※凛グッドエンドのエピローグからスタートするお話
「けど遠坂に協力するって結局なんなんだ? さっきの話じゃ全然わからないし、いまいち不安で納得できないんだが」
な、とセイバーに同意を求める。
「そうですね。シロウの立場からすれば、内容の判らない約束は不安でしょう。
凛、色々フォローする、とはどういう事なのですか?」
「ほら。セイバーもこう言ってるし、具体的な内容をだな」
「ああもう、ごちゃごちゃ言わないっ!
セイバーはわたしのだし、士郎だってもうわたしのなんだから口答えは禁止っ!
使い魔同士、黙ってマスターの言う事聞くのが筋ってもんでしょうっっっ!!!!」
遠坂のヤツ、とんでもない独裁者ぶりを発揮しやがった。
遠坂は怒鳴った余韻で息をハアハアさせている。そんなになるんだったら、最初から怒鳴らなきゃいいのに。あ、顔が赤い。
まったく、遠坂にも困ったものだ、と同意を求めるためにセイバーの方に向き直ると、セイバーはなぜか俯いて考え込んでいた。擬態語で表現するなら、むむう、といった感じだ。
ほどなくして途端にハタと何かに気づいたかのように、いや、何かを決心したかのように、セイバーが顔を上げた。そして遠坂の方に向き直る。
微笑を浮かべているその顔は美しいのだけれども、なぜだかとってもスリリング。
果てしなくヤな予感がする。
そして、俺の第六感が告げている。今すぐにここから逃げ出せ、と。こういったとき俺はロクな目に逢わない。
でも、俺の足は何かに縛られたかのように全く動いてくれないのだった。
そして、爆弾は投げられた。
「凛、それは、つまりシロウが凛を抱く、ということですか」
あ、遠坂もフリーズした。
「魔力の供給のために、凛はシロウに抱かれるつもりだ、と」
あー、そうかー、そういえば俺に出来るフォローなんてそれくらいだもんなあ、アハハ、そりゃあ恥ずかしくて言えないよな。大声で怒鳴りもする。
「……そ、そうよっ! な、何よ、セイバーも士郎も何か文句でもあるのっ!」
開き直ったのか、遠坂は赤い顔のまま迫ってくる。あ、ちょっとかわいいかも。
「いえ、文句などありません」
そりゃあ文句なんかない。ないったら、ない。だって、遠坂だ。
セイバーの答えと俺の沈黙の肯定に満足したのか、遠坂は少し落ち着きを取り戻す。
でも、その落ち着きは一瞬で崩されてしまった、金色の髪の少女の静かな宣言によって。
「ですが、それなら、もっとよい方法がある。私がシロウに抱かれればよいのです」
オウ、ゴッド。これか。ヤな予感て当たるんだなあ、とか冷静に思いながら、いまさら戦線離脱て、やっぱ無理?なんて道場の窓から見える青空に俺は聞いてみた。
答えなんてあるはずもないのに、なぜか無理と満面の笑みで答える顔が青空に浮かんでいた気がした。それはなぜか藤ねえの顔をしてたりした。
おしおきよー、士郎、なんて。横にはしゃぐブルマ姿の少女が見えたのは、きっと気のせい。
「な、なにを言っているのっっっ、セイバー!!! あなた正気!?」
「正気です。別に正気を疑われるようなことは言っていませんが。」
「だ、だって、あなた、シロウにだ、抱かれるって…」
「ですから、凛は私の維持のために魔力が必要。だから士郎に抱かれる、と言った。それなら、直接私がシロウに抱かれて魔力の供給を受けた方が早い。それだけのことです。」
「だ、だからって、抱かれるなん…」
「それに」
セイバーは、手を胸におくと、噛みしめるように、でもきっぱりと言い切った。あ、ちょっと顔が嬉しそう。
「私はシロウのことが好きだ。シロウが私を抱いてくれるなら嬉しい」
あー、俺もう思考不能。頭の中はグツグツ沸騰して、何がなんだかわかんなくなっている。あの夜の遠坂の姿がフラッシュバックしたかと思うと、それは次の瞬間セイバーに変わってたりして、もう脳内CPUの演算処理は破綻寸前。擬態語で表現するなら、シュウシュウと頭から煙が音を立てている感じ。いや、プスプスかも。
あ、セイバーの目つきが変わった。俺はあの目を知っている。いじめっ子の目だ。遠坂が俺をいじめる時の目だ。準備万端整えてこれから攻撃するぞって目だ。ああ、セイバー、君はいつからそんな目つきをするようになってしまったのか、お兄さんはちょぴり悲しい。
「凛は士郎に抱いてほしいのですか?」
「な、何をっ…」
遠坂が絶句する。あー、相変わらず顔が赤いなあ、なんて阿呆なことしか頭の中には思い浮かばない。
「それとも魔力供給のために仕方なく抱かれる、と?」
「そ、そうよっ! し、仕方なく何だからね!」
遠坂の目がこちらを刺してくる。そこんとこ、夜露死苦、というガンツケだ。優等生な僕はコクコク首を縦に振って頷くのみ。
こんな上下関係を当然のように受け入れている自分が哀しくもあるが、少しかわいく思えたりもする今日この頃。
