遠坂の追いかけながら先程の自分の言葉を思い出す。
「―――ああ。未練なんて、きっと無い」
強がりでもなく、自分でも驚くぐらい穏やかな心で告げた。
あの別れには全てがあったし、お互いがちゃんと理解していた。
だから大丈夫。あいつが自分の最後の時間を笑って終わらせたなら、
衛宮士郎も歩いていける。
この道の果て、いつか夢見たあいつのいた場所に。
この胸の最も深い空虚を今も満たしてくれているあいつに誇れる様に。
もはや王の意思を変えられぬと悟った騎士は、三度目にして剣を湖へと投げ入れた。
聖剣は湖へと還る。
そうして、騎士は自らの王の終わりを受け入れた。
騎士は還る。せめて敬愛する王の最後を見届けようと。
その、あまりに長かった責務の果て。その最後が騎士が願い続けた安らかなものであることを祈りながら。
空は高く遠い。
王が最後に見る夢がいつかのこんな空に続いているように願わずにはいられなかった。
いつか繋がる青い空の向こう
FATE / STAY NIGHT AFTER STORY
prologe
5年ぶりの故郷。
この日俺は久しぶりに故郷である冬木の地を踏んだ。
あの聖杯戦争から6年。調子に乗って行使し過ぎた投影魔術の反動で体に変調を来たし始めた俺は、高校卒業後、“最初から私はその予定だったし”と何故か目線を逸らしておっしゃった遠坂と一緒に時計塔に留学。けれど、そこでの生活はやはりとても平穏と呼べるものでは無かった。
魔術の才能に恵まれていない自分と違い、瞬く間に主席候補へと登りつめたあのあかいあくまに、時に振り回され、時に巻き込まれ、時に引きずり込まれた様々な面倒事を解決してまわったり、今回の聖杯であったイリヤを奪い返しにきたアインツベルンとの戦いの最中、彼女と養父の関係が明かされたり、終いには男を連れて戻ってきた物凄い美人の孫(?)を見た途端、あのエア以来有り得なかった一目見て理解できないいびつな短剣を振り回し始めた顔なじみの爺さんがこの世に5人しかいない魔法使いの1人だったり。
半分は体の治療目的だったにも関わらず心身ともに休まる時間なぞほとんど存在しなかった。
「士郎、着いた途端に遠い目をするのはやめてくれる。何か不愉快になるんだけど。」
「うるさいわよ、リン。シロウはようやくだれかさんのお守から開放された喜びを噛み締めている所なんだから静かにしなさい。」
「なっ、なんですってー。わたしがいつ士朗にお守されたっていうの!むしろわたしが面倒みてる方じゃない。」
「わたしはだれかさんがリンだなんて一言も言ってないんだけど。何、リンったら普段は保護者ぶってるくせにシロウに甘えてたんだ。」
“うがーーーー”と叫びながら迎えに来たイリヤと追いかけっこを始める遠坂を見ながら、帰ってきたんだな、などと思う自分は実はすごいやつなのかもしれない。しかし、人目もあるし、家で料理をしながら待っているであろう桜を待たせるわけにもいかないので、2人を止めに行かねばなるまい。衛宮士郎は正義の味方になるんだから。あんまり関係ない気がするけど。
「お帰り、士郎」
平日の午後1時、久しぶりの我が家に入った途端、幻聴が聞こえた気がする。
「そういえば、遠坂は家に荷物を置いてから来たほうが良かったんじゃないか?」
「むっ!士郎、お帰りって言ってるでしょ。」
「それ程たくさんあるわけじゃないしね。桜を待たせるのも悪いし。」
「こら、士郎。返事をしなさい。お姉ちゃんは士郎をそんな風に育てた覚えはないんだからね。」
不思議だ。いるはずのない藤ねぇの声がまだ聞こえる。
「しかし、遅くなってからだとスーツケース2つは大変だと思うぞ。」
「士郎。こっち向きなさーい。」
「あら、衛宮くんが目指す正義の味方は重い荷物を持った女性を見て見ぬふりをするようなひとだったんだ。」
「シロウもリンもそれくらいにしておいたら?いくらタイガがずる休みを平気でする欠陥教師だとしても一応家族なんだし、サクラもさっきからタイミングが掴めなくて困ってるわ。」
