エーデルフェルト家は魔道の名門。
これは、彼の宝石翁の一番弟子であった祖先の代から揺るぎのないこと。
そんな名門中の名門の後継者たるワタクシは、才能、技量、容姿、どれをとっても完璧。
当然のように、魔術師たちの登竜門、この時計塔の学徒の中でもワタクシに敵う魔術師などいる筈もなく、今期の首席の座は間違いなくワタクシの物になるはずだった。
あの忌々しい遠坂の後継者さえ現れなければ・・・・・・・。
どこぞの名も知らない土地の霊脈で起こった聖杯戦争の生き残りだかなんだか知らないけれど、実力不相応にも時計塔に弟子付きで招かれた運のいい魔術師。
同じ鉱石学科に本性を隠したまま寄生虫みたいに入り込んで、たいした実力もないくせに完璧であるワタクシに楯突き、完璧である経歴に泥を塗った女狐。
そのせいで品行方正、容姿端麗であるワタクシが、あろうことかまるで同類のように思われてしまっている。
しかも最近では、こちらの好意で、同意の上で丁重に預かっていた自分の弟子を、本人の意思も聞かず無理やりにさらっていく始末。
いくら寛大なワタクシでも、あのような女狐をこれ以上放って置くわけにはいかない。なにがなんでも、その尻尾をつかみ私の前にひざまずかせて差し上げなければ。
「それにしても――――」
意識を、数㎞離れた場所で待機している使い魔に移し替える。
放った使い魔は三体。命じた役割も三通り。
一体は遠坂家の後継者用にあてがわれた一人部屋の監視。
一体はエミヤシロウの異質な魔力を嗅ぎ取り、自動追尾。
そして、一体は――――、
「――――なかなか尻尾を出さないものね・・・・、ミストオサカ」
この使い魔には、人間と同じ発声を出来るような機能は与えていない。
故に、その声は誰かに聞かせるような言葉ではなく。
自らの行為の無意味さを知りつつ、それを続けるしかない自分自身に投げかける言葉。
監視対象者は、その監視を知ってか知らずか、ここ数日の間同じ行動ばかりを繰り返している。
時計塔での授業と、あえて監視をしないでいる人間としての営み以外に、彼女が時間を費やすのは、
同居人に対しての指導、得体の知れない老翁への師事、そしてその大半を占める魔術師としての自己鍛錬のみである。
当然といえばそれまでのことなのだが、自ら無意識に認めてしまっている好敵手は、自分と接するとき以外にその本性を露わにしない。
そして、その法則が今この時に限って崩れると言うこともなく、監視者は今回も徒労に終わった監視を止め、接続した意識を切り離した。
――――いや、切り離そうとした。
「ふむ、誰かと思えば・・・・・。エーデルフェルトの娘にしては、少し素行が怪しいのう」
突如背後に現れた人にあらざるモノの気配に、その行為を止められたのだ。
――――ふと、思うことがある。
■■士郎とは一体何者なのだろう。
正義の味方を夢見ていた衛宮切継が、その理想を叶えるために理想を捨て、自分を捨てようとして自分を拾った十一年前の聖杯戦争。
そこで、幼かった自分はすべてを失った。ただ生き延びるために、家を失い、家族を失い、心を失い、体を失った。
まるで失ったものを取り戻そうとするように、初めて目に映った者の理想を求め、それすらも失ったときに、理想そのもの求めるようになった。
それは過ちだったのだろうか。
ただ生き延びようと、自身を失い、
ただ理想を追い求めようと、自身を犠牲にした。
既に答えは出ている。
■■士郎には、進むべき道は一つしかない。
それが、自分自身と約束したことだから・・・・・。
「――――ちょっと、人の話ちゃんと聞いてるの?士郎」
なんとも言えない不吉な気配を感じ、しばしの間頭の中を縦横無尽に駆け回っていた思考は、不機嫌そうな同居人の言葉で中断された。
「ん、いや。何だ、遠坂。もしかして味おかしいか?洋食にも慣れてきたと思ったんだが」
「―――はぁ。また何も聞いてなかったのね、衛宮くんは」
どうやら、不機嫌な原因は完全に自分の態度にあったようだ。
その、むーっと頬をふくらました仕草が妙に可愛いらしいので、このままにしておきたいところだが、後で何されるかを考えるとそんなことは出来ない。
「む、すまん。悪かったからもう一度頼む」
「ふん、いいわよ。別にたいしたことじゃないんだから。ただ、またちょっとあのお嬢様のところに行ってもらうだけ」
「なんだ、そんなことか――――」
答えて、頭の中で整理する。
お嬢様というのはあのエーデルフェルト家のご令嬢のことだろう。またあそこに行くってことは、つまり彼女の召使いとして再就職するということで――――
「って、なに~~~~!?」
思わず、感情口に出してしまった。
「しょ、正気か、遠坂?」
「朝っぱらからうるさいわね。決まっちゃったんだからしょうがないでしょ」
決まっちゃったって、そこに俺の意思が介入する余地はないのでしょうか?