「だったら、私のほうが適任だ。私はシロウに抱いてほしい。『仕方なく』抱かれる凛より私を抱いた方がシロウもいいでしょうし、凛も別に『仕方なく』抱かれる必要がなくなる。すべて丸く収まる。問題は何もないでしょう、……凛?」
「うっ……」
してやったりとばかりに微笑むセイバー。その言葉にどこかしら棘が感じられるのは気のせいではないだろう。セイバーがお局チックな笑みを浮かべるなんて思いもしなかったけど、案外似合ってたり。ちょっとゾクゾクする。
「シロウ?」
え? 俺? とばかりに俺はポカンとした顔をする。
「シロウは私を抱くのはイヤですか?」
顔を赤くさせて恥じらいながら俯きがちにそんなことを言ってくるセイバーは破壊的なほどかわいくて。自分で言っておきながら、自分の言葉に今さら照れているのか、手を胸の前でいじりながらもじもじしているセイバーの姿は、小動物チックというか何というか、もはやいじらしいとかカワイイとかそんな言葉で表現できるレベルではない。そんなことはないぞ、セイバー、俺のほうはいつでもオッケーさ、何ならハニー今からでも、と答えて抱きついちゃいたいくらいです、ハイ。
しかも、あまりにも一本気かつ直球なセイバーの告白にマイ・サンは少し反応してたりなんかして。うん、若いって、こういうことだ。
うう、膨張してしまった恥ずかしい、と心の中でつぶやくと、認めたくないものだな、若さゆえの過ちとは、とどこかでひげ面メガネのおっさんがつぶやいたのが聞こえた気がした。
そう、反省などすまい。この身に出来るのは、ただ愛くるしいセイバーに衛宮家秘伝、切嗣直伝のルパンダイブをかますことのみ。
でも、手を広げてセイバーの方に向き直った瞬間、後ろから感じる負の波動がかろうじて衛宮士郎を押しとどめた。ヒタヒタと背中に抜き身のまま叩きつけられるプレッシャーは気のせいなんかでは決してなく、振り返ると果たして、そこには赤い悪魔がいた。圧倒的な死の予感すら感じさせるそれは、いわゆる通常の三倍ってやつだ。
ギギギと妙な音を立てて、俺は首をへし曲げられていた。そう、俺は振り返ったのではない。だって、そこに間違いなく自分の死が待ち受けているのに、むざむざ敵のほうを振り返るなんて臆病な俺には出来るはずもなく、ただブルブル震えて硬直していたのだ。
でも、目の前の赤い悪魔もとい遠坂は、そんな現実逃避を許してくれるほど甘くもないわけで。
「士郎?」
ニッコリ微笑んで見つめてくるレッド・デビル。もちろん目はちっとも笑ってない。
「その手は何かな?」
衛宮士郎の腕に走った激痛は決して偽者なんかじゃない。だって、俺の腕はありえない方向に曲げられている。うん、遠坂、俺はレゴの人形じゃないから、首も腕も壊れてもすぐには戻らないんだけどなあ、お前絶対に子供のころおもちゃ大事にしないですぐに壊すタイプだったろ、アハハ。
「凛、シロウが痛がっている。シロウをいじめないでほしい。」
「あら、いじめてなんかいないわよ。ただちょっと自分の立場ってものを教えてあげてるだけ……士郎はわたしの所有物なんだから」
なんか一言で俺の基本的人権まで否定された気がするけど、きっと気のせい。首や腕の痛みも涙が頬を伝うのも気のせいったら、気のせいなんだっ。
「凛、シロウはあなたのモノではない。」
ああ、セイバー、やっぱり君は俺の味方だ。お兄さんは嬉しい。
「シロウは私のモノだ。」
どうやらどっちに転んでも俺は人間扱いはされないらしい。ブルマ姿の少女が、違うー、シロウは私の人形なんだからー、と叫んでいるのが聞こえる気がする。どっちにしても、俺はモノなのかい。
「あらあら」
遠坂が魔眼顔負けの視線でセイバーを睨み付ける。気弱なやつなら、それだけで失神するだろう。
セイバーも負けずに気合バッチリに遠坂を睨み返す。凄絶なガンの飛ばし合いだ。擬態語で言うと、バチバチ。二人の後ろに竜と虎がガオーって。あれ、メガネをかけた女の人と長い黒髪の女の人に変わった。
「ふう、セイバー、あなた私のサーヴァントよね。ならマスターの言う事は聞かなきゃね。命令よ、士郎のことはあきらめなさい。」
「マスター、その命令には従えません。どうしても従えたくば、令呪をもってわたしを律するがよいでしょう。尤も、そんなもので私のシロウに対する気持ちを止めることなどできませんが。」
あー、セイバー、君の真っ直ぐな気持ちはとっても嬉しいんだが、そろそろ矛を収めてくれると嬉しいなあ。だって、絶対にそろそろとばっちりは俺に回ってくる。
「仕方ないわね、セイバー」
「ええ、仕方ありませんね、凛」
にらみ合いを続けていた二人は、しばらくすると、どうしてか、そんな台詞とともに緊張を緩めると、こちらのほうに顔を向けてきた。
激、イヤな予感。
二人の衛宮士郎を睨む眼光は鋭く、それだけで、俺は死を予感する。まさに直死の魔眼。
「なら、本人に聞いてみましょ。」
「ええ、本人に聞いてみるのが一番手っ取り早いでしょうね。」
そうだなあー、本人に聞いてみるのが一番手っ取り早いよなあー……って本人!?
