続・士郎のアルバイト


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1: tetsu (2004/02/13 23:39:00)



『前略 士郎しっかりやってるー?お姉ちゃん心配で心配で、ご飯がのど通らないよぅ』
 
 
 藤ねえから手紙が来た。
 
 こと藤ねえに限り、精神的な理由で少食になるというのは考えられない。むしろ、よよよと
泣き崩れながらしゃもじに手がいくという姿のほうがよほど藤ねえらしい。

 俺にとっては、雷画爺さんに管理を任せたはずの衛宮家に野生の虎が住み着いたという事実
が、それだけで心配の種なのだが・・・・。
 まあ、そこら辺は弓道部の主将になったという桜がうまく躾けてくれるだろう。
 藤ねえの手紙によると、桜はこのところ元気になったという。慎二もすっかり丸くなったこ
とだし、先輩としては嬉しい限りだ。
 弓道部のほうは桜目当てで入部する軟弱者が増えたようだが、後輩が増えるというのはそれ
なりに嬉しくはあるので、『一度掛かった獲物は逃がさないわよぅ』とかいう、藤ねえの教師
にあるまじき発言は、この際見なかったことにしよう。

 こちらはこちらでいろいろと大変である。
 魔術の修行はそれなりにはかどっているのだが、いまだ半人前もいいところだ。
 固有結界に関しては協会に秘密なので、遠坂の知識を借りるだけ借りて、後は自己鍛錬ある
のみである。それでも、自分の体から離れたところでの武器投影はどうにか成功するようにな
った。ただし、投影された武器は勢いなく落ちるだけで、アーチャーのような芸当には程遠い。

 遠坂はというと、やはり遠坂家の後継者の伝統として、金銭面で悩まされているようだ。
 一年間、渡英にあたってそれなりに準備をしてきたようだが、入学早々問題を起こし、貯金
分をすべて吐き出してしまった。
 ここ一番で大ポカをする癖はそう簡単に直りゃしないな。

 まあ、何はともあれ、こちらでの生活にも慣れてきている。










 ただ一つ、アルバイトの名を冠した、強制労働を除いては・・・・・。









 
 ルヴィアゼリッタ嬢の住む家は、冬木町にある遠坂の家に負けないくらい立派な洋館である。
 最初から、彼女の家系は魔術の本場で一流のお家柄と知ってはいたので、それほど驚きはし
なかったのだが、これで一人暮らしというのだから信じられない話である。
 なんでも、協会の学徒に割り当てられている寄宿舎では狭すぎるということで、この洋館を
買い取ったのだとか・・・・。金にうるさい遠坂が目の敵にするのも仕方ない話だな〜と、納得で
きてしまう。
 
「シロウ!食事のしたくはまだ済まないのかしら?」
 ルヴィア嬢のおキツイ叱咤が飛ぶ。
 
「はいはい。あと2、3分で出来上がるからそこで待っててくれ。」
 ところでいつの間に下の名前で呼び捨てるようになっただろう。

 どうして俺がこんな丁稚奉公じみた真似をしているかというと、すべては遠坂の金欠に起因
する。
 彼女は、時計塔に入門して早々、どこから現れたのか分からない厳つい爺さんを師事するこ
とになった。どうも戦争が終わってから、遠坂が自分の屋敷でこそこそ何かやらかしていた事
が原因とか。
 
 それはそうとこの爺さん、齢数百歳になると豪語するのはいいが、行動自体は実に幼い。三
日に一回は必ず遠坂とケンカをする。まあ、ケンカといっても師匠である爺さんに遠坂が敵う
はずも無く、一方的にからかっているようなものなのだが。
 魔術師というのはほんとに変わり者の集団のようだ。
 しかし、あの赤いアクマが終始おとなしくしているはずも無く、なんと自分の師匠に向かっ
て一年間地道に貯めてきた貯金をぶちまけたのだ。しかも、同じ学科内の好敵手から宝石まで
借りて。
 
 それで、その借金のカタとして所有物である俺が、こう、奴隷のように扱われているのであ
る。大ポカをやらかすのはいいが、人を巻き込むのだけは勘弁して欲しい。まあ、すがったと
ころで俺の立場は変わらないのはわかりきっているが。
 唯一の救いといえば、ルヴィアがただ捻くれていて、遠坂から俺を引き離すことだけを目的
にしていたので、そう本格的に召使いのような仕事まではしなくてすむことだ。
 とはいえ、そのひねくれかたが半端じゃないことは確かで、遠坂が監視していることを承知
で、俺を誘惑してくる。というか遠坂、昼間に梟は飛ばないぞ。
 