もちろん、これが普通の関係であればないはずはないのだが、自分とこの同居人兼師匠兼恋人(と思いたい)の関係においては、そこには何の余地もないということを頭が理解してしまっている。
なので、まるで気乗りはしないが話を先に進めることにしよう。
「・・・・まさか、遠坂。また彼女に借金したのか?」
「バカなこと言わないで!私がそんなヘマをやらかすと思う?」
・・・・・・ここ一番というときに、必ずと言っていいほど大きなミスをしでかして、自分、および(特に)俺に甚大な被害を与えるという悪癖を、こう都合のいいときだけ忘れないで欲しいのだが。
「じゃあ、何だって言うんだ?もうあそこに行くことはないって、ルヴィアに豪語してたのはお前だろ」
「――――――」
あ、黙った。しかもばつが悪そうにこっちを見ている。
よほど痛いとこをついていたらしい。
「――――取引よ」
「は?」
「前大師父と一勝負やらかしたときに、あの女から貰った宝石を使ったの覚えてる?」
「ああ、覚えてる」
というか、忘れようがない。
その宝石分の借金のカタとして、一週間近くを彼女の屋敷の召し使いもどきとして過ごしていたことを忘れろ、というのが無理な話である。
「あの時はまだ魔力の貯蓄量が足りなくて気がつかなかったんだけど、どうもあの宝石自体に特殊な加工が施してあったみたいで、普通の宝石より魔力を貯めやすかったの。しかも、今まで使ってた宝石と違って使っても砕けなかったし。悔しいけど、さすがは名門のお嬢様ってとこね」
彼女と犬猿の仲である遠坂がいうのだから、本当にすごいのだろう。
遠坂家の魔術師は、力の流動と転換を得意としている。
その最たる用途として、日頃自分の余分な魔力を相性のいい宝石に貯めておいて、いざという時にそれを高度な魔術を詠唱なしで使用するためのスターター、魔弾を作ることが出来る。
実際、冬木町で起こった聖杯戦争で遠坂と同盟を組んだときには、その宝石の力に助けられてきた。
しかし、使い捨てる宝石の値段というのが結構馬鹿に出来ないらしく、遠坂の魔術師は代々経済難に苦しまされていたという。
「へえ。やっぱりすごいんだな、ルヴィアって。で、それがどうかしたのか?使い捨てる必要がないんなら、もちろん今も持ってるんだろ?」
何か、遠坂は俺がルヴィアを褒めたことが気にくわないらしく、一瞬だけ眉をひそめたが、急に目を逸らして俯いてしまった。
それに心なしか頬が赤くなってるような気もする。
「何でさ。お前に限ってなくすなんて事はないだろうし、最近宝石を使うようなことなんて――――」
あった。一度だけ遠坂が宝石を使ったことが。
「ちょ、ちょっと待て、遠坂。まさか、お前あの時――――」
「そ、そうよ。だってしょうがないでしょ?あのとき投影した干将莫耶の強度をあの分からず屋に説明するには、あいつの加工した宝石を切断するぐらいしか方法がなかったんだから」
さっきより顔が紅くなっている。今度は一目見てはっきりと分かるくらい紅い。
「そんなことないだろ!日本から来る時もてるもん全部もって来たんだから、工房をちょっと探せば一つや二つすぐ見つかるはずだし」
「う、うるさいわね!あの時はどうかしてたのよ。だって、その・・・・捕まってたんだから・・・士郎が・・・」
・・・・あ、紅い。もう完全に耳まで真っ赤だ。
というか、そんなに紅くなってそんなこと言うのは反則だ。
やばい、何かこっちまで紅くなってきた・・・。
「ああ、もうとにかくそういうことだから早く準備して!時間だってもうそんなにないんだから」
と言って、椅子にかかっていた上着を羽織る遠坂。
「って、遠坂も行くのか?俺が働くだけなんだからおまえが一緒に来る必要はないだろ?」
熱くなった頭を必死に落ち着けながら、質問する。
「さっきも言ったでしょ?今日は取引きなの。ほんとは士郎が来る必要はないんだけど、あっちが交渉の条件として士郎を連れてこいって」
・・・・なんでだ。やけにいやな予感がする。
「と、遠坂?何かおかしくないか?そもそもお前はなにで取引きするんだよ。等価交換なんだろ?」
「?さあ、今のところ分からないわ。でも一応価値のあるモノをいくつか持って行くし、あっちだって何か考えがあって呼ぶんだから」
何とかなるんじゃない?と気楽に言う赤いあくま。
奴隷扱いにされるかもしれない、こっちの身にもなって欲しい。
「・・・・・・・もしあっちが俺と宝石を交換する、とか言ってきたらどうするんだ?俺は断じていやだぞ」
「大丈夫よ、その時はその時。私だってあんなとこで士郎を働かせたくないんだから、貴方は安心してついてくればいいの」
遠坂は何も心配していなかった。
でも俺としては、遠坂がちゃんと俺のことくれていたのが嬉しかった。
だから、遠坂がここ一番で何かを見落とすという欠点を、この時点では完全に忘れてしまっていた。
【次回予告】
交渉の場である、エーデルフェルトの洋館に再び赴く士郎と凛。
エーデルフェルトの洋館で二人を待つモノとは一体・・・・。
果たして士郎は無事に戻ってこられるのだろうか。
『士郎のアルバイト』の続編である今作『名門の魔術師』。
ちょっぴりシリアスな展開になって来ちゃいました。早めに出したかったもんで文章としても短いし・・・・。
てか果たして続くんだろうか。実はそっちのが心配だ。
※一度根本的なミスに気づき、修正しました。