「あー、お二人さん、『本人』というのは、もしかして……」
「「もしかしなくても、士郎(シロウ)あなたのことよ(です)」」
見事にユニゾンするサウンドステレオ。だけど、それは俺にとっては、まさに死の宣告なわけで。
ハイ、死んでね、とやっぱり青空に浮かぶ藤ねえの顔が俺を見つめてたりして、なんだかもう泣きたい気分。でも、涙はとっくのとうに枯れ果てていたんだ、藤ねえ。
「私を抱いてもセイバーを抱いても魔力供給の点では問題がない。セイバーは士郎に抱かれてもいいって言っている、…わ、私も士郎にだったら、だ、抱かれてもいい……っていうか、ちょ、ちょっとは、だ、抱いて欲しい……か、かも」
あー、遠坂、そこで照れるのは反則だ。無茶無茶かわいい。
「む、凛、先ほどは『仕方なく』と」
抗議の声を上げるセイバー。
「……なら、あとは士郎の問題よね。」
セイバーの抗議は無視して、俺のほうに責任転嫁してくる遠坂。あ、それズッコイ。
「で、士郎、士郎は、どっちを抱きたいの? わたし? それとも、ま・さ・か、セイバー?」
その「ま・さ・か」という言葉に込められた殺気を読み取れないほど、俺も甘ちゃんではない。それはたとえて言うと、研ぎ澄ました刀を首に当てられているようなヒリヒリした殺気。
「シロウ、案ずることはない。己の心の欲するままに答えればよい。どんなことになっても私はあなたの剣としてあなたを守る」
嬉しいようでいて、その実、全く嬉しくないセイバーの申し出。
「「さあ、士郎(シロウ)」」
迫りくる二つの悪魔。その顔は語らずとも十分に語っている。私を選ばなかったら、百回殺す、と。
「「……どっち?」」
生のままビシバシたたきつけられるプレッシャー。鋭い眼光。何気に握られたままメキメキ万力のような力で押しつぶされようとしている両手(右手はセイバーに、左手は遠坂に)。
きっと衛宮士郎は極度の緊張に置かれて一時的に気が狂ったのだと思う。でなければ、あんなバカなことを言ったはずがない。
でも、動物は余りにも大きい緊張には耐えられないんだ。関係ないけど寂しいとウサギって死んじゃうんだ。ア、俺きっと錯乱してる。
だから、だろう。衛宮士郎は、刻々と勢いを強めてくるプレッシャーから一時的にでも逃れようと、ありえない呪文パルプンテを唱えてしまった。
「えーと、みんなで仲良く3Pってのは・・・・・・・」
あ、世界が凍った。
衛宮士郎の脳に流れ込んできた最後の思考は、そんな間抜けな感想だった。
口走った瞬間に後悔した言葉のもたらしたものを俺はその身をもって味わうことになった。一瞬で鎧に装いを変えて戦闘体制に入ったセイバーの横薙ぎを胴体に味わって爽快に空を舞った。道場の上空に飛びながら思った。ああ、窓の外はあんなにも太陽がいっぱいだ。
遠坂が呪文を唱えている。何気に詠唱時間が長い。おい、遠坂、それヤバくないか。ちょっとシャレにならんぞ。落ち着け、頭を冷やせ、と一生懸命に目をウルウルさせて訴えてみても、それを見つめ返してきた遠坂の目は、おしおきね、と暗い喜びに満ちていたわけで。
そして、万有引力に任せて地に落ちる前に、遠坂の右手から走った閃光を目に焼き付けて衛宮士郎の記憶は途切れる。
最後に無駄な抵抗と知りつつ、負け惜しみと八つ当たりの言葉を口から迸らせる。
「セイバールートでは、それに近いことしたじゃんかーーーーーーーー。」