月を見ていた。
何故見ていたかと言われればただ他にすることが無かったから。
月は不思議だ。
その月の光には見る者を魅了する力がある。
だからかもしれない。
だが結局どういう理由であろうと自分には関係ない。
ふと、遠くに気配を感じた。
こんな月の綺麗な夜はできればあんなモノの血で汚したくはないが仕方ない。
軽く跳んでそいつらの所までいく。
ものの二、三回の跳躍でそいつらの所についた。
敵はこちらに気付いたがそれ以上は何もさせない。
一息で近づいて腰に挿していた刀を引き抜いて相手を切りきざむ。
それは何が起こっているのか理解していない。
相手はまだ五、六匹残っているが問題ない。
勢いを殺さずに二匹目に襲い掛かる。
次の瞬間にはそいつもバラバラに解体されている。
そのまま壁まで走って壁を蹴って勢いをつけて三匹目に突っ込む。
三匹目はこちらをかわそうとしたがすでに遅い。
三匹目が動く前にこちらはソイツを貫いていた。
そこで一旦止まった。
向こうは残り三匹。
こっちを取り囲んでいる。
だが奴らの目には優越感など微塵も見られない。
変わりにあるのは恐怖だけ。
「き、貴様。 何者だ?」
敵は恐れをなしながらもこちらの名を問うてきた。
―――何者か? 笑わせてくれる。 そんなに知りたくば教えてやろう。
「――――――――。」
こちらが名乗るとあからさまに向こうは怖気づいた。
だがもう遅い。
そんなことをする暇があったならここからすぐに逃げ出すべきだった。
最も逃がすつもりは無いけれど。
相手が動く前に間合いを詰めてバラバラに解体する。
その後真横にステップして体を捻ってそこにいたモノも解体する。
残るは一匹。
追撃しようとした時ソイツはそのまま動かなくなった。
そして数秒遅れてそいつはバラバラになった。
向こうの闇の中に何かいる。
敵か?
そんなの決まっている。
自分に味方などいない。
なら敵だ。
それなら敵がこちらを認知する前に仕留めよう。
そうして動き出そうとした時、
「――――――志由?」
思わず止まる。
今なんて言った?
「志由? やっぱり志由なんでしょう? 私よ、ほら、覚えてないの? 雪之よ、七夜雪之。 貴女の姉の。」
―――雪之? 姉?
なんだろう、それは。
記憶に無い。
それとも忘れているのか?
どっちだろう。
「志由、生きてたんだね。 良かった。 あの後志由の遺体は発見されてなかったから生きてるんじゃないかって思ってたのよ。 それがこんなところで会えるなんて。」
「あの後って?」
「忘れちゃったの? 七夜の家が遠野に襲撃された時のことよ。」
「志由。 ほら、志貴兄さんもいるのよ。 ほら、兄さん」
「えっ、ああ、・・・やあ、志由。 久しぶりって言えばいいのかな? 実は俺昔の記憶が無くってさ。 だから志由の事も覚えてないんだ。 ごめんな。」
「・・・・・・志貴・・・・・・兄さん?」
「志由! やっぱり覚えてたのね。」
「志由。 ・・・・・・会いたかった。」
「姉さん。」
「雪之、志由。 とりあえず屋敷に戻ろう。 積もる話もあるだろうけど話はそれからだ。」
「わかりました。 さっ、行こう、志由。」
「はい。」
そして久々の再開は夜空の満月だけが見届けていた。
電車の窓の外には町並みが映っている。
車内は伽藍としていて乗っているのは自分とあとは数えるくらいしかいない。
本当ならすぐにでも暗夜とか言う奴を追っかけたかったけど、まず情報がない。
だから何処にいるかもわからない。
だから不本意ながら一度実家に戻ることにした。
あそこなら少なくとも何かしらの資料ぐらいは残ってるだろう。
暗夜は退魔を生業としていた一族だというから。
両儀も暗夜と同じように昔は退魔を生業としていた。
今でもその手の仕事が無いかといえばあるにはあるが極稀だ。
よほどのことがない限り両儀に仕事が回ってくることは無い。
駅に近づいて来たらからだんだんと電車は減速し始めた。
やがてガタンと一つ揺れて電車は止まった。
電車を降りてプラットホームに出る。
やはり人影は見当たらない。
改札をくぐって実家に向かう。
実家には事故にあってから一度も顔を出していない。
それというのもあそこは自分の場所ではないような気がするからだ。
だが今回だけは仕方ない。
暫く歩いているとやがて大きな坂が見えてきた。
この坂を上ると鬱蒼とした竹林があり、その中に実家はひっそりと聳え立っている。
完全に下界とは違う世界になっている。
竹林の入り口に入ろうとした時見慣れた人影が視界に入った。
「お待ちしておりました、式お嬢様。」
「秋隆・・・・・・。」
そこには自分の使用人がいた。
いや、正確には元使用人だ。
