「それで、トウコ。 暗夜ってのについて何か知ってるのか?」
「まあ噂程度ならな。」
そう言いながら橙子さんは眼鏡を外した。
橙子さんが眼鏡を外すと―――本人には言えないが―――性格が悪くなる。
決まって橙子さんは式とこういった話をする時は眼鏡を外す。
橙子さん曰く眼鏡で性格を切り替えているんだそうだ。
「噂でもなんでもいい。 とにかく教えてくれ。」
式の話だと昨日の夜その暗夜とかいう奴に襲われたらしい。
それで橙子さんなら何か知っているんじゃないか?ってここに来たわけだ。
「そもそもこれは噂話で真実かどうかさえも定かではないからな。」
「いいよ。」
「まず暗夜というのは簡単に言うと退魔を生業としてきた一族の名だ。
だがただの退魔の一族ならここまでその名は知れ渡らなかっただろう。それというのも暗夜が外れた存在だったからだ。
そもそも退魔と言ってもなにも特殊な人間にしかできないというわけではない。
一般人でも知識と道具さえあれば誰でもできるものだ。
だがそれは低級なレベルの話であって上位の魔を倒すのはやはりそういった特殊な人間でなければならなかった。
そういった事を生業としてきた一族の中には自分の一族の血を濃くするために他の血を混ぜずに身内同士で契りを交わしたそうだ。
そうやって何代にも渡って作り上げた血は先代の持っていた能力が遺伝しやすい。
例えば先代が超能力を持っていて、それで他族の血を混ぜずに代々子孫を残していくとどうなる?
子供にもそういった能力が先天的に備わりやすくなるというわけだ。まあ、確実にとは言えんがな。
さて、話が反れたな。なぜ暗夜が外れた存在なのかというと普通の退魔の一族の最初の一はなんの能力も持たない普通の人間でそこから修練を積み重ね血を重ねることで特殊な力を身につけるパターンが殆どだ。
しかし暗夜は別だ。 暗夜は一代目から特殊な力を持っていたと言われている。
そして代々血を重ね、自らが編み出した技術を伝承し歴史上最強の一族と魔から恐れられた。
なぜ暗夜が最初から特殊な力を持っていたかは不明だが、突然変異で身につけたと考えられなくもない。
だが実際にはそれも天文学的単位の上での話しだ。 事実上は有り得ないと考えていいだろう。
つまり暗夜がなぜ最初から特殊な力を持っていたのかは未だ不明だ。
一説には暗夜が人間ではないとまで言われている。」
「人間じゃなかったらなんだって言うんだよ。」
「そこまでは私も解からんよ。 まあ暗夜は不老不死だとか死んだ者を生き返らせたとかあらゆるものを殺せただとか言われているからな。」
「それって直死の魔眼じゃないのか?」
「さあね、それは今となっては確認のしようもないことだ。 だが確実なのは、今も暗夜の生き残りがいるなら間違いなく魔術協会や埋葬機関が黙ってないだろうということだけだ。」
「埋葬機関?」
「平たく言えば西洋の退魔機関だ。 だが奴らは人でないものなら見境なしだがね。 その点ここの退魔組織は事が起こるまで動くことはない。 いわゆる事後処理というやつだ。 それとは違って埋葬機関は事が起きる前、事前処理だがね。」
「つまり埋葬機関ってとこは人間以外の殺し屋集団って事か。」
「まあ単純にいえばそうなるな。」
「それで暗夜って奴に勝つにはどうしたらいい?」
「止めておけ式。 いくらお前でも暗夜には勝てない。 相手が悪すぎる。 暗夜についてはその実態の殆どが解明されていない。 そんなモノを相手にどう立ち向かうというんだ? 相手を知らずに戦いを挑むのは無謀だぞ。」
「俺にはこの魔眼がある。 生きているなら神さまだって殺してやる。」
「口で言っても判らんか。 なら好きにすればいい。」
「ちょっと待ってください橙子さん。」
さすがに黙っているわけにはいかなかった。
「なんだコクトウ。」
「好きにすればいいって式がどうなってもいいんですか?」
「どうなるもなにも式が決めたことだろう? なら私がどうこう言う問題ではない。」
「そんな薄情な。」
「コクトー。 俺はお前のそういうところは嫌いだ。」
「式、僕は君をこれ以上危険な目に合わせたくないんだよ。」
「・・・・・・・・・お前には関係ないだろ。 これは俺の問題だ。」
「やれやれ、仕方ない。 少しだけ手助けしてやろう。」
「本当ですか橙子さん。」
「ああ。 これ以上頬っておいたらお前まで巻き込まれそうだからな。」
「それで、トウコ。 具体的にどうするんだ?」
「お前の義手を強化してやろう。 私がしてやれることはそのくらいが限界だ。 あとはまあ手間はかかるが暗夜について調べてやる。」
「ありがとうございます、橙子さん。」
「トウコ、やるなら今すぐにしてくれ。」
「いいだろう。 奥に来い。」
そう言い残して橙子さんと式は奥の部屋に入っていった。
僕はその間できることと言ったら事務所の仕事をするぐらいだ。
でもそれも手につかずただひたすら待ち続けた。
暫くして橙子さんと式が戻ってきた。
「もう終わったんですか?」
「ああ。 どうだ式、義手の具合は?」
「今までとどう違うんだ?」
「義手に鉄甲作用を施しておいた。 あとは魔力に反応するようにしておいた。 そうだな、それで感知できないほどの魔術師はいないな。 もしいるとしたら魔法使いの域だ。」
「鉄甲作用って何だ。」
「概念武装の一種でその義手でなら素手で化け物に致命傷を与えられる。 だからといって生身の人間相手に使うなよ。」
「とりあえず礼を言っとく。」
「必要ない。 これはコクトウのためにやったことだ。」
「式、どうしても行くのかい?」
「ああ。 アイツには貸しがある。」
「精々気を付けるんだな。」
「式・・・。」
「だめだ、お前は来るな。 足手まといだ。」
「うっ、・・・僕まだ何も言ってないよ。」
「お前の言いたいことなんてお見通しだ。 とにかく来るな。 相手が悪すぎる。」
「・・・・・・・・・・・・わかった。 でも式、一つだけ約束してくれ。」
「?」
「絶対無事に帰ってくるって。」
「・・・・・・・・・わかった。」
「約束だよ。」
「ああ。」
そういい残して式は事務所を後にした。