「ああ、イリヤちゃん。わたし今まであなたのことを藤村組ののっとりを企む悪魔っ娘だと勘違いしてたわ。さすがわたしの弟子1号。」
「前言撤回。シロウもリンもそのまま話してて良いわ。」
どうやら両手を前でぶらぶら振り始めたタイガーは幻覚ではないらしい。
「ただいま、桜。元気そうで良かった。」
「おかえりなさい。先輩もお元気そうで何よりです。遠坂先輩もお変わりなく」
「桜、身内だけなんだから他人行儀にする必要はないわ。」
桜のセリフを遮る少し怒ったような遠坂の声。
「はっ、はい。お、おかえりなさい、姉さん」
「ええ、ただいま。桜」
この2人が姉妹だと知ったのは実は最近だったのだが、なんでも桜は幼少のころにとある事情で間桐に養子に出されたとか。まぁ、その件でまたひと悶着あったのだが
「うわーーーーん。士郎が無視するよーーー。」
ついに叫びだした、冬木の虎こと藤村大河 職業教師。
「はぁ、藤ねぇ。そもそも平日の昼間に何でここにいるんだ?」
「ふーーんだ。いじめっ子の士郎なんかわたしの士郎じゃないもんね。」
藤ねぇ、こちらが声を掛けた途端、元気にすね出すのは良い大人のすることか?どうでもいいが俺はいつ藤ねぇの所有物になったんだ?
「わたしは切嗣さんから士郎を任されたんだから、一人前になるまでわたしが面倒みるのは当たり前でしょ。」
「ずる休みしてるタイガがそんなこと言っても説得力ないわ。それより早く入りましょ。わたしもお昼まだなんだから。」
そういってイリヤは痛いところを突かれてうーうーうなる藤ねぇを引きずって行った。俺も思わず遠坂たちと苦笑いを浮かばせ合うと後を追った。
それなりに騒がしい昼食の後、食後のお茶会をしながら向こうでの話を聞きたがる藤ねぇ達を遠坂に任せ、1人自室へ。去り際に“貸し1つね”と視線で訴えてきたあかいあくまを思い出し苦笑いを浮かべる。
「これを藤ねぇや桜に見られるわけにはいかないもんな。」
畳に広げられたものはこの旅の間、片時も離すことのなかった2振りの短剣と小さなぬいぐるみ。
衛宮士郎を今の衛宮士郎としている1組の“宝具”と“思い”。
オリジナルの夫婦剣“干将・莫耶”
そして
「帰ってきたよ。セイバー」
彼女が残した小さな思い。
捨て去ったはずの少女の心の欠片。
王たる彼女があの戦いで見せた少女としての顔。その思いの篭った小さなライオンのぬいぐるみ。
別に少女趣味に目覚めたわけでも、未練があるわけでもない。ただ、彼女が最後まで走り抜いたのを俺が視たように、俺がこの道を走り抜く姿を彼女にも見ていて欲しかった。
「もう、6年か。まだまだ半人前の正義の味方だけどようやくここまできたぞ。」
6年前から開けてある隣部屋に向かって呟くように話す。
この6年で幾多の戦場を潜り抜け、武器も魔術も手に入れた。
「今度はきっと止められる。衛宮士郎は本物の正義の味方になるんだからな。」
そう、今度こそ止めてみせる。だれかが悲しむことも、失ったものに対する涙も。
「だから見ていてくれ、セイバー」
いまここにはいないだれかに向けて誓うように呟いた。
6回目の聖杯戦争はもう間近に迫っていた。
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すみません。初めてSS書いたんですけど調子に乗って投稿してしまう自分。
藤ねぇはキャラが掴めずこんな風になってしまいました。
一応セイバーtrueエンド後です。
prologeとか書いてあるくせに続き書くかは未定ですが。
干将・莫耶についてはセイバールートで士朗の目の前で使っていなかったように記憶しているので、エミヤになるにはオリジナルを見ているだろうな、と思いまして。所有物にしたのはたんに投影以外で武器を持たせたかったからです。
元ネタは凛ルートでアーチャーがセイバーが本当に救われる戦いには必ず自分が関わる、みたいなこと言ってたから。
当然2人とも出す予定です。続きが書ければ、ですけど。あぁ、文才が欲しい。