「シロウ。昼食が出来上がったのならこちらへ来て、一緒に食べましょう」
 といって席に着くルヴィア。
 
 彼女は何故か和食にも興味があるようで、いつも一緒に食べる昼食時には和食を作るよう指
示してくれる。遠坂とはえらい違いだ。
 実際、ルヴィアは遠坂がいる時以外は、常に優等生然としていて、ここ数日見ていてもどち
らが彼女の本性であるか分からないくらいだ。朝も決して弱いわけではなく、身だしなみもし
っかりしていて、その顔立ち、佇まいは白鳥と呼ぶにふさわしい。
 まさに完璧超人。ネ○チューン○ンも真っ青だ。
 もし、俺が遠坂凛という女性を知らなくて、かつこのお嬢様の本性を知らなければ、憧れて
いたかもしれない。

「なぜ、じっとこちらを見ているのでしょうか、シロウ?」
 自分の顔が赤くなるのを感じる。
 前言撤回だ、このアクマめ。
 その顔には、なぜ、と聞く割には謙虚さは無く、むしろフフンと鼻にかけた笑いをこぼして
いる。
「い、いや、なんでもない。味噌汁の味付けが薄くないかと心配になっただけだ。」
 とりあえず目を逸らして、食事に集中する。

「あら、シロウが私のために愛を込めて作ってくれたんだもの。濃いことはあっても薄味であ
るはずが無いでしょう」
 ・・・・しまった。ここぞとばかりに攻め込んでくる。さすが英国人だ。しっかりとツボをわき
まえている。
 このままでは、あとで遠坂に何を言われるか分かったもんじゃない。一日八時間労働の後の
貴重な時間なのに師匠に拗ねられては、何のためにここまでやってきたのかが分からなくなっ
てしまう。
 出来るだけルヴィアの言うことを聞かないようにして、さっさと飯を平らげる。




「よ――――しと、こんなもんか」
 屋敷内の整理も大方すんだし、今日のお勤めはこの辺で終わりだろう。
 
 ピンポーン、と玄関で呼び鈴が鳴る。
 ここにはもともと尋ねてくる人が少なく、また特に重要な客人が来ることもないとのことな
ので、客の応対は専ら俺の仕事になっている。
 だが、急いで玄関の方に駆け寄ってみると、そこにはすでに客を出迎えているこの家の主人
と、招かれざる客の姿があった。

「と、遠坂」
 客はえらく不機嫌そうな遠坂であった。不機嫌ということは、やはり終始様子を監視してい
たのだろう。

「わざわざシロウを迎えにいらっしゃったの?見かけによらず健気なのね、ミストオサカ」
 はたして借金のカタで弟子を奉公にだすのは健気といえるだろうか。

「今日は貴女と話しに来たの。士郎だって一人前の魔術師なんだから別に迎えに来る必要なん
てないわ」
 都合のいいときだけ一人前になるんだな、魔術師っていうのは。

「話?ワタクシにはもう話す必要なんてないように思えるのですが」
「いいえ、もう士郎を返していただくわ。今日はその話」
 遠坂は毅然とした態度で要求を告げる。

「――――――は?なんと仰られたのかが、よく聞き取れなかったのですが」
「簡単なことよ。貴女が士郎を拘束する権利は、私が使用してしまった宝石の代価でしょう。
だったら、士郎はこの数日間の貴女の世話でもうすでに代価を払ったことになるわ。
 それとも、貴女は一人前の魔術師を何週間も拘束するほどの価値があの宝石にあったとでも
言うわけ?」
「あらあら、貴女はよほど自信過剰なんでしょうね。
 あなたの弟子が一人前の魔術師なら確かに考えられますけど、シロウは魔術刻印も無ければ、
魔術回路の数も三十かそこら、しかも、ここ数日間見た限りでは魔術師としての腕前は半人前
といったところでしょう。
 そこまで言うのなら、シロウが一人前だという証拠を見せることが出来て?」

 ・・・・・・いろいろと反論したいが、確かに言っていることは正しい。
 遠坂も反論のしようが無いと思うのだが・・・・・

「ええ、もちろんよ。出なければ、こんな古ぼけた洋館まで来たりしないわ」
 なんて、言ってのけやがった。

 驚いて口をパクパクさせているルヴィアゼリッタ。
 というか、彼女以上に俺の方が驚いているんだけど、ここで口を出すと命は無いという風に、
遠坂がこっちを睨んでいる。
 この赤いアクマは丁稚奉公だけでは飽き足らず、いったい俺に何をさせようというのか。



 『前略 藤ねえ、俺はもうだめかもしれない。』



 【予告】

 何だかんだいって続いちゃいました。しかも同日更新です。
 時計塔に関しては、資料が少ないのでほとんど想像で書いちゃってます。
 応援してくれている方、どうもありがとうございます。
 いろんなツッコミ受け付けますんで、感想よろしくお願いします。
 ・・・・続くのか!?


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