「ほら、じっとして。」
「いえ、ですから、何度も言うようですが僕に怪我の治療は不要です。 頬っておけば自然に治りますから。」
「あのね。 貴方がなんと言おうと貴方に怪我を負わせたのは私なのよ? ならせめてこれくらいはさせて。」
「はぁ〜。 ・・・・・・・・・わかりました。」
「判ればよろしい。」
そう言って鮮花はこの子の右腕をぐるぐる巻きにしていく。
「あの、・・・・・・すいません。」
「何?」
「やってもらっておいてなんですが、・・・・・・せめてもう少し丁寧に巻いてもらえませんか?」
「うっ。」
そう、鮮花は意外とこういうことには不向きなのだ。
その証拠にこの子の右腕は包帯でぐるぐる巻きになっていて、しかもかなり乱暴に巻いてある。
「しょうがないな。 ほら、変わって。」
「うっ、・・・ふ、藤乃〜。」
「ほら。 そんなんじゃ治る怪我も治らないよ?」
しぶしぶといった表情で鮮花は変わってくれた。
一度鮮花が巻いた包帯を解いていく。
「ねぇ、君。」
「はい。 なんでしょう。」
「君名前なんていうの?」
「・・・・・・・・・志由です。 七夜志由。」
「・・・・・・七夜?」
「はい。 それが何か?」
「いえ、なんでもないわ。」
「・・・・・・・・・あなた方のお名前は?」
「ああ、そうだったわね。 私は浅上藤乃。 こっちは黒桐鮮花。」
「むっ、藤乃。 こっちって何よ。」
「あら、それじゃあなんて言えばいいの?」
「う〜ん・・・・・・・・・・・・。」
「やっぱりこっちでいいじゃない。」
「鮮花、藤乃ちゃん、それとえぇっと、」
「七夜志由です。」
「志由君か。 僕は黒桐幹也。 ほら、紅茶を持ってきたよ。」
「ありがとうございます。」
「どうもすいません。」
「ありがとう。」
先ほどから話しながらでも志由君の治療の手は休めていない。
「さて、後はこれをこうして・・・はい、出来たわよ。」
「どうもすいません。」
「いいのよ。」
「でもそれにしても階段から落ちたなんて、もっと気をつけなきゃダメだよ志由君。」
「えっ、・・・・・・階段から落ちた?」
「あれ、違うのかい? 鮮花からはそう聞いてるんだけど・・・」
「もう、志由君は自分がどうやって怪我したかも忘れちゃったの?」
志由君が何か言おうとしたが鮮花が慌てて先手を打つ。
「ああ、そういえばそうでした。 どうも最近物忘れが激しくって。」
なんとなく志由君にもその意図が伝わったのだろう、上手く話を合わせてきた。
「ふ〜ん。 大変だね、その年で物忘れが激しいって言うのは。」
驚いたことに幹也さんは信じているようだ。
「あの、僕そろそろ行きますんで。 ほんとにどうもありがとうございました。」
「いいのよ、気にしなくって。 私のせいで怪我させちゃったんだから。」
「そうなの?」
「えっ、ああ、あの、私がボーっとしててこの子に気付かなくって階段でぶつかっちゃったのよ。」
「ダメだぞ鮮花。 もっとあたりに気を付けないと。 ごめんね志由君。」
「あ、いえ、僕も考え事をしていたので前を見てなかったんで。」
「そうなの? それじゃあ悪いのは二人共だね。 志由君。 歩く時はちゃんと前を見てね。」
「はい。 以後気をつけます。」
「うん。」
「それでは、僕はこれで。」
「それじゃあ、また会えるといいね。」
「きっと会えますよ。」
「え?」
「貴女が浅神のものであるのなら。」
「 ?」
「いえ、何でもありません。 今のは忘れて下さい。」
「う、ん。」
「じゃあ気をつけてね。」
「はい。 それじゃあお邪魔しました。」
そういい残してその子は町の夜の帳の中に消えていった。
「異常なしっと。」
「そのようですね。」
相変わらず場違いなくらい陽気なアルクェイドと相変わらず沈着冷静な草薙は先ほどから何度もこのやり取りを繰り返していた。
だがそれに飽きた様子もなく何度も繰り返していた。
「さて、もう戻ろっか。」
「ええ、そうしましょう。」
そう言って館に戻ろうと歩き出したら突然草薙が立ち止まった。
突然だったので思わずアルクェイドは草薙に鼻をぶつけてしまった。
「いった〜〜〜い。 もう、急に止まらないでよ。」
「失礼しました。 ですが、感じませんか?」
そう言って草薙は振り返った。
アルクェイドも気配を探ってみる。
―――囲まれてる。
「アルクェイドさんは前方半分をお願いします。 私は残りの半分を。」
「わかったわ。 それじゃ・・・・・・行くわよ。」
その言葉と共に戦いは始まった。
アルクェイドは前に走って正面の敵が隠れていた所に爪を振り下ろす。
ザンと音がしてそこに隠れていたモノの残骸転がり出てきた。
だが転がり出てきただけではなくその塊は突然液体になって襲い掛かってきた。
だが難なくそれを交わしてもう一度爪を振り下ろす。
だが爪が当たる前にそれは飛散して爪をかわした。
「くっ。」
その瞬間横に隠れていたモノも飛び出してきて一斉に襲い掛かってきた。
体勢を立て直し体を軸にして両腕で一掃する。
だが周りにいたそいつらも液体になってそれをかわした。
「こいつら、きりがない。」
その時一斉にその液体が襲い掛かってくる。
咄嗟に上に跳んでそれをかわす。
下では液体が重なり合ってドームのようになっている。
木の上に降りてすぐに別の木に跳ぶ。
一瞬遅れてそこに先ほどの液体が襲い掛かる。
その液体に触れた木は煙を上げて溶け出した。
すぐに液体はこちらに向かってくる。
「それなら。」
今度は何よりも高く全力で跳躍した。
ざっと五・六十メートルは跳んだ。
さすがに今度は液体も届かないと判断したのか追ってこない。
変わりに着地地点で大きく広がって待ち受けている。
だがそれは間違いだ。
これだけの距離があるならどうとでもできる。
精神を集中させる。
辺りの空気が凍りつくのが判る。
もう後数メートルしかない距離まで落ちた所で一気に溜め込んでいた力を解き放った。
するとその液体があった所に黒い塊が現れる。
液体はその黒い塊に吸い込まれていく。
「ふん、たかだか東国の化け物が真祖であるこの私に勝とうなんて考えが甘いのよ。」
空想具現化でブラックホールを呼び出したのだ。
「さぁてと、あっちは終わったかな?」
そう言ってそっちに目をやる。
「終わりましたか?」
そこには息一つ切らさずに立っている草薙の姿があった。
「ウソ、もう終わってるの?」
「はい。 こちらのモノにはこちらのモノの対処の仕方があるんです。 ですから貴女のように西洋式の退魔の方法では東洋の魔には対処し切れません。」
「なるほど、どうりでね。」
「なんでしたらお教えしましょうか? 東洋式の退魔の方法を?」
「えっ、いいの?」
「ええ、その程度でしたら私でよければ。」
「うん、お願いね。」
「はい。 できればすぐにでも訓練を始めたい所ですがそういうわけにもいかないので、・・・とりあえず一度屋敷に戻りましょう。」
「うん。」
そう言って屋敷へ向かって歩き出した。