ。
幸福がない理想郷。喜びがない失楽園。笑ってしまうほど其処は空っぽで、だからこそ痛みも涙も悲しみもなくて済む。
幸せを望むならば不幸を嘆かぬことから始めるべきだ。不幸とは極論として幸福の定義であるのだから。
「ま、納得はいかないだろうけど」
それが人情のややこしさ。理論で武装してるくせに理性の怪物になりきれない歪な在り方。
「え、何か云ったか美綴?」
「いーや。それより衛宮。あたしの射、調子見てくれない? もう少しで夏の大会だから気合い入れたくてね」
「は? いや、俺が見る必要なんてないだろ。美綴、もうとっくに俺より上手いじゃないか」
「はっ、現役のとき百発百中だったヤツがよく云うよ。あたし、アンタが勝ち逃げした事未だに恨んでるんだからね」
「百発百中は言い過ぎ。それに勝ち逃げって別に競ってたワケでもないだろ」
「む。アンタにとってはそうかも知れないけど、あたしにとってはアンタは打倒すべきライバルの一人なんだ。生活掛かってるとか云われなかったら脅してでも退部なんて認めなかったよあたしは」
「何気に本気チックだな……美綴」
「本気も本気、マジと書いて本気と読むくらいに本気」
「……俺、何か怒らせるコトしたか?」
さてね、としれっと返し、衛宮の顔を盗み見る。
む、なんて唸ってまた考え込むような仕種。
こいつ、案外癒し系なのかも。弄ってる間の限定だけど。
うん、こいつと下らない話をしたら何だか気分も戻ってきた。
「うし。んじゃ衛宮。弓道場に行こうか」
「……俺バイト」
「柳堂君の手伝いするくらいだから別に急いでるワケじゃないだろ。いいから四の五の云わず、元クラスメイトの手伝いくらいしなさい」
席を立ち上がって「いや、だが、しかし」とか判らない事を云っている衛宮の腕を掴む。
そのまま引きずるようにして、元クラスメイトを拉致するように弓道場にお招きした。
そんな夏の夢を幻視した。
冬のある日、衛宮士郎は魔術師のバトルロワイアルに巻き込まれる。
七人の魔術師と七人の英霊が争うその闘争は聖杯戦争と呼ばれるものだった。
成り行きでセイバーと契約した衛宮士郎。しかし彼は聖杯戦争に参加する意志を見せなかった。
最後の令呪を使ってセイバーとの契約を終了しようとした矢先、バーサーカーに襲われる。
衛宮士郎は手遅れながらもその瞬間に理解した。
己はもう既に退っ引きならないところに立ち入ってしまったのだ、と。
遠坂の機転もあり命からがらバーサーカーを撃退する士郎。しかしセイバーは重傷を負ってしまう。
セイバーを担いで屋敷に帰る途中、
「あれ、衛宮? アンタ、こんな時間に何してんの?」
美綴綾子に発見されてしまうのだった。
「昨日の女の子については詮索するなって? それは無理な話よ。少なくとも無事かどうかぐらいは教えてくれてもいいんじゃない?」
「綾子。あなた、今自分がシン・デッド・ラインの上にいるって自覚はある?」
「別に」
「なら深入りしない方がいい。これはわたしと衛宮君の問題。あなたには一切関わりがないことよ」
「あたしもあの火災の被害者なんだよね」
「なっ!?」
「たまたま遊びに行った友達の家から帰る途中に逃げ遅れてさ。間抜けな話に倒壊した家に挟まれて一日出られなかった」
「綾子……あなた、それ、何のつもり?」
「……」
「答えなさいっ! どうして魔術師でもない普通の人間が魔術を反射するだなんて!」
「ふん……。ここは一時休戦といこうか衛宮、遠坂。あのデカブツを止めん限りは私たちには先が無さそうだからな」
「葛木先生」
「ふむ。分かり辛かったのであれば、共同戦線を張ろうと言い直そう」
「衛宮……あたし……自分が何なのかわからない。あたしはきっとヒトじゃない。だってそうだろ。頭蓋骨を握りつぶせるなんて、そんなイキモノが人間であるはずないじゃないか!!」
「あの神父、衛宮にそっくりだね」
「は、美綴お前の目は節穴か。どんなところが似てるって云うんだおまえ?」
「自分の幸せを他人に仮託したところ。きっと衛宮と神父は根底で同じなんだと思う。自分の幸せってのが空っぽでさ、だから他人の幸せを見ないと自分が判らなくなるって云うか。間違ってないよ、その在り方は。だけど、それじゃアンタは間違いなく幸せになれないだろうね。そればかりか周りの人を不幸にするばっかりだ。その辺、自覚しおいた方がいいんじゃない?」
美綴綾子シナリオ“HOLY WAR”精鋭執筆中(大嘘100%)
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なら書くなよ。
ども。一人ツッコミなintoです。SS投稿掲示板も賑わってきましたね嬉しい限りというか新人さんの皆さん物凄く上手でいらっしゃって羨ましいなーと思いながら涙で枕を濡らす毎日ですコンニチワ。
今回は嘘企画。
とは云え設定くらいはちゃんと考えているのですが。
美綴さんがきゃーっとすごい話。
冗談です。
体験版のときから美綴さんいいなーと思っていたのに扱いがぞざいすぎませんかきのこさん! 始めちょろっと出て来てそれだけってあんまりだ!
と言うわけで美綴さんシナリオがあればどんな話になっていたのか、みたいなコンセプトで。
誰か書かないかな。たぶん何時か書かれるだろうけど。(自分で書くという選択肢を放棄している時点で終わってる)
ホントはイリヤとバーサーカーの話にする予定だったのですが、山口遼様の「誰がための強さ」を読んでお呼びじゃねーと思ってデリート。
いや、本当に良い作品なので一読をオススメします。滂沱と泣く。
他にも半完成のAngel Notes.SSとか。中途半端なので当分熟成させますが。
ではでは。こんな自己満足に時間を割いて頂き恐悦至極。また懲りずに見てやって下さい。
注意:微妙に改訂しました。ごめんなさいー。でもよく考えたら美綴が恐いなんて云う訳ないじゃんとか。それはないかな。判らないですが。