「秋隆・・・・・・、何でオレが戻ってくるって知ってたんだ?」
「はい、蒼崎様からお電話をいただきました。 お嬢様が近々お戻りになると。」
「オレが何しに戻ってきたかもわかってるんだろうな?」
「はい、暗夜について・・・ですね?」
「ああ。」
「居間に書庫にあるだけの資料を用意してあります。」
「わかった。」
そう言って家へ向けて歩き出す。
秋隆は黙ってあとについてくる。
やがて鬱蒼とした竹林の中から和風建築の屋敷が見えてきた。
しっかりとした作りで、築百年はこえているだろう。
引き戸を開けて中に入る。
記憶はあるがやはり内装を見てもどこか他人の家のような気がする。
さっさと中に入って居間へ向かう。
他人の家のような気がするのに間取りは覚えていて迷わずに着いた。
襖を開けて中に入るとそこには先客がいた。
「来たか、式。」
それは紛れもなく自分の父親。
事故以来一度も会っていなかったが記憶にあるのと全くといっていいほど変わらない。
「話は蒼崎という者に聞いた。 暗夜に関わったそうだな?」
「ああ。」
「そして暗夜を調べるためにここに来た、か。」
「ああ。」
「ならばこんな物は当てにはならん。 これは改ざんされた物だからな。」
「・・・・・・・・・」
「暗夜の事は表沙汰にはできんからな。 だから我々の家系のどれを当たっても暗夜についての正確な資料は残ってない。」
「ならここには用はない。」
「待て。」
立ち去ろうとした時呼び止められた。
「ここには暗夜についての資料はないんだろう? ならここには用はない。」
「何も、暗夜について何もわからんと言うわけではない。 暗夜については代々当主だけがその存在について語り継いできている。 本来なら当主の座を受け渡す時にのみ語るものだが場合が場合だ。 特別に話してやろう。」
「いいのか? オレはこの家を継ぐ気はないぞ。」
「かまわん。 さて、時間がないから黙って聞け。 まず暗夜とは我々退魔の家系の家の大元となる一族だ。
七夜、両儀、八雲、巫浄、浅神、草薙、そして御鏡。 これら七家系は暗夜の分家なのだ。 だが、暗夜だけが我々の大元の一族というわけではない。 もう一つ存在する。 その一族の名は明朝。 暗夜の血筋はたった一人を除いて途絶えたが明朝の家は未だ健在だ。 七頭目の長の上に立つ一族だ。 だが決して表には出てこない。 それと言うのも明朝や暗夜の一族の者は代々特殊な力を持っていたそうだ。 人の心を読む力、手を使わず物を動かす力、未来を見る力等多種多様だ。 だがこれだけでは特別視される物ではない、暗夜と明朝の家系の者は必ずその類の力を先天的に持っていたそうだ。 それ故に両家については一切口外しないという制約があるのだ。 ・・・・・・調度今退魔機関から収集が掛けられている。 それというのも暗夜がとある人物を狙っていてそれを退魔機関が阻止することになった。 そこでだ、お前に私の代わりに出向いてもらいたい。」
「何で俺が?」
「お前は暗夜に借りがあるのだろう? ならば調度よかろう。 それに私は今別件で動けんのだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・わかった。 それで何処に行けばいいんだ?」
「三咲町だ。」
「隣町だな。」
「ああ、そうだ。」
「そこに暗夜がいるんだな?」
「ああ。」
「わかった。 ・・・・・・・・・じゃあな。」
「式、くれぐれも気をつけろよ。」
「言われなくてもわかってるよ。」
そういい残して居間を出た。
「お嬢様。」
「・・・秋隆。」
「これを・・・。」
差し出されたのは布で包まれた細長い物だ。
布を取ると中から日本刀が出てきた。
鞘から出してみる。
「これは・・・・・・。」
「村正です。 蔵にあったのをお持ちしました。」
「こんな物持ち出していいのか?」
「刀は使ってこそ価値があるものです。」
刀を鞘に収めてそれを持って家をでた。
今回の相手は間違いなく今までで最強の敵だろう。
だがオレには直死の魔眼がある。
近づいて死点を突ければどんなモノでも殺せる。
なら相手が例え自分の大元の一族であろうとも例外ではない。
三咲町。
そこにアイツがいる。
今度会ったら絶対に逃がさない。
ふと空を見上げるとそこに月の姿はなかった。
あとがき
前回アップした時よもやここまで遅くなるとは正直思ってもみませんでした。
時期で言うならもうじき学期末だの何だので相当忙しくなるとは思いますが何とか合間を見てアップしたいと思います。
訂正版順次終わり次第アップしていきますので、更新期間があまりにも長いからと忘れずにいてください。
どうぞよろしくおねがいします。